Chapter 2
夢小説設定
この小説の夢小説設定Guardianの設定を引き継ぎます。
◇Lより主→Guardian主人公。元死神の人間。
◇ワイミーズより主→Guardianの間、夢を見ていた人間。記憶喪失の為、詳細設定はなし。
色々(本編)あって二人はまったく同じ外見です。
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『Lが死んだ』
暖炉の薪がはじける部屋で、一人の白髪の老人が顔の前で指を組み、たった一言、そう告げた。
Afterwards -Chapter 2-
◇二人の少年
彼の正面には二人の子供がいた。
顔を上げないまま、淡々と純白のパズルを組み上げる白いパジャマの少年と、彼よりも年上に見える、黒い服の金髪の少年。
一見対照的な二人は、ワイミーズハウスのナンバーワンとナンバーツー、ニアとメロだ。
『今__今何て言ったんだ、ロジャー?』
剣呑に聞き返したメロに、ロジャーと呼ばれた老人は丸眼鏡の隙間から青い瞳を持ち上げた。
『……Lが死んだ』
言葉が繰り返される。
__Lが、死んだ。
窓の外の青空と、積もった雪の純白が、その人物を想起させる。その日は冷えた快晴だった。
静かに冷えていく部屋の隅で、オレンジ色の炎がぱちぱちと音を立てて崩れると、ガラス越しに雪遊びをする子供の笑い声が響いた。彼らはまだ、何も知らないのだ。
『Lが……死んだ?』
メロが俯き、かみ殺すように繰り返した。そして大きく一歩を踏み出し、ロジャーの作業机を叩いた。
『それは、キラと戦って、そして負けて、殺された……そういう意味か?』
静かな瞳を向けたまま、ロジャーは瞳を揺らした。メロは食い下がる。
『必ずキラを死刑台に送る__そう言ったLが__キラに殺されたっていうのか?』
『…………』
『何とか言ってくれ、ロジャー!』
『…………』
徐々に悲痛な叫びとなる少年の声に、老人は答えはない。
彼は眉間に皺を寄せ、視線を落とす。子供と、賢い子供と、面倒ごとが苦手な彼はいつもそうだった。
『…………』
やがてメロも怒りのやり場をなくしたように両肩を脱力させた。あるいは怒りなど初めから無かったのかもしれない。ただ、だだをこねる子供のように、その事実を否定してほしかったのかもしれない。
いつの間にか窓の外から子供たちの姿は消え、教会から鐘の音が響いた。Lは本当に死んだのだ。
『ゲームは勝たなければ……』
唐突に、冷たい声が響く。
ロジャーは組んだ手の隙間から顔を上げ、メロはゆっくりと振り返り、声の主を睨みつけた。
『パズルは解かなければ__』
そこにはパズルのピースを手に取るニアがいた。彼は咎めるような二人の視線をものともせず、平坦に、有無を言わせぬ口調で言葉を述べる。
『ただの敗者です』
__じゃらら。
完成したばかりの純白のパズルが小さな手によって持ち上げられ、逆さまに、ばらばらに、そして無感動に、白いピースとなり剥がれ落ちていく。
『…………』
『………』
音を立て続ける暖炉を覗き、室内は完全に無音となる。メロだけが数秒遅れて、憎しみすら籠っているような視線で彼を見下ろした。
『…………』
ぱちり。ぱちり。ぱちり。
白い少年__ニアは、何もなかったかのように再度パズルのピースを拾い上げ続ける。
セオリー通りの、しかし常人には到底不可能なスピードかつ直線距離で、純白のパズルが再構成されていく。
ニアは、状況判断に優れた知能分野の天才だ。
一見、一人の世界に籠っているようでも、彼は決して没頭型の奇人などではない。彼はむしろ全てを並行して思考し、多角的に考証する。ニアという人物に、【周りが見えていない】など起こりえないのだ。
____ただの敗者、だと?
そう意識下で反芻するように、メロは黙る。ゆっくりと肩を上下させ、怒りを抑えているようでもあった。苦痛のような沈黙がそこにあった。
『……それで、Lは』
そうしてしばらくしてから、メロは静かにロジャーへ向き直った。彼がニアの言葉に激昂すると踏んでいたのか、ロジャー拍子抜けしたように目を見開く。
『ニアと僕のどちらを?』
__どちらを【Lの後継者】に選んだのか。
誰よりも早く二人の少年が呼びだされたのは、ニアとメロという少年が唯一、Lによって名指しされた後継者候補だったからだ。
ロジャーは目を大きく開いたまま息を吸い、吐き、取り繕うように眼鏡を目頭へ持ち上げた。
『……Lからの遺言はない』
迷うように間をあけてからロジャーは二人の少年を交互に見た。一つ、咳ばらいをして、憂いを湛えた瞳を持ち上げた。
『……どうだろう、ニア、メロ。二人で一緒に、というのは』
『うん、そうだね』
曖昧な提案に、一寸の間もなくニアが同意する。
対照的にメロは、まるで信じられないというように目を向き、彼を睨んだ。歯は食いしばられ、拳は強く握られている。
『ニアもこう言っている。どうだ、メロ。これからは競い合うのではなく、二人で協力し合って……』
『…………』
『……分かったよ、ロジャー』
虚空を睨みつけたまま、メロが言う。
『……Lの名を継ぐのはニアだ』
『…………!』
メロは念押すようにすっと目を細め、その眼光を鋭くさせた。
『ニアならきっと、パズルを解くように冷静に事件を捜査できる』
冷静に繰り出されたその答えに、ロジャーは口を開いたまま低く唸った。メロは背後のニアを見下ろす。ニアは彼を見上げることなく、しかし鋭く前方を睨みつけた。
ニアは何も言わない。その沈黙に果たして意図があるのか____少なくとも、反論は無かった。
