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The boy




◆二度目の訪問◆



 工房に戻った私は、早速Lからの依頼の封筒を開けた。七年前の自分が作った趣味の悪いネオン灯に照らされたそれは、手書きの簡素な仕様書だった。

 可能な限り広範囲の無線信号を察知し表示、対象を選択することで最適な妨害電波を発信――端的に言えばジャミング装置といったところだろうか。

「用途は……十中八九、起爆装置の妨害といったところか」

 つまりLは、爆弾が全て遠隔操作されているという考えなのだろう。例の不思議な少年も現場で「遠隔が云々」と言っていたが、まぁ、彼もまたLと面識があって話を聞いているのかもしれない。警察や探偵に憧れる子供は多いものだ。

 だが、ジャミング装置を作ったところで、犯人の行動圏内にいなければ意味がない。Lはまさかその行動をも先読みするつもりなのか?

「……とんだ自信家だ」

 まぁ、あるいは処理の安全性を期すという用途なのかもしれないが。

 ラークがLだとして、彼はさほど自信家というタイプには見えない。だが自信家に見えないだけで――余計に《そうかもしれない》とも思えてしまう。あの飄々とした態度が何かしらの不敵な信念のようなものを隠すためのものであるというのは、ない話ではない。彼こそ、底が知れない。

 まぁ、いずれにせよこの依頼を進めれば、早ければ明日、その答えは得られるのだ。

 そこからの時間の経過はあっという間だった。
 たった一文字のアルファベットが脳裏に焼き付けたまま、私はパソコン画面に向かい続けた。

 紅茶を淹れに席を立つこともなく、腕時計すら見ることもなく、そして朝になった。

 翌日目が覚めた時、私の身体はデスクチェアーの上で、頬はキーボードの上だった。頭をあげたときのスクリーン上の文字列が怖かったが、幸い、パソコンもまたスリープ状態になってくれていたようだった。

「……いたた」

 痛む首と背中に唸りながらマウスを動かせば、入力途中のファイルはすべてバックアップがとられていた。データを出力し、一晩の成果を確認する。細かな計算などはまだ残っているが、見通しは十分経ったと言えるだろう。

 腕時計の時間は午前十時、私は再びコールブルック通りのメモリアルハウスへ向かうことにした。

『はい、メモリアルハウスです』

 昨日に続き、同じ声がインターホン越しに答えた。

「ワイミーです」

『あら』

 気の抜けた返答ののち、間もなくがちゃりと開錠の音がした。そして内側からシスターが現れた。

「どうも」

 一歩入って帽子を脱ぐと、シスターは「うふふ」と笑った。

「……何かいいことでもあったのですか?」

「いえ、私、南の島の生まれで。油断するとすぐ笑ってしまうんです。初対面の時は失礼になってしまいますので、流石にぐっと口角を下げるように意識しているのですが、えへ」

「……それはそれは」

 随分と個性的な自己紹介だ。

「あ、私はフェティアと申します。見ての通りただの手伝いのシスターですけれど、よろしくお願いしますね」

 まぁ、言われてみればそのような顔立ちと肌色かもしれない。南国生まれが笑い上戸であるという理屈は分からないが、悪い事ではないだろう。

 相変わらず狭い歩幅でせわしなく動く彼女の後をついて、私は再びメモリアル氏のオフィスへ向かった。

 今日もまた応接間の奥にあの裸足の少年が座っているのではないかとも思ったが、直接オフィスへと向かったので確かめている間はなかった。
 私はメモリアル氏のオフィスのドアをノックし、静かに開いた。

「ワイミーさん」部屋に這入るなり、彼は切り出した。「たった一晩でいらっしゃるとは思いもしませんでしたよ。それで、ご用件は?」

「ええ、こちらを」

 私は昨晩書き上げた、ジャミング装置のラフを手渡した。

「これは……」メモリアル氏は眼鏡の位置を正した。「何か、無線機のような装置でしょうか」

「はい。Lから依頼された、特定の機器の無線通信を妨害する装置です。ジャミング装置の一種です」

「なんと――」

 私の返答に、メモリアル氏は目を見開く。
 彼は再び資料に目を落とすと、無言でそれを読み始めた。どこまで彼がその内容を理解しているのかは分からない。

そのまま数分の時間が流れた。

「ワイミーさん。貴方は、本当に……」

「なんでしょう」

 聞き返すと、彼は首を振った。

「いえ――こちらの資料ですが、一度、Lに渡しますので、またご都合のいいときにいらしてください」

「ええ。ではまた明日」

 立ち上がってお辞儀をし、背を向けたところで、ジリリとけたたましいベルの音が部屋に鳴り響いた。
 私が振り返ったとき、メモリアル氏は眉間を押えながら手元の受話器を持ち上げるところだった。

「……あぁ、分かった」

 彼の表情から、電話の向こうの人物がLではないかと察する。帰ろうとすると、「ワイミーさん」と呼び止められた。
視線の先で、メモリアル氏が受話器を高く掲げていた。

「はい?何でしょう?」

「Lが貴方とお話ししたいそうです」

 私は受話器を受け取り、「イエス」と一言答える。
 少しの間が空いて、返答があった。

『……ミスター・ワイミーですか』

『ええ、いかにも。キルシュ・ワイミーです』

『私はLです』

 答える声は異様に歪んでいて、その声の主がどのような人物かを察することはできなかった。

「……そうだろうと思いましたよ」

『ええ。貴方なら分かると思いました』

 皮肉にあっさりと同意されてしまった。
 Lの声からは感情を読み取ることができない。口調は機械のように丁寧だ。

『いくつか貴方に質問があります。その前にひとつこの事件の背後には極めて危険な思想を持つ犯人がいます。それでもよろしいですか?』

「……危険、ですか」

『はい。危険です。現に貴方は一度、被害に遭いかけている。怖くありませんか?』

 怖くありませんか、だと?

