本編
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月日が流れるのは早い。
私が四天宝寺中のテニス部にマネージャーとして入部してから、もう2か月が経ってしまった。
第2話 才能の裏側
結局、正式に入部届を提出してマネージャーになったのは、私1人だけだった。やはりミーハーな気持ちだけでマネージャーをやろうと思った子達にとってテニス部のマネージャーの仕事はキツすぎたらしい。決して少なくない部員全員のサポートに、雑用、試合の記録、ドリンクづくり、怪我の手当など、休む暇が全くないからだ。
もちろん私にとっても、この仕事はキツイ。さらにテニス部がない日は文化部のほうの活動があるから、ここ1か月間は家に帰ると夕ごはんや勉強もそこそこに、ベッドに倒れ込んでしまうような日々が続いている。それでもこのマネージャーという仕事を続けていこうと思えるのは、部員のみんなが、私の何倍、いや、何十倍も頑張って練習に励んでいるからだ。
「ほな、レギュラーは得意技練習、1,2年生は基礎練ちゅーことで」
白石部長はいつものように部員に指示を出す。オサムちゃんはそんな部長を満足そうに後ろから眺めている。2年生のうちから部長という大役を任されて、本当にこの人はすごい人なんだなと思ってしまう。実際この1か月間私も白石部長の下でマネージャーとして働いてきてわかったのは、彼はテニスももちろん強いけれど、その他にも、部員に対する気配りや統率力が備わっているということだ。部長として彼以上に適任な人はいないと感じている。オサムちゃんも普段はゆるゆるだけれど、白石蔵ノ介という人を部長に指名したというのはさすが監督としか言いようがない。
私はいつものようにテニスボールの入ったカゴを出して、部の活動日誌に練習メニューを記録する。
そして、時間通りに、部活は終わったはずだった。
私がボールのカゴを片付けようとすると、白石部長がそれを止める。
「それ、置いといてくれへん?」
「え?いいんですか?」
「ああ。俺が後でちゃんとしまっておくから」
そのときは私はそのことをそんなに気にも留めずに、それなら、とカゴを置いたままコートを後にした。軽く部室の整理整頓をしてから、活動日誌に記録をする。そして、校舎に戻り、女子更衣室でデオドラントスプレーをしてから制服に着替え、最後に髪を整える。そしてカバンを肩にかけ校舎を出ると。
遠くから、テニスボールの音が聞こえた。
――もしかして。私は急いでテニスコートへ戻って、フェンス越しに様子を確認する。
やっぱり、そうだったんだ。
私はできるだけ白石部長の集中を途切れさせないようにそっとそっとフェンスの内側に入る。
私に気づかない彼は、素振りを続ける。そして時たま、ボールを使って何やらショットを打つ。その様子をずっと傍観しながら、私はふと気づいた。つい今まで私は白石部長はテニスに対して天才的な技能を先天的に持って生まれてきた人だと思っていた。しかし、目の前の彼はこんなにも努力をしている。もちろんある程度は才能の部分もあるのだろうけれど、きっと、彼の実力はそんな才能よりも人一倍の努力の上に成り立っているものなのだ。
そんなことを考えていると、突然ヒュン、ヒュン、と空を切る素振りの音が、止む。
そして。
「――支倉、いつからおったん」
少し驚いたような表情の部長。見つかってしまった。
「こんな時間まで一人で残って練習してたんですか?」
「まだ7時やし、そんな大それたもんやないて。支倉こそこないな時間まで残っててええの?親御さん心配せえへん?」
「ウチの親はもう諦めてますよ。部活入ってから毎日遅いから」
「……確かにな。マネ1人しかおらんし仕事多そうやもんな」
会話を交わしながら、白石部長はラケットを下ろす。
……やっぱり私練習の邪魔になってる。
「すみません、なんかせっかく集中して練習してたのに」
