本編
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「なぁ、2年部長って、どう思う?」
第5話 恋に落ちる瞬間
なぜこんな質問をしてしまったのか自分でも驚いているくらいだ。支倉が驚くのも無理はない。
「………」
「あ、ええよ、忘れて。答えにくいよな」
正直に言うと、自分の中で悩むべきことを口に出してしまった自分にも後悔していた。
だから、このことは忘れてもらった方が都合が良い。
オサムちゃんに「白石が部長やりや」と言われた日から心のどこかではいつも思っていた。
――何で俺なん。先輩方やってたくさん居るのに。
当事者の俺ですらそう思うのだから、当の先輩方のほうがもっと疑問に感じていたに違いない。とすれば、俺が部長を務めることは、先輩方から良く思われていないのかもしれない。それならなおさら、部長としての仕事と責任をしっかり果たして、ほらやっぱり2年なんか部長にするからや、なんて言われないようにしなければならない。
だが、今日のように、先輩たちをレギュラーに指名したり、またはその逆をしたりというのはさすがに具合が悪かった。四天宝寺の場合、いつもなら試合に出るメンバーを決めるのもそれを発表するのも監督であるオサムちゃんがする仕事のはずだ。しかし、今回、彼はその発表という仕事だけを俺に丸投げしてきた。あの男は、俺を試しているのだろうか。
しかし、いくらそれについて悩んでいたとしても、健二郎や謙也ではなく、年下のマネージャーに吐露してしまうのは情けない。ほんま、どないしてん、俺。
「……周りからどう思われてるか、気になる気持ちはすごくよくわかります」
ふと聞こえた支倉の声は、同情には聞こえなかった。当然だ。彼女は俺とは違い、確実に根も葉もない噂によって周囲から好奇の目に晒されている。しかし、なぜか、それだけではないような気がした。彼女にはもしかしたらもっと俺の知らないところで何かがあったのかもしれない。
「私は先輩じゃないから、先輩方が白石部長のことどう思ってるかはわかりません」
驚いた。“先輩方”にどう思われてるか気になるなんて、俺の口からは漏らしていない。
「でも100%言えるのは――私は、部長のこと、好きですよ」
部長として、ということは話の流れからも十二分にわかっているが、心臓が一瞬止まったような気がした。支倉も自分の発言に少し恥ずかしくなったのか、弁明を加える。
「や、そ、その、部の動かし方とかまとめ方とか、部長として!」
「何や、一瞬告白されたかと思たわ」
「な!もう、こんなときに何ふざけてるんですか」
動揺したのを誤魔化すには支倉をからかうしか方法がなかった。軽く笑うと、さっきまでの真面目そうな顔はどこへやら、支倉は顔を真っ赤にして頬を膨らませる。
「笑わないでくださいよ……」
「すまんすまん」
「もう、部長具合悪いとか言って全然元気そうじゃないですか」
「……そう見えるとしたら、それは支倉のおかげやで」
「……部長は口がうまいですねー」
「何やねんその棒読み。信じてへんやろ」
「だって、せっかく真面目に答えたのに部長がからかうから……」
もちろんこんなシリアスな場面で、自分が動揺したのを隠すためという利己的な理由で、真剣に問いに答えてくれた支倉をからかった俺が悪い。しかし、なぜか誤解されたままというのは腑に落ちなかった。
「…えっと、それじゃ、私そろそろコート戻りますね」
「待ちや」
「え?」
手首を掴むと、支倉は振り返った。
「――冗談ちゃうねん」
今となっては、さっきまでの悩みがどうでもよくなっていた。それは確実に他の誰でもなく、目の前に立つ支倉のおかげだ。真面目な顔して核心をついたかと思ったら、おそらく俺が深層心理で一番欲しいと思っていた言葉をくれて。だが、少しからかえば、4月の頃はとにかく真面目でガチガチに緊張していたくせに、最近はまるで子供のような表情で拗ねる。不思議と、そんな彼女といると気持ちが安らいだ。
「支倉のおかげや。――さっきはからかってもうたけどな、ほんまに嬉しかってん」
部室に広がる、数秒間の沈黙。目を合わせたままでいると、支倉は慌てはじめた。まだ顔は赤いままだ。
「……そう言ってもらえて、私も嬉しいです。 で、あの……」
「ん、何?」
「手」
「手ェ?」
「手、放してもらっても、いいですか?」
俺はどうやら彼女の手首をずっと掴みっぱなしだったらしい。
「堪忍な。嫌やった?」
「いや、嫌とかとかじゃないですけど……その、……あははは」
「笑ってごまかそ思てるやろ」
「あ、そうそう、白石部長」
いてもたってもいられなくなったのか、支倉はついに話題をすり替えた。
「謙也先輩とか小石川先輩とか、部長のことすごい心配してましたよ。あの健康マニアが具合悪いなんて珍しいな、って」
「……あいつら一言多いっちゅーねん」
「そうですか?部長、同期の先輩達から愛されてるなーって思って」
それじゃまたコートで、と言い残し、支倉は笑顔で部室から去っていった。さすがに同期からどう思われているか気になったことはなかったが、最後の一言も、きっと彼女なりの俺への励ましなのだろう。
支倉が部室を訪れて去っていくまでの5分間で、これまでにないほど、いろいろな彼女の面を、そしてくるくる変わっていく表情を見た。そして、もっと彼女の違う表情が見たい、もっと彼女のことが知りたい、と考えている自分に気づく。
そしてこの気持ちを何と呼ぶか気づかないほど、鈍感ではない。
