Last Chapter
夢小説設定
この小説の夢小説設定Guardianの設定を引き継ぎます。
◇Lより主→Guardian主人公。元死神の人間。
◇ワイミーズより主→Guardianの間、夢を見ていた人間。記憶喪失の為、詳細設定はなし。
色々(本編)あって二人はまったく同じ外見です。
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『殺してやる』
ゆらりと不気味に浮かんだ包帯の死神は、私達を見下ろしてペンを滑らせた。
もしもアーマが本気でノートを使おうとするのなら、Lにも、月君にも、私にも、誰にも止められない――しかし、
『おいおい、止めとけって』
と、その腕を制止する存在があった。
――リューク!
咄嗟に叫びだしそうになるのを我慢する。この場にいる人間の大半に、リュークの姿は見えない……と思えば、Lも私と同じ方向を向いて目を丸くしていた。あれ、どうして。もしかして月君の腕時計に仕込まれていた紙片に触れたとか、そんな感じ?
『やめとけよアーマ。もう既に限界ぎりぎりだ。これ以上騒ぎを大きくしたら、お前、いますぐ消されるぞ』
『うるさい、《噂のリューク》。なんの限界だか知らないけれど、これは僕の問題だ。それに、死神が人間を殺すことに何の問題があるの』
『死神大王が、人間との接触を善く思っていない』
ぶるる、とアーマが震えた。
『し、死神大王だって……?』
『俺のこともあるし、その前には人間に寿命を貰って人間に堕ちた奴もいるし、人間守って死んだ死神もいるしなぁ。デスノートや死神が人間の目に触れることが面白くねーみたいなんだ。あー面白くねー、笑えねーよなぁ、ケケケ……』
人間に寿命を貰って人間に堕ちた奴。うわ、それは絶対私のことだ……なんて思っていたら、全く気遣うそぶりなく「貴方のことですか?」みたいな目でLが振り返る。あぁそっか、元死神、ってことまでは話してしまったのだっけ。
『ケケケケケ……ってあれ』リュークが動きを止め、ひとつ身震いする。『今、ものすごく嫌な予感がしたぜ。俺、ちょっと見てくる』
そう言って黒い翼を広げたリュークは、誰にも言葉を差しはさむ間も与えないままに空の彼方へと消えていくと、直後に再び姿を現した。その間、実に三秒程度。呆気にとられた私達の間に降り立って、リュークはゼェゼェと息を荒げていた。
『おい、アーマ、あれは相当頭に来てるぜ。今の俺達のこともずっと見ていたらしい。俺達、今すぐ戻ってこいだとよ』
「今すぐ戻ってこいだって?」
月君にも見えていたのか、リュークは嬉しそうに月君を振り返ってケケケと笑う。
――『俺達全員、タイムリミットって奴だ』
二日前、私のもとを訪れてきたリュークは、死神が人間の目に触れること、ノートを人間に譲渡することがそろそろ禁忌となりそうだと言った。退屈しのぎの手段が一つ消えたことは残念そうだったけれど、リュークはそれほど気落ちしていなかった。今まで咎められずにいたことが不思議なくらい、十分楽しめたからな――と。
『あぁ、久しぶりだけれどなライト。ここでお別れだ。今度はちゃんと顔を合わせられて、俺はちょっと嬉しいぜ』
「よく言うよ、僕の名前を書いたくせに」
『あ? 何のことだ?』
身体ごと首を傾げるリューク。対して、月君は笑っていた。
Lは指を咥えて沈黙する。暫くそうしているかと思えば、私に向き直った。
「夕陽は、居なくなりませんよね」
「う、うん!」
「……良かった」
そっか、私もいなくなるんじゃないかと、心配してくれたのか。安心させたくて、私はLの手を握った。Lは凛とした冷静な表情に戻ると、月君に呼び掛けた。
「月君」
「あぁ――計画通り、いこう」
月君もまた冷静に頷くと、混乱の中央に躍り出た。丁度リュークとアーマが浮かぶ、その真下の位置だった。彼は二匹の死神を一度見上げてから、二人の捜査官に羽交い絞めの形で固定された桜葉愛蔵を見やった。
「この場にいる全員でノートの所有権の受け渡しを行う。一人ずつ所有権を得て、そして隣の者に譲り、記憶を無くす……これを繰り返して、最後に死神の手にノートを還す。……リューク、今すぐと言っても、少しの間だけ待っていてくれないか」
『ん、あぁ、まぁ、いいんじゃねーか。人間が皆で記憶を無くすのも、大王からすれば理にかなってるだろうしなぁ』
「良かった。ならすぐにでも初め――」
「――待てよ」
遮ったのは桜葉愛蔵だった。
