cafeルピナス
警察署の出口まで来て、ふと腕時計に目を落とす。もう時刻は夜中の1時を過ぎている。
…ああ、もう終電もないじゃないか!漫喫で時間でも潰すか…?どうしようかと香織に目を向けると、その瞳が大きく見開かれていた。
「香織!」
男性の声がして、視線の方向に目をやると、そこには若い男性が立っていた。よほど急いで来たのだろう、息はあがっており、大きく肩が揺れている。こんなに肌寒いというのに、額からは汗も伝っていた。男性は息を整えると、香織めがけて一目散に走ってきた。
「……祐真…」
少し赤みのかかった髪を揺らしてこちらに走ってくる彼こそ、香織の彼氏・祐真その人だった。祐真の姿を見るなり、香織は瞳から大粒の涙をこぼして弱々しく彼の名を呟いた。祐真はそんな香織を少し遠慮がちにソッと抱きしめる。途端に、嗚咽が聞こえた。
香織は泣いていた。
先ほどまでは毅然とした態度で涙も見せなかった彼女が、泣いていた。相手が祐真だからなのかもしれない。香織はなんだかんだ言いつつ、彼氏である祐真のことが大好きなのだから。
…ちぇ、わたしと一緒の時に泣かなかったのに、祐真くんの前では安心して涙が出るんだなぁ。幼馴染として、親友の身としても、なんだか祐真に負けたみたいな気がしてちょっぴりだけ悔しい。でもそれ以上に嬉しくもあった。だって、そこまで心を許して安心できる存在に、香織はもう出会えているのだから。
「ねぇめぐみ。めぐみも祐真のウチ来て泊めて貰おうよ。」
帰り際、香織が何度も何度も心配そうにそう提案してくれたが断った。
確かにあんなことに巻き込まれた後で、不安がないわけでもない。…否、ぶっちゃけ結構不安はある。だが、世の中この時間でも時間をつぶせる場所なら沢山あるのだ。カラオケに行って時間を潰してもいいし、なんならカプセルホテルにだって泊まれる。今時は女性専用の場所もあるし、便利な時代になったよね!!!
「わたしは大丈夫。心配してくれてありがと。…香織、今日は疲れたしゆっくり休も。祐真君、香織のこと宜しくね。」
祐真にそう言うと、彼は何度も強く頷いた。ぎゅっと握られた香織の手と自分の手を少し上に挙げて、まるで証明するかのように見せてくれる。
「勿論ッス!めぐみサンもどうぞお気をつけて帰ってくださいね。あんまし暗いとこあるいちゃ駄目ッスよ!明るいとこ、なるべく人が多いとこ歩いて下さいね!近道とかで細い路地とか行くのもNGッスからね!!!!」
「お、おおう…。勿論。ありがとう、祐真君。」
言い忘れていたが、祐真君はまだ25歳。私たちよりも4つも若い。それだけあって見た目は結構チャラい雰囲気なのだが、とてもいい子であることをめぐみも知っている。香織曰く「馬鹿だけど裏表なくてめっちゃ一途」らしい。確かに彼を見ているとそのことは容易に理解できた。
香織のこととなるとはしゃいだりしょんぼりしたり、まるで犬か何かのようだ。先程喋っている彼に犬耳としっぽが見え隠れしていたんじゃないかってぐらい。うん、これはもうきっと、というか確実に。彼は天性のワンコ属性に違いない。
二人と別れてからめぐみはこれからどうすべきか考えていた。
今からタクシーを拾って自宅に帰れない事もない。だが明日(というか今日)の出社時間を考えても、そこまで時間がたっぷりあるわけではないので、それはそれで面倒くさい。それに心なしか足が痛む気もするし、あまり歩きたくもない。
どうしようかと考えていると、不意に肩を叩かれた。