Ghost
◇鐘の音◇
尖塔で鐘が一つなり始めた瞬間、辺りは轟音に包また。
一瞬だった――それが外で起きたことか、意識化のブラックアウトかすら分からない。
地面が震え、聖堂の一部が灰色の煙と一体になったかのように形を変えた。
私たちはその場で顔を覆い、しゃがみ込み、がれきや土砂を避けた。数秒経ってぱらぱらと瓦礫が落ちる音のなか薄く目を開け、ようやく聖堂の前方で爆破が置き、今までの一連の突風と爆音が爆破によるものだったと認識できた。そして、その中にLとラークがいるという事実が今更私に襲いかかってきた。
「――――駄目、だ」
それだけは――駄目だ。
状況を認識しようと周囲を見渡し、仲間の安全を確認する警察官たちの中で、現場に向かって駆けだしているのは私一人だった。
「――L!」
もう何度叫んだのかも分からない、その名前を叫ぶ。
出会ってからまだ一年と経っていないのに、君を探して走り回るのはこれで3回目だ。いや、4回目かも知れない。名前を叫んだ回数となれば、もう数えることすら辞めてしまっている。
君は自分のことを一人だと思っているかもしれない。だが私は――らしくもなく心配している。生きていて欲しいと、今は切に願っている。何よりも大切なのだと――手放しで言える。張り裂けるほどに叫んだっていい。
「L!」
君は一体、何度私を心配させれば気が済む?
瓦礫を靴の先でかき分けながら、崩れた石壁のその向こうに見える十字架に祈る。
たった一つ――たった一つだけ持って行かないで欲しい。
それは私の未来で――世界の未来なんだ。
聖堂のエントランスの、本来ならばチケットを販売しているべき展示スペースを超えて赤い絨毯へと駆けていく。そして、その中心で――見つけた。
二人の人間だと分かったのは、頭が二つ見えたからだった。――一人は黒髪の小さな少年で、もう一人は栗色の髪――間違いなく彼らだ。
「L!」
私は彼らに駆け寄った。
――生きていてくれ。
栗色の髪の青年はラークで、その下でうつ伏せで倒れているのがLに違いなかった。二人ともこちらの声に反応を示さない。ラークが完全にLに覆い被さっていたので、私はまず彼の肩に手を掛けた。そして軽く力を込めたところで、盲目になっていた意識が少しだけ視界を広げて――見てしまった。
彼の背中を抉るように、大きな青いガラスが刺さっていた。
右腕は出血によってまるごと赤く染まっていた。
左腕はひじから下を瓦礫に潰されてしまっていた。
両足は天井から落ちてきたレンガの山に埋まっていた。
首はガラス片によってぱっくりと裂けていた。
足下は血の池だった。出血は今も絶え間なくラークの首の頸動脈からどくどくと溢れ続けていた。
白いシャツだったと分かるのは、彼がそれを着ているのを知っていたからで、彼がラーク・フローリックであるのが分かるのは彼が聖堂にいると知っていたからだった。彼は生存以前に、形をとどめずに完全に壊れきってしまっていた。
「…………っ」
Lは――。
彼は埃とも煤ともつかない汚れをつけて目を閉じていた。肩の下を慎重につかんでラークの身体から引き出すと、白いパジャマを着ていた彼の服がラークの血で真っ赤になっていた。だが――無傷に見えた。
「L……」
そして規則正しく呼吸をしていた。
声を掛けて意識を確かめようかと迷いながら、私は足下の青年を見て、止めた。
Lには、彼のこのような姿は見せられない。例え彼がこの事件の犯人だろうとも――ただそれだけの理由だった。
私が崩れた聖堂に向かってからLを抱えて出てくるまで、おそらく十分もかからなかっただろう。しかし外は既に応援で駆けつけた警察官のパトカーと消防車、そして救急車のサイレンによって様々な音と光に満たされていた。
「キルシュ・ワイミーさん!」
若い警察官が一人駆け寄ってきた。
彼の名前を私は知らない。ただ正義感に突き動かされて聖堂から出てきた私を心配して駆け寄ってきただけの、そんな焦りを感じられた。
「中に《彼》がいる。助けてやってくれ」
私は淡々と言った。助けてやってくれ、というのはほとんど《引き上げてやってくれ》という意味だった。言いながら、喉の奥の痛みで私は自分が泣きそうになっていることに気が付いた。
「――はっ、すぐに」
警察官もまた《彼》と言った瞬間に絶望に顔を歪め、救急車の方へと走っていった。私もLを見てもらうためにそこへゆっくりと向かう。走る体力は残っていなかった。
「……ワタリ」
耳元で声が聞こえた。
「大丈夫だ。もう大丈夫だ、L」
「ヒバリが……助けてくれた」
「……そうか」
肩越しに、Lが顔をあげたようだった。
「鐘が……鳴ってます」
「あぁ」
「ずっと鳴って……」
鐘が鳴っていた。
幾度も幾重にも、
幾度も幾重にも、
無秩序に空に鳴り響く旋律は、私たちに焼き付いた。
それっきり、彼は静かになった。
ラークがLを助けたことは、彼らの姿を見た瞬間に分かった。だが、今はそのことを考えては駄目な気がした。聖堂の中で何が起き、Lとラークがどのような言葉を交わしたのかを私は知らない。Lが元気になるのを待って、彼が話したいと思うまで、私は待たなければならない。
Lが生きている限り、
時間はあるのだ。