最悪の一日。
男がどこから持ちだしたのか、サバイバルナイフを取り出して怪しげに笑う。時折点滅するネオンの光が、男の顔とナイフを照らし出して、益々恐怖感を増幅させる。…ああ、やばい。これで刺されて殺されてしまうんだ、私は。男がナイフを振り上げる。
万事休す、だ。
反射的に、香織を守るように抱きしめた。
―…あーあ、もう、最悪すぎる一日じゃん。
こんなことなら、ピザまんだけじゃなくて肉まんも買っておけば良かった。朝から嫌なこと続きで、叫びたい気持ちを我慢していたけど、やっぱり我慢なんてしないで叫んでおけば良かった。わたしじゃなくて後輩を指名したクライアント。仕事が出来るかどうかの有無は抜きにしても…なんて、一応体裁を整えるために言っておいてやったけど、この野郎。若い女の子にデレデレ鼻の下伸ばしやがって、ハゲ親父まじ爆ぜろ!!!!
明日は素敵な日になったんだろうか。
今日がこんなに酷い日だったんだから、明日はきっといい日になったはずだよね。
もう来ないであろう明日のことを考えて、ギュッと目を閉じた。
…。
……。
………。
あれ?
なぜかいつまでたっても痛みが来ない。何事だろうか。
めぐみが恐る恐る目を開けると、そこには見知らぬ一人の青年が立っていた。
その青年は、ナイフを持つ男の手を握ったまま離さない。そしていとも容易く男の手をねじり上げると、その手からナイフを奪い、足蹴にして手の届かない遠くへと放った。
「―…大丈夫、ですか?」
ひどく落ち着いた、優しい声。
淡い栗色の髪が揺れる。
こちらを見た彼の視線と、視線が交わった。
「もう大丈夫ですよ。」
その優しい声と微笑みに、視界が滲んだ。
続く。