本編
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第14話 欲していた言葉【後】
日曜日の学校祭が終わってから3日経った水曜日の放課後、ひさしぶりに“ちゃんとした”部活があった。“ちゃんとした”という所以は、火曜の放課後はお笑い講座という自由参加のものだけれど、水曜の試合形式の練習は強制参加というところにある(ちなみに月曜の放課後はオフだ)。火曜はいつも仏閣愛好会のほうに参加させてもらっているから、こうして放課後に部
長とゆっくり話すのは久し振りのことだった。
「――ごめんなさい。私、結局学祭のとき、ライブ見に行っちゃいました」
きっと部長が前に「来たらあかんで」と言ったのは、照れ隠しだと思う。しかしその言葉を破ってしまった私は建前として彼に謝る義務があった。
「はは、めっちゃ今さらやな。ステージの上から見えてたで」
「やっぱりばれてました…?」
「当たり前や。これでも視力両目1.5あるし。カフェエプロン似合うなあ、支倉?」
「!!そんなとこまで見てたんですか?」
自分のシフトを終えてから急いで体育館まで来たのがばればれだ。恥ずかしい。それに追い打ちをかけるように部長が「ええやん。可愛いかったで?」とお世辞を言うから、体温が急上昇した気がした。
「けど、俺、来たらあかん言うたやろ」
「ごめんなさい。でもやっぱり見たくて……」
「ふーん。そんなにお仕置きされたかったん?」
「え゛…お仕置きって……」
「俺のデコピン、殺人兵器やって評判やねん」
「殺人兵器!?」
「大したことあらへんて。ただちょっと額が腫れるだけやから」
「や、やだ、冗談ですよね?」
恐怖におののく私を見て、部長は相変わらず笑っている。その綺麗すぎる笑顔が逆に怖い。
「びびりすぎや。嘘やって。いくらなんでも女の子にそないなことできひん」
「……はあ、よかった」
「ほんまいじりがいあるなあ、支倉」
「それすごく嬉しくない褒め言葉なんですけど」
「いじられキャラとかおいしい立ち位置やんか」
「そういうものなんですかねぇ……」
日誌を埋めると、私はシャープペンを自分のペンケースの中にしまった。ふと顔を上げると、さっきまで見ていた練習試合の DVDをしまう部長の横顔が見えた。なんだかその横顔に疲れが見えるような気がした。
*
「部長、疲れてます…?」
「え、どないしたん、急に」
「……なんとなく、そんなふうに見えて」
支倉の観察眼は妙に鋭い。笑って誤魔化すのが不可能だというのは経験則だ。
「――せやな。ライブでちょっと目立ちすぎたかもしれへん」
廊下を歩けば積極的な女子からは、白石くんめっちゃかっこよかったで、と声をかけられる。積極的ではない女子からは無言で視線を向けられる。そして、この3日間で、数人に告白をされた。揃いも揃って、ライブでの俺に一目惚れしたのだそうだ。気持ちは嬉しいが――たぶん彼女たちは俺の外見しか見ていない。
外見だけで告白してきてくれた子らは、きっと俺があと10キロ20キロ太ったら俺のことなんて見向きもせえへんのやろ。何て虚しい。
しかし、目の前にいる支倉は、こうして俺の心の奥深くまで見抜いていて、それでいて気にかけてくれる。だから彼女といるとこんなに落ち着くのだろうか。いっしょにいるだけで、会話を交わすだけで、癒されていくのを感じる。
「ちょっと、心配してたんです。――私はあいにく普通のルックスで生まれてきたから、部長みたいにきゃーきゃー言われる経験したことないから想像するしかないんですけど、でも、芸能人でもないのに自分のよく知らない人から自分の外見だけできゃーきゃー言われるのって、疲れるんじゃないかなって」
日誌を書き終えた支倉は俺の横に来て、DVDの棚の整理を手伝う。
「……ライブに出る時点である程度は覚悟しててん。ってこないなこと言うたら自分で自分のことかっこいい言うてるみたいで嫌やねんけど。誤解せんといてな?」
「ふふ、わかってますって」
「さすが支倉や。……けど、ライブ終わってからもう3日やで?こんなに引きずるとは思わへんかったわ」
「告白とかされたんですか?」
「まあな。何人か、名前も知らない子から一目惚れや言われてん」
ここでもし俺が本音零したら、どう返す?
