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Victims




◆第十三研究室◆


 そこから二日間、新たなピースが増えることなく日々は過ぎていった。

 ラークはいよいよ警察も爆破事件に本腰を入れだしたこともあり、本業の警部補として忙しそうにしていた。一方私の方は、Lがワイミーズハウスに移ったことで、彼と二人で過ごす時間が増えた。

 肘掛椅子で新聞を読む壮年の男性と、その足元で熱心に何かに噛り付く少年――傍から見ればそれは遊ぶ子供と祖父のようだったかもしれない。私自身、穏やかな時間を過ごしたつもりでいた。しかし、水面下では緊張が張り詰めていた。とりわけLは、この事件が進むほどに、出会いたての姿よりも不健康そうになっていくのだった。

 彼が言った通り、この事件に終わりが来るのだとすれば、無力な瞬間、平穏なひと時でさえも、時限爆弾のカウントダウンと同じくタイムリミットを刻む一瞬であることに変わりはないのだった。

 ――7月11日。

 私は工房へ戻って、ワイミーズハウスへ本格的に引っ越すための荷造りを一人で進めていた。光ファイバーを織り込んだ壁紙も、『HOME SWEET HOME』と光るカーペットもおさらばだ。

 電子ケトルのスイッチを入れ、椅子で新聞を手に取り一息つこうとした午後の夕暮れ時だった。突如、アナログな黒電話の呼び出し音が私を飛び上がらせた。

『おう、Q』

 私をQと呼ぶのはオリバーくらいなものだ。
 こちらが返事をするより早く、その粗暴な声は話し始めた。

『この前頼まれた件だけどな、なかなか焦臭い感じだったぞ』

 ――焦臭い?
 意識下で反芻し、そういえば彼にウィンチェスター大学のとある研究室についての調査を依頼していたことを思い出した。

「……第十三研究室の件ですか」

『あぁ、まずは研究内容だけどな。円形加速器を用いたエネルギー研究だかなんだか、だな』

 フェティアが言っていた内容は、【遠心力でぐるぐる、すごいパワー】だったか?
 やはりエネルギー研究だった訳だ。なるほど。なんとなく、その用途の察しがついた。答え合わせは間もなくオリバーから得られるだろう。

『……まぁこの辺は前置きだ。俺も全くの専門外で詳しく聞いてもよく分からなかったしな。引っかかったのはそれじゃねぇ。まぁ、この後のことを聞いてみれば、Q、お前なら何か繋がるのかもしれねーが』

「聞かせてください、オリバー」

『あぁ、すまない。前置きが長すぎたな』

 やや興奮気味のオリバーだった。怒っているようにも聞こえる。

『問題は、この研究が元々、別の研究機関で扱われていたもので、第十三研究室がそれを引き継いだってことだ』

「引き継いだ?」

『そうだ。元の研究機関は解散した。そして、その解散した研究機関っていうのが兵器開発をしていたヴァニタス・グループ……今から七年前に解散して、児童養護施設の運営を主とするメモリアル財団に変わっている。ちょうど、聖堂の近くにメモリアルハウスっていう施設があるらしいな。というかQ、この辺の事情、知ってるのか?』

 ――この辺の事情――あぁ、そうか。

 ハロウィン・ホスピタル事件の全容は現在、軍事機密扱いだとフェティアは言った。しかし管轄区の警察官としてオリバーは既に知っているのだろう。逃げるように一人で街を出てしまった私が知らなかっただけなのだ。

「……実はメモリアルハウスの子供を私の施設で預かることになりまして」

 私は事情を説明した。
 メモリアルハウスが設立された理由と事件との関係をシスターから聞いたこと、ハロウィン・ホスピタル事件と病院の記録を調べ、子供の母親の名にたどり着いたこと。

 ただし、その子供の名が【L】であること、シスターが爆破の被害に遭ったフェティアであることは伏せた。

『そうか。やっぱりな。お前の話を聞いて余計に焦臭く感じてきたぜ。だって、第十三研究室は今も研究結果を軍需産業に売ってるって話だぜ?』

 それは――本当に、奇妙な話だ。
 ロザリオ・スルーズベリーがどこまでハロウィン・ホスピタル事件の裏を知っていたのかは分からない。だが、彼女は事件を経験しておきながら、わざわざ看護師を辞めてまで第十三研究室に移籍している。

