Remembrance
◇N's Epilogue◇
「あれ、これってキルシュ・ワイミーの手記ですか?」
ウィンチェスター爆弾魔事件の記述を一通り読み終わったタイミングで緊張感もなくモニターの前に顔を挟んできたのはハルだった。
「はい。そうです」
面倒なので肯定し、私は彼女の頭をぐいと押しのけた。彼女の隣には無表情のレスターが立っている。彼はハルとは逆だ。本名はアンソニー・カーターだがいつの間にかレスターという呼び名が定着してしまった。
まぁいずれにしてもどうでもいいことだ。名前など、ただの記号だ。
「さっきも聞いたことですがニア、どうして今更?」
「ニアと呼ばないでください」
「…………」
「…………」
「……何か問題でも?」
ハルもレスターも私に負けず劣らず表情の変化に乏しい。言いたいことがあるのならはっきりと言ってもらわないと困る。
「それでもこのデータ、ニアって名乗ってるじゃない」
「それはペンネームです。記録に二人もLが出てきたら紛らわしいですから」
「あぁそう」
興味なさそうに相づちを打って、ハルの目が画面上を細かく行き来する。ハンプシャー警察の記録とキルシュ・ワイミーの手記、そして私が入力中のテキストデータがそこに表示されている。彼女が目を止める。
「それにしても、前に記録を見たときにも思ったことなのだけれど……」
言葉を句切り、彼女は灰色の目で私を見る。言いづらいことでもあるのか。どうでもいいが。
「どうかしましたか」
「……似ていると、思ったんです」
「似ている?」
「はい」
頷くハルと、隣のレスターも同意するように画面を無言で見つめていた。
「ラクリモーサ・フローリック――夜神月に……どことなく似ています」
「夜神月に?」
荒唐無稽だ――そう思ったが、瞬間的に否定することができなかった。
取り立てて顔の造形が似ているという訳でもなく、性格もキルシュ・ワイミーの手記を読んだ限りでは夜神月とはまるで別人だ。だが、敢えて似ている点を上げるとすれば――――。
「いや、顔も似ているように見えるが」
「そうですか」
「瓜二つです」
「…………」
――レスターの意見はさておき。
敢えて似ているところを挙げるとすれば――自分を正しいと信じて疑わない、その白々しさとも言うべきずうずうしさだろう。あるいは、演技がかった仕草のことだろうか。Lという人間に勝負を挑んだところだろうか。世界への問いなんて途方もないものを見据えて殺人行為を正当化しているところだろうか。ともあれ、私の意見などまるで意味がない。
ラクリモーサ・フローリックという人物その人に興味はないし、ましてや夜神月との共通点などもってのほかだ。私が興味をもつのは、Lただ一人だ。
だが、もしも夜神月と相対してLも同じように考えていたとしたら――?
「では、また後ほど」
「はい」
部屋を出て行った二人の捜査官と、再び静かになる部屋で、私はキルシュ・ワイミーの最後の手記を読み始めた。
彼の最後の言葉――正直なところ、知るのが怖かったと言えば嘘になる。
いや、Lらしく言うならむしろ――「とても怖いです」とまるで心のこもっていない調子でとぼけて言うべきなのかも知れない。
だが、それは私の想像だ。
虚像で、虚構で、作り物で、もしかすると亡霊かもしれない。
「……私はもう、貴方の言葉を聞くことはできませんが」
これで最後だ。
Lの最期の記録。
これで――終わりしよう。