――支倉の答えが聞きたい。
「最近思うねんけど」
そう、切りだした。
「本気で俺のこと好き言うてくれる子の告白はめっちゃ嬉しいし断るのも辛い。せやけど、外見だけで好き言われても……何やめっちゃ虚しなってしもてな。俺の存在価値って彼女らにとっては外見だけなんかな、って」
改めて言葉にすると本当に虚しくなった。
「――そんなこと言わないでください」
横に立つ支倉に目をやると、DVDを五十音順に整理しながら彼女は真面目な顔で言う。
「部長は確かにかっこいいと思いますけど、私は、優しいところとか、しっかりしてるところとか、実は努力家なところとか……挙げきれないですけど、そういうところのほうが部長の魅力だと思ってますよ」
デジャブ?――いや、違う。あの時に似ている。
『私は先輩じゃないから、先輩方が白石部長のことどう思ってるかはわかりません。でも 100%言えるのは――私は、部長のこと、好きですよ』
どうしてこう、彼女はいつも、俺がいちばんどこかで欲していた言葉を、絶妙なタイミングでくれるのだろう。――ほんま、敵わんわ。
「支倉――1つだけ、わがまま聞いてくれへん?」
「?」
「今だけ、部長とかマネージャーとかいう関係忘れてや」
こうでも言わないと真面目な彼女は罪の意識に苛まれるだろう。
「――っ」
次の瞬間、彼女の手から、DVDがカシャンと音を立てて落ちた。
俺は、彼女を抱き寄せると、その欲していた言葉を紡ぐくちびるに、衝動的にキスをした。
日曜日の学校祭が終わってから3日経った水曜日の放課後、ひさしぶりに“ちゃんとした”部活があった。“ちゃんとした”という所以は、火曜の放課後はお笑い講座という自由参加のものだけれど、水曜の試合形式の練習は強制参加というところにある(ちなみに月曜の放課後はオフだ)。火曜はいつも仏閣愛好会のほうに参加させてもらっているから、こうして放課後に部
長とゆっくり話すのは久し振りのことだった。
「――ごめんなさい。私、結局学祭のとき、ライブ見に行っちゃいました」
きっと部長が前に「来たらあかんで」と言ったのは、照れ隠しだと思う。しかしその言葉を破ってしまった私は建前として彼に謝る義務があった。
「はは、めっちゃ今さらやな。ステージの上から見えてたで」
「やっぱりばれてました…?」
「当たり前や。これでも視力両目1.5あるし。カフェエプロン似合うなあ、支倉?」
「!!そんなとこまで見てたんですか?」
自分のシフトを終えてから急いで体育館まで来たのがばればれだ。恥ずかしい。それに追い打ちをかけるように部長が「ええやん。可愛いかったで?」とお世辞を言うから、体温が急上昇した気がした。
「けど、俺、来たらあかん言うたやろ」
「ごめんなさい。でもやっぱり見たくて……」
「ふーん。そんなにお仕置きされたかったん?」
「え゛…お仕置きって……」
「俺のデコピン、殺人兵器やって評判やねん」
「殺人兵器!?」
「大したことあらへんて。ただちょっと額が腫れるだけやから」
「や、やだ、冗談ですよね?」
恐怖におののく私を見て、部長は相変わらず笑っている。その綺麗すぎる笑顔が逆に怖い。
「びびりすぎや。嘘やって。いくらなんでも女の子にそないなことできひん」
「……はあ、よかった」
「ほんまいじりがいあるなあ、支倉」
「それすごく嬉しくない褒め言葉なんですけど」
「いじられキャラとかおいしい立ち位置やんか」
「そういうものなんですかねぇ……」
