本編
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四天宝寺中テニス部は、全国大会の常連として地元でも有名だった。
私も中学に入ったら、全国レベルの部員のみなさんをサポートして少しでもお手伝いできたらいいなぁ。
そんなことを財前に言ったら「マネージャーすればええやん」と言われて、そのときから私は、中学校に入ったらテニス部のマネージャーをするということを心に決めていた。
第1話 予感
四天宝寺中テニス部にマネージャーとして仮入部してから3日目、私はすっかり気持ちが萎えていた。マネージャーを希望して仮入部してくる女の子の数は多い。しかし、その女の子たちの大半は、いわゆる“よこしまな理由”で入部を希望しているのだ。確かにこのテニス部の先輩達は白石部長や忍足先輩を筆頭にかっこいい人が多い。しかし、マネージャーはそんな彼らと近づきたいからという理由だけでこなせるほど簡単な仕事ではない。
――私もこの女の子たちと同じように、先輩方狙いで入部したと思われてるのかな。
「ずいぶんシケた顔しとるな」
ふとそのとき。聞きなれた声がした。
顔を上げると、大阪に転校してきて以来の腐れ縁の財前が立っている。
「財前…持久走と筋トレはいいの?」
「もう終わったわ。外周10周と腹筋200くらい余裕やろ。することなくなってしもて暇やねん。白石部長知らん?」
「白石部長なら、今、3年生の先輩と試合してるよ。オサムちゃんならさっきあっちにいたけど」
「わかった。ほなオサムちゃんとこ行ってくるわ」
財前は軽い足取りで駆けていく。ふと周りを見渡すと、他の1年生のほとんどは外周10周ですでにバテていた。小学校のときまで、財前がテニススクールに通っていたのは知っていたけれど、こんなに体力があるなんて知らなかった。財前って実はすごかったんだ。
私は、目線をまたコートに戻して、ノートに白石部長と3年生の先輩との試合のスコアの記録をする。白石部長は、もはや笑うしかないくらい強い。相手の3年生の先輩は残念ながらいまだに一度もレギュラーを取れたことがない人だったけれど、それでもおそらく普通の中学校のテニス部だったらレギュラーになれそうな腕前だ。なのに、まだ 2年生の白石部長はストレートでその先輩に勝ってしまった。
他のマネージャー希望の女の子たちはその瞬間黄色い声をあげて、我先にと白石部長にタオルを渡しに行く。その姿を見て、私は絶対白石部長には近づかないでおこうと思った。あの女の子達とはいっしょにされたくない。私は負けてしまった3年生の先輩のほうにささっと素早くタオルとドリンクを渡す。
「どうぞ」
「ありがとう」
そんなやりとりを終えて別な仕事にとりかかろうと踵を返した瞬間、ふと視線を感じて顔を上げる。
女の子に囲まれた白石部長と、目が合った。
「何人くらい残るやろ」
「ああ、たぶん部員は 3分の1くらいちゃうの?俺らんときもそうやったし。たぶん明日あたりから1年生減ってくで」
四天宝寺中のテニス部は、その実績から新入生誰もが一度は憧れる部活だ。しかし、そのキツさから、仮入部はするものの正式入部に至らない者が選手・マネージャーともに一番多いのもこのテニス部である。特にマネージャーは毎年10人以上の女子が仮入部するにも関わらず、今のところ正式なマネージャーはゼロだった。
「部員もそうやけどマネやマネ。白石モッテモテやん」
「嬉しないわ」
謙也の言葉に思わず長い溜息が出る。マネージャー希望の女子達のやけに熱っぽい視線と歓声に、気づかないわけがなかった。試合は冷静に続けることができたが、やりにくいのは確かだ。
「それに謙也もさっき騒がれとったやん。『忍足先輩かっこいい~』て」
「ほんま?ついに俺にもモテ期到来やな。せやけど、マネージャーが全員そんなんだと困るわ。真面目に仕事してる子おるんやろか」
そう問いかけられてふと浮かんだのは、さっき目が合った1年女子だった。
――そういえばあの子だけやな、俺んとこ来ぉへんかったのは。
「………おらんこともないかもしれへん」
「え?おるんか?」
「まだようわからんけどな」
そんな名前も知らない女子と再会したのは、部活が終わった後だった。
「白石帰らへんの?」
「もうちょっとだけ残ってくわ」
その日は少しだけ自主トレしてから部室に戻った。
彼女は、誰もいないはずの部室に、なぜかいた。
「……帰ってへんかったんか」
「あ、白石部長!お疲れさまです!」
彼女は俺に気づくと慌ててどこからかタオルを出してきた。俺は素直にそれを受け取る。
「こないな時間まで何してたん?もう夜6時やで」
「え、もうそんな時間なんですか?!ちょっと掃除するだけって思ってたんですけど思いの外集中しちゃって……すみません」
その言葉に棚を見渡すと、今までは未整理のまま置かれていた大量のファイルやテープなどがきちんと整頓されていた。そして、男ばかりの部室、いつもは多少私物が散乱しているのだが、それらがすべて片づけられている。
「これ、一人でやったん?」
「……はい」
「それこそお疲れさまやんか」
「そんなことないですよ。勝手に片づけちゃっていいのかなーとも思ったんですけど……」
他のマネージャーはとっくに帰宅しているはずなのに。
――真面目に仕事してる子おったで、謙也。
「…ごめん、名前何やったっけ」
「支倉麻衣です」
支倉麻衣。
きっと彼女は、来週の一斉入部の日、この部の一員になるのだろう。
