本編
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そろそろ、ほんまになんとかせなあかん時期なのかもしれへん。とは思ったはいいが、実際は、そう簡単にはいかなかった。
俺は、テニス部の部長で、新聞部で連載を持っていて、しかも受験生だった。期末試験が終わったかと思えば三者面談、原稿の締め切り、そして、関西大会があって、なかなか彼女と話をするタイミングがつかめなかった。そして関西大会で優勝してからは、さらに俺たちテニス部員は多忙を極めた。お笑い講座もそこそこに練習が増え、月刊プロテニスや地元の新聞の取材も入った。そして極めつけは合宿と、全国大会へ向けた東京遠征だ。中学生活最後の夏休みの半分はテニスに費やしている気がする――否、実際、そうだ。
支倉も支倉で、関西大会前頃から練習試合があったり、雑務が増えたりと、いつも忙しそうにしていた。それでも俺達の前では疲れた顔ひとつ見せずに、逆に俺達に向かって「お疲れさまです」と笑顔を振りまいている。こんな支倉を毎日見ていると、財前から聞いた話が信じがたい。だが、財前の話は真実であって。
――……無理させとんのやろなあ。
しかし、この多忙な時期にそのことを蒸し返すのは、逆に彼女の考え事を増やすことになって良くない気がした。今はお互いテニスに集中したほうがいい。少なくとも、大阪にいる間は。
第20話 前夜祭 【前】
適当につけていたテレビのニュースに出ている気象予報士のお姉さんが「首都圏」だとか「関東」だとか言っているのを聞いて違和感を覚える。そして、今自分が東京にいることを自覚する。全国大会の数日前から東京入りをした私達は、今だけホテル暮らしだ。
書庫整理の日以来、いろいろ気になることはあった。例えば、あの女の子は結局部長とどうなったのだろう、だとか。
でも、そんなことをゆっくり考えている暇もないほど、6月後半からの忙しさは、尋常ではなかった。去年は部員のみんなをサポートするだけしかしていなかったけれど、今年はもう少し責任の重い仕事もオサムちゃんから回されるようになったからだ。
だから、テニス以外の余計なことは、意図的に脳内から排除した。――余計なことは、この忙しさが落ち着いてから、考えればいい。
そしてその“忙しさが落ち着いた”時が、今だった。大阪にいる間はあんなに忙しかったというのに、東京に来てからというもの、一気に仕事が減った。今だって、あと24時間後には大会1日目を終えている全国大会に思いを馳せているだけだ。相変わらずの1人部屋はすることもなく、私は部屋のベッドに転がった。みんなが消灯時間を守っているかは別として、一応しおりでは消灯は午後10時になっている。今はまだ午後9時で、寝るにはちょっと早い。
脳内から排除したその“余計なこと”が、頭をだんだん支配しつつあるのが、少し怖かった。
全国大会前最後のミーティングは、センチメンタルな雰囲気は微塵もなかった。しかし、この大会で勝っても負けても、3年生の先輩達は引退するのだ。そう思うと、今からさびしくなってしまう。全国大会は楽しみだけれど、でも、終わってしまうのがとても嫌だとも思う。気持ちは複雑だ。
そういえば、「ええ部長とマネージャーでいよな」と部長に言われたことを思い出す。引退するということは白石部長はもう部長ではなくて、ただの先輩になってしまうということだ。全国大会が終わったら、私達の関係はどうなってしまうのだろう。願わくば、―――。そこまで考えたところで、ベッドからがばっと起き上がる。
「だめだめ…今は明日の全国大会のことに集中しないと……」
しかし、口ではそう言いつつも、もう頭の中はすっかり白石部長に浸食されていた。どうしよう、落ち着かない。
突発的に、ルームキーと財布と携帯だけを持って、私は部屋の外に出た。ホテルの中を散歩して気分転換しよう。そして、部屋に帰ってお風呂に入れば、すぐ眠れる。眠ってしまえばこんなこと考えなくて、済むはず。
*
監督と最後のオーダーの話し合いを終えて、自分の部屋までの廊下を歩いていた。明日からついに全国大会が始まる。3年間続けてきたテニス部も、とりあえずこの大会で一区切りだ。有終の美が飾れればええねんけどなぁと、そんなことを考えながら歩いていると、見覚えのある後ろ姿に追いついた。――何でおるん。誰かが仕組んだとしか思えへんわ。
「支倉」
想像通り、驚いた顔をして支倉は振り返った。
「ぶ、部長、どうしたんですか? こんな時間に」
「今までオサムちゃんと明日のオーダーの話しててん。――支倉こそこないな時間にどないしたん?」
「え? あ、えっと……気分転換、みたいなものです」
「気分転換?」
「なんか、ちょっと気持ちが落ち着かなくて、眠れそうになくて。でも、もう時間遅いですよね、ごめんなさい」
咎められるのかと勘違いしたのか、支倉は「もう部屋戻りますから!」と慌てて踵を返そうとする。反射的にその細い手首を掴んだ。
「…え、っと、あの」
「急ぐ?」
「……まだ大丈夫ですけど」
「さよか。ほな、少し時間くれへん?――話さなあかんことがあんねん」
財前から聞いた話が本当だとすれば、2つ、支倉と話さなければいけないことがあった。1つは、あの日どういう形であれ彼女を傷つけてしまったことを謝ること、そして、もう1つはもうすぐ終わりを遂げる部長とマネージャーという関係をこれからどうするかということ。
本当は大会が終わってからでもよかったのかもしれない。しかし、この絶好のチャンスを逃したくはなかった。