「……その、軍需産業の名前などは分かりますか」

『ん、あぁ、いけねーな。これは調査だったな。肝心なところを伝え忘れちまう。アルテマ・フォーサン・システムズだ』

「アルテマ・フォーサン・システムズ……そこは、解散したヴァニタス・グループともメモリアル財団とも無関係なのでしょうか」

『表面上はな』

「というと?」

『モーメント・メモリアルが個人名義で多額の出資をしている』

「――!」

 つまりは――。
 かつてハロウィン・ホスピタル事件を機に解散したはずのヴァニタス・グループは、実質的にはアルテマ・フォーサン・システムズとして活動しているということだ。

「……ありがとうございます、オリバー。参考になります」

 いろいろと繋がった気もするし、反対に散らかってしまったようにも感じる。あるいはLならばこの瞬間にすべてを理解し、一枚のパズルを完成させるのかもしれないが、私にはもう少し、考える猶予が必要だ。

『……なぁ、Q』

「はい?」

『その子供の母親の名前、聞いてもいいか?』

 一瞬だけ考え、私は答えた。

「ええ。キリエ・スルーズベリーという女性だそうです」

『そうか……やっぱりそうか』

 オリバーは何かに気付き、そして驚いたようだった。
 爆発に巻き込まれて死亡した刑事、そして彼女の名を聞いて。
 私もその可能性に行き当たる。

「――まさか」

『あぁ、キリエは俺の同僚だった。……優秀な奴ほど早くどっかに行っちまうな』

「……そうでしたか」

 オリバーもまた、7年前の事件で同僚を失くしたとは聞いていた。だが、それが彼女だったとは。――もしも生きていたら自分ではなくその同僚が警部になってただろう、と、オリバーはよく言っていた。

『……ふん、頭のいいガキなんだろうな』

「ええ、とても。恐ろしく悪知恵の効く子供ですよ」

 第五の爆破でオリバーは既にLと面識があるはずだが――彼はLのことを『部外者の子供』と言っていた。まさかそれが昔の同僚の子供だとは知らないのだろう。

 あぁ、そういえば、とオリバーは軽い調子で言った。

『この前紹介したラークだが、あいつはキリエの後輩だったんだよ。キリエが教育係で、ラークが新人って関係でな、ラークはたぶんあいつを目指して刑事になったんだと思うぜ』

「……そう、ですか」

 私が呆けた返事をして、そして通話は終了した。
 考えべきことが、整理して推理するべきことが沢山ある。

 だが、最後の最後でついでのように知ってしまった事実が私の意識の最も浅いところで繰り返し浮かび上がってくるのだった。

 ――オリバーはともかく、ラークは、Lが尊敬した先輩の子であるかもしれないと知っているのだろうか?

「……さすがにお節介ですね」

 これは事件とは何の関係もない。
 私と、そしてLから受けた依頼とも何の関係もない。

 それよりも今は――彼だ。
 モーメント・メモリアルだ。

 改めてあのメモリアルハウスという施設と、この一連の爆破事件の繋がりらしきものを整理しよう。

 いや、まずは仮説でいい。
 Lに伝えることができない事実を、一旦私の中で仮説検証するのだ。間違っていれば案外早く矛盾するかもしれないし、やってみて損はないだろう。

 では――仮に、だ。
 私を脅したガスマスクの男と、フェティアを車に引き込み、爆発物を取り付けた犯人が同一であるとする。さらに、ギリシャ文字のカウントダウン、フィボナッチ数列を用いた爆破日時の法則の一貫性からこの男がすべての爆破を仕掛けた犯人であるとして、仮に《爆弾魔》としよう。

 爆弾魔は被害がゼロの爆破を五度も引き起こした。しかし、六度目は急にやり方を変え、フェティア・ナヒクという人物を明確に攻撃した。Lは、爆弾魔の目的はパズルのピースたるメッセージをのこすことで、彼女を殺害することではないと言ったが、だが、《仮にそうだったとしたら》?

 フェティアは爆破の直前に、私にメモリアルハウスの秘密を伝えようとしていた。それに関して口封じにあったとは考えられないだろうか?

 メモリアルハウスと、ハロウィン・ホスピタル事件の関連性を暴かれることで、自身の嘘が暴かれる人間は一人しかいない。
 死を恐れるふりをして、過去を悔いるように慈善事業に取り組むふりをして、裏側では兵器の研究を支援している人物は。

 彼しかいない。
 モーメント・メモリアルだけだ。
 彼ならば爆弾の入手も容易なのではないだろうか?