そんな予感が、俺の中を駆け抜けた。
私も中学に入ったら、全国レベルの部員のみなさんをサポートして少しでもお手伝いできたらいいなぁ。
そんなことを財前に言ったら「マネージャーすればええやん」と言われて、そのときから私は、中学校に入ったらテニス部のマネージャーをするということを心に決めていた。
第1話 予感
四天宝寺中テニス部にマネージャーとして仮入部してから3日目、私はすっかり気持ちが萎えていた。マネージャーを希望して仮入部してくる女の子の数は多い。しかし、その女の子たちの大半は、いわゆる“よこしまな理由”で入部を希望しているのだ。確かにこのテニス部の先輩達は白石部長や忍足先輩を筆頭にかっこいい人が多い。しかし、マネージャーはそんな彼らと近づきたいからという理由だけでこなせるほど簡単な仕事ではない。
――私もこの女の子たちと同じように、先輩方狙いで入部したと思われてるのかな。
「ずいぶんシケた顔しとるな」
ふとそのとき。聞きなれた声がした。
顔を上げると、大阪に転校してきて以来の腐れ縁の財前が立っている。
「財前…持久走と筋トレはいいの?」
「もう終わったわ。外周10周と腹筋200くらい余裕やろ。することなくなってしもて暇やねん。白石部長知らん?」
「白石部長なら、今、3年生の先輩と試合してるよ。オサムちゃんならさっきあっちにいたけど」
「わかった。ほなオサムちゃんとこ行ってくるわ」
財前は軽い足取りで駆けていく。ふと周りを見渡すと、他の1年生のほとんどは外周10周ですでにバテていた。小学校のときまで、財前がテニススクールに通っていたのは知っていたけれど、こんなに体力があるなんて知らなかった。財前って実はすごかったんだ。
私は、目線をまたコートに戻して、ノートに白石部長と3年生の先輩との試合のスコアの記録をする。白石部長は、もはや笑うしかないくらい強い。相手の3年生の先輩は残念ながらいまだに一度もレギュラーを取れたことがない人だったけれど、それでもおそらく普通の中学校のテニス部だったらレギュラーになれそうな腕前だ。なのに、まだ 2年生の白石部長はストレートでその先輩に勝ってしまった。
他のマネージャー希望の女の子たちはその瞬間黄色い声をあげて、我先にと白石部長にタオルを渡しに行く。その姿を見て、私は絶対白石部長には近づかないでおこうと思った。あの女の子達とはいっしょにされたくない。私は負けてしまった3年生の先輩のほうにささっと素早くタオルとドリンクを渡す。
「どうぞ」
「ありがとう」
そんなやりとりを終えて別な仕事にとりかかろうと踵を返した瞬間、ふと視線を感じて顔を上げる。
女の子に囲まれた白石部長と、目が合った。
「何人くらい残るやろ」
「ああ、たぶん部員は 3分の1くらいちゃうの?俺らんときもそうやったし。たぶん明日あたりから1年生減ってくで」
四天宝寺中のテニス部は、その実績から新入生誰もが一度は憧れる部活だ。しかし、そのキツさから、仮入部はするものの正式入部に至らない者が選手・マネージャーともに一番多いのもこのテニス部である。特にマネージャーは毎年10人以上の女子が仮入部するにも関わらず、今のところ正式なマネージャーはゼロだった。
「部員もそうやけどマネやマネ。白石モッテモテやん」
「嬉しないわ」
謙也の言葉に思わず長い溜息が出る。マネージャー希望の女子達のやけに熱っぽい視線と歓声に、気づかないわけがなかった。試合は冷静に続けることができたが、やりにくいのは確かだ。
「それに謙也もさっき騒がれとったやん。『忍足先輩かっこいい~』て」
「ほんま?ついに俺にもモテ期到来やな。せやけど、マネージャーが全員そんなんだと困るわ。真面目に仕事してる子おるんやろか」
そう問いかけられてふと浮かんだのは、さっき目が合った1年女子だった。
――そういえばあの子だけやな、俺んとこ来ぉへんかったのは。
「………おらんこともないかもしれへん」
「え?おるんか?」
「まだようわからんけどな」
そんな名前も知らない女子と再会したのは、部活が終わった後だった。
「白石帰らへんの?」
「もうちょっとだけ残ってくわ」
その日は少しだけ自主トレしてから部室に戻った。
彼女は、誰もいないはずの部室に、なぜかいた。
「……帰ってへんかったんか」
「あ、白石部長!お疲れさまです!」
彼女は俺に気づくと慌ててどこからかタオルを出してきた。俺は素直にそれを受け取る。
「こないな時間まで何してたん?もう夜6時やで」
「え、もうそんな時間なんですか?!ちょっと掃除するだけって思ってたんですけど思いの外集中しちゃって……すみません」
その言葉に棚を見渡すと、今までは未整理のまま置かれていた大量のファイルやテープなどがきちんと整頓されていた。そして、男ばかりの部室、いつもは多少私物が散乱しているのだが、それらがすべて片づけられている。
「これ、一人でやったん?」
「……はい」
「それこそお疲れさまやんか」
「そんなことないですよ。勝手に片づけちゃっていいのかなーとも思ったんですけど……」
他のマネージャーはとっくに帰宅しているはずなのに。
――真面目に仕事してる子おったで、謙也。
「…ごめん、名前何やったっけ」
「支倉麻衣です」
支倉麻衣。
きっと彼女は、来週の一斉入部の日、この部の一員になるのだろう。
そんな予感が、俺の中を駆け抜けた。
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