最悪の一日。
「っあー!楽しかったね~~」
暦上では季節は秋に差し掛かっている。肌寒い風が足を撫でて行き、思わず身震いをしてしまう。香織は会場を出ると大きく伸びをしながら笑顔でそんなことを言った。当のめぐみはというと…その隣でゲンナリした表情を浮かべているのである。
「そりゃ良かったねぇ。」
「何そのめっちゃ他人事的な発言。めぐみも楽しかったでしょ?」
「いやもう、全然?」
「うっそ!だってめっちゃ笑顔で話してたじゃん。」
確かに香織の言うように、出来るだけ笑顔は心掛けたさ。だから表面上はとても楽しんでいるように見えたことであろう。しかしそれは仮初の笑顔。実際心の中では「早く帰りたい」を連発していた。
「うんにゃ、あれは表情筋が笑顔のまま固まってただけ。」
「は?まじ?嘘でしょ!?」
「まじまじ。もーずっと笑顔張り付けたまま固まってただけだし。誰とどんな話したのかもよく覚えてないしね。というか、誰がいたのかも正直よく分からん。」
「……それはそれで凄くない?」
噴き出して笑う香織は、めぐみと違って本当にあのパーティを楽しんでいたのだろう。元々、香織は社交的な性格で人と話すことを苦にしない子だ。しかも肝が据わっているから、誰相手でも毅然とした態度で、媚びへつらうことない態度で接している。そういうところを、めぐみは凄く気に入っているし、憧れてもいるのだ。
逆にめぐみはといえば、そこまで社交的ではない。まぁ根暗でこそないものの、そこまではっちゃけてもいないし、派手系パリピ女子と地味系女子の中間くらいに位置しているだと思う。人付き合いは嫌いではないが、やはり疲れるというのが正直な気持ち。興味のない話を聞いて適当に相槌をうつのも、結構疲れるのだ。
「で?香織はどうだったの?例の男の子とは。」
「あぁ…ないない。」
めぐみは寒さに体を縮こめ、隣にいる香織へと問いかけたのだが、返ってきたのは存外あっさりした返答だった。ん?それはどういうことだ?何か彼に問題があったのか?
「結構好みだったんじゃないの?」
「ん、顔はね。でもちょっと性格合わないなーって。だってさ、ずっと自分の自慢話ばっかしてんだよ?最初はさぁ、男の子だし、自慢話もしたいだろうなって思って聞いてはいたんだけどね、その後もずっと話してくるとは思わなかったわ。さすがにアタシも途中で話切って別の人んとこ行ってたし。アンタの話はつまんないって、正直に言ってやった。」
なんと!!!真正面から包み隠さず言ってしまうあたり、流石は香織というべきか。
めぐみが驚いていると香織はふぅっと溜息を吐き出して手をプラプラと振った。
「あーゆーのって誰かに言われないと分からないものなんだって。でもさー、仮にあの自慢話がウザイって思ってても、同い年くらいだと言うの躊躇って誰も言わないじゃん?毎日顔合わせたりする人からすれば、確かに言いにくいことかもしれないし。でも結局は社会に出た時にあの子自身が辛い思いするからさぁ。今のうちに言ってやったほうが、後々あの子のためにもなるんじゃなかなぁと思うしね。ガツンと言ってやった。」
香織の瞳はまっすぐで、一点の曇りもない。…あー、もう、ほんと凄いな香織は!なんだその台詞は!惚れるわ。綺麗な瞳は凛としていて、本当にかっこいい。香織は可愛いし美人だが、かっこいい。幼馴染で親友、という肩書を抜きにしても、そう、お世辞を抜きにしてもそう思う。
「わたし時々、香織は教育者にでもなったほうがいいんじゃないかと思うよ。」
「アタシが?アハハ、先生とか無理無理。」
香織は笑いながら上着のポケットに両手を突っ込んで歩き出した。