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Sorrow



◆空白とピース◆


 その後一日、Lが部屋から出てくることはなかった。部屋に鍵はかかっていなかったので、私は彼に二度ほど食事を届けに行った。Lは地図や資料を床に広げたまま、ベッドの上で膝を抱えていた。

「……ワイミーさん」

 三度目に部屋に入ったとき、ようやく彼はぽつりと口を開いた。

「気分はどうだ、L」

 私は慎重に近づいて、ベッドの縁に腰を下ろした。Lは口元を膝に埋めたまま、ちらりと私を見た。

「さっき、叔母と聞いても驚いていませんでした。知ってたんですか?」

「……あぁ、ロザリオ・スルーズベリーという名前はね」

 私ははっきりと嘘をついた。

「君の引っ越しに際して役所で書類を見たんだよ」

「…………そうですか」

 長い沈黙をはさんで、Lはそう言っただけだった。

「爆弾が発見されたのは、彼女が警察署に連絡をしたからだそうです。ヒバリが連絡を受けたと言っていました」

「それは……爆弾の在処をか?」

「はい」彼が握るパジャマに皺が寄る。「……『ここには爆弾がある。殺される』と、そう言っていたそうです」

 彼は取り乱さない。涙も流さない。だが声と、小さな両手は震えていた。

「爆弾があるのにそのホテルに泊まるのは不自然……です。つまり……」

 彼は小さく息を吸って、そして吐いた。

「つまり、共犯だった……それでいて計画の一部として自殺した……そういうことになります」

「――計画の一部」

「爆弾の処理に向かった警察が銃声を聞きつけて部屋へ向かったとき、すでに彼女は死んでいた……ホテルなので出入りした人物がいないことも分かっています」

「……」

「密室だから、明らかに自殺……ということですが、もしこれが他殺だったら……彼女はこの共犯関係から抜け出したかったのかもしれません」

 ――あぁ、そうか。
 私は今更、彼が推理をしている訳ではないことに気が付いた。
 連続爆破の計画の一部としての自殺か、それとも計画を止めようとして殺されたか――唯一の親戚かもしれない人間がそのどちらかで命を落としたことが見えてしまったことで、傷ついているのだ。

「L、君は……」

 意外に思ったか?
 驚いているのか?

 自覚しながら反吐が出る。
 私は――この少年を一体、何だと思っていたんだ?

「君は、ロザリオさんとは会ったことがあるのかね?……それと、母親の話なんかは」

「…………」

 私の誤魔化しと取り繕いの質問にLは答えず、首を振って、再び膝に顔を埋めてしまった。

 私はデスクの上に置きっぱなしのビスケットとサンドイッチを見た。ビスケットだけ二枚ほど減っている。その隣にオレンジジュースを一パック置き、ポケットから取り出したチョコレートをLの隣にそっと置いた。

「今日はまだ情報が少ないからな。明日、ラークからの連絡を待って一緒に考えよう」

 Lは何も言わない。
ほんの少し、黒い頭が揺れただけだった。だが、それも開け放した窓から入る風による、見間違いかも知れなかった。



 次の日になって、朝早くラークがやってきた。一晩明けていくらか気分がよくなったのか、Lはどたどたと足音を鳴らしてエントランスに降りてきて、彼から茶色い封筒を受け取った。

「ごめんな少年、今日はちょっと行かなくちゃないんだ」

ラークはその日、黒い制服姿で、すぐ後ろには自転車が停車していた。

「回収した爆弾が軍用品だと分かったから警察は大忙しだ」

「軍用品?」私は繰り返した。「それはもしかして、アルティマ――」

「――フォーサン・システムズ。ええ、そうです。流石ワイミーさん、よくご存じで」

「あぁ、一応……発明家だからな」

 アルテマ・フォーサン・システムズから流れてきた爆弾、そして爆破の被害者となった第十三研究室の関係者――フェティア・ナヒクとロザリオ・スルーズベリー……そして出資者であるモーメント・メモリアル……犯罪者だったというザイオン・ジグザグを除き、全てが不気味につながっている。

 しかしLの手前、この話を今ラークに伝えることはできない。

「ま、僕が忙しいかどうかはどうでもいいんだ。いつでも電話しろよ。ワイミーさんも、お気軽に」

 ラークはLの寝癖頭をさらにかき回すと、私にもにこりと笑って早々に門の外へと出て行ってしまった。

「……やっぱり、素人の即席爆弾ではなかったのですね。ワタリ、早速ヒバリからもらった資料を見ましょう」

 Lは封筒を指先で持ったままスタディの真ん中に座り込むと、躊躇なくのり付けを剥がし始めた。

「……L、いいのか?」

「何がですか」

「その、言いづらいがそこには写真が……つまり、君の……私が代わりに見ても良いが」

「大丈夫です。関係ありません」

 言いながら、既に彼は写真を目の高さに掲げていた。
 昨晩の沈みようなどなかったことのように、彼の機嫌は非常にニュートラルに見えた。新たなピースを探し求めることだけに意識を向けているようだった。

