本編
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
風邪を治して全国大会の準決勝にはなんとか応援に行くことはできたけれど、残念ながら、王者立海を前に四天宝寺は敗れた。次の日の決勝戦では立海が勝って、立海が全国優勝を果たしたのだけれど、個人的には決勝より準決勝のほうが良い試合だったと思う。それでも、全国ベスト4というのは胸を張れる結果で、3年生の先輩達は清々しい顔をして引退していった。
あっという間に駆け抜けた夏、気づけば夏休みは終わりに近づいていた。
第11話 何も知らない
3年生の引退式も済み、明日は久しぶりのオフだった。「ただいま」と家に入ると「おかえり」という声が聞こえる。4月の頃は少し帰りが遅くなっただけで心配していたお母さんも、最近では私が夜8時過ぎに帰宅しても心配なんかしていないようだ。まずはリビングで晩ごはんを食べてから、自分の部屋に向かい、そしてベッドにダイブする。
「……疲れたぁ」
これが本音だった。4月に入部してから今日の3年生の引退式までは無我夢中にマネとして働いてきたけれど、ここで一旦緊張の糸が解けたのか、一気に身体が重たく感じる。しかし、横になると左腰のあたりに何か固いものが当たっていることに気づいた。制服のポケットに携帯が入りっぱなしだったのだ。
「あれ?メールきてる」
数秒おきに光る携帯のランプに、中を開くと、そこには『白石蔵ノ介』の文字があった。
――部長からメール?!
結局準決勝の日に連絡先を交換するにはしたが、大会中から今日まで毎日毎日部活で顔を合わせていたものだから、あえてメールをするような用事もなかった。だからつまり、このメールは初メールなのだ。反射的に身体を起こして、ベッドの上に正座する。指が震えて、どきどきする。勇気を振り絞ってメールを開く。その内容に拍子抜けしてまった。
From 白石蔵ノ介
Sub Fw:引退式の花代
---------------------------
>オサムちゃんやねんけど
>3年生に渡した花代、1人あたり100円になったわ。
>ちゅーわけで白石、このメールみんなに転送しといてな!
まさかのオサムちゃん………!
脱力のあまり、私は後ろに倒れる。ベッドがそんな私の身体をぽすんと受け止めた。仰向けになりながら携帯の画面を再び見つめると、まだメールに続きがあることが確認できた。
ってメールがオサムちゃんからきたから転送してんけど
初メールがこんなんでごめんな?笑
明日のオフくらいはテニスのこと忘れてゆっくり休みいや。
ほな、また明後日会えるの楽しみにしてるで。
明らかに自分宛ての文章を数秒間食い入るように見つめた後、思わず携帯をベッドの上に放った。どうしよう、返信したほうがいいのだろうか。一度放った携帯をまた掴み、開く。そして文章を再び見つめる。
――うん、返信はしよう。でも、もうちょっと落ち着いてからにしよう。
心臓の音が鼓膜の奥から聞こえる。こんな状態のままでは変な文章を打ってしまいそうだ。画面を一旦待受に戻して、そして、何の気もなしに、今度は連絡先から「白石蔵ノ介」を選択して開く。すると意外なことに気がついた。表示されるのは、部長の携帯番号とメールアドレスだけではなかった。
誕生日:4/14 血液型:B型
そういえば私は部長の誕生日も血液型も何も知らなかった。思えば部長について知らないことはたくさんあった。家族構成も、好きな教科も、好きな食べ物も、何も知らない。
*
次の日、私は久しぶりに1人で買い物に出かけた。中学に入学してからまともに街に出かけていない気がする。ふと財布を見ると、お小遣いが何か月分もたまって、予想外にお札が何枚も入っていてびっくりした。
よーし、いっぱい服買おう!
そんなことを考えていると不思議と頬が緩んだ。こういうとき、女の子に生まれてよかったと思う。
それにしても。道行く人がさっきからちらちらとどこかに視線を移している気がする。気になって、私もその方向に視線を移すと、その理由はすぐにわかった。
―――うっわああああ、美人さん!
