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不味い


気温は徐々に高くなり、夏一歩手前の季節。
自販機から冬向けの温かな飲み物が無くなり、涼しげな飲料水が並び始める頃。

「あっちぃな」

ネロは仕事を終え、汗ばんだシャツをパタパタさせながら帰っていた。
悪魔退治をやった後では夏のような暑さだ。

帰ったらシャワーに入りたい、そう思いながら家を目指して歩く。

「おっ」

道中、自販機が目に入る。
ちょうどいい。
何か冷たいものでも飲みながら帰るか、と自販機まで歩み寄る。

「どれどれ」

まず最初に目に入ったのは最近まで飲んでいたエナドリ。
ふと、父親バージルの顔が脳裏をよぎる。

(無しだ)

これは色々と…散々な目に遭ったのでやめる。
次に隣を見ると、メロンソーダ、コーラ、サイダーのペットボトル。

(炭酸って気分じゃないんだよな)

渇いた喉に炭酸を流すのは最高なのだが、今は飲んですぐ喉を潤せるものが良い。あとできればカフェインは摂りたくない。

(水、かぁ)

しかしそれを選ぶのも味気ない。

(なんかねーのかよ)

ぐるっと自販機の商品を見渡す。

「ん?」

ふと、一つの商品に目が留まる。
クリアなペットボトルに緑のラベルが巻かれ、そこには“ミントとライムのクリアウォーター”の印字。更にその商品の下に『新発売!』のテープが貼られている。ここ最近販売したばかりなのだろう。

(おっ。良さそうなのあんじゃねーか)

普段なら絶対に買わないものだ。

ミントとライムなら味はだいたい想像できる。不味いわけがない。寧ろすっきりして、今の状況には持ってこいのはず。

ネロは財布から硬貨を取り出し、例のミントライムのボタンを選択する。

ガコン、と自販機から商品の落ちる音。
それらを手に取るとペットボトルをぐるっと見て確認する。

見た目は普通の水に見えるが、いわゆる味の付いた水なのだろう。
この手の商品はキリエがよく飲んでいる印象がある。

不味いわけがない。
何も気にすることなく、ペットボトルの蓋を開けて迷わず飲む。

「――ぶッ!?」

喉に流し込んだ瞬間、思わぬ味覚の襲来に吹き出す。

「ッ…!なんだこれ!?」

濡れた口元を拭き、空いた蓋に鼻を近づけて嗅ぐ。まるでトイレの芳香剤のようなミントの香りがとにかくキツイ。そしてライムは本当に入っているのか怪しいくらいに臭わない。極めつけは舌と喉に残った人工甘味料のねちっこい甘さが恐ろしいほど合ってない。

例えるならモスコミュールを甘ったるくしたような感じ。
しかもミントはトイレの芳香剤だ。

「おうぇ…」

最悪だ。
もう二度と買わないと誓うネロだった。






「で、結局どうしたんだよ?」

ピザの切れ端を片手に、ネロの話を聞いていたダンテ。
ちなみに向かい側のソファには読書をしているバージルが、その隣をネロが自身の濡れた髪をタオルドライしながら座っている。

現在夕食の時間帯。
ネロは風呂から上がってはダンテ達に今日あったことを話していた。

そして今話題にしているのが、夕方自販機で買ったクソ不味ミントライムのこと。
あの後その場で飲み切ることはできず、しかし中身を捨てるのも罪悪感があったので結局持ち帰ってきた。

「冷蔵庫にあるけど」

「お!じゃあバージル、試しに飲んでみろよ?」

「なぜそうなる」

パタン、と小説を閉じてダンテを見るバージル。
やれやれといった感じで頭を振る。

「お前が試しに飲んでみろ」

「こういうのは“兄貴”が率先するもんだろ?」

「なら、弟に譲るのも兄の役目だな?」

フン、とした態度で返すバージル。
普段ならお互い譲らないのに、今日はなぜかお互い譲りあっている。奇妙な光景にネロはやや呆れつつ、しかしどちらが飲むのか内心ワクワクとヒヤヒヤが混雑していた。

