番外編
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「なあ、最近ふと思うねんけど」
「? 何ですか?」
「俺っていつまで『部長』なん?」
「――へ?」
How to call you
ふとそんなことを問われて、私は驚いた。そうだ、言われてみれば確かに彼はもうテニス部を引退して部長の座からは退いている。けれど、私はそんな彼を『部長』ないし『白石部長』と呼び続けていたのだ。
「…え、もしかして、嫌ですか?」
「別に嫌やないねんけど……麻衣は、謙也のことは何で呼んでる?」
「え……『謙也先輩』ですけど」
「ほなら、財前は?」
「人前じゃなかったら『光』?」
「じゃあ、俺は?」
「……『部長』ですよね」
「せやな。で、麻衣の彼氏は誰やっけ」
「…部長です」
「よお考えたら、何や、おかしない?」
そう問いかけられ、まるでぬいぐるみのように後ろから座ったまま抱きしめられたままの私は、首だけ後ろに振り返る。すると、私の肩に顎をのせていた部長と目が合った。あまりの近さに慌てて目をそらすと、彼は軽く笑って腕を緩めて、そのまま今度は向かい合うような形で座らされる。
「うーん……確かに、言われてみればそうかも……」
「せやろ?」
「え、で、でも他に何て呼べばいいんですか?白石『先輩』とか?」
「まあ、その『部長』から『先輩』の変化は置いといて――麻衣、俺の下の名前、覚えてる?」
部長はそんなことを言いながら、何かを企んでいるときの良い笑顔を浮かべている。
え、え、まさかこれは………。
い、いや、どうがんばっても、呼べないでしょう!恥ずかしすぎる!
「覚えてないわけないじゃないですか……!でも、」
「『でも』、何?」
「ずっと白石部長って呼んでたのに、今さら変えるの恥ずかしい…んですけど……」
「せやけど、どうせ麻衣もいつかは『白石』になんねんで?」
「ええええ!な…ななな何言ってるんですか突然!」
「はは。顔真っ赤や」
ここが部長の部屋でよかった、と心の底から感謝した。他の人に聞かれている可能性がないだけありがたい。もちろん部長も人前ではこういうことは言わないのだけれど、ふたりきりになった途端にコレだから、やっと気持ちが通じ合った日からかれこれ1ヶ月以上も経っているというのに、いまだに心臓は落ち着かない。
「で、でも、そしたらそれこそ謙也先輩とか光の前とかで絶対部長のこと呼べなくなりますよ……」
「ん?せやったら無理せんでも、ふたりきりのときだけでええよ?」
「そ、それこそなんかもう、は、恥ずかしいです…よ……!だって、そんな、く、く、くら、のす、けせんぱいとか……!」
「ははは、どんだけどもってんねん。ほら、練習やで練習」
部長はそう言いながら、ぱんぱん、と手を叩く。まるで、彼がその現役時代、練習中に「はい、止めやで~」なんて言いながらよくやっていた仕草だ。そのせいで、条件反射で姿勢が直ってしまう。部長は、たぶん私のその“習性”を利用したのだ。なんて計算高いのだろう。でも、そんな計算高いところところも好きだなぁ、なんて思ってしまう私は既に末期である。
「そんなうつむかんと、こっち向いて?」
「……はい」
「ん、ええ感じや。――ほんなら、さっそく呼んでみ?」
そんな、呼んでみ、だなんて。改まって言われると余計に呼べなくなってしまう。
それでも部長は、私のほうを微笑みをたたえながらじっと見つめているだけだった。彼の性格的に、きっと彼は、私がこうして恥ずかしがったりどもったりすることも含めてこの状況を楽しんでいる。1人だけ動揺している自分がバカみたいに思えて少しだけ悔しくなった私は、意を決した――うん、大丈夫、がんばれ私。
「……く、くらの、す、け、せ、んぱい」