「あぁ、怖くはないさ」

『それは良かった。では、私が手紙に書いた五つの日付ですが、それを見て何か気づきましたか?』

 私は首を傾げた。
 それは、ラークが昨日私の元へきて訊ねてきたのと同じ質問だ。

「L、その質問は二度目です。昨日、家に来て五つの爆破事件の概要を話してくれたでしょう?」

『……あぁ、それもそうでした』

 迷った末にとぼけると、Lはけろりと話を合わせてきた。

『では話を先に進めましょう。ミスター・ワイミー、この一連の爆破日時の法則についての、《復習》は必要ですか?念のために』

 ほんの一瞬、Lの口調が楽しんでいるように聞こえた。
 昨日、私はラークから同じ質問をされ「わからない」と答えた。それに対しての解説などは受けていない。

 ――復習が必要か?
 Lもまた、のうのうととぼけているのだ。

「ええ、少々難しかったものでね。もう一度お聞かせいただけるかな」

 私もとぼけて話を進める。
 Lの思考の過程を見せてもらおうじゃないか。

『もちろんです』

 彼は単調に承諾した。

『一回目の1986年11月27日と、二回目の1986年12月12日の間の日数は十五日間、二回目と三回目の1987年3月19日の間の日数は九十七日間、三回目と四回目の1987年3月28日の間の日数は九日間、そして四回目と五回目の1987年6月23日の間の日数は八十七日間……どうですか?』

「ええと」

『ええ、そうです。簡単でしょう。一目瞭然です』

「いや、L……」

『ですから次の爆破は6月29日――四日後に起きます。とにかく、続きはまた明日、お話しましょう。ではそれまで――また巻き込まれないよう、お気をつけて』

「ちょっと待ってく」

『――――』

 言いかけたときには電話は切れていた。
 嵐が去ったというよりも、テープレコーダーと会話しているような気分だった。虚しいくらいに一方的だった。

 当然、Lがどうやって次の爆破があると断定し、そのその日時を予測しているのかそのロジックを知ることは叶わなかった。

 私はメモリアル氏のオフィスを後にし、玄関ホールのレセプションカウンターのフェティアに「また明日来るよ」と声を掛けた。

 その時、応接間の方向からガチャリと何かが落ちる音がした。ドアに手を掛けていた私は足を止めて振り返った。

 物が落ちる音というのは、大抵の場合、何が落ちたかを音で察することができるものだ。今回はおそらく固く、ある程度の重量もあり、そして紐に繋がっているもの――そう、例えば受話器のような。

 部屋を覗き込むと、黒電話の受話器が螺旋状のコードを伸ばして床に当たるすれすれの位置でぶら下がっていた。そして、例の少年がいた。床にしゃがみこんで、悪戯を見つけられてしまった子供のようにこちらを見上げていた。

「やぁ、君か」

 私はポケットの中を探った。まだ何かしらお菓子が入っていたはずだ。

「あぁ、あった。ほら、トフィーだ」

 赤い包み紙に入った小さなトフィーを見ると、少年は遠慮がちに指先でそれを受け取った。そしてもごもごと口に含む。やはり、甘いものが好きらしい。

「明日も私はここに来る予定なんだがね、君はいつもこの応接室の暗がりにいるのかい?」

 少年は小さく首を振った。

「学校は?」

 彼は無言で親指を咥えた。
 まぁ、少年には彼なりの事情があるのだろう。不用意に踏み入るべきではない。

「ところで、良かったら明日、土産を買ってこよう。何か欲しいものはあるか?」

 黒く長い前髪の向こうで、大きな黒い目が私を見上げた。

「……地図、が欲しいです」

「ん、甘いものじゃなくて、地図かい?」

 彼はこくりと頷く。

「はい。ウィンチェスター近郊の、できるだけ詳細で大きな……あの、地図はお土産になりますか?」

 無邪気に言ってから途端にしぼんだ少年の声に、私は頬を緩めた。

「あぁ、なるとも。いいだろう、出来るだけ探してみるよ。で、それだけでいいのか?」

 少年は指を咥えたまま静止し、黒い目を宙に漂わせて、もう一度私を見た。そして小さな口が開いた。

「……アップルパイがほしいです」

 少年がはにかんで言うので、私は結局我慢できずに、少年の頭に手を乗せていた。


「あぁ、だったら明日にでも街で一番のアップルパイを買ってくるよ。約束だ」


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