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君なしではダメ

「水谷、明日のCM撮影で共演する六倉さんが来てくれたぞ」
「え!?」
「初めまして、六倉むつくら爽汰そうたです。明日は宜しくお願いします、先輩」

案内されて事務所に入って来た背の高い青年が、パッとお辞儀をした。

「あ、こっ、こちらこそ宜しくお願いします!て言うか、頭を上げてください!先輩だなんてそんな…この世界では六倉さんの方が先輩ですから」

六倉さんが頭を上げる。
早瀬さんから6歳年下だと聞いていたけれど、そうは思えない落ち着きと大人びた雰囲気を併せ持った青年が其処に居た。

「でも俺の方が年下ですから。どうか爽汰と呼んで下さい」
「そ、それなら俺の事も那智と……それに俺は六倉さんの実力の足元にも及びませんから」


六倉爽汰。
名は体を表すかのような爽やかなルックスと類稀な存在感で、10代の頃からモデルとして活躍し絶大な人気を誇る。
最近じゃ俳優活動にも本格的に参入かと噂されていて、主演作が期待されている若手注目株だ。
俺の初めてのCM出演がそんな彼との共演だと知った時、本気で冗談じゃないかと思った。
もしくはドッキリか何かかと疑ったけど、俺みたいな新人にちょっと毛が生えた程度のモデルにそんなドッキリを仕掛けて、何処に需要があるというのか?と考えたりもした。


「じゃあ…那智さん、て呼んでも良いですか?」
「えっ、あ、勿論!それに、敬語も使わなくて良いですよ?」
「じゃあ那智さん、那智さんも俺の事爽汰って呼んでよ」
「…え?あ、え~と……爽…汰…」
「うん!明日からの撮影、頑張ろうね!那智さん」

にっこりと笑った爽汰は、年相応の可愛らしい青年に見えた。




「じゃあ水谷、明日は9時に迎えに来るからな。お休み」
「お休みなさい、早瀬さん」

早瀬さんに自宅マンションまで送ってもらい、リビングに入ると荷物も上着も放り出して途中の本屋で買った雑誌のページを急いで捲る。
普段は余り買う事など無い旅行雑誌だ。先日たまたま目にしたその表紙に書かれた【花がいざなう隠れた名宿】の見出しに、何故か胸が騒いだ。

「あった!やっぱり!」

雑誌の中ほどに組まれた特集ページ。
其処には幾つかのホテルや旅館と一緒に『ペンション・ミモザ館』の文字。
記憶の中のミモザ館と寸分違わぬ風景を切り取った何枚かの写真と紹介の記事が掲載されていた。
と、その中の1枚の写真に視線が吸い寄せられた。

「…え?……奎…亮?」

その写真には、俺が知っている奎亮が俺の知らない表情で写っていた。



俺が見た事の無い優しくて穏やかな、恋人に向けた様な甘ささえ漂う微笑みを湛えて…

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