「我ながら単純やなー……」
だが、きっと恋に落ちる時なんてそんなものなのだろう。
第5話 恋に落ちる瞬間
なぜこんな質問をしてしまったのか自分でも驚いているくらいだ。支倉が驚くのも無理はない。
「………」
「あ、ええよ、忘れて。答えにくいよな」
正直に言うと、自分の中で悩むべきことを口に出してしまった自分にも後悔していた。
だから、このことは忘れてもらった方が都合が良い。
オサムちゃんに「白石が部長やりや」と言われた日から心のどこかではいつも思っていた。
――何で俺なん。先輩方やってたくさん居るのに。
当事者の俺ですらそう思うのだから、当の先輩方のほうがもっと疑問に感じていたに違いない。とすれば、俺が部長を務めることは、先輩方から良く思われていないのかもしれない。それならなおさら、部長としての仕事と責任をしっかり果たして、ほらやっぱり2年なんか部長にするからや、なんて言われないようにしなければならない。
だが、今日のように、先輩たちをレギュラーに指名したり、またはその逆をしたりというのはさすがに具合が悪かった。四天宝寺の場合、いつもなら試合に出るメンバーを決めるのもそれを発表するのも監督であるオサムちゃんがする仕事のはずだ。しかし、今回、彼はその発表という仕事だけを俺に丸投げしてきた。あの男は、俺を試しているのだろうか。
しかし、いくらそれについて悩んでいたとしても、健二郎や謙也ではなく、年下のマネージャーに吐露してしまうのは情けない。ほんま、どないしてん、俺。
「……周りからどう思われてるか、気になる気持ちはすごくよくわかります」
ふと聞こえた支倉の声は、同情には聞こえなかった。当然だ。彼女は俺とは違い、確実に根も葉もない噂によって周囲から好奇の目に晒されている。しかし、なぜか、それだけではないような気がした。彼女にはもしかしたらもっと俺の知らないところで何かがあったのかもしれない。
「私は先輩じゃないから、先輩方が白石部長のことどう思ってるかはわかりません」
驚いた。“先輩方”にどう思われてるか気になるなんて、俺の口からは漏らしていない。
「でも100%言えるのは――私は、部長のこと、好きですよ」
部長として、ということは話の流れからも十二分にわかっているが、心臓が一瞬止まったような気がした。支倉も自分の発言に少し恥ずかしくなったのか、弁明を加える。
「や、そ、その、部の動かし方とかまとめ方とか、部長として!」
「何や、一瞬告白されたかと思たわ」
「な!もう、こんなときに何ふざけてるんですか」
動揺したのを誤魔化すには支倉をからかうしか方法がなかった。軽く笑うと、さっきまでの真面目そうな顔はどこへやら、支倉は顔を真っ赤にして頬を膨らませる。
「笑わないでくださいよ……」
「すまんすまん」
「もう、部長具合悪いとか言って全然元気そうじゃないですか」
「……そう見えるとしたら、それは支倉のおかげやで」
「……部長は口がうまいですねー」
「何やねんその棒読み。信じてへんやろ」
「だって、せっかく真面目に答えたのに部長がからかうから……」
もちろんこんなシリアスな場面で、自分が動揺したのを隠すためという利己的な理由で、真剣に問いに答えてくれた支倉をからかった俺が悪い。しかし、なぜか誤解されたままというのは腑に落ちなかった。
「…えっと、それじゃ、私そろそろコート戻りますね」
「待ちや」
「え?」
手首を掴むと、支倉は振り返った。
「――冗談ちゃうねん」
今となっては、さっきまでの悩みがどうでもよくなっていた。それは確実に他の誰でもなく、目の前に立つ支倉のおかげだ。真面目な顔して核心をついたかと思ったら、おそらく俺が深層心理で一番欲しいと思っていた言葉をくれて。だが、少しからかえば、4月の頃はとにかく真面目でガチガチに緊張していたくせに、最近はまるで子供のような表情で拗ねる。不思議と、そんな彼女といると気持ちが安らいだ。
「支倉のおかげや。――さっきはからかってもうたけどな、ほんまに嬉しかってん」
部室に広がる、数秒間の沈黙。目を合わせたままでいると、支倉は慌てはじめた。まだ顔は赤いままだ。
「……そう言ってもらえて、私も嬉しいです。 で、あの……」
「ん、何?」
「手」
「手ェ?」
「手、放してもらっても、いいですか?」
俺はどうやら彼女の手首をずっと掴みっぱなしだったらしい。
「堪忍な。嫌やった?」
「いや、嫌とかとかじゃないですけど……その、……あははは」
「笑ってごまかそ思てるやろ」
「あ、そうそう、白石部長」
いてもたってもいられなくなったのか、支倉はついに話題をすり替えた。
「謙也先輩とか小石川先輩とか、部長のことすごい心配してましたよ。あの健康マニアが具合悪いなんて珍しいな、って」
「……あいつら一言多いっちゅーねん」
「そうですか?部長、同期の先輩達から愛されてるなーって思って」
それじゃまたコートで、と言い残し、支倉は笑顔で部室から去っていった。さすがに同期からどう思われているか気になったことはなかったが、最後の一言も、きっと彼女なりの俺への励ましなのだろう。
支倉が部室を訪れて去っていくまでの5分間で、これまでにないほど、いろいろな彼女の面を、そしてくるくる変わっていく表情を見た。そして、もっと彼女の違う表情が見たい、もっと彼女のことが知りたい、と考えている自分に気づく。
そしてこの気持ちを何と呼ぶか気づかないほど、鈍感ではない。
「我ながら単純やなー……」
だが、きっと恋に落ちる時なんてそんなものなのだろう。