「気にせんでええって。どうせ、そろそろ帰ろ思てたし」
彼はタオルを首のあたりにかけると、ラケットを使ってボールを拾い始めた。
「ああああいいですいいです私がやります!」
「あかんて。俺が勝手に練習して散らかしたボールや。それに自分今スカートなんやから、かがんだらパンツ見えるで」
「?!」
まさか白石部長がこんな冗談を言う人だとは思っていなかった。
「部長、それセクハラです!」
「冗談やって。いちいち慌てておもろいやっちゃなぁ」
白石部長は笑う。その間にもボールはどんどん集められていって、コートはすっかりきれいになっていた。
そういえばこんなにゆっくり白石部長と2人で話すのははじめてかもしれない。
「カゴは私が返しておきますから、部長は先に帰ってくださいね」
「ええって。むしろ支倉が早う帰りなさい」
「……ここまで練習を邪魔しておいて部長より早く帰れるわけないじゃないですか。それに早く着替えないと汗が冷えて風邪ひいちゃいますよ!だから部長は早く部室に戻って着替えてください」
「………まさか年下のマネージャーに命令されるとは」
「すみません、そんなつもりじゃ」
白石部長は、小さくため息をつきながら、笑う。
「支倉、ちょっとは冗談通じるようにならんと、この先、生きていかれへんで」
「……努力します」
「ええコや。ほんなら俺はお言葉に甘えるとするわ。風邪ひきとうないしな」
私の頭を軽く撫でると、部長はそのままコートを出て行く。なんだかとても子供扱いされているようだ。確かに、たった1つしか年は変わらないのに、部長は私なんかよりずっと外見も中身も大人だけれど。
ふと、「あ、そうや、」と突然部長は振り返る。
「やっぱり支倉はまだ帰ったらあかん。俺が着替え終わるまで待っとって。送ってくわ」
「え?!1人で帰れますよ?」
「あかん。もう暗くなってもうたし女の子の独り歩きは危険や」
「でも」
「ええから待ってなさい。絶対やで」
その強い口調に折れるしかなく、この日、私は白石部長といっしょに帰ることになってしまった。
私が四天宝寺中のテニス部にマネージャーとして入部してから、もう2か月が経ってしまった。
第2話 才能の裏側
結局、正式に入部届を提出してマネージャーになったのは、私1人だけだった。やはりミーハーな気持ちだけでマネージャーをやろうと思った子達にとってテニス部のマネージャーの仕事はキツすぎたらしい。決して少なくない部員全員のサポートに、雑用、試合の記録、ドリンクづくり、怪我の手当など、休む暇が全くないからだ。
もちろん私にとっても、この仕事はキツイ。さらにテニス部がない日は文化部のほうの活動があるから、ここ1か月間は家に帰ると夕ごはんや勉強もそこそこに、ベッドに倒れ込んでしまうような日々が続いている。それでもこのマネージャーという仕事を続けていこうと思えるのは、部員のみんなが、私の何倍、いや、何十倍も頑張って練習に励んでいるからだ。
「ほな、レギュラーは得意技練習、1,2年生は基礎練ちゅーことで」
白石部長はいつものように部員に指示を出す。オサムちゃんはそんな部長を満足そうに後ろから眺めている。2年生のうちから部長という大役を任されて、本当にこの人はすごい人なんだなと思ってしまう。実際この1か月間私も白石部長の下でマネージャーとして働いてきてわかったのは、彼はテニスももちろん強いけれど、その他にも、部員に対する気配りや統率力が備わっているということだ。部長として彼以上に適任な人はいないと感じている。オサムちゃんも普段はゆるゆるだけれど、白石蔵ノ介という人を部長に指名したというのはさすが監督としか言いようがない。
私はいつものようにテニスボールの入ったカゴを出して、部の活動日誌に練習メニューを記録する。
そして、時間通りに、部活は終わったはずだった。
私がボールのカゴを片付けようとすると、白石部長がそれを止める。
「それ、置いといてくれへん?」
