◆Nの序文◆


【2019年9月1日】

「L、キルシュ・ワイミーのノートPCが戻りました。バックアップデータはこちらに格納されています」

「ありがとうございます」

　二冊のデスノートを焼却してから10年
　初代Lがこの世を去ってから15年
　15年も経てば、世界は変わる。

　Lのメインサーバに格納されたデータは無理でも、キルシュ・ワイミーが使用していたノートPCのローカルストレージとリンクしていたデータならば、容易く復元が可能な時代となった。
　つまりここに、Lの死と共に削除されたデータの一部が復元されたのだ。

「それにしても何故、今更？」

「…………」

　私に小さな黒いメモリを手渡しながら、ハル――かつてはリドナーと呼んでいた、ハル・ブロック捜査官が首を傾げる。

「深い意味はありません、ハル」

　今更でもあるし、ようやく、でもある。
　本当に深い意味はない。

　私は初代Lが嫌いだった。だが、それでもLの名を継ぎ、その名を注いで10年経った現在でも、日々彼ならどう考えるかを探っている。

　Lならどう考えるか？
　Lならなんと答えるだろうか？
　私の頭の中はそればかりで埋め尽くされていた。

　こんな私の姿を見れば、もう一人の後継者候補だったメロは転げまわって笑うか、黙れと銃口を差し向けるのかもしれない。
　頑固なメロは認めないだろうが、私は彼と協力することでキラ事件において一時だけLを超えた瞬間があった。だが、そんな彼も、もうこの世にはいない。このままでは私は一生、Lを超えることが出来ない。

　だから、知らなければならない。
　名前を継いだだけでは足りない。
　キラに打ち勝つだけでは足りない。
　難事件を解決し続けるだけでは足りない。

　Lを知り、Lにならなければならない。
　そしていつか――Lを超える。

「そうですか。……昔から言っているように、貴方は自分らしく捜査をすればいいと私は思いますが……L」

「……分かっています。そろそろ子ども扱いはやめてください」

「してません。貴方のことを子ども扱いするのはレスターくらいなものです」

　ハルは未だに本名アンソニー・カーターのあの男のことをレスターと呼ぶ。私も例外ではなかった。

「それと髪伸びましたね、ニア。切らないのですか？」

「……ニアと呼ばないでください。データ、ありがとうございました」

　無理やり会話を終わらせると、ハルは不思議そうな表情のまま肩をすくめて部屋を出て行った。

　静かになった部屋の中で、私は小さな黒いメモリを手のひらで転がした。そしてメインモニターの前のトランプタワーを一つ崩して、スロットにそれを差し込む。

　表示されたファイルに、Lとキルシュ・ワイミーの個人情報や捜査情報といった機密情報は見当たらず、代わりに、ほぼ毎日と言っても過言ではない頻度で更新されたテキストデータがあった。フォルダ名はシンプルに『NOTES』、ファイルはどれもが日付を題名としている、まるで日記のようなデータ群だった。画面に表示されたデータの中で、一番新しいのは【2004年11月5日】の記録だった。

　2004年11月5日。それは言うまでもなく、彼らの最期の日だ。
　私は迷わずそれをクリックし、最初の一文に目を通した。

『2004年11月5日』
『東京は朝から雨が降っている』
『死の反対に位置するのは生ではなく誕生であり、人生はそのどちらも含んでいる。故に一人の人間を知るのに、その終わりを知るだけでは足りない。始まりを知り、回想すべきだ。私は、この心休まるクリシェとともに、この記録を次なるLに託すこととする』

「……始まりですか」

　どうやらキルシュ・ワイミーが最期に遺そうとしているのは、彼らの始まりの物語らしい。

　最期に知る、始まり――それはウィンチェスター爆弾魔事件と呼ばれる、あまりに有名な事件だった。公的記録に残るのは数か月に渡って発生した爆破の被害状況と犯人の名前だけで、Lが関与したという記録はない。しかし、Lはその事件を自らの最初の事件だと語った。だが、彼が他の事件を語るときのように、詳しく話そうとはしなかった。

　私達にとってウィンチェスター爆弾魔事件は、空白の記録(ブレンクレコード)で、架空の物語(フィクション)のようなものだった。

　これを見ることが出来るのはきっと私だけだ。
　ならばかつてメロがしたように、私も名乗り、記録を残すこととしよう。

　私の名前はネイト・リバー、かつてニアと名乗り、現在はただ一文字、Lと呼ばれている。

　だが、まだ借り物の名前だ。