「罪はどうなる? 僕は決して許されるつもりなんてない。キラの記憶もノートの知識も持たない人間だけになったら、僕の警察官殺しの罪はどうなる? 僕はキラとは違って、罪人を裁いていたわけじゃないんだ。許されるはずもないだろう?」
「同じことです、桜葉愛蔵」
Lだった。顔色一つ変えず、いつものように、冷静に、自身に満ち溢れた静かな声で答えた。
「キラは多くを殺した。それは善人も罪人も関係なく、ただの殺人です。……ですが、すべてはノートの存在と記憶と共にこの世界から消えました。そこに例外はありません。貴方の罪も、同じようにノートと記憶と共にこの世界から消える、それだけの話です」
「な、でも僕は――」
「これは私だけの考えではありません。私達の正義です」
す、と桜葉愛蔵の瞳孔が狭まって、直後に涙が溢れて頬を伝った。
それきり彼は項垂れてしまい、なにも言わなくなった。
私達の正義――と、その言葉に咄嗟に何かを感じたのだろう。Lの言うそれは紛れもなく、月君の正義を差していたから。
「アーマ!」
私は堪らなくなって、空に向かって叫んだ。
「お願い。全てを終わらせるために――ノートを貸して」
「…………」
音もなく下りてきた白い存在は、私の前でその動きを止めた。
もう誰かを殺そうとする様子はない。純白のノートは閉じられ、彼の目の前で浮いているだけだった。長い間、彼は黙って私を観察しているようだった。
「……僕、君のことが羨ましかった」
それは声ではなかった。
言葉ですらない、頭に直接伝わってくる、心のようなもの。
小さな少年の願いにも聞こえた。
「僕は、君のこと知ってたんだ。死神嫌いの、人間のレプリカのような死神」
「……あはは、有名人だね、私」
「人間と仲良くする君みたいに、僕はなりたかった」
「………」
――きっとできるよ。
そう言いたかったけれど、言えなかった。
禁忌を犯しながらも生きている私はしかし、どれほどの偶然と奇跡のおかげでここに存在していられるのか、数えきれない。現にアーマはこれから、最も大切な友人と引き離されそうとしている。友人想いの死神に、私は何を言ってやれるだろう。離れ離れになった彼でもできること――そこまで考えて、あぁ、そうだと気づいた。
「幸せを願うこと」
私は言った。
「死神は、だって、いつでも人間を見守ることが出来るんだから。高いところ、雲のずっと上から、いつでも大切な人を見下ろすことが出来るんだよ」
そして、本当に命を助けたいと願った時は、自らの命を引き換えに差し出すことだって――。
「でも、愛蔵は僕がいなくなったらひとりなんだ」
「大丈夫、私が……記憶がなくなっても、私達が見つけて、友達になる。だって私達、好きなものが同じなんだから」
彼がどうしてすべてを知っているのか経緯は知らない。彼が何者なのかも、私達は知らない。けれど、きっと彼も、あの物語を知って、そして誰かを想った優しいひとだから――いや、そうでなくとも大丈夫だ。
「私たちを信じて」
込める願いは、昔、月君やレムに言ったのと同じ。人間の力に、私達に任せて欲しい。ノートも死神の力もなく、きっとうまくやって見せるから。幸せに、楽しく、毎日を生きて見せるから。
皆で互いに大切なものを、守り切って見せるから。
その瞬間、強い風が吹いて、私は目を瞑った。
気が付くと、白いノートが手の中にあった。
「アーマ……」
「ふん、それでも愛蔵の一番の友達は僕だからね」
「うん、勿論!」
ありがとう、と改めて頭を下げて、私はノートを持って月君とLのもとへと駆け寄った。捜査員たちの視線を受けながら、ノートを差し出す。
「ありがとうございます。夕陽。受け渡しの順番は昨晩決めた通りです」
「本当にこれでいいんだな、竜崎」
「ええ。……もっとも、私達が受け渡しをするノートは、もう一冊の方でなければなりませんが」
Lが上空をじとりと見上げる。その視線を追った月君につられて私もそちらを見る。大きな翼を広げた、もう一匹の白い死神――レムがいる。そして門の外には、サングラスとマスクで顔を隠す金髪の少女――こちらは海砂だ。
私達は、デスノートと死神のことを忘れる。
リュークに呼び出され、死神大王が怒り心頭だという話を聞いてから、私達はもう一度集まった。かつてヨツバのキラを追い詰める作戦会議をした時のように四人と二匹の死神で集って、この結論に至った。
『おい、そろそろ始めた方がよさそうだぜ!』
リュークの声で、月君が「あぁ」と姿勢を正した。