モデルさんみたいにきれいな高校生か大学生くらいの女の人が歩いていた。一度きりしかない人生、あれくらいきれいに生まれたかったなぁ、なんてくだらないことを考える。そしてそのきれいなおねえさんの隣には、これまたかっこよさそうな彼氏さんらしき人がいた。
って、あれ………?
どこかで見たことのあるその姿に、背中に嫌な汗をかいた。あの色素の薄い髪を見間違えるはずはない。
「……部長だ」
きっと誰にも聞こえてはいない小さい声だったとは思うけれど、あまりの衝撃だったのか、声に出ていた。
今まで白石部長のルックスについては、整ってるなあ程度には思っていたけれど、特に意識したことはなかった。私が彼に惹かれた理由はルックスではないのだ。しかし、こうしてみると、そのきれいな彼女に負けず劣らず白石部長はかっこいいことがわかる。
――部長ってこんなにかっこいい人だったんだ。
――それで勉強もできてテニスも強かったら、そりゃあキャーキャー言われるよね。
――で、こんなにきれいな彼女だって、できるってわけだ。
普通好きな人に彼女がいたらショックを受けるのかもしれないけれど、今の私は妙に納得していた。もちろん全くショックじゃないと言えばそれは嘘になる。しかし、あまりに部長とその彼女がお似合いすぎて、そしてその彼女が、年下で特に美人でも何でもない私とは対極の位置にいるせいか、諦めにも似た気持ちが生まれた。
これが、本当に恋に恋する段階まで来ていれば、何日も立ち直れないほどショックだったのかもしれない。
けれど、私の「好き」は、まだ憧れの延長線上にあったのが、唯一の救いだった。
「あのカップルの彼氏のほう、めっさ男前やな!」
「やめとき。彼女のほうもめっちゃレベル高いで。あんたに勝ち目ないわ」
「うわ、ほんまや……」
すれちがった高校生くらいの女の子2人組がそんな話をしているのが耳に入ってきて、一気にテンションが下がる。よくよく見てみれば、道行く女性たちの視線は彼女さんのほうではなく、部長のほうに向かっていた。
――今日は何も買わないで帰ろう。
私は、本当に白石部長について、何も知らなかった。
あんなにきれいな彼女がいる、だなんて。
あっという間に駆け抜けた夏、気づけば夏休みは終わりに近づいていた。
第11話 何も知らない
3年生の引退式も済み、明日は久しぶりのオフだった。「ただいま」と家に入ると「おかえり」という声が聞こえる。4月の頃は少し帰りが遅くなっただけで心配していたお母さんも、最近では私が夜8時過ぎに帰宅しても心配なんかしていないようだ。まずはリビングで晩ごはんを食べてから、自分の部屋に向かい、そしてベッドにダイブする。
「……疲れたぁ」
これが本音だった。4月に入部してから今日の3年生の引退式までは無我夢中にマネとして働いてきたけれど、ここで一旦緊張の糸が解けたのか、一気に身体が重たく感じる。しかし、横になると左腰のあたりに何か固いものが当たっていることに気づいた。制服のポケットに携帯が入りっぱなしだったのだ。
「あれ?メールきてる」
数秒おきに光る携帯のランプに、中を開くと、そこには『白石蔵ノ介』の文字があった。
――部長からメール?!
結局準決勝の日に連絡先を交換するにはしたが、大会中から今日まで毎日毎日部活で顔を合わせていたものだから、あえてメールをするような用事もなかった。だからつまり、このメールは初メールなのだ。反射的に身体を起こして、ベッドの上に正座する。指が震えて、どきどきする。勇気を振り絞ってメールを開く。その内容に拍子抜けしてまった。
From 白石蔵ノ介
Sub Fw:引退式の花代
---------------------------
>オサムちゃんやねんけど
>3年生に渡した花代、1人あたり100円になったわ。
>ちゅーわけで白石、このメールみんなに転送しといてな!
まさかのオサムちゃん………!
