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ある日のふたり

『じゃあな、お休み』
「兄さん、待って!瑞希兄さん!」

慌てて名前を呼ぶも問答無用で通話の切れた電話を呆然と見る。

「……どうしよう…」

きっと瑞希兄さんを怒らせてしまった。

「…だって……あんな、あんな写真見たら…」

リビングのテーブルの上に開いたままの状態で置いてあった雑誌に視線を向ける。
そこにはコックの姿をした人物の写真が掲載されていた。
穏やかな表情でインタビューに答える姿、真剣な眼差しで料理を作っている姿、優しく微笑んでいる姿…これらは全て瑞希兄さんが撮った写真だ。

瑞希兄さんは昔から少しだけ惚れっぽい処があった。
レンズ越しとはいえ、こんな風に笑いかけられたら…もしかしたら…そんな風に考えてしまった結果がさっきの電話での会話だ。

「氏原さんの時だってそうじゃん……今回だって瑞希兄さんがこの人をこんな表情にさせたんでしょ?」

さっき瑞希兄さんと話している最中に込み上げた涙は、気づかれたくなくて必死に我慢した。
けど、部屋の中で一人ぼっちでは最早堪えようが無くて…零れ落ちた涙が一筋、雑誌のページに染みを作った。

「ヤダよ兄さん……俺の事…嫌いにならないで」

服の袖で目許を擦る。



分かってる。
瑞希兄さんが怒っている一番の理由が俺にある事は。

瑞希兄さんと再会して一ヶ月が経った頃、その少し前に決まった俺の初出演ドラマの相手役である女優とのゴシップ記事が出た。
瑞希兄さんは少なからず怒ったけど、勿論デマだし俺も必死に誤解を解いた。
自分の時は散々デマだ誤解だと言っておきながら、瑞希兄さんには疑って酷い事を言った俺にヒョンは怒っているんだ。

座っていたソファの上で体を横たえると、そっと指先で自分の唇に触れる。

俺のゴシップ記事が出て瑞希兄さんの誤解を解いた時、少し潤んだ目許で「信じて良いんだな?」そう言った兄さんに何だか堪らない気持ちになってぎゅっと抱き締めた。
その後、俺達は初めてのキスを交わした。


またキスしたい、もっと触れたい…


そんなに頻繁に会えない所為で会いたい気持ちと会えなくて寂しい気持ちがゴチャ混ぜになって、また涙が込み上げてくる。

「ごめんね…瑞希兄さん…」



持ち上げた腕で目許を隠した。

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