それからアーマから託された純白のノートは、あらかじめ決められた通りの順序で捜査員たちの間を渡っていった。Lや夜神さんがどれほどの労力を割いて根回しをしたのかは分からないが、警察から来た捜査員たちは松田さんたちの指示を受けながらそれぞれキャンパスから帰っていった。
ニアとメロ、空にも受け渡しが行われて――最後に残ったのは、桜葉愛蔵だった。一度手放した所有権が、もう一度彼に戻される。
「……っ、こんな短時間で記憶を無くしてもう一度思い出す経験を出来るなんてね。一度警察官たちに渡すためとはいえ、なんだかあまりいい気分じゃないな」
ため息をついてから、さて、と彼は友人に向き直った。
「僕たちは沢山お喋りしてきたからね。言うとすれば『さよなら、元気でね』くらいかな。他に気の利いた言葉は思いつかないよ。まぁ、死神に元気とか不健康とかがあるのかは分からないけれどさ。せいぜい、寿命切らさないように気を付けてな。あと僕の命が危ないからって安易に助けようとして砂にもならないでくれよ」
『愛蔵、あいぞーう……』
「また会おう」
それだけの会話を最後に、桜葉愛蔵はノートを空に投げた。
慌ててそれを受け取ったアーマを見ながら、彼はかくんと意識を失ったようにその場で膝をついた。所有権をなくした瞬間にこうなる人間はそこそこいる。
青い空に浮かぶ、白い死神は。
『……本当にこれで終わっちゃったんだね』
ぽつりと呟いた彼の隣で、リュークが喧しく笑いだす。
『ケケケ、たぶんお前はこれじゃ終わらないぜ。アーマ、お前は死神大王に呼び出されてる。さっきの狂言をまるっきり信じてるようだったからな』
『あぁ、あの全部僕が脅してやらせたって奴か』
『それだ! お前、たぶんペナルティ喰らうぜ』
『ふん、それくらい受けてやるよ』
意地を張るようにつんとそっぽを向いたまま、アーマは地上の私達には目もくれず、高く高く飛翔していった。ある地点でその姿は白い雲に紛れ、完全に見えなくなってしまう。
人間界と死神界の境はどこなのだろう、そうぼんやり考えていると、頭にぱたりと軽い衝撃があった。
「夕陽、あとは私達だけです」
Lだった。
レムの持つノートの受け渡しも同時進行で進んでいたのか、周囲からはすっかり人気がなくなっていた。夜神さんも、松田さんたちも、いつの間にかキャンパスから解散していた。遠くに見えた人影が走り寄ってくる。海砂だった。
「現在、このノートの所有権は僕にある」
月君が切り出した。
「初めは四人で手を繋ぐ必要がある」
「必要はありませんが……」
「えへへっ、いいじゃん竜崎っこの感じ懐かしいしっ」
両手を広げた月君の右に竜崎、左に海砂、その左に私。四人で輪を作った。
「所有権を失った瞬間、この会話の記憶も消える。故にノートを受け取ったものは迅速に所有権をなくした者の手を離し、距離を取る。離れたメンバーから怪しまれないよう、ノートの現物はレムが持ち、受け渡しは口頭で行う。これを繰り返し、一人ずつこの輪を抜けていく流れだ。四人から三人、三人から二人、二人から、最終的に一人になり、最後の一人がレムにノートを還す」
互いに繋いだ手にぎゅっと力を込めたところで、海砂が不安げに瞳を揺らせた。
「ミサ達、大丈夫かな」
「死神やノートの記憶がすべてじゃない、大丈夫だ」
「五分後にまた会いましょう」
また会いましょう。Lの言葉を受けて、私は頷いた。
月君も迷いなく頷いた。
そして――。
「レム、このノートの所有権をLに譲る」
月君の手がぱっと離され、解放されるように輪を抜けた。少し走った先で突然立ち止まり、不思議そうにこちらを振り返る。
「早くした方がよさそうですね」
Lが面白がるように笑って言う。
「それでは夕陽、私も先に行っています」
また会いましょう――と言って所有権を私に受け渡すと、
Lはいつもと同じく、繋いでいた手をポケットにしまうと背を丸めて月君のもとへと歩いていく。デスノートも死神もない世界へ去っていったその背中を、私は少しだけ見送っていたが、やっぱりある地点で指を咥えて不思議そうにこちらを振り返ったので、私は海砂に向き直った。
「海砂。レムのノートの所有権を貴方に譲ります」
手を離そうとした瞬間、「待って!」と呼び止められる。私は走り出そうとしていた足を止め、振り返った。
「ありがとう、ありがとう、夕陽ちゃん」
海砂の頬には涙が伝っていた。
何がありがとうで、どうして泣いているのか分からななかったけれど、私は精一杯の笑顔で答えた。
「三人で待ってるね、海砂!」