日誌を埋めると、私はシャープペンを自分のペンケースの中にしまった。ふと顔を上げると、さっきまで見ていた練習試合の DVDをしまう部長の横顔が見えた。なんだかその横顔に疲れが見えるような気がした。
*
「部長、疲れてます…?」
「え、どないしたん、急に」
「……なんとなく、そんなふうに見えて」
支倉の観察眼は妙に鋭い。笑って誤魔化すのが不可能だというのは経験則だ。
「――せやな。ライブでちょっと目立ちすぎたかもしれへん」
廊下を歩けば積極的な女子からは、白石くんめっちゃかっこよかったで、と声をかけられる。積極的ではない女子からは無言で視線を向けられる。そして、この3日間で、数人に告白をされた。揃いも揃って、ライブでの俺に一目惚れしたのだそうだ。気持ちは嬉しいが――たぶん彼女たちは俺の外見しか見ていない。
外見だけで告白してきてくれた子らは、きっと俺があと10キロ20キロ太ったら俺のことなんて見向きもせえへんのやろ。何て虚しい。
しかし、目の前にいる支倉は、こうして俺の心の奥深くまで見抜いていて、それでいて気にかけてくれる。だから彼女といるとこんなに落ち着くのだろうか。いっしょにいるだけで、会話を交わすだけで、癒されていくのを感じる。
「ちょっと、心配してたんです。――私はあいにく普通のルックスで生まれてきたから、部長みたいにきゃーきゃー言われる経験したことないから想像するしかないんですけど、でも、芸能人でもないのに自分のよく知らない人から自分の外見だけできゃーきゃー言われるのって、疲れるんじゃないかなって」
日誌を書き終えた支倉は俺の横に来て、DVDの棚の整理を手伝う。
「……ライブに出る時点である程度は覚悟しててん。ってこないなこと言うたら自分で自分のことかっこいい言うてるみたいで嫌やねんけど。誤解せんといてな?」
「ふふ、わかってますって」
「さすが支倉や。……けど、ライブ終わってからもう3日やで?こんなに引きずるとは思わへんかったわ」
「告白とかされたんですか?」
「まあな。何人か、名前も知らない子から一目惚れや言われてん」
ここでもし俺が本音零したら、どう返す?
――支倉の答えが聞きたい。
「最近思うねんけど」
そう、切りだした。
「本気で俺のこと好き言うてくれる子の告白はめっちゃ嬉しいし断るのも辛い。せやけど、外見だけで好き言われても……何やめっちゃ虚しなってしもてな。俺の存在価値って彼女らにとっては外見だけなんかな、って」
改めて言葉にすると本当に虚しくなった。
「――そんなこと言わないでください」
横に立つ支倉に目をやると、DVDを五十音順に整理しながら彼女は真面目な顔で言う。
「部長は確かにかっこいいと思いますけど、私は、優しいところとか、しっかりしてるところとか、実は努力家なところとか……挙げきれないですけど、そういうところのほうが部長の魅力だと思ってますよ」
デジャブ?――いや、違う。あの時に似ている。
『私は先輩じゃないから、先輩方が白石部長のことどう思ってるかはわかりません。でも 100%言えるのは――私は、部長のこと、好きですよ』
どうしてこう、彼女はいつも、俺がいちばんどこかで欲していた言葉を、絶妙なタイミングでくれるのだろう。――ほんま、敵わんわ。
「支倉――1つだけ、わがまま聞いてくれへん?」
「?」
「今だけ、部長とかマネージャーとかいう関係忘れてや」
こうでも言わないと真面目な彼女は罪の意識に苛まれるだろう。
「――っ」
次の瞬間、彼女の手から、DVDがカシャンと音を立てて落ちた。
俺は、彼女を抱き寄せると、その欲していた言葉を紡ぐくちびるに、衝動的にキスをした。