Ghost
「僕の言うことは皆デタラメですので、一言も信じないでください」
そんな戯言を口癖とする人間が最も信頼を集めていたのがハンプシャー警察だった。
ラーク・フローリック警部補
彼は嘘つきを自称していた。
そして、誰もがそれを信じなかった。
どんな場面においても、真面目に会話することがない、飄々とした存在だった。彼はよく喋り、相手を困らせるほどに饒舌だったが、しかしムードメーカーとしてでもジョーカーとしてでもなく、ただそこにいるだけで、太陽のように慕われていた。
その立ち振る舞いもさることながら、その容貌もまた人好きのするものであった。
精悍な顔つきでありながらも、彼は常に表情を崩して柔和に笑ってばかりいた。珍しく彼が背筋を正せば、皆も姿勢を正した。血色のいい肌と栗色の毛、エメラルド色の瞳は、老若男女問わず好まれた。
彼は普段から白いシャツと青いジーンズというラフな服装を好んだ。刑事としての実地調査の際もそのような服装を好んだ。何故か、誰も彼を咎めはしなかった。飾り建てのない素朴な服装は相手の警戒心を解かせるのにほど良かったという側面もあれば、彼ならばと許されている側面もあったに違いない。
一人だけ気の抜けた服装で、口を開けば緊張感のない言葉ばかり、だから彼は、制服やスーツの警察官が行きかう犯行現場において、しばしば浮いた存在だった。
ある日、彼は愛した者の面影を宿した少年に語り掛けた。
「今回はとっておきの事件を君に見せてあげるよ、少年」
そして心の中で世界に問うた。
世界に――正義と優しさはあるか?
◇Lacrimosa◇
ウィンチェスター大聖堂、広く冷えた石のタイルの上を、ラーク・フローリックはゆっくりと着実に、いつもと何一つ変わらない足取りで進んでいった。
永遠に続くように思われた通路もやがては終わる。
彼はステンドグラスの七色の彩光が降り注ぐ地点で足を止めた。正面には祭壇があり、そして《その上》には――少年がいた。
膝を抱え、指を咥えていた少年はラークの姿を近くに見ると、俯いていた黒い頭をゆっくりと持ち上げた。
「――待っていました。ラーク・フローリック警部補」
少年はゆらりと表情を歪め、
不敵に、不遜に、確信犯的に笑った。
「――僕の勝ちです」
王の如く、あるいは神か天使のように自分を見下ろす少年を見て、ラークは――笑い出した。
「はは…あはは……はははっ……」
乾いた笑いから始まって、皮肉に、自嘲的に、やがて心底堪らなくなって、吐き出すように、泣くように笑った。
「……何がおかしいんですか」
「あぁ、あはは、ちょっと待ってくれ」
彼はポケットから無線機を取り出すと、外にいるシックスフィート警部補と通信を繋いだ。
一言、二言と、まるで自分が犯人の要求に従って現場に向かった勇気ある警察官のように語り、それから
「あはは……」
そう言って、拳銃で遠くのステンドグラスに狙いを定め――躊躇することなく発砲した。
『おいラーク、何なんだ、大丈夫か!?』
「はい、僕なら大丈夫です」
『犯人は、少年は……』
「あは、はは」
『何――何故、笑ってるんだ』
「おかげでLと会うことが出来ました。ですがすみません。もう少しだけこの少年には人質でいてもらおうと思います」
『――おい、ラーク?』
「それと、ジャミング装置のスイッチを入れて聖堂の入り口の前に置いてください。あと、しばらく話しかけないでください。それでは」
一方的に通信を切ってから、ラークは無線機を投げ捨てた。そして手足など縛られていない少年、オオカミ少年が如く嘘つきの少年を見上げた。
「これで満足か?少年」
「…………」
「……全く。君の演技に付き合ってやった挙句、サービスでステンドグラスまで割ったってのにつれないなぁ」
「…………」
「僕は自分のことを嘘つきだと思ってたけれど、君の方がずっと嘘つきだ。たったの7歳でそれじゃあ――《一人で誘拐と立てこもりを偽装》するなんて末恐ろしいよ。どう考えても逃げられない。僕は見事に君にはめられたってワケだ」
へらりと両手を広げるラーク。Lは依然として厳しい目を向けていた。
「当然です」
「ほう?」
「こうでもしなければ――貴方を止めることはできません」
「……」
「そして、子供の僕にできるのはこれくらいしかありませんから」
暗い瞳と、緑の瞳が交錯する。
