Last Chapter
夢小説設定
この小説の夢小説設定Guardianの設定を引き継ぎます。
◇Lより主→Guardian主人公。元死神の人間。
◇ワイミーズより主→Guardianの間、夢を見ていた人間。記憶喪失の為、詳細設定はなし。
色々(本編)あって二人はまったく同じ外見です。
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◆Afterwards Last Chapter
-告白-
白線の上に、私は思い切って大の字になって寝そべった。
ここはホテルの屋上の、そこからさらに一段上ったところにあるヘリポートだ。駄目もとでコンシェルジュさんに写真を撮りたいからと申し出て見たら、特別に鍵を開けてくれた。変な客だと思われたに違いないけれど、まさか寝転がって空を見上げているだけだとは思いもしないだろう。
「メロはあと三十分もすれば戻ってくる……ってLは言ってたけど」
ひとまずは安心。でも、残りの時間を部屋で無為に過ごすことはできなかった。いてもたってもいられなかった。どこでどう過ごしたところでたったの三十分、何もできない事には変わりないのに、それでも私はおとなしく部屋で待っていることができなかった。
昔からの癖のように、あるいは何かに呼ばれるように、私はどうしても屋上に出たかった。
「そういえば夕陽、Lに全部話せたんだな……」
ということはもうあの二人の間には秘密なんて無いということで、互いに過去を受け入れていて――それでも一緒にいる二人は、きっとこの先も一緒に、隣同士で生きていくのだろう。
「過去、か……私は……」
私は、どこへ向かえばいいのだろう。
私は、何を願う?
「…………」
固いアスファルトを背にして、重く感じる乾いた風を浴びていると、ふと、懐かしい気持ちに囚われた。なんだか昔もこうして何度も屋上に上がってきていたような気がする。ひとりで、一人で――でも、独りではなかった。
目を閉じて、遠く失った記憶を想う。
重く、白く、色のない空。
青く、遠い、空。
オレンジと夕陽の空。
すると、目を閉じているはずなのに、瞼の裏に鮮明に空が映し出された。私は心地よく微睡むように、その映像を眺め続ける。
――記憶だ。
記憶が――戻り始めている。
それはそう遠くない過去――ありふれた日常の記憶だった。学校の廊下だ。私は賑やかな笑い声の飛び交う教室を抜け出して、いつもの場所へと向かう。迷いなく、滞りなく、まっすぐに。それは一番静かで、一番空に近い場所。
私は――私は。
かつて、天才と呼ばれていた。
小さなころから私は普通になれなかった。天才と呼ばれたり褒められたりしながら、覚えが速いこと、頭がいいことを厭われ、不気味がられた。まるで別世界の人間のように扱われた。学生になって、私は周囲に溶け込もうと擬態を始めた。わざと問題を間違え、難しいことは分からないふりをして、皆と同じテレビや雑誌を見て、同じ話題で笑った。笑顔を作るのは得意だった。
でも――続かなかった。
全てが決定的に違っていた。自分と周囲はどう頑張っても違っていて、笑えば笑うほどに、胸は苦しく、孤独を感じた。
疲れ果てた私がたどり着いた唯一の解決策は、ひとりになることだった。ひとりになって初めて、私は自分の世界を見つけた。自由な思想。自由な空想。優劣も評価も善悪も偽りもない、自由な世界。
空に近い場所。
世界から浮き上がった場所。
屋上こそが、私の唯一の居場所だった。屋上に上って、私は毎日、違う本を読んでいた。
そしてある日、大好きな物語に出会った――そこには天才と呼ばれる人間たちがいた。
主人公の夜神月と。
世界の切り札、Lと。
ワイミーズハウスの子供達。
彼らと出会ったとき、私は人より優れていることが、少しだけ嫌ではなくなった。誇らしいとまではとても言えないけれど、それでも、このまま生きていてもいいんだと思えるくらいには、楽になった。天才で、少しだけ奇抜で突飛な言動をする彼らのことを好きになれたおかげで、私は少しだけ自分を好きになれた。
『それ、何読んでるの?』
そうそう、最近、友達もできたんだったな。
宙に浮かぶ彼女に、私は答える。
これはね、デスノート――。
「――――っ」
びくりと身体が震え、飛び起きるように私は目を覚ました。灰色の空が視界に飛び込み、背中に固いアスファルトを感じる。周囲の風景に、自分の居場所が学校の屋上ではないことを確かめる。上空に吹く強い風、腕時計に目をやれば――そうだ。メロを待ってヘリポートに上ってきてから十五分ほど経過していた。ほんの一瞬、眠ってしまったようだ。こんなに前触れなく、記憶が戻るだなんて。
「…………」
突然戻ってきた記憶。
戸惑いも驚きもあったけれど。
それよりも。
「言わなくちゃ――」
胸が逸る。心が疼く。私はスタートラインを飛び出すように、ヘリポートの白線を蹴って屋上を後にした。
◇ ◇
『メロ。空さんが出て行ってしまいました』
空が出て行った?
