誰にも言いませんから!
ノエルの祖母、グラデナはその薬売りとして名の知れた人物。若い頃から頭角を露わにし、それ以来常に薬売りたちの最前線で活躍してきたのだ。そのためとりわけ王宮からも厚い信頼を寄せられており、「王宮お抱えの薬売りグラデナ」と言えば、ほとんどの人物が知っている。
そんな彼女だが、実は数日前からギックリ腰になってしまい寝込んでいるのである。
「実は今日は朝からお医者様のところに行ってるんです。」
「そうかい…早く良くなるといいわね。グラデナさんの薬を必要としてる人たちがたくさんいるだろうからさ。あの人の薬はほんとに凄いよ。アタシも何度も助けられてるし。ノエルちゃんも早く一人前の薬売りになれるように頑張りなよ!」
「う…は、はい!頑張ります!」
「とりあえず何か困ったことがあったら、いつでも声かけなよ。アタシに出来ることならいくらでも手をかすからさ!」
「はい、ありがとうございますクラエスおばさん。」
あまり長話をしてクラエスの掃除の邪魔をしても悪いだろう。ノエルはそこで話を切り上げ、玄関の戸を閉めた。そして深い深いため息を吐き出す。
「はあああああ…」
机の上に広げっぱなしになっている大量の本と調合に使う薬草や木の実などの材料…。
優秀な薬売りであるグラデナを祖母に持つノエルも勿論、薬売りを目指している。生まれて間もなくに母親を亡くしたノエルを大事に育ててくれたグラデナは、母のようであり、そして同時に目標とするべき存在でもある。
伊達に幼少期から祖母の仕事を間近で見てきてはいない。強い憧れと尊敬の眼差しで、いつもその姿を見てきたのだから。
でも。と、ノエルはよろよろと机に近づいて椅子に腰かけた。
「いつも失敗ばっかりしちゃうんだよね…」
いつまでたっても半人前で、一人前の薬売りには程遠い。
…ほど遠いどころか、まだスタート地点にも立っていないような気がする。
幼い頃から彼女の傍で勉強し、早く一人前の薬売りになれるようにと、日頃努力をしてきているつもりではあるのだが…どうにもいつまでたっても芽が出る気配がない。もう18歳。立派に独り立ち出来る年頃のはずだ。
そもそもグラデナが今のノエルほどの年の頃にはもう立派な薬売りとして試験に合格し、王宮に頻繁に出入りしていたようだ。聞いた話によれば、今は亡き母親も祖母の血を色濃く受け継いでいたようで、若くして頭角をあらわにした新進気鋭の薬売りとして、騎士団専属で戦地に赴いていたりもしていたらしい。
…だというのに自分はどうだろう。考えて、口の中で呻った。
「ああっ…!もうせっかくいい天気で気分も晴れやかになってきてたのに、またネガティブ発動しちゃうよ…!ダメダメダメ!しっかりするのよ、ノエル…わたしだってきっと出来る、大丈夫、出来る出来る出来る出来る…」
机に両肘をついてぶつぶつと自己暗示のように呟く少女の後ろ姿の、なんと気味が悪いことか…。するとそんな彼女の背後でキラーンと怪しく光る二つの瞳。ノエルがそれに気付くよりも先に、その物体が勢いよく背中に突撃してきた。
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