「今度はデルタ【Δ】……ギリシャ文字のカウントダウン……ここまでは法則通りです」

 エレベーターのボタンが剥がされて、ロザリオの宿泊する部屋に落ちていたそうだ。

「見てください、ワタリ」

 Lが私の袖を引っ張った。どうやら次の写真を見てほしいらしい。

「この写真、これです。見えますか?」

「あ、あぁ、見えるが……」

 それはロザリオ・スルーズベリーの遺体の胴体付近を納めた写真だった。

 いや――その前に、彼女の死体の様相を説明しておいた方がいいだろう。彼女はツインベッドの隙間に腰を落とすように、即ち【V】の形に身を折って、仰向けに亡くなっていた。右のベッドの上に頭があり、銃口を口に含んだポーズのまま頭部を損傷し、右のベッドには彼女の脳漿や血が飛び散っている、という有様だった。
 そんな、警察官でも目を逸らしたくなる(きっとそうだ)ような写真を、Lは顔色ひとつ変えずに写真の中に入ってしまうんじゃないかと思うほど近づいて見ている。

 Lが指差す先には、二枚の白い紙があった。ロザリオの胴体付近、つまりはベッドとベッドの間を写した写真なので、そこにはベッドサイドチェストと読書灯、フロントへの内線が映り込んでおり、紙はその横にあるメモ用紙をちぎったものに思えた。

 何かが――書いてある。

「一枚は【hhl】、もう一枚は【EEZ】、さらにもう一枚……これは文章だな。【怒りの日を終わらせるのは涙だけ、と彼女は言った】……やけに詩的だな。聖書の引用か?」

 Lは頷いた。

「【hhl】は【144】、【EEZ】は【233】という意味です。多少アルファベットに見えるような書き方をしているようですが、この犯人ですからこれはフィボナッチ数列の一部です。相変わらず子供だましですね」

「…………」

「もう一枚の文章は聖書の引用ではありません。【怒りの日を終わらせるのは涙だけ、と彼女は言った】……どの聖書にもそのような一節はありませんから」

 この少年、聖書の内容まで把握しているのか?
 開けてから数分と経ってもいないのに、見た瞬間に解いてしまったようなものだ。Lは本当に、ピースさえあればパズルを完成させてしまうのだ。

「つまり、二つのフィボナッチ数列の数と、【怒りの日を終わらせるのは涙だけ】、この三つは、犯人からの……」

「はい。この三つが今回のメッセージです」

 しかし、こちらを見ていない。
 Lは手元でガリガリと数字を書き連ね、なにかの計算をしていた。上から見たところで何をしているのか全く分からない。

「何を計算しているんだ?」

「簡単なカレンダー算です。暗算の方が早いので数式を書く必要はないんですが、書いて見せた方が説明しやすいので手を動かす時間だけ待ってください」

 ――いや、カレンダー算は高度計算なのだが。
十行ほど計算式が書き連なったところで、彼はふいに口角をつり上げた。

「やっとピースが揃いました」

「な、なんだって?揃ったのか?」

「ええ、犯人から提示された分は、ですが」

 思わせぶりに言って、彼は私を見上げた。そのときの私の気分は、さながら犯人にマークされた容疑者のようだった。

「あとは貴方から聞くしかありません。ワタリ」

 黒い瞳が二つ、私を捉えた。
 七歳の子供に、私は圧倒されていた。

「な、なぜ私に……?」

 彼はたったいま書き上げた計算式の最後の部分を指し示し、反対の手で大きな地図を持ち上げた。

「教えてください。この二つの日付、そしてこの二つの地点で、過去、僕が生まれる前、爆破事件はありませんでしたか?」

 私は乱暴に書かれたその二つの日付と、青いマーカーで記された二つの地点を見比べた。

 ――考えるまでもなかった。目を逸らしたいほど、一目瞭然だった。

 私は心の中で神に嘆いた。
 それは、ブラッディー・ブレット事件と、ハロウィン・ホスピタル事件が起きた地点を指し示していた。

「ち――ちょっと待ってくれ。何故、過去に爆破事件があるかどうか、という話になったんだ?その日付と地点はどうやって割り出したんだ?私にも分かるように教えてくれないか」

 さながら「何を根拠に私を犯人と?」と良いわけをする容疑者のように、私は両手を広げた。それらの事件にLが辿り着いてしまったと言うことに、無駄な抵抗ながらも時間を稼ぎたくなっていた。

 Lはじとりと非難するように私を見つめていたが、やがて「そうですね」と手に持った二つの紙をカーペットに下ろした。

「ここまでフィボナッチ数列にそって爆破が起きていた。この状況で二つの数が現場に残されていたので、もしかすると省略、あるいは【そこに来るべき爆破】が既に過去起きていた可能性を考えた……具体的には二件…………それだけです」

 そこに来るべき爆破。
 私は首を傾げ、そして不確かなながらも聞き返した。

「だが、犯人は今までフィボナッチ数列を切り離して来ただろう?【987】なら【9】と【87】という具合にな。だったら今回も2件とは限らないんじゃないか?4件かもしれない」

 Lは首を振って、指で2を作った。

「いいえ、これは2件です。何故なら残されたギリシャ文字はα、β、θの3文字、そしてそれに対応する爆破地点もまた3カ所だからです」

 その理屈だった説明に私は納得しそうになって、はて、と動きを止めた。対応する爆破地点と言ったか?

