I need more power
それは最初他愛のない話だったと、ネロは思い返す。
ダンテと軽い談笑をして、彼が急に「バイクでどっかツーリングしてくる」と言ってきた。しかしバイクにエンジンを掛け発進する直前、ダンテは「あっ」と何かを思い出したかのような声を上げた。
『なぁネロ。一応だが、アイツに“アレ”飲ませんなよ』
『は?』
『さっき話してたエナドリだ』
『ああ。俺が飲んでるあれか』
最近ネロはハマっていた飲み物があった。
コーヒーや紅茶よりもカフェインが多く含まれる、流行のエナジードリンク。
『そうだ』
『あんなの、ただのジュースだろ?』
『いやな……』
ダンテは何かを考え込むように顎を触ると「まあ、そうなんだがな」と視線を泳がせる。
『バージルはそういうの飲み慣れてないし、飲んだら元気になるからな』
笑いながら答えるダンテ。
『何をするか、分からないからな』
そこだけ、妙に真剣な口調だった。
気がする。
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「こういうことか……!!」
ネロはふと、あの時のダンテを思い出し、彼の忠告の甘さに歯ぎしりをした。
(もっと強く言ってくれ!)
まさかこんなことになるとは!
現在ネロは暴れ狂う父親を、魔人化してハイになっている状態のバージルを両腕で羽交い絞めにしている。凄まじい力で拘束から抜け出そうとしているバージルはもはや狂喜乱舞に近い状態だ。本当に自制が効かなくなっているのか、それとも聞こえないフリをしているのか、ネロが「やめてくれ!」と何度言っても聞いてくれない。
正直こちらも本気を出さなければいけないかもしれない。
「「ダンテェェェェ!!」」
凄まじい怒号と殺気。
発声だけで地面が大きく揺れ、左右にあった建物の窓ガラスが粉々に割れる。
ちなみに誰もいない廃墟にいるので幸い人的被害はないが、バージルご指名の相手はどこぞへツーリングしているのでこの場にはいない。
「ふざけんじゃねぇ!!」
(なんでこんな風になるんだよ!)
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――数時間前。
「……」
日課となっていた悪魔狩りを終えてバージルは自身の自宅、兼、息子の仕事場、兼、弟の溜まり場となりつつある我が家に帰宅した。
帰り道の最中、体が汚れていたのでシャワーを浴びようと考えていたが、帰ってくるなり喉の渇きを感じてまずはキッチンへ向かう。
自宅は男三人で共同しているが、ネロとバージルが綺麗に保つよう維持しているのでそこまで汚れていない。とはいえ、我が家には頑固汚れとも言える人物(弟)が滞在している。ゴミ箱には無造作に突っ込まれていた宅配ピザのカラ箱があった。
「ダンテのやつめ…」
これではまたすぐにゴミが溜まる。
弟の大雑把なところは昔からだが、世話が焼ける。
「ちっ」
不本意ではあるが、閻魔刀の鞘先でピザ箱をゴミ箱の底へと押し込む。
「すまない、閻魔刀」
キッチンタオルで軽く刀を拭いてやる。
(それよりも喉が渇いた…)
冷蔵を開けてミネラルウォーターを探し、ペットボトルに手を伸ばす。
ふと、視界の隅で、見慣れぬ缶が置かれていたことに気づく。
「なんだこれは」
なんとなく、それを手に取って見る。
内蔵量500mlのロング缶で、白地にメタリックな字体で“エナドリ”と書かれた缶。
そういえばネロが、こういうものを嗜んでいた気がする。
前に、ネロが眠そうな目をこすりながら飲んでたので「寝たらどうだ」と勧めたが「今日中にやらなくちゃいけないんだよ」と鬱陶しそうに返された記憶。
いわゆる“徹夜する時に飲むやつ”らしい。
ならばコーヒーや紅茶に頼るのが普通なのではとバージルは思ったのだが、最近ではエナドリという飲み物でカフェインを摂取した方がもっとキマれるのだとネロは語る。
きっとこの缶はネロの飲み物なのだろう。
「ふむ」
