cafeルピナス
「あの、」
「ぅわぽう!?」
咄嗟に変な声を出して半歩飛び退く。
あんな事件があってすぐだ、そりゃ驚いて当然だ。しかもこんな夜中に。
普通こういう時に女の子なら「キャッ」とか言うのかもしれないが、まったくもって色気のない変な声をあげてしまったのだが、そこはどうか流して欲しい。実際、突然「キャッ」なんて出る女子いるの?少なくともわたしは今まで生きてきてそんな可愛い悲鳴あげたことないけど!!!(開き直り)
振り返るとそこには見知った青年が立っていた。
風が吹いて、そっと彼の髪が揺れた。
淡い栗色の髪。少しタレ目がちな優しそうな瞳。
「良かった、やっぱりあの時の方ですよね。」
高すぎず低すぎない、優しい声。人に安心感を与えるような声色。
青年は微笑んでそう呟いた。
「っあ、あの時、の!助けてくれ、あ、助けて下さった!方!です、よね?あ、わ、って…痛――ッ!?」
突然の再会にあまりにも驚いてしまって、お礼を言わなくてはいけないとは頭では分かっていたのだが、どもりすぎておかしな言葉しか出てこない。しかも振り向きざまにあまりに驚いたせいで、転んだ時にひねっていたらしい足首に激しい痛みが襲ってきて大声をあげてしまった。めぐみはその場に力なくへなへなと座り込み、痛み足首を押さえて悶絶する。
「うぎゅぅ…痛いいいい…」
「大丈夫ですか?少し見せて下さい。」
青年に言われるがままに足首を見せると、彼は目を丸くした。
「かなり腫れてるじゃないですか…。さっき警察で見て貰わなかったんですか?」
「いやぁ…その…茫然としすぎてて、捻ったことすら忘れていたというかなんというか…。」
めぐみがボソボソ呟くと、青年は顎に手をやってしばらく黙りこんでしまった。
……うっ、どうしよう。
めんどくさい女助けちゃったなって思っているに違いない。
さっきまでは少し痛むくらいだったのに、改めて捻挫を自覚してみると痛みが増すから不思議だ。くそう、29にもなってこんな姿を晒すとは…。もはや恥ずかしいとか通り越して、穴があったら飛び込みたい気分だ。
「へっくし!!!」
一段と寒い風が吹きつけてきて、思わずくしゃみをひとつ。
おまけに鼻水も出てきた。ゴソゴソと鞄を漁ってティッシュを取り出そうとするが、しくじった。持参していたティッシュは婚活会場で零したワインを拭くために使ってしまったのだった!ああああああもう最悪だな!!!
こうなったら鼻から垂れそうな鼻水だが、もう必死に啜るしかない。めぐみが息を吸いこんでいると、目の前に自分のものではないティッシュが差し出された。
「どうぞ、使って下さい。」
「あ、ありがとう、ございます…」
その手からティッシュを受け取って鼻をかむ。こころなしかティッシュからいい匂いがする。何このティッシュ。フレグランス付きなの?高級なやつ?めっちゃいい匂いする…。ちなみにめぐみが使っているティッシュは駅前でよく配られているパチンコ屋のやつなのだが……この差!!!!
「あと、もし良かったらこれ羽織って下さい。俺ので悪いですけど…」
めぐみがティッシュに軽く感動を覚えていると、今度は青年がパーカーを差し出してくれた。いやいや!さすがにそこまでお借りするわけにもいかないぞ!?
「え!?いやいや!!大丈夫です!このくらいへっちゃらです!」
そう言った途端にまた鼻水が垂れてくるのだから恰好がつかない。
「……」
「………」
「ぷっ…く、あ、あの、やっぱりこれ使って下さい。」
「……うう、ずびばぜん…」
青年は笑いをこらえたような顔をしてパーカーを貸してくれた。