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Ghost





 ◆北極星◆



「……そうだ、Lは……!」

 ――私に、もう伝えていたんだ。
 ――昨日の夜。迷いながら、まるで暗号のように。

 私は駆けだした。

 オリバーに「すぐ戻ります」と言って、ウィンチェスター大聖堂の広場を全速力で抜けて、まだ子供たちとロジャーの眠るワイミーズハウスへと走った。

 向かった先は東棟のLの部屋だった。ドアを開ければ、絨毯の上に広げっぱなしの捜査資料と散らかったお菓子の包みが目に入る。私はその中で完成されたホワイトパズルを手に取った。

 本来ならば純白のはずのそれに記されたのは、12の赤い点。それは紛れもなくこれまでに起きた11の爆破事件と、そして今日まさに起きている最後の犯行地点を示したものだった。

「……やはり、そうか……」

 そして昨日までただの点が打たれていたはずの点と点を繋ぐように、青い線が書き足されていた。

 点と点の間を縫うように繋ぐ、青い線。
 見てしまえば歴然で、一目瞭然だった。
 あまりに分かりやすく、冗談か嘘かと疑ってしまうほどの明瞭さだった。

 見覚えがあって当然だった。
 そして最後の爆破地点がウィンチェスター大聖堂になることも、今までの爆破地点がすべて今日の犯行を示していることも明白だった。

 何故なら12の爆破地点は――星座の形をしていた。

 はじめの五つの爆破はカシオペア座、続く六つはこぐま座、そして今日、ウィンチェスター大聖堂は――北極星の位置にあった。

 ホワイトパズルの横には、まるで私が部屋に這入るのを予測していたかのように天体図間の星座表のページが開かれていた。それを見れば犯行現場に残されたギリシャ文字の意味も即座に理解できた。星座を構成する恒星に、明るい順で付されるのがギリシャ文字なのだ。故に、はじめの五つの爆破地点で《ε(イプシロン)》から《α(アルファ)》までカウントダウンされていたギリシャ文字が、六つ目の爆破でもう一度《η(エータ)》へ戻っていると言う訳だ。

 爆破はより暗い恒星から最も明るい恒星へと続くように起きていた。こぐま座の中で最も明るい恒星は、言うまでもなく北極星だった。そしてカシオペア座が北極星の位置を特定する目印となる星座であることも、犯行の最終目的が今日となることを示したと言えるだろう。

 法則とトリックが分かった瞬間、私に訪れたのはより根深い疑問だった。

「Lは……何をしようとしているんだ?」

 爆破地点が星座であることと、そして犯人がラークであることを、彼は気づいていたに違いない。そしてグリニッジ天文台に行った話を私にして、こうして部屋に解答を残して、一人で出て行ってしまったのだ。

 思い返せばLは、爆破地点を特定した根拠を話したがらなかったようにも思える。そして昨晩のLの話からすれば、ラークもまた、Lに気付かせるためにそうしたとしか思えない。

 ――「僕からすれば、犯人は気付いてくれるかどうか試しているように思えるけどなぁ」

 ――「これは犯人と少年の勝負だもんな?」

 ふいに彼の過去の発言を思い出し、背筋がぞくりと冷える。確かに繋がる。繋がってしまう。

 とにかく――とにかく現場にもどらなければ。

 私は停止していた思考を奮って再びワイミーズハウスを出た。クリスマスの装飾と暖かな暖炉の火を後にし、再び雪の中へと飛び出した。

 広場に戻ってすぐオリバーが私を呼び止めた。

「Q!どこに行ってた!」

「いえ、ちょっと」

「ラーク――いや、犯人から要求があった」

 オリバーは顔をしかめて感情を殺すように言った。

「お前の開発したジャミング装置、それを聖堂の入り口の置け、だと」

「……!」

「……言うとおりにするしかない。さっき、お前がいない間にラークが子供を抱えて入り口まで出てきたんだ。……拳銃を突きつけてたよ」

「……分かりました」

 私は足下のアタッシュケースの取っ手に手を掛けた。これでもう起爆装置の作動を妨げる手段はなくなった。そう思ったとき、オリバーが「いや、そうじゃないんだ」と言った。

「ラークはスイッチを入れてから置けと言った。そして、話しかけるな、ともな」

 ますます訳が分からない。
 しかし、いずれにせよ言うとおりにするしかないだろう。

 私は指示通りアタッシュケースを開け、中の措置のスイッチを《ON》にした。探査画面に無数の点が表示され、それが警察官たちの携帯している無線機だと分かる。聖堂の中にも三つの点があったが、どれが無線機で、携帯電話で、そして起爆装置なのかは見分けることはできない。作動を確認してから私は雪に足を取られないように注意深く聖堂の入り口へと向かった。

 開かれたままのドアから二人の姿が見えた。祭壇のすぐ目の前の段差に座るラークと、その脚の間にLがいた。遠すぎて二人の表情などは全く見えなかったが、シルエットで拳銃を突きつけていることはわかった。到底、ジェスチャーやアイコンタクトなどを取ることは出来ず、私はなすすべもなくオリバーたちのもとへと戻った。

 L、君は一体どうしようとしているんだ?
 ラークも、何故――何を考えている?

 微かに思い出せたのは、ラークが聖堂に入る直前に言った《事件が解決したら渡してほしい》と言ったプレゼントの存在だった。それにLもまた、私に《犯人は分かっている》と示すような行動を取っていた。きっと大丈夫で――きっと解決するはずだ。

 聖堂の中の二人は一体何を話しているのか、今は信じ、願うしかなかった。




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