本編
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一斉入部の日、ふたを開けてみれば正式に入部したのは選手が入部希望者の3分の1、マネージャーはゼロだった。
マネージャーがゼロという結果を残念に思いつつも、心のどこかではそれに安心している自分がいて、そんな自分に嫌気がさす。――ほんと、どうして、こんなにやきもちやくようになっちゃったんだろう。
そしてこんな気持ちをどこかに抱えたまま、大阪は梅雨の季節を迎えた。
第18話 そして、零れた願い
「……っはあ」
「そのため息、辛気臭いわ」
「そんなこと言われても……まさか書庫整理に当たるとは」
無人の図書室のカウンターに座りながらそんな会話をしていた。なんと今年、私は光と委員会まで同じになってしまったのだ。けれど、図書委員に立候補したのは私のほうが先だから、私のせいではない。
今日は月曜日でせっかくのオフだというのに、私達は放課後の図書当番になってしまった。しかも毎月第二月曜日の当番には重要な使命が与えられていたのだ。その名も、書庫整理。めったに開かれることのない書庫の整理は、委員長の話によると“ハウスダスト持ちの人には苦痛でしかない”らしい。
「今なら人もおれへんし……さっさと書庫整理終わらせへん?」
「うん、そうだね。鍵、鍵、っと……」
木箱の引き出しから年季の入った鍵を取り出すと、図書室の奥にある書庫の扉に向かった。ガチャリと音を立てて開いた鍵と扉の向こうは未知の世界だ。
「……埃っぽすぎ」
「……ほんとだ…ちょっと息苦しいかも」
「ちょお、これ無理あるやろ。窓開けるわ」
「え、ダメだって!本傷んじゃうよ!」
「アホ。窓開けへんかったら本傷む前に俺が死にそうや」
「光、ハウスダスト持ちなの?」
「さあな。知らんわ。けど、とりあえず鼻と耳の奥がかゆい」
光は書庫の一番奥の窓に向かって歩を進める。私はそんな光を追いかけて、結局窓際に来てしまった。なるほど、確かに、私もちょっと鼻がむずがゆくなってきた気がする。
「今ちょうど雨降ってへんみたいやし、開けるで」
カシャンという音を立ててロックを外して、カラカラカラと光は窓を開けた。一気に新鮮な空気が入ってくる。
「……わぁ、いい空気!」
「さっきまで窓開けたらダメ言うてたくせに」
「それはそれ、これはこれ」
「どないな理屈やねん」
「きっと本も久々の新鮮な空気に喜んでるよ。てなわけで書庫整理しよっか」
私は書庫に移す本を取りに行こうと一旦図書室に戻ろうとした。しかし、窓を覗き込んだ光はその場から動く様子を見せない。
「……光、どうしたの?そんなにのぞき込んだら、下落ちるよ?」
口ではそう言いつつ、私は光と同じように、開いた窓から下を見下ろした。
――へえ、書庫の窓って3号館の裏に面してるんだ。校舎裏が告白スポットだということは知っていたけれど、そこには案の定抱きしめあう制服姿の男女の姿があった。
わああ……見てるこっちが照れるんですけど。
けれど、彼らをよく見て、気がついてしまった。
え?
嘘だよね?
「嘘……」
遠くて、彼らが何を話しているのかも聞こえないし、抱き合っているのかそれともどちらかが一方的にどちらかを抱きしめているのかもわからないけれど、ひとつだけ、確実なことがある。その制服姿の男女の男の子のほうは――白石部長だ。
きっと一方的に彼が女の子のほうに抱きつかれているだけなんだ。しかし、そうだとしても、視覚から入ってきた映像が脳裏に焼きついて離れない。
――やだ。離れて。
女の子を見た瞬間そんなことを思った。
部長は、私のものでもなんでもないのに。
彼と私はただの部長とマネージャーで、恋人同士でもなんでもないのに。
「…光」
「何や」
「……光は、人を好きになったこと、ある?」
「そら、約14年も生きてれば、それなりに」
「……どうしよう……マネージャーでいなきゃならないのに、やきもちやいちゃう……これって、おかしいのかな……」
――どうしよう、すごく、いやだ。
そんな気持ちが高ぶったかと思えば、びっくりするくらい自然に、目から水滴が出てきた。水滴?いや、これは涙だ。ああもう、どうして涙が出てくるんだろう。涙腺が壊れたみたいだ。両手で顔を覆ってもぽろぽろと流れる涙は、止まるということを知らない。
ふと、思い出した。
いつだったか、部長のお姉さんと部長が2人で並んで歩いていたとき――状況がここまでではなかったというのもあるけれど、あのとき涙が出てこなかったのも、やきもちをやかなかったのも、まだ気持ちが成熟しきってなかったからだ。たとえばもしあのときに今と同じ状況を目撃していたとしたら、きっと、傷つきはしただろうけれど、きっとこんなふうにはなっていなかったはずだ。
だけど、今は――もう彼への気持ちは、育つところまで育ってしまった。これが恋じゃないとするならば、この気持ちはなんて呼べばいいの?