ちょうど見つけた非常階段のドアを開けて、そのまま支倉も中に引っ張り込む。
バタン、とドアの閉まる音がした。
俺は、テニス部の部長で、新聞部で連載を持っていて、しかも受験生だった。期末試験が終わったかと思えば三者面談、原稿の締め切り、そして、関西大会があって、なかなか彼女と話をするタイミングがつかめなかった。そして関西大会で優勝してからは、さらに俺たちテニス部員は多忙を極めた。お笑い講座もそこそこに練習が増え、月刊プロテニスや地元の新聞の取材も入った。そして極めつけは合宿と、全国大会へ向けた東京遠征だ。中学生活最後の夏休みの半分はテニスに費やしている気がする――否、実際、そうだ。
支倉も支倉で、関西大会前頃から練習試合があったり、雑務が増えたりと、いつも忙しそうにしていた。それでも俺達の前では疲れた顔ひとつ見せずに、逆に俺達に向かって「お疲れさまです」と笑顔を振りまいている。こんな支倉を毎日見ていると、財前から聞いた話が信じがたい。だが、財前の話は真実であって。
――……無理させとんのやろなあ。
しかし、この多忙な時期にそのことを蒸し返すのは、逆に彼女の考え事を増やすことになって良くない気がした。今はお互いテニスに集中したほうがいい。少なくとも、大阪にいる間は。
第20話 前夜祭 【前】
適当につけていたテレビのニュースに出ている気象予報士のお姉さんが「首都圏」だとか「関東」だとか言っているのを聞いて違和感を覚える。そして、今自分が東京にいることを自覚する。全国大会の数日前から東京入りをした私達は、今だけホテル暮らしだ。
書庫整理の日以来、いろいろ気になることはあった。例えば、あの女の子は結局部長とどうなったのだろう、だとか。
でも、そんなことをゆっくり考えている暇もないほど、6月後半からの忙しさは、尋常ではなかった。去年は部員のみんなをサポートするだけしかしていなかったけれど、今年はもう少し責任の重い仕事もオサムちゃんから回されるようになったからだ。
だから、テニス以外の余計なことは、意図的に脳内から排除した。――余計なことは、この忙しさが落ち着いてから、考えればいい。
そしてその“忙しさが落ち着いた”時が、今だった。大阪にいる間はあんなに忙しかったというのに、東京に来てからというもの、一気に仕事が減った。今だって、あと24時間後には大会1日目を終えている全国大会に思いを馳せているだけだ。相変わらずの1人部屋はすることもなく、私は部屋のベッドに転がった。みんなが消灯時間を守っているかは別として、一応しおりでは消灯は午後10時になっている。今はまだ午後9時で、寝るにはちょっと早い。
脳内から排除したその“余計なこと”が、頭をだんだん支配しつつあるのが、少し怖かった。
全国大会前最後のミーティングは、センチメンタルな雰囲気は微塵もなかった。しかし、この大会で勝っても負けても、3年生の先輩達は引退するのだ。そう思うと、今からさびしくなってしまう。全国大会は楽しみだけれど、でも、終わってしまうのがとても嫌だとも思う。気持ちは複雑だ。
そういえば、「ええ部長とマネージャーでいよな」と部長に言われたことを思い出す。引退するということは白石部長はもう部長ではなくて、ただの先輩になってしまうということだ。全国大会が終わったら、私達の関係はどうなってしまうのだろう。願わくば、―――。そこまで考えたところで、ベッドからがばっと起き上がる。
「だめだめ…今は明日の全国大会のことに集中しないと……」
しかし、口ではそう言いつつも、もう頭の中はすっかり白石部長に浸食されていた。どうしよう、落ち着かない。
突発的に、ルームキーと財布と携帯だけを持って、私は部屋の外に出た。ホテルの中を散歩して気分転換しよう。そして、部屋に帰ってお風呂に入れば、すぐ眠れる。眠ってしまえばこんなこと考えなくて、済むはず。
*
監督と最後のオーダーの話し合いを終えて、自分の部屋までの廊下を歩いていた。明日からついに全国大会が始まる。3年間続けてきたテニス部も、とりあえずこの大会で一区切りだ。有終の美が飾れればええねんけどなぁと、そんなことを考えながら歩いていると、見覚えのある後ろ姿に追いついた。――何でおるん。誰かが仕組んだとしか思えへんわ。
「支倉」
想像通り、驚いた顔をして支倉は振り返った。
「ぶ、部長、どうしたんですか? こんな時間に」
「今までオサムちゃんと明日のオーダーの話しててん。――支倉こそこないな時間にどないしたん?」
「え? あ、えっと……気分転換、みたいなものです」
「気分転換?」
「なんか、ちょっと気持ちが落ち着かなくて、眠れそうになくて。でも、もう時間遅いですよね、ごめんなさい」
咎められるのかと勘違いしたのか、支倉は「もう部屋戻りますから!」と慌てて踵を返そうとする。反射的にその細い手首を掴んだ。
「…え、っと、あの」
「急ぐ?」
「……まだ大丈夫ですけど」
「さよか。ほな、少し時間くれへん?――話さなあかんことがあんねん」
財前から聞いた話が本当だとすれば、2つ、支倉と話さなければいけないことがあった。1つは、あの日どういう形であれ彼女を傷つけてしまったことを謝ること、そして、もう1つはもうすぐ終わりを遂げる部長とマネージャーという関係をこれからどうするかということ。
本当は大会が終わってからでもよかったのかもしれない。しかし、この絶好のチャンスを逃したくはなかった。
ちょうど見つけた非常階段のドアを開けて、そのまま支倉も中に引っ張り込む。
バタン、とドアの閉まる音がした。