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春の日

「薫兄!起きて!」
「う~~ん」
「起きてってば!」

もうとっくに起きているんだけど、勇登が世話を焼いてくれるのが嬉しくて態と寝たフリをする。

「薫兄!」

強く肩を揺すられて

「う~~~ん……勇登が……キスしてくれたら……起きる…」

寝惚けたフリして甘えてみる。



「早く起きないとキス以上のコト…するよ?…薫」



いきなり吐息が耳朶に触れる距離で響いたさっきまでとは全然違うトーンの低音ボイスに、バッと顔を向けると

「やっと起きた。朝ご飯できてるよ」

にっこり微笑んだ勇登が何事も無かったかのように俺から離れ、寝室から出て行った。



勇登と再会してから一年、また春を向かえた。
今、俺と勇登は同じ大学に通い同じ部屋に住んでいる。

「薫兄、今日の講義は何限?」
「ん~と…二限、いや三限だったかな?」

向かい合って朝ご飯食べる。

「俺も三限だから一緒に帰ろうよ」
「ん、分かった。学校の南通りにあるカフェで待ち合わせで良いか?」
「うん、良いよ」

俺を見て優しく微笑む勇登に、擽ったいような嬉しいような気持ちになる。
一年前のあの日、勇登に会わなければ、勇登のあの涙を見なければ…きっと俺は自分の本当の気持ちに気づかないままで、今のこの生活は無かっただろう。


隣に勇登が居る。隣で勇登が笑っている。
それだけで、それだけが俺を今こんなにも充たしてくれる。幸せを実感できる。


「勇登~、早くしろよ。置いて行くぞ」
「後ちょっとだけ」

玄関で靴を履いた勇登が立ち上がるのを待ってからドアノブに手を掛ける。

「待って、薫兄」

腕を引かれ振り返った瞬間に、ふわりと唇に触れる柔らかい温もり。

「…今日はまだしてなかったから」
「………バーカ…」

その唇と同じくらい柔らかい微笑みに、嬉しさと恥ずかしさで火照る顔を少し俯けた。




あれから直ぐに彼女と別れた。
彼女とは味わう事の無かった感情を、勇登が教えてくれる。
彼女には申し訳ないと思うけど…それがこんなにも嬉しい。
でも……できればその先をと望む自分を少し恥ずかしく思う。
どうすれば、この気持ちを勇登にちゃんと伝えられるだろうか…


春の陽射しが降り注ぐ空の下を勇登と並んで歩く。


「ねえ、薫兄。今日の帰り、買い物して帰ろうよ」
「うん?良いけど今日って何かの特売日か?」
「…スーパーよりもドラッグストアかな。そろそろ…さ、色々とね…」

そう言って俺を見た勇登の艶っぽい笑みに、何も言えなくなる。


良かった…俺の気持ちはちゃんと伝わってる…


「薫兄、遅れちゃう。急ごう」
「え?……うん!」

いつもの優しい笑顔に戻った勇登が俺の手を取りぎゅっと握った。
その手を同じくらいの強さで握り返す。
昔と同じように並んで歩きながら昔とは違う胸の高鳴りを覚えた。

「勇登」
「ん?」

俺を見た勇登に笑いかける。

「好きだよ」
「俺も薫兄が好きだよ」

勇登の笑顔だけが俺を幸せにしてくれる。
その笑顔を胸に、記憶に刻む。



穏やかな陽射しと柔らかな風が吹く青空の下、繋いだ手はあの頃と変わらず温かかった。



- 終 -


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