「―――私、白石部長の彼女になりたいよ……」
掠れた声でそう呟いた私を、光はため息交じりに抱きしめた。
マネージャーがゼロという結果を残念に思いつつも、心のどこかではそれに安心している自分がいて、そんな自分に嫌気がさす。――ほんと、どうして、こんなにやきもちやくようになっちゃったんだろう。
そしてこんな気持ちをどこかに抱えたまま、大阪は梅雨の季節を迎えた。
第18話 そして、零れた願い
「……っはあ」
「そのため息、辛気臭いわ」
「そんなこと言われても……まさか書庫整理に当たるとは」
無人の図書室のカウンターに座りながらそんな会話をしていた。なんと今年、私は光と委員会まで同じになってしまったのだ。けれど、図書委員に立候補したのは私のほうが先だから、私のせいではない。
今日は月曜日でせっかくのオフだというのに、私達は放課後の図書当番になってしまった。しかも毎月第二月曜日の当番には重要な使命が与えられていたのだ。その名も、書庫整理。めったに開かれることのない書庫の整理は、委員長の話によると“ハウスダスト持ちの人には苦痛でしかない”らしい。
「今なら人もおれへんし……さっさと書庫整理終わらせへん?」
「うん、そうだね。鍵、鍵、っと……」
木箱の引き出しから年季の入った鍵を取り出すと、図書室の奥にある書庫の扉に向かった。ガチャリと音を立てて開いた鍵と扉の向こうは未知の世界だ。
「……埃っぽすぎ」
「……ほんとだ…ちょっと息苦しいかも」
「ちょお、これ無理あるやろ。窓開けるわ」
「え、ダメだって!本傷んじゃうよ!」
「アホ。窓開けへんかったら本傷む前に俺が死にそうや」
「光、ハウスダスト持ちなの?」
「さあな。知らんわ。けど、とりあえず鼻と耳の奥がかゆい」
光は書庫の一番奥の窓に向かって歩を進める。私はそんな光を追いかけて、結局窓際に来てしまった。なるほど、確かに、私もちょっと鼻がむずがゆくなってきた気がする。
「今ちょうど雨降ってへんみたいやし、開けるで」
カシャンという音を立ててロックを外して、カラカラカラと光は窓を開けた。一気に新鮮な空気が入ってくる。
「……わぁ、いい空気!」
「さっきまで窓開けたらダメ言うてたくせに」
「それはそれ、これはこれ」
「どないな理屈やねん」
「きっと本も久々の新鮮な空気に喜んでるよ。てなわけで書庫整理しよっか」
私は書庫に移す本を取りに行こうと一旦図書室に戻ろうとした。しかし、窓を覗き込んだ光はその場から動く様子を見せない。
「……光、どうしたの?そんなにのぞき込んだら、下落ちるよ?」
口ではそう言いつつ、私は光と同じように、開いた窓から下を見下ろした。
――へえ、書庫の窓って3号館の裏に面してるんだ。校舎裏が告白スポットだということは知っていたけれど、そこには案の定抱きしめあう制服姿の男女の姿があった。
わああ……見てるこっちが照れるんですけど。
けれど、彼らをよく見て、気がついてしまった。
え?
嘘だよね?
「嘘……」
遠くて、彼らが何を話しているのかも聞こえないし、抱き合っているのかそれともどちらかが一方的にどちらかを抱きしめているのかもわからないけれど、ひとつだけ、確実なことがある。その制服姿の男女の男の子のほうは――白石部長だ。
きっと一方的に彼が女の子のほうに抱きつかれているだけなんだ。しかし、そうだとしても、視覚から入ってきた映像が脳裏に焼きついて離れない。
――やだ。離れて。
女の子を見た瞬間そんなことを思った。
部長は、私のものでもなんでもないのに。
彼と私はただの部長とマネージャーで、恋人同士でもなんでもないのに。
「…光」
「何や」
「……光は、人を好きになったこと、ある?」
「そら、約14年も生きてれば、それなりに」
「……どうしよう……マネージャーでいなきゃならないのに、やきもちやいちゃう……これって、おかしいのかな……」
――どうしよう、すごく、いやだ。
そんな気持ちが高ぶったかと思えば、びっくりするくらい自然に、目から水滴が出てきた。水滴?いや、これは涙だ。ああもう、どうして涙が出てくるんだろう。涙腺が壊れたみたいだ。両手で顔を覆ってもぽろぽろと流れる涙は、止まるということを知らない。
ふと、思い出した。
いつだったか、部長のお姉さんと部長が2人で並んで歩いていたとき――状況がここまでではなかったというのもあるけれど、あのとき涙が出てこなかったのも、やきもちをやかなかったのも、まだ気持ちが成熟しきってなかったからだ。たとえばもしあのときに今と同じ状況を目撃していたとしたら、きっと、傷つきはしただろうけれど、きっとこんなふうにはなっていなかったはずだ。
だけど、今は――もう彼への気持ちは、育つところまで育ってしまった。これが恋じゃないとするならば、この気持ちはなんて呼べばいいの?
「―――私、白石部長の彼女になりたいよ……」
掠れた声でそう呟いた私を、光はため息交じりに抱きしめた。