本編
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「白石先輩、好きです」
1週間ほど前。新聞部に向かう途中、部室の前の廊下で見かけた女子生徒は、4月にテニス部に仮入部したもののすぐに辞めてしまった元マネージャー。そんな彼女に、時間ありますか、と強引に引きとめられて、そして言われたのがこの言葉だ。
「……堪忍な。気持ちは嬉しいねんけど今はテニスに集中したいんや」
告白されるのははじめてではない。いつも通りそう断る。
普通ならそこで丸く収まるのだが、なぜか彼女は突拍子もないことを言い出した。
「わかりました。潔く諦めます。でも一つだけ言わせてください」
「ん、何?」
「テニスに集中したいんやったら、支倉さん、マネ辞めさせたほうがええんちゃいます?」
「……何でいきなり支倉の話やねん」
「一応元マネですし」
元マネって言うても、キミがテニス部におったのはたったの1週間やないか。とツッコミたい気持ちを抑える。
「最近支倉さん、男好きやって学年の女子の中で結構噂されてるんですよ。現に、財前くんとはめっちゃ仲ええみたいやし。マネ続けてるのも男狙いやって言われてます。男狙いなんてよこしまな理由で働いてるマネが部内におったら、白石先輩もテニス集中できひんと思って」
「……アドバイスおおきに。けどなぁ、支倉はそんな奴ちゃうで。ほな俺は新聞部行かなあかんから」
そんなことがあってから、支倉を見る目が少し変わった。何かと目立つ男子テニス部の紅一点である彼女を妬む者はきっと多いのだろう。そしてその妬みや僻みから、彼女に悪い噂が立つのも、避けられないことなのかもしれない。
文句ひとつ言わず仕事をこなしていく彼女の笑顔の裏側を見てしまった気がした。そして、彼女は部員にはこのことを隠そうとしているのだろう。だから俺も部内の誰にもこのことを話さなかった。もしかしたら財前は知っているのかもしれないが。
支倉を家の前まで届けたあと、来た道を引き返す。脳内では彼女の言葉が反芻されていた。
「だから、――さっき『めっちゃ助かってるわ。ありがとな』って言ってくれましたよね。それだけで、すごくうれしくて、私は他の女の子に何を言われてようがそんなことどうでもよくなっちゃうんですよ」
――俺も見習わな。周り気にしとる場合やあらへん。
第4話 賽は投げられた
翌日、関西大会に出場するメンバーを発表した後の部内には異様な空気が流れていた。強い者がレギュラーになるのは当たり前のことだが、やはりある程度築き上げてきた人間関係がある以上、少し気まずい空気になるのは避けられないことなのかもしれない。部長である自分にとって、このメンバー発表は、正直に言わせてもらうと苦痛だった。何せ相手には先輩も混じっているのだ。いくら部長だからとはいえ、いくらオサムちゃんとの相談の結果とはいえ、年下の自分が先輩達をレギュラーに指名したり、あるいは外したりする権限を持つのは気持ちのいいものではない。
「……らいし! 白石!」
「! 何やねん謙也」
「それはこっちのセリフや。何べん呼んでもうわの空やねんもん」
「そらすまんかったなぁ」
「自分、具合でも悪いんちゃう?らしくないやんか」
言われてみれば確かになんだか胸やけがして、頭痛もする。
数秒間何も言葉を発しなかった俺を見て、謙也はため息をついた。
「……図星か。部室で少し休んできたらどや」
「……ああ、せやな。なるべく早よう戻るわ」
*
無人の部室はやけに静かだった。椅子に座って机の上に突っ伏すと、頭のずっと奥の方でドクドクと脈の音が鳴っている。さっきまでこれでもかというほど日差しを浴びていたせいか、瞼の裏にはフラッシュのような光が残っていた。
そんな状態が何分続いただろうか。ガチャリと部室のドアが開く音で俺のぼんやりとしていた頭が再び覚醒した。
――誰や?
ゆっくりと顔を上げる。
「わっ、ごめんなさい!…起こしちゃった」
「……支倉。どないしたん、仕事は?」
そこにいたのは予想はしていたが、やはり支倉だった。きっと謙也が俺の介抱のために支倉を部室に送り込んだのだろう。
「仕事より部長のほうが大切ですよ!大丈夫ですか?熱測りました?」
「……測ってへんけど、きっと平熱やで」
「んー…でも、念のために測りましょ?熱中症かもしれないし」
支倉は手際よく部室の棚から救急箱を取り出して、その中の体温計を俺に渡す。
――それにしても、『仕事より部長のほうが大切』なんてよう、こうもはっきりと言えたもんやな。
他意はないということはわかっているが、面と向かって言われると少し照れる。
しばしの沈黙の後、それを打ち破る、ピピッ、ピピッ、という独特の機械音が鳴った。
「36度7分。ほら、平熱やろ」
「……よかった」
「自分、言うてることと顔の表情、全然違てるで?」
体温計を元の救急箱に戻している彼女の顔から、心配の色は抜けない。
「すごい失礼かもしれないんですけど」
「――怒らへんから言うてみ?」
「白石部長、最近なんとなく悩んでそうに見えてたから」
心配なんです。
とそう言う彼女の双眸は、心の中まで見透かされているように感じるほど、まっすぐ俺の目を見つめていて。
「その心配してくれる気持ちだけで十分やで」
そう言って笑ってごまかそうとしがた、彼女はその表情を変えない。
見つめられた時間は、数秒なのか、それとも数分だったのか。
その視線に、俺は負けた。
「…あかんな。やっぱりはぐらかせへんかったか」
「……」