言葉は核心に触れない。
「はは……もうやめよう、少年……いや、L。どうせもうすぐ終わりなんだ。もうすぐお別れだ。正直にいこうぜ。話をしよう」
押し黙るLに、ラークは構わず話し出した。
「本当に驚いたよ。確かにお前は俺が犯人だと気づいていた。それはきっと天文台で俺が答えを教えたときからだろう。でも、『12の爆破現場を点で表すと星座の形で、その話をしたのはラーク・フローリックだから』なんて子供の理屈じゃあ、警察には通用しないもんなぁ?」
「…………」
「……だからお前は、俺を捕まえることよりも、あの発明家の作ったジャミング装置で爆破を阻止することを優先しようと考えていたんだろうが――」
Lは祭壇から飛び降りて、ラークの傍らに立った。
「どう妨害したところで、貴方は警察官である立場を利用して爆弾そのものに近づき、《直接、爆弾を作動させる》ことができる」
「あぁ、その通りだ」
ラークは涼しい顔で言った。
それが自爆を意味していたとしても、全く関係ないという風に。
「だが、まさかこういう形で追い詰められるとは思っていなかったよ」
Lは自分が人質であると装い、クリスマスコンサートを中止させ、そして警察を遠ざけ、さらには『Lを連れてこい』という要求でラークを聖堂内に引き入れた。
それは、被害を最小限に食い止めるための、あのキルシュ・ワイミーにさえ秘密のひとりぼっちの作戦だった。
Lは、子供である自分の立場を利用して自作自演の立てこもり事件を偽装することで、例え爆破が起きたとしても被害が《2人》に留まる、この状況を作り上げた――。
「俺の携帯電話、そろそろ返してくれよ。いつ抜き取ったんだ?」
Lは、後ろのポケットから銀色の携帯電話を引っ張り出した。指先で摘まむようにして、ラークへ差し出す。
「そうそう、これだよ。昨日、家についてから何処を探しても携帯電話がなくてな。……そしたら今朝、シックスフィート先輩が鬼の形相で家に押しかけてきて言うんだ。『お前の携帯電話から誘拐の電話がかかってきた』って」
「……」
「きけばその電話は誘拐された子供が犯人の代理で話していると言うじゃないか。そして要求は『Lを連れてくること』……全て君の自作自演だ。……だが、立てこもりと人質である以上、そして犯人が爆弾魔だと考えられる状況、誰も無闇に君を助けに行くことはできない。好きなだけ嘘がつけるって訳だ」
「……教会への立てこもり事件。ブラッディ・ブレット事件の話を聞いて思いついただけのことです」
「はは――それは最悪だ。いや、最高だ。誰かを思い出すよ」
ラークは涼しい顔だった。
今にも口笛を吹きだしてもおかしくない。
「…………」
「お前は見事に爆破の日時も場所も特定し、僕の自爆すら封じた。クリスマスのコンサートやミサは中止、警察官に包囲されて、今、聖堂内には僕たちしかいない。爆破を引き起こしたところで――被害はゼロさ。まぁ、僕たち二人は死ぬことになるけれど、君のことだから自分の命なんて数えちゃいないだろう?僕と一緒だ」
「…………」
「それに、今日開催されるはずだったクリスマスコンサートには各国の要人や親善大使、国交が回復したばかりの国の王族なんかも来賓として招かれていたんだぜ?……さらに、ここに設置された爆弾はアルテマ・フォーサン・システムズ製の対群衆兵器の試作品だ。このままお前が気付かなきゃ、何が起きてたか分かるか?」
「……人が死ぬ。今日だけではなく、世界規模の戦争に発展します」
「あぁ、その通りだよ。テロどころか兵器実験を兼ねた攻撃だとみなされて第三次世界大戦待ったなしだ」
ラークは、今度はわざとらしく首を傾げた。
「――で、これからお前はどうするつもりなんだ、L」
「……どういう意味ですか?」
ラークは肩を竦める。彼はこつこつと靴を響かせて祭壇の裏に回ると、固定のない板張りを一枚外した。そこに現れたのは赤く点滅するデジタル数字だった。
「ほら、死神の鎌だ」
無機質な黒い箱、そこに灯る赤い光――それは死の鼓動であり、赤い破滅だった。一秒ごとに形を変える数字は、それが機械として生きていることを不気味に表していた。
「この爆弾は遠隔の起爆装置のスイッチで作動するタイプじゃないんだよ。範囲内に複数の無線信号を探知すると爆破するんだ――より多く、ちゃんと殺せるようにな」
「――!」
