本編
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第15話 時期尚早
はじめてのキスは、はじめてらしくない長いキスだった。息の仕方がわからなくて苦しい。鼻で息を吸えばよいのだと気づいたころ、やっとくちびるが離れて私は解放された。頬が熱い。
「―――嫌やった…よな?……ごめんな」
少し掠れた声でそう聞いてくる部長がいつもよりもなんだか色っぽくて、心臓がさらにどきどきと激しく動きはじめた気がした。好きな人にキスをされて、嫌なわけがない。私は首を横に振った。
「……でも……どうして……」
「――支倉見てたら、キスしたい思う気持ち抑えきれへんかってん」
切ないような真剣な表情でそんなことを言われたせいか、泣きそうになった。もしかして、もしかするのかもしれない。部長も私と同じ想いを胸に秘めていてくれているのかもしれない。
このまま、好きだと伝えてしまえたら楽だったのかもしれないけれど、最後の意地が、それをかたくなに拒む。私はテニス部のマネージャーで、彼はテニス部の部長なのだ。思わずくちびるをかんだ。
「……ほんまは、このまま伝えてしまいたいと思う気持ちもあんねんけど――その顔見てたらやっぱり言われへんな」
「――どういうことですか?」
「きっと支倉は真面目やから、周りからよこしまな理由で入部してきたマネージャーみたいに見られるのは嫌やと思うねん。っちゅーことは、俺らが部長とマネージャーでいてる限りは、ここから先のことを口にするんは時期尚早や」
私の考えていることはどうやら彼には筒抜けだったようだ。どうして私の考えていることがこんなにも手に取るようにわかってしまうのだろう。彼の言うとおりだった。私は確かに部長のことが好きだけれど、それは結果論であって、はじめから部長めあてで入部したわけではない。そんなふうに周りから思われるのは、入学当初、あることないこと噂されていたことを思い出すと、どうしても嫌だった。
「それに俺も一応部長やから今はテニスに集中する時期やと思うねん。せやから――明日からはまた、ええ部長とマネージャーでいよな?」
さわやかに笑った彼は、すっかり“部長”の顔に戻っていた。
部長のためにも、私のためにも、今はまだ部長とマネージャーの関係を保つほうがよいのだ。私は頷くしかなった。こくん、と首を縦に動かすと、部長はその左手を私の頭の上にぽんと置いて、「ん。やっぱりええコやな」と呟いた。
その日は部長が「先に帰ってええよ」と言ったから、お言葉に甘えて、残りの DVDの整理は部長に任せて、帰らせてもらうことにした。
帰ってくるなり、ベッドにもぐりこんで、そして今日1日のことを思い出す。そして、気づけば人指し指でくちびるをなぞっていている自分に恥ずかしくなる。
――ああもう何してるんだろう。
時間が経つにつれて、どんどん実感がわいてきた。私は、あの白石部長と、キスをしてしまったのだ。そして――直接言われたわけではないけれど、両想いなのだ。
明日からは元の部長とマネージャーの関係に戻らなければいけない。――でも、部長がそれを「忘れてや」と言った今日くらいは、舞い上がってもいいよね?どうしよう、嬉しい。ベッドの中で、顔がにやけるのを抑えられなかった。
*
その次の日からの私達の関係は、表向きは部長とマネージャーだったけれど、部活中に目が合うことが多くなったりというように、ひそかに変化した。部長と私は友達という関係ではなかったから、友達以上恋人未満というのとは少し違うけれど、でもその表現がいちばん近い気がする。
――そして、月日は流れていった。
たとえば、クリスマスはテニス部のみんなでパーティーをしたけれど、そのときのプレゼント交換で当たったのは、
「アフロ……!?」
「あ、それアタシのプレゼントよ、麻衣ちゃん」
ごめんなさいすごい嬉しくない。
とは言えるわけがなく、ありがとうございます、と笑っておいた。白石部長のプレゼントはどうやら光の元に届いたらしく、光はそのプレゼントの包みを開いた瞬間、落ち込んだ。
「『しょくぶつずかん』て…幼稚園児向けやないですかコレ」
「せやかて本当にしっかりしたヤツ買うたら高いやん。予算1000円前後っていう約束やろ?」