ニアからそう連絡が入ったとき、少しだけ背筋が冷えかけたことは否定しない。
「はっ、またコンビニにでも買い物に行ってんじゃねぇのか」
『そうかもしれませんね。あるいは貴方を探しに行ったのかも』
「…………」
なんだ、やけに落ち着いているかと思えばそういうことか。
空の行き先など、どうとでも調べられる。それにも関わらず連絡してきたということは、ニアには別の用件があるということだ。
「……用件は何だ」
『ですから、空さんがいなくなってしまいました』
「おいニア」
『……何ですか』
「俺に何か言いたいなら、そう言え。用件は何だ。まさか、空がいなくなったから都内をバイクで手あたり次第走り回れって言うんじゃないだろうな」
『…………』
長い沈黙。
受話器の向こうで、髪をいじる姿が容易に想像できる。思うように物事が運ばないとき、こいつはいつもそうだ。口では冷静なつもりかもしれないが、思考の不和は、顕著に表出する。
『…………』
「何か言えよ、ニア」
『…………』
沈黙は続く。
言葉が続くとしたら、こいつは何と言うだろう。
――やっぱり何でもありません、か。
――忘れてください、か。
イミーズハウスでナンバーワンであり続けたニアは、まるで自分の言葉や思考が伝わらないのは仕方の無いことで、分かってもらうための時間など無駄だと考えているのかのように振舞う。
いい加減にしろ。
俺達はもうワイミーズハウスの子供じゃない。Lから言われたのは、二人で事件を捜査しろということ。
今や俺達は、肩を並べている。
ナンバーワンでも、ナンバーツーでもない。
『メロ』も、『ニア』も、だから変わらなければならない――ニア、それでもお前が何も変わらないのなら……お前がもしここで、『何でもない』と言うのなら――俺は一人でやる。
ここで引き返して、一人で偽キラを追う。
「……なにも言わないなら、切るぞ」
『メロ』
ホテル前の交差点。
信号が青になる。
クラッチを回して、ハンドルを傾け、方向転換をするために上体を傾けようとしたところで――
『一人で、行かないでください』
空耳かと思った。
――ニア。
『戻ってきてください……お願いです』
――確かにあいつが言ったのか?
路肩に停車し、ヘルメット越しにスピーカーを押さえる。
「……今、何て言った?」
『一人で行かないでください。戻ってきてくださいと言いました。お願いまではしていませんが』
「……はっ、思いっきりお願いしますって言ってただろうが」
『電波が悪くてよく聞こえません。とにかく早く戻ってきてください』
「……すぐ戻る」
『メロ』
「あ?」
『……ナンバーツーが、貴方で良かったです』
それきり向こう側が静かになる。
ヘルメットは受話専用、ニアが通信を切ったようだった。
「……なんだよ」
L以外、眼中になかったかのようだったナンバーワンは。
まるで、ずっと昔から自分のことを見ていたように――ニアは。
「……そんなはずあるかよ」
調子が狂う。今、はっきりと、自分が笑っていることが分かる。まるで、嬉しいみたいじゃないか。
得体のしれない想いを加速するアクセルに乗せ、ホテルの敷地へと乗り入れる。するとタクシーロータリーの中心に、水色の傘を携えた人影が見えた。浮かぶように所在なく立っている少女――空だ。
近づくエンジン音に、傘が振り向く。
「――メロ!」
雨の音に紛れるように叫び、空が駆け寄ってきた。
「よ、よ、良かったっ……ちゃんと戻ってきてくれたっ……はい傘……雨降ってるからっ」
笑っているのか泣いているのかよく分からない表情で、空は傘を差し出してくる。自分が戻ることは、ニアから聞いたのだろうか。それともLからか?
「……俺はもう濡れてるしいい」
「で、でもっ」
目尻に涙を湛えた姿は、本当にどちらが年下でどちらが年上か分からない。俺はその背を押して、屋根のある場所まで移動させた。
「……こんなところで待ってないで、部屋にいれば良かっただろう」
「っ……でも、心配で」
「お前は心配しなくていいって言ったはずだ」
「し……」
一歩引いて、空が顔を上げた。
「信じてても、心配なものは心配だから!」
思わず、息を飲む。
気が付いた時にはその手首を掴んで歩き出していた。手袋越しでもわかるほどに、氷のように冷えていた。
「え、メロっ……」
「騒ぐな」
目を丸くする空の手首を引いて、明るいロビーへと繋がる屋根の下へと歩いていく。自分より小さく感じる手が、震えていた。死ぬか死なないか、なんて途方もないことで心配をかけていた立場で言えることではないが、関係ない。ジャケットを脱いで、半ば強引に着せる。
「これ着てろ。早く上に戻るぞ」
「え、まっ待って!」
回転扉の手前で、ぐいと抵抗する力。振り返れば遠慮がちに俯いて、けれども意志の強そうな瞳で空がこちらを見上げていた。
「……風邪ひくだろ。部屋で」
「今、ここで言わせて」
思い出したの――と。
迷いなく、飛び降りるような覚悟を瞳に宿して、空は言った。曇りなき空のような、澄んだ眼差しで、
「私は――メロのことが好き」