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Jour de muguet ~君なしではダメ~

ふと目覚めて直ぐに隣を確認した。
遠慮気味に俺の肩に顔を寄せる様にして眠る姿に安堵する。
瑞希兄さんを起こさない様に気をつけながらそっと体を兄さんの方に向けると、その前髪に指先で触れる。

「…………んぅ…」
「あ…」
「…………んだよ…」
「ううん。ごめん、起こしちゃった?」
「……目ぇ……覚めただけだ…」

素っ気ない言葉とつれない態度も、昨夜の甘い記憶のお蔭で全く気にならない。
寧ろ、照れているのが分かってついニヤケてしまう。





「……何…ニヤケてんだよ…」
「何でもなぁい」

舌打ちするのは何とか我慢して爽汰に背中を向ける。
すると、長い腕が伸びて来て優しく抱き寄せられた。

「おはよ、瑞希兄さん」

鼓膜を擽る声とチュッという音と顳顬に触れた柔らかい感触に、恥ずかしさが勝ってしまう。
肘で爽汰の体を押し返すと、小さく笑い声が聞こえた。
ベッドが揺れて衣擦れの音が聞こえた後、少しの間を置いてふわりと空気が流れた。





ベッドから出て服を着る。
窓際に向かい出窓を開けると爽やかな風が流れて来た。
窓辺に置かれた小さなガラスの花瓶に飾られた、幾つもの白い小さな花が揺れる。

「イチっ!」

ふと見下ろすと、ミモザ館から庭に1人の男の人が走って出て来るのが見えた。

「あれ?あの人…」

その人が、昨日ぶつかりそうになった俺と同い年くらいの人だと気づく。

「待てって!大翔!!」

その人を追い掛ける様に走り出て来たのは瑞希兄さんが撮影した人だった。





「あれ?あの人…」

爽汰の声に振り返ると、爽汰は窓から外を見ていた。
甘い痛みを残す腰を擦りながらベッドから起き上がり服を身に着けると、窓際へと近づく。
窓辺に飾られたスズランの花が小さく揺れていた。

「どうした?」
「うん、ねえあの2人って昨日居た人だよね?」

爽汰が指差す先を見ると、林さんが一ノ瀬さんを抱き寄せるのが見えた。

「…あの2人……恋人だったのかな?昨日はそんな風に見えなかったけど」
「…さぁな…」
「だとしたら俺、失礼な事言っちゃったな。でも全然そうは見えなかったし…あ、昔の恋人だったとか!ヨリが戻ったとかかな?」
「…かもな。スズランてさ “幸せが再び訪れる” て意味があるらしいから、もしそうならぴったりじゃん。フランスでは恋人に贈る花なんだし」

爽汰が分かった様な分からない様な顔で俺を見る。

「ほら、いつまでも見るなよ」

爽汰の腕を軽く叩いて窓際から離れた。





「今日は静かだね~」
「昨日も静かだったよ。お前1人騒いでたんだ」
「え~、酷いよ瑞希兄さん~」

共用スペースのリビングへ入ろうとして、瞬時に壁の陰に隠れる。
前を歩く瑞希兄さんが突然振り返り、壁の陰に身を潜めた。

「兄さん?どうしたの?」
「しっ!静かに…わっ、バカ!」

其処に居た2人の姿に咄嗟に身を隠したのに、中を覗き込み剰え入って行こうとする爽汰の腕を慌てて引く。
リビングを覗き込むと氏原さんと那智さんの姿が重なっているのが見えた。
そのまま中へ入ろうとして、瑞希兄さんに腕を引かれる。

「何やってんだよ?お前は!」
「え~、だって別に那智さん達の事は俺達も知ってるんだし」
「……」
「…瑞希兄さん?」
「水谷さんの事…あんまり気安く “那智さん” て呼ぶな…」

初めて見せてくれた瑞希兄さんの素直な嫉妬する姿が嬉しくて、俺の腕を掴む手を引き寄せぎゅっと抱き寄せる。
どストレートな嫉妬に自分でも吃驚していると、爽汰の腕を掴む手を引き寄せられてその腕の中で目を閉じる。

「…兄さん、大好きだよ」
「……ああ、俺もだ」
「………『ちゅき』て言わないの?」
「……………煩い…」


顔を寄せ触れるだけのキスを交わす。
2人笑い合うと手を繋いでリビングに入った。


- 終 -

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