じっとラークを睨んでいたLは、目を見開いた。
「だからさっき、聖堂の入り口にジャミング装置を置かせたんですか」
「あぁ、警察官が突入してきてうっかり爆発しないようにな」
ゆらりと笑う。
それは嘘でも本音でもなく、悪い冗談のような笑みだった。
「だが、あのジャミング装置だって連続稼働時間は確か20分がいいところだ。その後、警察官たちがもしも突入してきたら犠牲者の数は10人じゃ済まないだろう。本当に被害を最小に留めたいなら……今すぐ爆破させるか――20分以内に解除するか、どっちかしかないだろう?」
「解除します」
Lは迷いなく言った。
「そして貴方を逮捕します。ラーク・フローリック警部補」
「……」
「…………」
「はは、容赦ないな」
ラークは降参したように両手を上げた。
「でも、無理だよ」気楽な声でラークが言う。「この爆弾はおそらく――止められない」
「__っ」
Lの目が再度、これでもかと見開かれた。
「さすがのお前もその可能性は考えてなかったか。はは」
「そんなはずはありません。どうにか解除できるはずです」
Lはしゃがみこみ、噛みつくように爆弾を覗き込む。
「……」
「…………」
「――全く。馬鹿言うなよ。僕らは素人だ。大体、残り15分で何が出来ると思う?」
「何か――何かあるはずです」
「何もないよ」
ラークの声は冷たかった。
「ロザリオから聞いた限りではこの爆弾に解除方法はないんだよ」
さらりと述べられた、ロザリオ・スルーズベリーとの共犯関係――しかし、Lは僅かに目を上げただけだった。
「……叔母さんが共犯だったことは分かっていました。ロイヤル・ハンプシャー病院からウィンチェスター大学第十三研究室への不自然な移籍……ハロウィン・ホスピタル事件の生き残りからの志願……アルテマ・フォーサン・システムズからの監修員だと考えれば繋がります」
「まぁな。復讐のためだけに敵の懐に入り込むのはなかなか見上げた根性だと思うよ」
「道具の準備は全て彼女が?」
「あぁ、実行の方も手伝ってもらったけどな」
運転手とか、モーメント・メモリアルの呼び出しとかな、と――そう、他人事のように言う。
「……他に協力者は?」
「いないよ」
「叔母さんは……自殺だったんですか?」
「あぁ。モーメント・メモリアルへの復讐が遂げられたら死ぬつもりだったらしい」
「……そうですか」
「はは。どうでもいいって言い方だな」
「これ以上は貴方を逮捕してから聞けば済む話です。……ここで知りたいのは爆弾の解除に必要な情報だけです――ここにパネルがあります、見てください」
ラークはLの言う通りに手元を見下ろした。爆弾の右端に簡素な数字パネルと、入力した数字が表示されるウィンドウがあった。
「このウィンドウ、左端に《12》、右端に《1》と入力されています。入力スペースからして、間に入る桁数は全部で11……」
Lは親指を口に持っていき、爪を噛んだ。
「……《L》、《A》,《9》、《11》、……ここまでで余っているメッセージは、最後に発見された……《怒りの日を終わらせるのは涙だけ、と彼女は言った》という文章……怒りの……日……涙……」
そして不意に、
前を見据え、虚空を睨むようにして――大きな目がじろりとラークを振り返った。
「ラーク。『怒りの日を終わらせるのは涙だけ、と彼女は言った』……このメッセージも貴方が?」
「いや、ロザリオが遺したんだろう。俺は知らない」
「……なるほど」
Lは一瞬だけ再び数字パネルを見て、再度ラークを見上げた。
「ラーク――貴方の本当の名前を教えてください」
「嫌だ。俺はこの世で自分の名前が一番嫌いなんだ。言っただろう?」
「ですが、例の先輩は――いえ、キリエ・スルーズベリーは良い名前だと、そう言ったのでしょう?」
「……っ」
ラークはそこで初めて――顔を歪めた。
対し、彼を見つめるLの瞳は容赦がない。
「……では、言い当ててもいいですか?」
「――――ラクリモーサ。ラクリモーサ・フローリックだ。」
観念したように、ラークは呟いた。
高い天井に反響する声は諦めに満ちていた。
彼はその残響を聞きながら、静かに俯いた。
Lは――ゆらりと、確信犯的に笑った。
「それです」
「……」