「L、君はもしかして爆破地点がどこになるか、見当がついているのか?」

「ええ、そうです」

 Lは目を逸らす。まるで叱られるのが分かっている子供のようだ。

 妙なのは、それがあまりに唐突に出たキーワードだったからだ。彼はそれに何で気付いたというのだろう。不審な仕草も相まって、どうやって知ったのかを直接聞きたいところではあるが――。

「……いつ気付いたんだ?」

「…………」

 Lは指を咥えて、答えなかった。

「ですがそれも現時点では仮説段階です。――とにかく、次に来るはずの【Γ】地点、【β】地点の場所は分かっています。日付を二つ削ったからと言って、ここまで頑なに爆破を仕掛けてきた犯人が【その地点に何もしない】というのも変です。もし過去に何かがあったことがはっきりすれば、この仮説が正しいことが証明されるはずです」

 そこまで言われてしまえば、もはや逃げることは出来なかった。彼に二つの事件のことを話さねばなるまい。いや、何から逃げると言うんだ。逃げる必要などない。ひとまずここは、二つの事件が起きたという事実を伝えれば良いだけじゃないか。

 私はラップトップを開き、インターネットを開いてLが指定した日付と付近の住所でデータベースを探ることにした。ブラッディ・ブレット事件は教会への立てこもり乱射事件という報道だったし、ハロウィン・ホスピタル事件もまた詳細が軍事機密にカテゴライズされているので、一般的に探せる情報では概要くらいなものだった。

 少なくとも、二つの事件のうち一つが自らの母親かも知れない人物が生き残った事件で、もう片方が自分が生き残りとなった事件であるということをLが知るような表記はないように思えた。

 そして、それをそのまま、概要だけを素直にLに伝えてやった。
 二つの事件を、文字通り過去の記録として受け取ったであろうLはにやりと口角を上げた。

「思った通りです。その二つの事件もフィボナッチ数列に則っています。ハロウィン・ホスピタル事件はウィンチェスター爆弾魔事件の第一の爆破の2584日前、地点も【γ】に一致、そこから4181日前に発生したブラッディー・ブレット事件も【β】と一致しています」

「二つの事件も……この一連の爆破事件と同じくフィボナッチ数列の一部だったというのか……」

「表面上は。あるいはここ最近の犯人が二つの事件を強引に結びつけようとフィボナッチ数列を使ったのかもしれません」

「……あぁ、だから無理に数字を切り離してまで《1597》から始めたのか」

「ええ。犯人が《1597》からカウントダウンを始めたのは《4181》《2584》と繋げるためです。逆に考えれば、過去の二つの事件の犯人と、今回の一連の事件の犯人は別人だということです。ですが、気持ち悪いのが、犯人はこの二つの事件の関連性にむしろ《気付いてほしい》ように思えることです……」

「……まぁ、確かに。犯人のメッセージが無ければそこには辿りつかなかった訳だしな」

 意図的であることには間違いない。
 そして、その背後に確かなつながりがある事を私は知っている。
 知ってしまった。

 だが、それは――とても、Lには言えない話だ。フェティアがメールの中で言っていたように、すべてはLと決して無関係ではなく、何を知ったところできっと彼は傷つくのだ。

 今更どうにもならない、手の届かない、とっくに終わって知らされるだけの暗い過去など、知らない方がいいに決まっている。ましてや彼は――まだ七歳なのだから。

「――とにかく」
 Lは地図を持ち上げて私を見た。

「残る爆破は【α】だけ、数字は【89】、日付で言うと12月25日――場所は、ここです」

 Lの指が、不明なロジックで導き出されたある一点を指差す。私は息をのんだ。

「クリスマスの――ウィンチェスター大聖堂だと?」

「はい。これが犯人の最終目的です。言うまでもなく、多くの人が犠牲になるでしょう。ですがここで犯人を阻止できれば、こちらの勝ちです」

 犯人を阻止して、勝利。

 私は不敵に笑う少年を見て、それから窓の外に見える大聖堂を見た。その前を、子供たちが走って横切っていく。
 一体世界のどこに、今から三ヶ月後の悲劇を予測している人物がいるというのだろう?

「L……君という人間は本当にすごい奴だ」

 そして、それが七歳の一人の少年だと知ってなお、一瞬の躊躇いも一変の疑いもなく、迷いなく信じようとしている人間もまた、私一人なのだった。


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