「――あかんなぁ、まだどもっとる。やり直し」
「えええ…!」
「つか、よう考えたら俺の名前長すぎやんな。くらのすけせんぱい、て、そら噛むわな」
「は、はあ……」
「でもクーちゃんは正直妹に呼ばれてるみたいで勘弁やし……うん。決めた。『蔵』でええで、麻衣」
「え?!ハードル上がってますよ!」
「はは。ええやん。ユウジや小春も俺のこと蔵とか蔵リンとか言うてるし」
「うっ……」
「はいはい。もっかい練習やで?」
部長は私を宥めるようにそう言って、どことなく期待したような面持ちでにこにことこちらを見ている。恥ずかしいけれど、彼の期待に応えたい、という気持ちが私を後押しした。
「……く、蔵先輩……」
最初こそどもってしまったけれど、今回は結構すんなりと言えたほうだと思う。なのに、彼は何も反応をくれない。不安になって彼の顔を見つめ直すと、彼は、包帯の巻かれていない左手を口元に当てて、ふ、と視線をそらした。
「……すまん、俺のほうが照れてもうたわ」
「な!もう、呼ばせたのそっちじゃないですか…!」
「ははは。でも何や嬉しいわ。麻衣、よおできました。花まるや」
部長…じゃなかった、先輩は、そのまま私をそっと抱きしめて、耳元で「ごほうびやで」なんて呟いたあと、頬に触れるだけのキスをする。ごほうびなんてただの口実のくせに。つきあいはじめてから知った彼の新しい面。彼は、人前ではあんなにかっこいいくせに、ふたりきりになると意外とかわいい。ふふ、と思わず笑みがもれてしまったのを、彼は聞き逃さなかった。
「? なに笑ってるん?」
「えへへ、内緒です」
「……内緒なん?」
「内緒です」
「強情やなぁ」
ま、ええか、と彼は、ふう、と微笑みながらため息をつく。前言撤回。こういうとき、無理して聞きだしたりしないところが、やっぱり落ち着いていて、かっこいいなぁ、なんて思ってしまう。こんなに素敵な人に愛されているだなんて、私はなんてしあわせものなのだろう。そんなことを考えながら彼の目を見つめると、彼も私のほうを見つめていた。
それまでと、空気が変わったのを、感じた。
一気に心拍数が上がっていく。
「麻衣」
「?」
「――キスのときは、目ぇ瞑るのがマナーやで」
そんな彼の言葉に、どきどきしながら目を伏せると、そっとくちびるが重なった。
Fin.
「? 何ですか?」
「俺っていつまで『部長』なん?」
「――へ?」
How to call you
ふとそんなことを問われて、私は驚いた。そうだ、言われてみれば確かに彼はもうテニス部を引退して部長の座からは退いている。けれど、私はそんな彼を『部長』ないし『白石部長』と呼び続けていたのだ。
「…え、もしかして、嫌ですか?」
「別に嫌やないねんけど……麻衣は、謙也のことは何で呼んでる?」
「え……『謙也先輩』ですけど」
「ほなら、財前は?」
「人前じゃなかったら『光』?」
「じゃあ、俺は?」
「……『部長』ですよね」
「せやな。で、麻衣の彼氏は誰やっけ」
「…部長です」
「よお考えたら、何や、おかしない?」
そう問いかけられ、まるでぬいぐるみのように後ろから座ったまま抱きしめられたままの私は、首だけ後ろに振り返る。すると、私の肩に顎をのせていた部長と目が合った。あまりの近さに慌てて目をそらすと、彼は軽く笑って腕を緩めて、そのまま今度は向かい合うような形で座らされる。
「うーん……確かに、言われてみればそうかも……」
「せやろ?」
「え、で、でも他に何て呼べばいいんですか?白石『先輩』とか?」
「まあ、その『部長』から『先輩』の変化は置いといて――麻衣、俺の下の名前、覚えてる?」
部長はそんなことを言いながら、何かを企んでいるときの良い笑顔を浮かべている。
え、え、まさかこれは………。
い、いや、どうがんばっても、呼べないでしょう!恥ずかしすぎる!
