春の日
薫兄が大学に進学してから暫くは電話やメールで頻繁に連絡をしていた。
「今どうしてる?」
「大学生活はどう?」
「俺が居なくて寂しくない?」
一日に十数回もメールを送ったり、一回に三時間も長電話したりもした。
『帰ってきたばっかだよ』
『大変だけど楽しいよ』
『そっちこそ俺が居なくて泣いてんなよ』
薫兄の声を聴ける喜び、薫兄が傍に居ない寂しさを、カレンダーに一つずつバツ印を書き込みながらまた一緒に同じ道を並んで歩ける日を楽しみにしていた。
けれど、時間が経つにつれメールの回数は少しずつ減っていき、電話で話す時間は少しずつ短くなっていった。
薫兄だって忙しいんだ。大学で友達ができればそっちの付き合いだってあるだろうし、俺の相手ばかりしていられる訳じゃない。
俺も後数ヶ月で高校を卒業する。そうすればまた薫兄の隣を歩けるんだ。
だから今は寂しくても我慢しよう…そう思っていた。
なのに…
春の足音がもう其処まで近づいたある日、大学の合格通知を握り締め薫兄のおばさんに聞いた住所へと向かった。
訪ねた部屋は鍵が掛かっていた。薫兄を驚かせたくて、アパートの近くの公園で薫兄の帰りを待っていた俺が見たのは…
薫兄の隣を手を繋いで歩く少し小柄で可愛らしい雰囲気の女の人と、その人に向かって優しく笑う薫兄の姿だった。
穏やかな午後の空の下、薫兄が女の人の頬に触れた。
互いに見つめ合いゆっくりと顔を近づけキスをする二人の姿を、俺は呆然と見ていた。
大学に入って付き合うようになった彼女とは、付き合い始めてもう直ぐ半年になると言うのにまだキスしかしていない。
彼女がその先を望んでいる事も気づいていたけど、何故か躊躇ってしまう理由が自分でも分からず、どうしても一歩を踏み出せないでいた。
「今日はもう帰るね」
「うん。気をつけて」
「次…いつ会える?」
「…また電話するよ」
優しく髪を撫で頬にそっと触れると彼女が目を閉じた。ゆっくりと顔を近づけキスをする。
チクリと、胸のずっとずっと奥の方で痛みを覚えた。
手を振って並木道を歩く彼女の後ろ姿を見送る。
話をしていても、一緒に歩いていても、胸の奥が痛む事は無い。
けれど彼女に触れる時、その時だけは何故かいつも胸の奥の奥が小さく痛む。
そして彼女を見送る時、心の何処かでほっとしている自分に気づくんだ。
理由なんて分からない。原因なんて知らない。
ただそんな自分が酷く卑怯者に思えて……苦しい
小さく溜め息を吐いて振り返り歩き始めたその先、目の前の公園に居たのは
目を見開き、血の気が引いたような顔で呆然と立つ勇登だった。
「今どうしてる?」
「大学生活はどう?」
「俺が居なくて寂しくない?」
一日に十数回もメールを送ったり、一回に三時間も長電話したりもした。
『帰ってきたばっかだよ』
『大変だけど楽しいよ』
『そっちこそ俺が居なくて泣いてんなよ』
薫兄の声を聴ける喜び、薫兄が傍に居ない寂しさを、カレンダーに一つずつバツ印を書き込みながらまた一緒に同じ道を並んで歩ける日を楽しみにしていた。
けれど、時間が経つにつれメールの回数は少しずつ減っていき、電話で話す時間は少しずつ短くなっていった。
薫兄だって忙しいんだ。大学で友達ができればそっちの付き合いだってあるだろうし、俺の相手ばかりしていられる訳じゃない。
俺も後数ヶ月で高校を卒業する。そうすればまた薫兄の隣を歩けるんだ。
だから今は寂しくても我慢しよう…そう思っていた。
なのに…
春の足音がもう其処まで近づいたある日、大学の合格通知を握り締め薫兄のおばさんに聞いた住所へと向かった。
訪ねた部屋は鍵が掛かっていた。薫兄を驚かせたくて、アパートの近くの公園で薫兄の帰りを待っていた俺が見たのは…
薫兄の隣を手を繋いで歩く少し小柄で可愛らしい雰囲気の女の人と、その人に向かって優しく笑う薫兄の姿だった。
穏やかな午後の空の下、薫兄が女の人の頬に触れた。
互いに見つめ合いゆっくりと顔を近づけキスをする二人の姿を、俺は呆然と見ていた。
大学に入って付き合うようになった彼女とは、付き合い始めてもう直ぐ半年になると言うのにまだキスしかしていない。
彼女がその先を望んでいる事も気づいていたけど、何故か躊躇ってしまう理由が自分でも分からず、どうしても一歩を踏み出せないでいた。
「今日はもう帰るね」
「うん。気をつけて」
「次…いつ会える?」
「…また電話するよ」
優しく髪を撫で頬にそっと触れると彼女が目を閉じた。ゆっくりと顔を近づけキスをする。
チクリと、胸のずっとずっと奥の方で痛みを覚えた。
手を振って並木道を歩く彼女の後ろ姿を見送る。
話をしていても、一緒に歩いていても、胸の奥が痛む事は無い。
けれど彼女に触れる時、その時だけは何故かいつも胸の奥の奥が小さく痛む。
そして彼女を見送る時、心の何処かでほっとしている自分に気づくんだ。
理由なんて分からない。原因なんて知らない。
ただそんな自分が酷く卑怯者に思えて……苦しい
小さく溜め息を吐いて振り返り歩き始めたその先、目の前の公園に居たのは
目を見開き、血の気が引いたような顔で呆然と立つ勇登だった。