缶の背を見ると飲み物に含まれている成分票が記載された印字が目に留まる。いたって特別な成分はない。キマれる、とは言っていたが所詮はカフェイン。そこまでではないだろう。プラシーボ的な何かだ。
そして成分票の最後に、I need more power!の文字。
もっと、力を。
「貰うぞ、ネロ」
部屋にはいない息子に一言延べ、バージルは缶のプルタブを押し込み、プシュッと炭酸の音が鳴る。
飲み口に鼻を近づけて匂いを嗅ぐと、スポーツドリンクのような香りが漂う。
(ただのジュースのようなものだろう)
ゴクッと一口。
やや酸味のある柑橘が最初にきて、あと味はスポーツドリンク独特な塩味があとからくる。
「悪くないな」
案外イケるものだと関心する。
以前ダンテが寄越したコーラに似ているかもしれない。
味はスポーツドリンクだが。
「ほお」
悪くない。寧ろ、美味い。
どんどんドリンクを喉に流し込む。
疲れていた体に飲料の甘さが染みる。渇いていた喉に炭酸が焼けるような感覚。それを一気に飲み干し、アァッと思わず声が漏れる。
「ただいま」
同時に、ネロが帰ってきた。
「帰ったか」
「ん。親父も帰って――って!?」
珍しく先に帰っていたバージルよりも、その手に自分の飲み物があったことに驚くネロ。
「お、おい!何勝手に飲んで――」
「悪くないな」
「は?」
バージルは飲み終えた缶を、テーブルに置く。
しかしその缶は強く握りしめられていただろう痕が残って、元々細かった缶はさらに細さを増していた。
それを見たネロはごくりと息をのむ。
「ネロ、以前言っていたな」
「な、なにが?」
「何がだと?」
ふうう…と声が漏れる。
ほんの数分前まであった疲れはもう感じない。
寧ろ体を動かしたい。そんな気分だ。
「稽古をつけてやる」
「は!? 俺、疲れてるんだけ――」
「外へ出ろ」
有無は言わせない。
閻魔刀を強く握り直し、外へ行くぞと顎を向け促す。
「いやマジで意味わかんねぇって!」
「“キマってきた”んだ」
「!?」
言葉が出ないほど、さらに驚くネロ。
正直バージル自身も、なぜそんなことを言ってしまったのかと考えがよぎったが、それよりも体を動かしたい。動き足りない。
本当にキマってきたのかもしれない。
「本気で来い」
ネロは不満げな表情のまま、バージルに外へ連れ出されたのだった。
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その頃、ダンテはバイクで海の見える場所まで来ていた。
時刻はすでに夜遅い時間だろう。辺りには誰もいない。
「この辺でいいか」
長い移動だったのでそろそろ休憩を取ろうと運転を止め、駐車場に降りる。
「喉が渇いたな」
とは言っても開店してる店らしい建物はない。
「おっ」
自販機があったのを見つけ、何か飲み物を買おうと歩み寄る。サラッと品揃えを眺めればネロがよく飲んでいたエナジードリンクを見つけ、しかしそれとは違う缶コーヒーを選び、自販機のボタンを押す。
ガコン、という音と共に缶コーヒーが自販機から転がり出る。
それを取ってバイクに戻るなり、ダンテは缶コーヒーを開けて飲み始めた。
「ハァ……アレ飲むとキマりすぎて、疲れるんだよな」
ふと口にするネロとの会話の続き。
“アレ”とは例のエナジードリンクのこと。
実はダンテも飲んだことがあったのだが、気分が高揚しすぎて歯止めが効かなくなり、事務所を半壊させてしまったことがある。それからは飲むのを控えていた。
またその時、飲み終わった缶をトリッシュが拾い上げてクンクンと匂いを嗅いでいたのだが
『あなたこれ……』
ただのドリンクじゃないわね、と一言。
「さて、と」
飲み終わった缶コーヒーをゴミ箱に投げ入れる。
「“魔剤”と呼ばれるその理由、教えてもらうとするか」
背中に抱えていた大剣を抜き、その剣先を遠くに見える工場へ向ける。
最近巷で話題となっているエナジードリンクを作る工場だ。
トリッシュが言ってた。
あのドリンクから“普通ではない臭い”がする、と。
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