腰が痛い
「う゛っ」
(!?)
兄がいるだろう部屋の前で、ダンテは固まった。
新作ポテトチップスが手に入ったので兄弟共に息抜きしようと思い、コーラのペットボトルも片手に持ってお邪魔してやろうとバージルの部屋の前まできたのだが、ノックをする寸前、扉の向こうから聞こえてきた兄の呻き声に思わず体が固まった。
絶対に自分の前では聞かない、聞いたことのない声だ。
瞬時、耳を扉に寄せる。
一体部屋の中で何が行われているのか、ダンテの好奇心が躍る。
何やら衣類の擦れるような、ベッドが軋む音と、時々聞こえる兄の、熱を感じるような声。息遣い。
ハッ、とする。
もしかしたら“行為中”なのでは…?
ダンテの頭の中でピンクな妄想が広がる。悪魔と言ってもお互い半身人間であるのだ。性欲があってもおかしくない。
(邪魔するのは良くないよな…)
出来の良い弟で感謝しろよな、と。
誰もいない廊下でフッ、となぜか爽やかな表情でダンテは立ち去る。
その頃バージルの部屋では。
「親父、けっこう硬いな…」
「ネ、ネロ……」
バージルはいつものコートを脱ぎ、ベッドの上でうつ伏せ状態となり、その上を息子であるネロが跨り、両手の指先で父の背中と腰を押しては離しを繰り返し揉んでいた。
いわゆる、ただのマッサージ。
「あんた硬すぎるんだよ。温泉でも浸かったらどうだ?」
「オンセン?なんだそれは…」
「知らないのかよ…」
父と会話をしてネロは思う。
このバージルという男は戦い以外に全く興味関心がなかったのだろう。あるいはそれらを望まず、人として生きるのを否定し、悪魔の力を求めた結果か。
“普通の人が知ってて当たり前”なことを知らない。
ハンバーガーを、手を汚さずに食べる方法すらも知らなかったのだ。
(なんだろな…)
胸を締め付けられるような感覚。
決して幸せとは言えないその道に、つい前まで父は歩いていたのだと思うと、妙に胸がざわつく。
「ネロ……?」
バージルがちらっと振り向く。
気づけばマッサージをしていた手は止まっていた。
「あっ、わりぃ」
「……」
バージルは何かを察したのか、じっとネロを見つめる。
「なんだよ」
「もう、いい」
「っても、まだ痛いんだろ」
「いや、いい」
「いいんだよ」
退くようにと指示をするバージルの言葉を遮りネロは再び手を動かす。
この父親がどんな道を歩んできたのか、ネロは殆ど想像することしかできない。勝手に想像して落ち込んだところで意味はない。今こうやって親子一緒にいられる。そのことが一番大切なのではないか。
時間は取り戻せないが“今”を大事にすることはできる。
ネロの指に、力が籠る。
「ぐっ…」
凝りの壺を押されたのか、バージルの声が漏れる。
「さっきの続きだけど」
「ん…なんだ」
マッサージをしながらネロは言う。
「オンセンな。あれ、日本の風呂だ」
「風呂か」
「ああ」
父の背中を、凝り固まりを強く感じる部分を親指で押してやる。
「う゛っ!」
「たまに風呂に入ると凝りも解れるぜ」
「そうか…」
この親父は会話のキャッチボールを知らんのか、と心の中でツッコむネロ。
「だから…」
何も分かっていない父に、仕方ないなと息子は頭を抱えながら言う。
「今度、連れてってやるから」
「!?」
そう言うと、バージルは思いもよらなかったのか、かなり驚いた表情をこちらに向ける。
「いやその、キリエとか、ダンテとかも呼んでさ」
「断る」
やっぱりそうだよな、と思うネロだった。
fin
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