「覚えてないわけないじゃないですか……!でも、」
「『でも』、何?」
「ずっと白石部長って呼んでたのに、今さら変えるの恥ずかしい…んですけど……」
「せやけど、どうせ麻衣もいつかは『白石』になんねんで?」
「ええええ!な…ななな何言ってるんですか突然!」
「はは。顔真っ赤や」
ここが部長の部屋でよかった、と心の底から感謝した。他の人に聞かれている可能性がないだけありがたい。もちろん部長も人前ではこういうことは言わないのだけれど、ふたりきりになった途端にコレだから、やっと気持ちが通じ合った日からかれこれ1ヶ月以上も経っているというのに、いまだに心臓は落ち着かない。
「で、でも、そしたらそれこそ謙也先輩とか光の前とかで絶対部長のこと呼べなくなりますよ……」
「ん?せやったら無理せんでも、ふたりきりのときだけでええよ?」
「そ、それこそなんかもう、は、恥ずかしいです…よ……!だって、そんな、く、く、くら、のす、けせんぱいとか……!」
「ははは、どんだけどもってんねん。ほら、練習やで練習」
部長はそう言いながら、ぱんぱん、と手を叩く。まるで、彼がその現役時代、練習中に「はい、止めやで~」なんて言いながらよくやっていた仕草だ。そのせいで、条件反射で姿勢が直ってしまう。部長は、たぶん私のその“習性”を利用したのだ。なんて計算高いのだろう。でも、そんな計算高いところところも好きだなぁ、なんて思ってしまう私は既に末期である。
「そんなうつむかんと、こっち向いて?」
「……はい」
「ん、ええ感じや。――ほんなら、さっそく呼んでみ?」
そんな、呼んでみ、だなんて。改まって言われると余計に呼べなくなってしまう。
それでも部長は、私のほうを微笑みをたたえながらじっと見つめているだけだった。彼の性格的に、きっと彼は、私がこうして恥ずかしがったりどもったりすることも含めてこの状況を楽しんでいる。1人だけ動揺している自分がバカみたいに思えて少しだけ悔しくなった私は、意を決した――うん、大丈夫、がんばれ私。
「……く、くらの、す、け、せ、んぱい」
「――あかんなぁ、まだどもっとる。やり直し」
「えええ…!」
「つか、よう考えたら俺の名前長すぎやんな。くらのすけせんぱい、て、そら噛むわな」
「は、はあ……」
「でもクーちゃんは正直妹に呼ばれてるみたいで勘弁やし……うん。決めた。『蔵』でええで、麻衣」
「え?!ハードル上がってますよ!」
「はは。ええやん。ユウジや小春も俺のこと蔵とか蔵リンとか言うてるし」
「うっ……」
「はいはい。もっかい練習やで?」
部長は私を宥めるようにそう言って、どことなく期待したような面持ちでにこにことこちらを見ている。恥ずかしいけれど、彼の期待に応えたい、という気持ちが私を後押しした。
「……く、蔵先輩……」
最初こそどもってしまったけれど、今回は結構すんなりと言えたほうだと思う。なのに、彼は何も反応をくれない。不安になって彼の顔を見つめ直すと、彼は、包帯の巻かれていない左手を口元に当てて、ふ、と視線をそらした。
「……すまん、俺のほうが照れてもうたわ」
「な!もう、呼ばせたのそっちじゃないですか…!」
「ははは。でも何や嬉しいわ。麻衣、よおできました。花まるや」
部長…じゃなかった、先輩は、そのまま私をそっと抱きしめて、耳元で「ごほうびやで」なんて呟いたあと、頬に触れるだけのキスをする。ごほうびなんてただの口実のくせに。つきあいはじめてから知った彼の新しい面。彼は、人前ではあんなにかっこいいくせに、ふたりきりになると意外とかわいい。ふふ、と思わず笑みがもれてしまったのを、彼は聞き逃さなかった。
「? なに笑ってるん?」
「えへへ、内緒です」
「……内緒なん?」
「内緒です」
「強情やなぁ」
ま、ええか、と彼は、ふう、と微笑みながらため息をつく。前言撤回。こういうとき、無理して聞きだしたりしないところが、やっぱり落ち着いていて、かっこいいなぁ、なんて思ってしまう。こんなに素敵な人に愛されているだなんて、私はなんてしあわせものなのだろう。そんなことを考えながら彼の目を見つめると、彼も私のほうを見つめていた。
それまでと、空気が変わったのを、感じた。
一気に心拍数が上がっていく。
「麻衣」
「?」
「――キスのときは、目ぇ瞑るのがマナーやで」
そんな彼の言葉に、どきどきしながら目を伏せると、そっとくちびるが重なった。
Fin.
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