「――なぁ支倉、2年部長ってどう思う?」
その問いに、彼女は一瞬目を丸くした。
1週間ほど前。新聞部に向かう途中、部室の前の廊下で見かけた女子生徒は、4月にテニス部に仮入部したもののすぐに辞めてしまった元マネージャー。そんな彼女に、時間ありますか、と強引に引きとめられて、そして言われたのがこの言葉だ。
「……堪忍な。気持ちは嬉しいねんけど今はテニスに集中したいんや」
告白されるのははじめてではない。いつも通りそう断る。
普通ならそこで丸く収まるのだが、なぜか彼女は突拍子もないことを言い出した。
「わかりました。潔く諦めます。でも一つだけ言わせてください」
「ん、何?」
「テニスに集中したいんやったら、支倉さん、マネ辞めさせたほうがええんちゃいます?」
「……何でいきなり支倉の話やねん」
「一応元マネですし」
元マネって言うても、キミがテニス部におったのはたったの1週間やないか。とツッコミたい気持ちを抑える。
「最近支倉さん、男好きやって学年の女子の中で結構噂されてるんですよ。現に、財前くんとはめっちゃ仲ええみたいやし。マネ続けてるのも男狙いやって言われてます。男狙いなんてよこしまな理由で働いてるマネが部内におったら、白石先輩もテニス集中できひんと思って」
「……アドバイスおおきに。けどなぁ、支倉はそんな奴ちゃうで。ほな俺は新聞部行かなあかんから」
そんなことがあってから、支倉を見る目が少し変わった。何かと目立つ男子テニス部の紅一点である彼女を妬む者はきっと多いのだろう。そしてその妬みや僻みから、彼女に悪い噂が立つのも、避けられないことなのかもしれない。
文句ひとつ言わず仕事をこなしていく彼女の笑顔の裏側を見てしまった気がした。そして、彼女は部員にはこのことを隠そうとしているのだろう。だから俺も部内の誰にもこのことを話さなかった。もしかしたら財前は知っているのかもしれないが。
支倉を家の前まで届けたあと、来た道を引き返す。脳内では彼女の言葉が反芻されていた。
「だから、――さっき『めっちゃ助かってるわ。ありがとな』って言ってくれましたよね。それだけで、すごくうれしくて、私は他の女の子に何を言われてようがそんなことどうでもよくなっちゃうんですよ」
――俺も見習わな。周り気にしとる場合やあらへん。
第4話 賽は投げられた
翌日、関西大会に出場するメンバーを発表した後の部内には異様な空気が流れていた。強い者がレギュラーになるのは当たり前のことだが、やはりある程度築き上げてきた人間関係がある以上、少し気まずい空気になるのは避けられないことなのかもしれない。部長である自分にとって、このメンバー発表は、正直に言わせてもらうと苦痛だった。何せ相手には先輩も混じっているのだ。いくら部長だからとはいえ、いくらオサムちゃんとの相談の結果とはいえ、年下の自分が先輩達をレギュラーに指名したり、あるいは外したりする権限を持つのは気持ちのいいものではない。
「……らいし! 白石!」
「! 何やねん謙也」
「それはこっちのセリフや。何べん呼んでもうわの空やねんもん」
「そらすまんかったなぁ」
「自分、具合でも悪いんちゃう?らしくないやんか」
言われてみれば確かになんだか胸やけがして、頭痛もする。
数秒間何も言葉を発しなかった俺を見て、謙也はため息をついた。
「……図星か。部室で少し休んできたらどや」
「……ああ、せやな。なるべく早よう戻るわ」
*
無人の部室はやけに静かだった。椅子に座って机の上に突っ伏すと、頭のずっと奥の方でドクドクと脈の音が鳴っている。さっきまでこれでもかというほど日差しを浴びていたせいか、瞼の裏にはフラッシュのような光が残っていた。
そんな状態が何分続いただろうか。ガチャリと部室のドアが開く音で俺のぼんやりとしていた頭が再び覚醒した。
――誰や?
ゆっくりと顔を上げる。
「わっ、ごめんなさい!…起こしちゃった」
「……支倉。どないしたん、仕事は?」
そこにいたのは予想はしていたが、やはり支倉だった。きっと謙也が俺の介抱のために支倉を部室に送り込んだのだろう。
「仕事より部長のほうが大切ですよ!大丈夫ですか?熱測りました?」
「……測ってへんけど、きっと平熱やで」
「んー…でも、念のために測りましょ?熱中症かもしれないし」
支倉は手際よく部室の棚から救急箱を取り出して、その中の体温計を俺に渡す。
――それにしても、『仕事より部長のほうが大切』なんてよう、こうもはっきりと言えたもんやな。
他意はないということはわかっているが、面と向かって言われると少し照れる。
しばしの沈黙の後、それを打ち破る、ピピッ、ピピッ、という独特の機械音が鳴った。
「36度7分。ほら、平熱やろ」
「……よかった」
「自分、言うてることと顔の表情、全然違てるで?」
体温計を元の救急箱に戻している彼女の顔から、心配の色は抜けない。
「すごい失礼かもしれないんですけど」
「――怒らへんから言うてみ?」
「白石部長、最近なんとなく悩んでそうに見えてたから」
心配なんです。
とそう言う彼女の双眸は、心の中まで見透かされているように感じるほど、まっすぐ俺の目を見つめていて。
「その心配してくれる気持ちだけで十分やで」
そう言って笑ってごまかそうとしがた、彼女はその表情を変えない。
見つめられた時間は、数秒なのか、それとも数分だったのか。
その視線に、俺は負けた。
「…あかんな。やっぱりはぐらかせへんかったか」
「……」
「――なぁ支倉、2年部長ってどう思う?」
その問いに、彼女は一瞬目を丸くした。