「……レクイエムの一節に、『怒りの日』から始まって『涙の日』で終わる『続唱』という節があります。――貴方の先輩、キリエ・スルーズベリーの言っていた『悲しい意味じゃない』という言葉も――レクイエムを連想させる名前である一方、『怒りの日を終わらせる』良い名前だと、そういう意味でしょう」
「………分かってる。分かってたさ」
「僕もそう思います、良い名前です――Lより、ずっと」
Lの言葉を、ラークはどう受け止めるべきか分からなかった。本音だったのかもしれないし、自嘲の混じった冗談だったのかもしれない。だが、彼の声はいつもどおりに冷たく、まるで《どうでもいい》と言わんばかりだった。
「そして『涙の日』、ラクリモーサのスペルは《LACRIMOSA》、アルファベットを数字に置き換えれば、一文字目が《12》そして最後の数字が《1》、パネルにあらかじめ入力された数字と、間の桁数、どちらも一致します。これしかありません」
謎を解ききったように自信に満ちたLに、ラークはしばらく呆然と立ち尽くしていた。やがて、力なく言った。
「それは起爆コードだ。罠だったんだろう」
――皮肉だし、知りたくなかったけれどな。
「ロザリオが大事な姉妹の言葉を引用しているからって、それが解除コードだなんていう綺麗な話はない。ロザリオは一貫して復讐しか考えていなかった。彼女にとって、計画の中断などあり得なかった。それこそ自分で頭を打ちぬくことも計画の一部とするほどにな。彼女はワイミーさんを通じて自分の過去を話したそうじゃないか。君がコードにたどり着くところまで計算通りだったんだよ」
「……貴方の目的は違うんですか。先輩であるキリエ・スルーズベリーが命を落とした過去の事件、《ハロウィン・ホスピタル事件》への恨みによる犯行では?」
「違うよ。それはロザリオの犯行動機だ」
冷たい声が高い天井へと反響した。割れたステンドグラスの向こうからちらりと青空が覗き、聖堂内に冷気が漂う。
「彼女の動機は確かにモーメント・メモリアルへの復讐と、アルテマ・フォーサン・システムズを潰すことだった。だが、僕は違う。圧倒的に違う。僕は、彼女の目的を利用したんだ。そして――キリエの死すらも、今となってはきっかけ以上の意味を持ちはしない」
Lは、ラークの仕草が次第に演技がかっていくことに気が付いていた。彼の言葉はもう、嘘にまみれ始めている。
「では、貴方は一体、何を考えているんですか」
冷えた空気に響かせるように、冷たい瞳の少年に言い聞かせるようにラークは謳った。
「――――世界に正義と優しさがあるか試したんだよ」
「……正義と、優しさがあるか?」
「あぁ」恍惚としてラークは言う。「――――至上の命題だ」
点滅する爆弾の横でLは膝を抱えて彼を見上げる。ラークは口角を吊り上げ、こつこつと聖堂の通路を歩いた。
「………そんな理由で、この一連の事件を引き起こしたんですか?」
「――《そんな理由》、はは、そうだな。正義も優しさも形のない概念だ。正解はない。当然、見極める方法もない。そうだよ。僕はそんな不確かなもののために、確かな人間の命を犠牲にした」
「……」
「人を殺すことは正義ではない。ましてや優しさでもない。分かっているよ。でも僕がしたかったのは世界への問いかけだ。正義はあるか?優しさはあるか?誰かが気づき、声を上げたところで、誰かがそれを聞き入れ、信じ、立ち上がる世界か?――7年前の悲劇を繰り返すような世界に――存在する価値はない」
「…………」
――だから、世界を炎に包みかねない計画を立てたのか。Lは何も言わずに彼を睨んだ。
「この命題を前にすれば、他の何も価値を持たない。フェティア・ナヒクは優しい人間だったが第十三研究室でこの計画を知り、妨げようとしたから死んだ。ザイオン・ジグザグは犯罪者だ。イニシャルさえ使えれば僕にとってはどうでもよかった。モーメント・メモリアルはロザリオの復讐によって死んだ。ロザリオ・スルーズベリーは目的を果たした末に罪悪感で死んだ」
だが、と彼は首を振る。
「僕にとってはどうでもいい。どの命にも価値がない。生きる価値も、死ぬ価値もない」
ラークは、あくまで冷静だった。
それどころか柔和に微笑んでさえいる。それは狂気の笑いでも、怒りの裏返しでも自嘲でもなかった。なぁ少年、と彼はLの前にしゃがみこんだ。
「……」
「なぁ、少年」
「……」
「なぁ、L」
「……」
「僕の考えていることが分からないかい?」
