年上彼氏と年下の彼
「こんにちはー、コウキ君。」
声をかけると彼ははじかれたように顔を上げ、そしてびっくりしたような顔をした。そして私だということが分かるといつもの笑顔になり、小さく笑った。
「何だ、千波さんですかー。びっくりしましたよ、いきなり呼ばれたから。」
「ごめんね。てかコウキ君、今日は休みなのかと思ってた。」
研究室にいなかったからと付け足すと、彼は思いだしたように声をあげてうなづいた。
「ああ…すみません。実は俺、明日から2週間教育実習なんです。その関係で今日は最終の確認をしなきゃいけなくて…。だから研究室には行かないでここでまとめ方してたんですよ。」
そう言ってコウキは苦笑をして頭をかいた。
ちらりとノートを見れば、綺麗な文字でびっしりと実習についての内容が書きつづられている。ふむ、凄く綺麗なノートだ。私が大学生の頃なんてこんなにノートを取らなかったけどなぁ。不真面目だった学生時代を思い出しながらノートを見ていると、コウキは大きく伸びをした。
「でも…さすがにそろそろ疲れたんでやめにします。」
「そのほうがいいよ。明日から実習なんだし。あ、これよかったらどうぞ。」
手にしていた缶コーヒーを手渡すと、彼は嬉しそうに顔をほころばせた。なんだかコウキが笑うと、それだけでそのまわりにほんわかした温かさが広がる気がする。そしてその笑顔に癒されている自分がいるのもまた事実。この笑顔を見るたびに、毎度癒される。
「わ、ありがとうございます。頂きます。」
ぷしゅ、とプルタブを開ける音がして、コウキは缶に口を付けた。
「あ…これ千波さんが好きな味ですね。」
「え?あぁ、コーヒーの甘さがでしょ?ふふ、よく分かったね。」
「はい。ミルク1つとシュガー1つ入れた味。俺、もうしっかり覚えましたよー。」
コウキがそう言って笑うので、こちらもつられて笑ってしまった。最初は「新井さん」だった呼び方が、いつの間に「千波さん」になったんだろうとか、「佐々木君」だった呼び方がいつの間にか「コウキ君」になったとか、そんなことは特に気にも留めなかった。
だってそれくらい、ほとんど毎日顔を合わせていたから。それにきっと、呼び方くらい自然な流れで変わるものでしょう?
「あ。そーいえば今日ね。」
思いだしたように声を上げると、コウキはノートをしまう手を止めて首をかしげた。
「いつもコウキ君がコーヒー淹れてくれるでしょ?でも今日は教授が淹れてくれて…でも味が調整されてないの忘れてブラックのまま飲んじゃってね。教授の前で変な顔しちゃったよ、苦くて。完全に油断してたなぁ。もうね、すっごい変な顔しちゃったんだよ、こーんなの。」
「あはは。」
千波がその時の表情を真似してみせると、コウキは面白そうに笑いながら鞄の中に道具をしまい始めた。緩やかな時が流れるというのはこういうことを言うのだろうか。なんだか時間がゆったりと流れている気がする。
コウキの性格が穏やかだから余計にそう感じるのだろうか。千波は妙にホッとするような安心感さえ、感じ始めてきている自分に驚いた。