年上彼氏と年下の彼
「いないの?いそうだけど…」
「はい。今はいないですよ。」
あっ、なるほど。そういうことか。
今は、ね。
コウキは意図していったつもりではないのかもしれない。さらっと返事をしたところを見ると、特に深く考えて発言したわけではないのだろう。でもまぁ、確かに彼女という存在はいたことはあるようだ。なるほど。千波はそれ以上聞かなかった。
というか、この前知り合ったばかりの人間の交際関係をこれ以上根掘り葉掘り聞くのもいかがなものかと思ったからだ。大学生のキャンパスライフを謳歌しているであろう青年に向かって、そんな質問を続けるのは野暮な話だろう。というか、これ以上そんな話を続けていると、お節介おばさんになってしまう!!
「ところで…買い出しに来てるってことは佐々木君は一人暮らし?」
「えぇ、まぁ。面倒だから自炊はあんまりしたくないんですけど…食費とかの経費を考えると、やっぱりどうしても自炊した方が安いなって妥協しちゃうんですよね。」
ここのスーパー安いから大学でも評判なのだと言って、彼は笑っていた。苦笑い気味につぶやいたコウキのカゴを見てみれば、惣菜系のものはほとんど入っていなかった。代わりに野菜やら肉やら、卵やら、自炊するのに必要な生鮮類がしっかりと入っているようだ。
…と、そこまで勝手に考えてから、私は咄嗟にコウキから買い物かごを出来るだけ見えないように背後に隠した。
(…てか!思いっきりレトルトと惣菜ばっかだし!!)
明らかに自炊してないです感が漂うこんな状態を学生の彼に見られるのは何となく嫌だった。26にもなった女が一人暮らしで自炊していないなんて、なんだかかっこ悪い。しかも22歳の男の子が自炊しているというのに!!
「小山さんは何を買うんですか?」
「え!?いやぁ私は…大したもの買ってないよー。この前、食料品は買ってきたばっかだし、今日はつまみになるようなものを買おうかなーって思って…」
仮にも女子がつまみとか言うのはどうなんだろうとも思ったが、言ってしまったものは仕方がない。やや上ずった声でそう答えると、コウキは小さく噴き出して笑った。
「あっ、小山さん宅飲み派ですか?」
「う…ま、まぁね。自宅のほうが落ち着いて飲めるし。」
事実、宅飲みは大好きだ。好きなテレビを見ながら飲めるし、食べたいものを食べられるし、行儀を悪くしたって怒られたりしない。他人の目を気にせず、ゆったりと落ち着いてくつろぐことが出来るし。
仕事の関係や付き合いで飲みに行くことはあるにしろ、わたしはどこかのオシャレなバーで飲むよりも、本当は宅飲み派なのだ。だがしかし、堂々と言ってしまうのはやっぱり良くなかったかなと反省する。バーで飲んでます、なんてかっこいいこと言っておいたほうが良かっただろうか。宅飲み派です、しかもつまみ付きでというのは少しおっさんくさかったかもしれない…。千波が後悔していると、コウキはパッと明るい顔をした。
「あ、分かります。くつろげますし、安いし。いくら飲んでも自宅だからすぐ寝れますし!」
「そうそう!ほんとそれ!」
「居酒屋とかで飲んだりするとすぐにお金飛んでっちゃいますよね。気も使うし疲れるし。」
「そうなのよ。平気で諭吉さん飛んでいくからさ~。」
「あはは。小山さんと宅飲みとか面白いんでしょうね。」
手に平をひらひらさせてお札が飛んでいく様子を真似すると、コウキは面白そうに噴き出して笑ってそんなことを言った。これまた、別に彼は特別な意味を持って言った言葉ではないのかもしれないけれど、それでも少しばかりドキッとしてしまった。
この私が年下相手に?
…いやいやいや!ないないない!!
結局、千波はレトルト食品とお惣菜を購入した。お互いに会計を済ませてスーパーから出ると、外は雲行きが怪しかった。どんよりとした灰色の雲が、垂れ下がるように空を覆っており、今にも雨粒が落ちてきそうなほどだ。
「…雨、降りそうですね。」
「だね。これは早く帰ったほうがいいかも…」
そう言い終わるよりも先に、しずくが頬に当たった。アスファルトの湿った匂いが漂ってくる…あぁ、どうやら少し手遅れだったらしい。