「え?いいんですか?」
「ああ。俺が後でちゃんとしまっておくから」
そのときは私はそのことをそんなに気にも留めずに、それなら、とカゴを置いたままコートを後にした。軽く部室の整理整頓をしてから、活動日誌に記録をする。そして、校舎に戻り、女子更衣室でデオドラントスプレーをしてから制服に着替え、最後に髪を整える。そしてカバンを肩にかけ校舎を出ると。
遠くから、テニスボールの音が聞こえた。
――もしかして。私は急いでテニスコートへ戻って、フェンス越しに様子を確認する。
やっぱり、そうだったんだ。
私はできるだけ白石部長の集中を途切れさせないようにそっとそっとフェンスの内側に入る。
私に気づかない彼は、素振りを続ける。そして時たま、ボールを使って何やらショットを打つ。その様子をずっと傍観しながら、私はふと気づいた。つい今まで私は白石部長はテニスに対して天才的な技能を先天的に持って生まれてきた人だと思っていた。しかし、目の前の彼はこんなにも努力をしている。もちろんある程度は才能の部分もあるのだろうけれど、きっと、彼の実力はそんな才能よりも人一倍の努力の上に成り立っているものなのだ。
そんなことを考えていると、突然ヒュン、ヒュン、と空を切る素振りの音が、止む。
そして。
「――支倉、いつからおったん」
少し驚いたような表情の部長。見つかってしまった。
「こんな時間まで一人で残って練習してたんですか?」
「まだ7時やし、そんな大それたもんやないて。支倉こそこないな時間まで残っててええの?親御さん心配せえへん?」
「ウチの親はもう諦めてますよ。部活入ってから毎日遅いから」
「……確かにな。マネ1人しかおらんし仕事多そうやもんな」
会話を交わしながら、白石部長はラケットを下ろす。
……やっぱり私練習の邪魔になってる。
「すみません、なんかせっかく集中して練習してたのに」
「気にせんでええって。どうせ、そろそろ帰ろ思てたし」
彼はタオルを首のあたりにかけると、ラケットを使ってボールを拾い始めた。
「ああああいいですいいです私がやります!」
「あかんて。俺が勝手に練習して散らかしたボールや。それに自分今スカートなんやから、かがんだらパンツ見えるで」
「?!」
まさか白石部長がこんな冗談を言う人だとは思っていなかった。
「部長、それセクハラです!」
「冗談やって。いちいち慌てておもろいやっちゃなぁ」
白石部長は笑う。その間にもボールはどんどん集められていって、コートはすっかりきれいになっていた。
そういえばこんなにゆっくり白石部長と2人で話すのははじめてかもしれない。
「カゴは私が返しておきますから、部長は先に帰ってくださいね」
「ええって。むしろ支倉が早う帰りなさい」
「……ここまで練習を邪魔しておいて部長より早く帰れるわけないじゃないですか。それに早く着替えないと汗が冷えて風邪ひいちゃいますよ!だから部長は早く部室に戻って着替えてください」
「………まさか年下のマネージャーに命令されるとは」
「すみません、そんなつもりじゃ」
白石部長は、小さくため息をつきながら、笑う。
「支倉、ちょっとは冗談通じるようにならんと、この先、生きていかれへんで」
「……努力します」
「ええコや。ほんなら俺はお言葉に甘えるとするわ。風邪ひきとうないしな」
私の頭を軽く撫でると、部長はそのままコートを出て行く。なんだかとても子供扱いされているようだ。確かに、たった1つしか年は変わらないのに、部長は私なんかよりずっと外見も中身も大人だけれど。
ふと、「あ、そうや、」と突然部長は振り返る。
「やっぱり支倉はまだ帰ったらあかん。俺が着替え終わるまで待っとって。送ってくわ」
「え?!1人で帰れますよ?」
「あかん。もう暗くなってもうたし女の子の独り歩きは危険や」
「でも」
「ええから待ってなさい。絶対やで」
その強い口調に折れるしかなく、この日、私は白石部長といっしょに帰ることになってしまった。