「……他のプレゼントにするっちゅー選択肢はあらへんのですか?」
「あ……言われてみればそやな。思いつかへんかったわ」
そしておそらくみんなが持ってきたプレゼントの中でいちばんマトモな私のプレゼントはオサムちゃんの元に消えた。
「うっわ。ケーキやん!」
「一応手作りです。味わってくださいね」
そんな感じでみんなで楽しく過ごして、部長と特別何かがあったわけではなかった。
たとえば、2月14日、バレンタインデーの部室はチョコの匂いが充満していた。原因は主にテニス部レギュラーのみなさんで、特にその中の原因は部長だった。彼らの人気を肌で実感したのはあのライブ以来だったけれど、相変わらず人気は衰えていないようだ。とりあえず、部室の中にあふれんばかりのチョコが入った紙袋が何個も並んでいるというこの状況はおかしい。
「……なんか私、おせんべいとか持ってきたほうがよかったかも」
「いや、この状況がおかしいだけやって」
「うん。支倉の感覚は普通やから安心してええと思うで」
同期の男子たちに励まされてなんとか立ち直った私は、部員全員にゴディバを配るようなお金の余裕はないので、とりあえずブラックサンダーを部員全員に配っておいた。――もちろん、部長にも、ブラックサンダーだ。みんなが帰った後の部室で、残り1つのブラックサンダーを部長に渡す。
「いつもお世話になってます。もうチョコとかもらい飽きてると思いますけど、おひとつどうぞ」
「お、ブラックサンダーやん!」
「ひょっとしてチロルチョコのほうがよかったですか?」
「…チロルチョコより、手作りのチョコ食べたかってんけど」
「え?」
「クリスマス、オサムちゃんのケーキめっちゃうらやましかってん」
めずらしくふてくされる部長に、私はひそかに準備していたチョコを渡す。
「どうぞ」
「……まさかほんまにもらえるとは思ってへんかったわ。ありがとな」
少し驚きながらも微笑んでくれた部長に、胸が高鳴ったのはここだけの話だ。
そんな感じでわりとしあわせを感じながら、季節は巡り巡って、コートのいらない季節になった。3年生の先輩は卒業をして、私達は終業式を迎えて、そして春休みが来て、――四天宝寺中に入学してから2回目の4月が来た。
はじめてのキスは、はじめてらしくない長いキスだった。息の仕方がわからなくて苦しい。鼻で息を吸えばよいのだと気づいたころ、やっとくちびるが離れて私は解放された。頬が熱い。
「―――嫌やった…よな?……ごめんな」
少し掠れた声でそう聞いてくる部長がいつもよりもなんだか色っぽくて、心臓がさらにどきどきと激しく動きはじめた気がした。好きな人にキスをされて、嫌なわけがない。私は首を横に振った。
「……でも……どうして……」
「――支倉見てたら、キスしたい思う気持ち抑えきれへんかってん」
切ないような真剣な表情でそんなことを言われたせいか、泣きそうになった。もしかして、もしかするのかもしれない。部長も私と同じ想いを胸に秘めていてくれているのかもしれない。
このまま、好きだと伝えてしまえたら楽だったのかもしれないけれど、最後の意地が、それをかたくなに拒む。私はテニス部のマネージャーで、彼はテニス部の部長なのだ。思わずくちびるをかんだ。
「……ほんまは、このまま伝えてしまいたいと思う気持ちもあんねんけど――その顔見てたらやっぱり言われへんな」
「――どういうことですか?」
「きっと支倉は真面目やから、周りからよこしまな理由で入部してきたマネージャーみたいに見られるのは嫌やと思うねん。っちゅーことは、俺らが部長とマネージャーでいてる限りは、ここから先のことを口にするんは時期尚早や」
私の考えていることはどうやら彼には筒抜けだったようだ。どうして私の考えていることがこんなにも手に取るようにわかってしまうのだろう。彼の言うとおりだった。私は確かに部長のことが好きだけれど、それは結果論であって、はじめから部長めあてで入部したわけではない。そんなふうに周りから思われるのは、入学当初、あることないこと噂されていたことを思い出すと、どうしても嫌だった。
「それに俺も一応部長やから今はテニスに集中する時期やと思うねん。せやから――明日からはまた、ええ部長とマネージャーでいよな?」
さわやかに笑った彼は、すっかり“部長”の顔に戻っていた。