「いいから飲めよ」

「断る」

「ハァ…」

頑なに飲もうとしないバージルに溜息を付くダンテ。
やれやれと首を振ると、ピザを触った手をパンパンと払い立ち上がり、冷蔵庫から例のペットボトルを取り出す。

「情けないお兄ちゃんの代わりに弟のオレが尻拭いを…」

「待て」

ダンテが取り出したペットボトルを、後ろから奪い取るバージル。

「お前に拭かれる尻はない」

「なんだよ、ノリノリじゃないか」

ハハッと笑うダンテ。
一方のバージルは目を細め、いかにもくだらなさそうな顔をしながらペットボトルを一瞥。そしてネロを見つめる。

「お前のお遊びに付き合ってやる」

(なんだよこの流れ…)

別に飲まなくても良いんだけど、と心の中で呟くネロ。
一方ダンテは「ヒュー!」とテンション高く手をパンパンさせ、一気に一気に!と言わんばかりにバージルを煽る。

「……」

そんなダンテにバージルはお構いなしだが、いよいよペットボトルの蓋を開ける。

(見た目はなんの変哲もない水だが…)

じっとペットボトルの中身を見つめるバージル。
その味を知るネロは、今飲もうとしているバージルを見て生唾を飲んだ。

絶対に不味い。
あまりの不味さに何か、とんでもないことが起こらないと良いのだが…と不安がよぎる。

そしてバージルが口元にそれを近づけて飲もうとする。


――が、

「っ…!?」

飲む寸前、手が止まる。
スンスンと鼻が動いているのを見て、何かを察したなとネロは思う。

「おい、どうしたんだよ」

ダンテはニコニコしながら兄の様子を伺う。

「いや…」

「だったら早く飲めよ?」

珍しくバージルが躊躇いを感じている、のだろうか。
ちらっと視線がネロに向けられる。
まるで「お前はなんてものを買ってきたんだ」と訴えているようにも見える。

やや冷や汗を感じるネロ。

「な、なぁ?いやなら良いんだぜ…」

一応助け船的なものを出してみる。

「いや、」

しかしやはりこの父親は乗ろうとしない。

「ただの飲み物だろう?」

くだらん、と一言を添えるバージル。

(知らないからな…。マジで知らないからな…)

せっかく出してやった船を乗らないどころか、壊していくような父に半ば呆れつつも、どんな反応をするかやや好奇心もあるネロ。

じっとお互いを見つめる親子に、ダンテは異様な雰囲気を感じていた。

(なんだこれ…?)

「いざ」

ついにバージルが、それを口に含ませる。

やっちまったな…と手で頭を抱えるネロ。
「おお!」と楽しそうに騒ぐダンテ。



「……」



しかし口に入れて、やや待ち時間が発生。
気のせいだろうか。バージルが瞬きをしていないような気がする。

「おい、バージル?」

硬直している兄を見てダンテも何か察したのか、ツンツンと兄の腹横を指先で突っ突くが動かない。

(嵐の前の静けさかっての…)

父親のテーマソングを意識して内心呟くネロ。


静かな時間が、流れる。


――ゴクリ、と喉の音。

そしてそっとペットボトルをダンテに渡すバージル。


「感想は?」

「不味い…――ごふッ…!」

と言ったと同時に咳き込むバージル。
それを見たダンテはHAHAHA!と腹を抱えて笑い出す。

「んだよバージル!お前のそんなとこ初めて見たぜ!」

「だ、ダンテ…!」

吹き出した口元を拭い、手を刀の鞘に添えるバージル。

(まずい!)

バージルの目が殺意に満ち溢れている。
ダンテもそれを分かっているはずだが、笑いが止まらない様子。

「ストップストップ!親父、家の中でやめろって!」

慌ててネロがダンテの前に立ち、今まさに閻魔刀を抜刀しようとしてたバージルを止める。

「ネロ…!元はと言えばお前が…」

しかしそれが悪手だったようで、バージルの矛先が息子のネロへと向けられる。

「いやだから飲まなくても良いって言っただろ!」

「躾の時間だ…!」

「HAHAHAHA!こりゃ傑作だな!」

このあと家の中はめちゃくちゃになり、残ったペットボトルの中身はネロが責任をもって消化したのであった。

そしてネロはもう二度と不味い飲み物を父親に飲ませてはならないと誓ったのであった。
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