「…………」

 一見、成り立つように見える仮説だが、やはりLに聞いてもらった方が良いだろうか。しかし、彼に対して中途半端に事実を伝えるのは難しいだろう。やってみたところでハロウィン・ホスピタル事件のことまでは隠しきれるはずもない。

「明日、ラークに相談するか……」

 そう決めて、いつの間にか暗くなっていた窓の外を眺めながら、私はカーテンを閉じた。

 明日は7月12日――第八の爆破予定日だ。




 翌日、私は腕時計に目をやると同時に飛び起きた。

 昼の12時だった。日は高く昇っている。カーテンの外が明るい。第八の爆破は、既に起きてしまっただろうか?

 私は迷って、やはりワイミーズハウスへ向かうことにした。爆破の当日であれば早かれ遅かれラークからL宛てに連絡が来るだろう。
 工房でまとめた荷物をタクシーに乗せ、車では五分とかからない距離のワイミーズハウスへと移動させる。大きめな荷物を自分の部屋へ預け、まずはスタディを覗いた。

「L!」

 呼びかけたが、Lはいなかった。東棟へと続く大理石の渡り廊下を靴を鳴らして歩く。廊下の電灯すら点されていなかった。Lとラークならば道中の明るさなど気にも留めないかも知れないが――部屋をノックし、返事を待たずに開ける。

 Lはいなかった。

「ロジャー!Lはどこだ?」

「おや、知らないのですか?」

 図書館の蔵書を並べているロジャーは呑気なものだった。

「知らないから聞いているんだ」

「朝から部屋を出ていないと思いましたが。それではスタディかキッチンにでもいるのでは?」

「……いや、どちらもいない。ならラークは?白いシャツの警察官が来なかったか?」

「昨日見たきり来てませんな」

 一秒、二秒、私はLがするように親指の爪を口元に運んで叫びだしたい気持ちを抑えた。部屋には解きかけのホワイトパズルが、あとは中心部の数ピースを残すだけで床に置き去りにされている。Lがこの事件の間肌身離さず持ち歩いていた大きな地図も、開かれたままに放置されている。

 私は駆け出し、ハウス中を見て回った。Lがよく座っている庭のベンチとハンモックにも彼はいなかった。

 ロジャーは朝の七時に起きる。Lも、私が一緒の時はパンケーキやドーナッツ、マフィンなどの甘いものを見繕い、朝食は一緒に食べてきた。それが一人にした途端――まさか、抜け出したとでも言うだろうか?では、向かう場所は?

 具体像のまったくない状態で、最悪の場合を考える。私の足はメモリアル・ハウスへと向かった。Lがもし事件を解くピースを自分一人で得ようと行動している可能性はある。私のように事件の裏側の様相を知らなくとも、フェティアというスタッフが被害者に選ばれたメモリアルハウスはそれだけで疑わしい。

 ウィンチェスター大聖堂の広場を突っ切り、晴れの日のピクニックを楽しむ人々の間を私は息を切らして走った。そして聖堂の壁に面して、隠れるように日陰に、その赤いレンガの建物はあった。

「……門が開いている」 

 幾度か訪れた際は施錠こそされていないものの、鉄の黒い門は手で押し開く必要があった。それが狭い通りに突き刺さるように開きっぱなしだった。

 正面玄関もまた半開きだった。内側の錠が降りた状態でドアが閉められているので、鍵がかからない状態だ。私はそっとドアを開けた。レセプションの内側でラジオが鳴っていて、飲みかけのコップがあるので、たまたま席を外しているだけなのだろう。

 私は二階のメモリアル氏のオフィスへと上がった。相変わらず軋む階段だった。薄暗い廊下の突き当たりに、今回もまた開け放されたオフィスの扉があった。そして、遠目からでもその部屋の中心に据えられたデスクが無人なのが見えていた。

 一歩部屋に入り、やはり無人だった。部屋の中は乱雑に散らかっており、しかしあれているという風でもなかった。椅子には白衣が掛けられており、灯のともっていない何度の上と、デスク、そしてチェストの上には推奨やら木製やら、あるいは本物かもしれない頭蓋骨の調度品が置かれている。

 メメント・モリは黒死病に冒された時代のテーマだ。死を想い、身近に感じ、恐怖とは別のものとして、目に見える未来として共に生きていく――あるいはメモリアル氏は、いつか自分が報いを受けるかも知れないとでも考えているのだろうか。過去の事件で死んだ魂が、自分を襲いに来るとでも?

 壁に掛かった『死の舞踏』と目が合い、私はオフィスを後にした。しようとした。

 しかし――見つけてしまった。

 デスクチェアーの足に引っかかるようにして床に落ちていたのは、用途などないはずのガスマスクだった。


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