部長のためにも、私のためにも、今はまだ部長とマネージャーの関係を保つほうがよいのだ。私は頷くしかなった。こくん、と首を縦に動かすと、部長はその左手を私の頭の上にぽんと置いて、「ん。やっぱりええコやな」と呟いた。
その日は部長が「先に帰ってええよ」と言ったから、お言葉に甘えて、残りの DVDの整理は部長に任せて、帰らせてもらうことにした。
帰ってくるなり、ベッドにもぐりこんで、そして今日1日のことを思い出す。そして、気づけば人指し指でくちびるをなぞっていている自分に恥ずかしくなる。
――ああもう何してるんだろう。
時間が経つにつれて、どんどん実感がわいてきた。私は、あの白石部長と、キスをしてしまったのだ。そして――直接言われたわけではないけれど、両想いなのだ。
明日からは元の部長とマネージャーの関係に戻らなければいけない。――でも、部長がそれを「忘れてや」と言った今日くらいは、舞い上がってもいいよね?どうしよう、嬉しい。ベッドの中で、顔がにやけるのを抑えられなかった。
*
その次の日からの私達の関係は、表向きは部長とマネージャーだったけれど、部活中に目が合うことが多くなったりというように、ひそかに変化した。部長と私は友達という関係ではなかったから、友達以上恋人未満というのとは少し違うけれど、でもその表現がいちばん近い気がする。
――そして、月日は流れていった。
たとえば、クリスマスはテニス部のみんなでパーティーをしたけれど、そのときのプレゼント交換で当たったのは、
「アフロ……!?」
「あ、それアタシのプレゼントよ、麻衣ちゃん」
ごめんなさいすごい嬉しくない。
とは言えるわけがなく、ありがとうございます、と笑っておいた。白石部長のプレゼントはどうやら光の元に届いたらしく、光はそのプレゼントの包みを開いた瞬間、落ち込んだ。
「『しょくぶつずかん』て…幼稚園児向けやないですかコレ」
「せやかて本当にしっかりしたヤツ買うたら高いやん。予算1000円前後っていう約束やろ?」
「……他のプレゼントにするっちゅー選択肢はあらへんのですか?」
「あ……言われてみればそやな。思いつかへんかったわ」
そしておそらくみんなが持ってきたプレゼントの中でいちばんマトモな私のプレゼントはオサムちゃんの元に消えた。
「うっわ。ケーキやん!」
「一応手作りです。味わってくださいね」
そんな感じでみんなで楽しく過ごして、部長と特別何かがあったわけではなかった。
たとえば、2月14日、バレンタインデーの部室はチョコの匂いが充満していた。原因は主にテニス部レギュラーのみなさんで、特にその中の原因は部長だった。彼らの人気を肌で実感したのはあのライブ以来だったけれど、相変わらず人気は衰えていないようだ。とりあえず、部室の中にあふれんばかりのチョコが入った紙袋が何個も並んでいるというこの状況はおかしい。
「……なんか私、おせんべいとか持ってきたほうがよかったかも」
「いや、この状況がおかしいだけやって」
「うん。支倉の感覚は普通やから安心してええと思うで」
同期の男子たちに励まされてなんとか立ち直った私は、部員全員にゴディバを配るようなお金の余裕はないので、とりあえずブラックサンダーを部員全員に配っておいた。――もちろん、部長にも、ブラックサンダーだ。みんなが帰った後の部室で、残り1つのブラックサンダーを部長に渡す。
「いつもお世話になってます。もうチョコとかもらい飽きてると思いますけど、おひとつどうぞ」
「お、ブラックサンダーやん!」
「ひょっとしてチロルチョコのほうがよかったですか?」
「…チロルチョコより、手作りのチョコ食べたかってんけど」
「え?」
「クリスマス、オサムちゃんのケーキめっちゃうらやましかってん」
めずらしくふてくされる部長に、私はひそかに準備していたチョコを渡す。
「どうぞ」
「……まさかほんまにもらえるとは思ってへんかったわ。ありがとな」
少し驚きながらも微笑んでくれた部長に、胸が高鳴ったのはここだけの話だ。
そんな感じでわりとしあわせを感じながら、季節は巡り巡って、コートのいらない季節になった。3年生の先輩は卒業をして、私達は終業式を迎えて、そして春休みが来て、――四天宝寺中に入学してから2回目の4月が来た。