芳醇な

 今日はクリスマス、ということもありネロは父バージルと一緒に夕飯を食べることを楽しみにしていた。

 食卓には牛肉のステーキにベリソースが掛かったやつだの、焼いたじゃがいもにベーコンとチーズマヨをトッピングしてオーブンしたやつ、レタスにアボカドやらトマトにオリーブオイルベースのドレッシングが掛かったサラダなど様々な料理が置かれていた。

 豪華な食事はもちろんのこと、この日、ネロはもう一つ楽しみがあった。

この日だけ、ネロは特別に見ることができるものがある。

「さ、食べなさいネロ」

 バージルはそう言いながら、片手で持っていたワインを空のグラスに注いでいた。パッと見て黒々としたボトルから注がれる液体は赤…というよりも紫に違いもので、一般的に赤ワインと呼ばれる。それらがグラスにいっぱいになるとバージルはネロの目の前に置いた。

「わぁ…」

 芳醇な葡萄の香りが途端に広がり、品のある香りが肺を満たす。

「飲むのはダメだぞ」

 目をキラキラさせたのも束の間、バージルにそう言われてしゅんとなるネロ。

「またお預け…?」
「お前は未成年だからな」
「だったら出す意味ある?」
「形作りというやつだ」
「なんだよそれ」

 つまらなさそうに膨れっ面になるネロ。

 バージルはクリスマスの日になるとこうやって赤ワインを出してくれるのだが、実は飲ませてはくれないのだ。ネロが歳を重ねて今年はどうだろう?と期待するものの、やはり今年も飲ませてもらえないと分かるとネロは意味が分からないと不貞腐れる。

 形を取るだけ、とバージルは言うがネロはそれが少し面白くない。

「乾杯、ネロ」
「ふんっ」

 不満ありつつもグラスを手に取り、バージルが持っていたグラスに軽く当てて乾杯の音を鳴らしてやる。

「んっ…」
「はぁ〜」

 ワインを飲むバージルと、飲めない酒を前に眉間に皺を寄せて不機嫌にするネロ。

「まったく。大人はずるいぜ」
「なら、早く大人になって欲しいものだ」
「は?もう大人だけど?」
「どうだろうな、ネロ」

 ニヤリと口角を上げてバージルはネロを見る。何か含みを感じる視線にネロは一瞬どきっとするが、咳払いをして父から視線を外す。

 父の流れに飲まれるな、俺。

「なんだよ……俺がまだ子どもだって言うのか?」
「あぁ。まだ子供だ」

 ごくっ、とまた一口ワインを口に含むバージル。ふぅ…と一息を吐くとまた何か考え込む。

「子供だ……まだ」
「?」

 少しバージルの声に陰りを感じて、ネロは気になって顔を上げる。

「父さん…?」
「ん、なんだ」

 どことなく、父が寂しそうな顔をした気がした。
 もしかして?とネロの中である一つの疑問が思い浮かぶ。

「あのさ……父さんって、俺に大人になって欲しくなかったりする?」
「なんだと?」

 バージルがワインを飲む手が止まる。

「いや、そんな顔してたから」
「……どんな顔だ」
「俺が大人になるのを寂しそうっていうか、そんな感じの……」
「……」

 今度はバージルが黙り込む。眉間に皺を寄せて不機嫌そうにしながら。
先ほどまでのネロのような顔になっていたバージルを見て、「ほらな」とネロは確信する。

「やっぱりな。父さんは俺に大人になって欲しくないんだ」
「そんなことはない」
「だったらワイン飲ませてくれよ」
「ダメだ」

 そう強く言い放つバージル。
 なんなんだ、と徐々に苛つきを感じ始めるネロ。

「ネロ」

 そんな息子を察知して宥めようと名を呼ぶバージル。だがネロはそっぽを向いて目を合わせてくれない。

「ネロ。お前が大人になるのは構わない。寧ろ、早くなって欲しいと願っている」
「だったらなんで酒なんか…」
「形作りと…」
「飲めねぇもん出されて気分悪いって言ってんだよ!」
「!」

 バージルはネロの手元に置いていたワイングラスを取り上げようとしたが、ネロがそうさせないとグラスを素早く手に取って後退りする。

「ネロ!」
「ほら、またそれ。俺に飲ませていいワインじゃないんだろっ」
「……」

 バージルは飲んでいたワイングラスをテーブルに置くと、グラスの中のでゆらゆらと揺れる液体を見ながらネロに言う。

「そういう訳ではない」
「じゃあどういう訳?」
「子供のお前が飲むには刺激が強いということだ」
「埒が開かないな」

 ネロはもう聞き飽きたとばかりにバージルを睨み付けた。

「もう飲んでやるぜ!」
「待ちなさい、こらっ」

 そう言ってネロはグラスのワインを一気に飲み干した。

「!?」

 口に含んだ瞬間、思わぬほどの酸味と渋味…なのだろうか。あまりの刺激の強さに顔を歪ませるネロ。しかし口の中から鼻に向かって通る香りは、葡萄だ。

それとほんの少し…

「なんか、鉄臭い…うっ」
目の前が眩んで、ふらふらとその場に座り込むネロ。

「やはりな…まったく」

やれやれと呆れるバージル。
おそらく、急にアルコールを摂取したもので、慣れてない体が驚いたのだろう。

それと、隠し味…。

「うげぇ、まっず…!」
「だから言っただろう?子供には刺激が強いと」
「うるせー!」

意外と元気なネロは、すぐさま立ち上がり、何事も無かったかのように食事が再開された。

そしてバージルは、何か意味深に息子を見つめながら、目の前のステーキ肉を頬張った。

肉はちょうど良い柔らかさに仕上がった。
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