「……」
「俺の言うことが分からないか?」
「……」
「僕の考えが分からないかい?」
「……」
「俺が――分からないか?」
「分かりません」
ようやく口を開いたLは、無表情にラークを見上げていた。
手が震えているかもしれない。声も震えているかもしれない。涙を堪えているかもしれない。だが、そんなことは全く関係なかった。
Lには――本当に分からなかった。
ラークの問いかけに対する世界の形も、命の価値も、何をもって正義や優しさと呼べるのかすら――分からなかった。それこそ痛みと苦しみを伴うほどに、完膚なきまでに分からなかった。
「……はは、ははは」
突如、気が抜けたようにラークは笑い出す。
「まぁ、僕の言うことは皆デタラメだからあまり信じるな。深くとらえるな。どっちにしろ――もう終わる事件だ。残り時間もあと数分、答えは出ないだろう」
だが、きっと――そう言ってラークはまっすぐにLを見据える。
それは真実でも嘘でもなく、遠くを見るような目だった。
「君が今よりも大きな力を手にしたとき……まぁ案外そう遠くない未来かもしれないが、きっと君を試す人間が現れるだろう」
正義、優しさ、命の価値、そして善悪そのものの正しさ。
「例えば犯罪者の命について、僕はどうでもいいと言った。君は分からないと言った。どちらも間違っていない。人は人を法律でしか裁けない。だがある日、当然のようにまるで神のように人を裁く人間が現れるかもしれない。自分こそが正義だと人を裁き、殺し、それでも悪を憎むと断言する人間が現れるかもしれない。――っと、もう時間がないな。はは」
ジャミング装置を作動させてから間もなく20分が経過しようとしている。装置はいつ停止する分からない。それによって爆弾が直ちに爆発することはないが、しかし外を包囲する警察たちが万が一突入してくれば、その被害は計り知れない。
「L、君はもう大丈夫だ」
ぽつりと、しかしはっきりとラークは言った。
「だから、イチかバチか――僕がコードを入力するから君は入り口まで走れ」
――イチかバチか――即ち、解除コードか、起爆コードか。
賭けのようで、それが最善であることはLにも分かった。Lは彼の申し出を拒否せず、代わりに一つの質問をすることにした。
「……一つだけ教えてください」
「ん」
「どうして、星座だったんですか?」
まるで場違いな問いに、ラークは「はは」といつものように笑った。
「戯れだよ、気付いて欲しかったんだ」
「……?」
「結構早い段階で、僕にはもう君しか見えていなかったんだ。世界を試すつもりが――僕はいろいろなものを君に重ねていた。7年前のキリエや自分……本当にいろいろなものをね。そして君の実力を試していた。……君と勝負をしている気でいた。君とゲームをして遊んでいるような気でいた。本当に楽しかったよ。そして分かったんだ」
その瞬間、Lの視界が奪われた。
気が付いた時には、ラークの腕の中にいた。
「君は孤独な正義でも、理解のない才能でもない。僕がいなくとも、君には隣にいてくれる人がいる。キルシュ・ワイミー――彼は君を信じている。……それに君は、僕を捕まえることよりも、被害を食い止めようと自ら嘘をついた。それは優しさだろう?」
君には正義があり、そして君は――優しい。
だから世界はもう、大丈夫なんだと。
「――」
「でも、ごめんな。やっぱり僕の言うことはデタラメだ」
彼は携帯電話を取り出し、高く掲げた。
Lからはその画面が見えない、しかし、彼の意図ははっきりと読み取れた。――君なら分かるだろう、と天文台で言われたときの言葉を思い出すほど――絶望するほどに読み取れてしまった。
「範囲内の無線通信で爆発するのは嘘じゃない。でも、あの装置の電源が切れた今、この携帯からの発信でも起爆できるんだ」
ラークは抱擁したままLを離さず、正面から覆いかぶさるようにしてLを抑え込んでいた。Lは咄嗟に抵抗するも体格の違う人間に上から押さえられては身動き一つとれない。
「……ラーク、離してくださいっ。駄目です、止め――」
「その小さな身体で走るよりも、こっちの方が君にとっては安全だ。許してほしい」
穏やかな口調でラークは言う。
「なぁ、少年――」
彼の最後の言葉はしっかりと聞き取れなかった。
だが、こう聞こえた。
――世界を、よろしく頼むよ。