脱力のあまり、私は後ろに倒れる。ベッドがそんな私の身体をぽすんと受け止めた。仰向けになりながら携帯の画面を再び見つめると、まだメールに続きがあることが確認できた。
ってメールがオサムちゃんからきたから転送してんけど
初メールがこんなんでごめんな?笑
明日のオフくらいはテニスのこと忘れてゆっくり休みいや。
ほな、また明後日会えるの楽しみにしてるで。
明らかに自分宛ての文章を数秒間食い入るように見つめた後、思わず携帯をベッドの上に放った。どうしよう、返信したほうがいいのだろうか。一度放った携帯をまた掴み、開く。そして文章を再び見つめる。
――うん、返信はしよう。でも、もうちょっと落ち着いてからにしよう。
心臓の音が鼓膜の奥から聞こえる。こんな状態のままでは変な文章を打ってしまいそうだ。画面を一旦待受に戻して、そして、何の気もなしに、今度は連絡先から「白石蔵ノ介」を選択して開く。すると意外なことに気がついた。表示されるのは、部長の携帯番号とメールアドレスだけではなかった。
誕生日:4/14 血液型:B型
そういえば私は部長の誕生日も血液型も何も知らなかった。思えば部長について知らないことはたくさんあった。家族構成も、好きな教科も、好きな食べ物も、何も知らない。
*
次の日、私は久しぶりに1人で買い物に出かけた。中学に入学してからまともに街に出かけていない気がする。ふと財布を見ると、お小遣いが何か月分もたまって、予想外にお札が何枚も入っていてびっくりした。
よーし、いっぱい服買おう!
そんなことを考えていると不思議と頬が緩んだ。こういうとき、女の子に生まれてよかったと思う。
それにしても。道行く人がさっきからちらちらとどこかに視線を移している気がする。気になって、私もその方向に視線を移すと、その理由はすぐにわかった。
―――うっわああああ、美人さん!
モデルさんみたいにきれいな高校生か大学生くらいの女の人が歩いていた。一度きりしかない人生、あれくらいきれいに生まれたかったなぁ、なんてくだらないことを考える。そしてそのきれいなおねえさんの隣には、これまたかっこよさそうな彼氏さんらしき人がいた。
って、あれ………?
どこかで見たことのあるその姿に、背中に嫌な汗をかいた。あの色素の薄い髪を見間違えるはずはない。
「……部長だ」
きっと誰にも聞こえてはいない小さい声だったとは思うけれど、あまりの衝撃だったのか、声に出ていた。
今まで白石部長のルックスについては、整ってるなあ程度には思っていたけれど、特に意識したことはなかった。私が彼に惹かれた理由はルックスではないのだ。しかし、こうしてみると、そのきれいな彼女に負けず劣らず白石部長はかっこいいことがわかる。
――部長ってこんなにかっこいい人だったんだ。
――それで勉強もできてテニスも強かったら、そりゃあキャーキャー言われるよね。
――で、こんなにきれいな彼女だって、できるってわけだ。
普通好きな人に彼女がいたらショックを受けるのかもしれないけれど、今の私は妙に納得していた。もちろん全くショックじゃないと言えばそれは嘘になる。しかし、あまりに部長とその彼女がお似合いすぎて、そしてその彼女が、年下で特に美人でも何でもない私とは対極の位置にいるせいか、諦めにも似た気持ちが生まれた。
これが、本当に恋に恋する段階まで来ていれば、何日も立ち直れないほどショックだったのかもしれない。
けれど、私の「好き」は、まだ憧れの延長線上にあったのが、唯一の救いだった。
「あのカップルの彼氏のほう、めっさ男前やな!」
「やめとき。彼女のほうもめっちゃレベル高いで。あんたに勝ち目ないわ」
「うわ、ほんまや……」
すれちがった高校生くらいの女の子2人組がそんな話をしているのが耳に入ってきて、一気にテンションが下がる。よくよく見てみれば、道行く女性たちの視線は彼女さんのほうではなく、部長のほうに向かっていた。
――今日は何も買わないで帰ろう。
私は、本当に白石部長について、何も知らなかった。
あんなにきれいな彼女がいる、だなんて。