『僕も今年で15だ。僕はここを出て行くよ』
メロの声にも、迷いはなかった。
そこには、何かが決定的に変わってしまったような、取り返しのつかない炎が灯っていた。
『……』
『…………』
『……そうか』
言葉を失っていたロジャーは我に返ったように息を吐くと、椅子をくるりと回して窓の外へと身体ごと向けてしまう。それきり、二人の少年の方を見ようとはしなかった。
あまりに呆気なく、話は終わってしまったのだった。
『メロ』
ぽつりと彼を呼び止めたのはニアだった。
メロは踏み出しかけていた足を止め、彼を一瞥する。
ニアの手元のパズルは既に完成していた。純白のミルクパズルの右上には、ボールド体のLのアルファベットが堂々と浮かんでいた。
『……こんな時、Lならどうするのでしょうね』
『…………』
メロはその言葉に答えず、顔を上げ、口を固く結んだ。そして引き止める間も無く____引き止められることもなく____背を向け、部屋を出て行ってしまった。
『…………』
メロが通り過ぎていく横で、ニアが静かに俯く。
静寂と、静寂と、塗りつぶしたように終わりきってしまった空間で時が止まってしばらく経ってから、ようやくゆっくりと、小さな指先は大事そうに完成したパズルをもち上げた。
__Lが死んで、ニアはLの名を継ぎ、メロは一人去っていく。
要約すれば、それだけの一幕で、それだけの夢だ。
「……それだけの夢だよ」
いつの間に泣いてしまっていたのだろうか。
バルコニーのデッキチェアーで丸くなりながら、私は濡れて冷えた頰を拭った。
「ごめんねニア、早く戻ろう__」
遠くのビルを見ながら隣のニアへと視線を移し、私は思わず言葉を飲み込んでしまった。
「ニア……?」
「…………」
肩から羽織るようにしていた毛布を、彼は頭からすっぽりとかぶり、片足だけ立てていた姿勢は、Lのような三角座りになって、隠れるように毛布にくるまっていた。
一瞬迷って、私は恐る恐るフードのようになっている毛布をどけてみた。
「ニア、大丈夫?」
「……どうもしません。何ともありません」
大きな瞳がまず私をぎょろりと見上げて____
そこにいたのは、いつものようにほんの少し不機嫌そうな表情だった。そんな訳ないと思いつつも、泣いていたりしなかったことにほっとする。
「話を聞きながら……考えていたんです」
ニアは私から言葉を掛けるよりも早く、そう切り出した。
「考えていた?」
「……はい。もしLが死ぬとしたら、何故かを……その敗因を」
言いながら、彼の視線はまた足元へと落とされる。雨宿りをする、迷子の子供のようだと思った。
「Lが負けることはありえません。Lがキラを見抜けないなど、ありえません__だとすれば、考えられるのは、LがLらしく推理できなかったからとしか考えられません」
「……?」
なんだか、様子が違う___。
「くだらない道徳や陳腐な正義を押し付けられたのかもしれません。Lは一人で活動してきた存在です。目的はキラ事件の解決であって、仲良しゴッコをするためじゃないというのに」
「……ニア」
「肝心なタイミングでLの捜査方針に、反対意見を述べる者がいたとしか考えられません。それが足枷となって、Lが本来の実力を発揮できなかったとしか考えられない。もしかすると、キラはそこに弱点を見出したとも考えられます。それは日本警察か、あるいは__」
「っ……ニア!」
私は彼の肩を押えて、話を遮った。
徐々に早口になるその語気の強さよりも、何かが目の前にいるかのように怒りを宿したその瞳が怖かった。彼は驚いたように目を丸くすると、こちらをじとりと恨めしそうに見上げた。
「なんですか、話の途中に」
「Lは死んでない。これは夢の話なんだよ。一体、一体どうしちゃったの?ニア……」
「……」
じとりとした目が一秒、二秒、私を咎めるように見つめて、それからすっと横へ逸れた。
「……そうですね。少々、冷静ではなくなっていたかもしれません」
返す言葉に迷いつつ胸をなでおろしていると、「だから」と、ニアが話をつづけた。
「空さんの話に出てきた自分やメロの行動に、不思議と得心がいってしまったんです」
「……どういうこと?」
Lの敗因を推理して、そして自分たちの行動に納得したと?
いまいち理解の遅い自分に、また呆れられるかと思いきや、ニアは座りなおして私と対面した。
「ただの夢だとしても、【その私】も、Lが負けた理由を同じように推理するでしょう。ですから、メロを止めなかったのだろうなと」
「Lが負けた理由……を推理したから、メロを止めなかった?」
ニアは小さく頷いた。
「Lは自身の正義を全うしきれなかったから負けた__と私はそう考えたんです」
「__っ」
「だからこそ、ハウスを去ると言ったメロを引き留めなかったのでしょう」
それはつまり、ニアはメロの正義を尊重したということだ。
今度こそ負けないために____あるいは、失わないために、か。
夢の中とはいえ、冷たく突き放したようにしか見えなかったニアの行動に、そんな意味が込められていたとは__私は再度、胸が詰まる思いがした。雨は降り続けている。
「あ、あのさ、ニア」
「……」
じろりと視線が挙げられる。
「ニアがメロの正義を尊重したのだとしたら、メロはっ____メロは……どうしてずっと目指してきたはずのLの後継者の座をニアに譲って、ハウスを出て行くなんて言い出したのかな……それが……メロの正義だったのかな……」
私は胸のあたりを押さえた。重い。苦しい。不思議とこの痛みの正体が【これ】だと感じていた。遠くで雷がなり、雨は激しさを増していた。
「それは____」
ニアは前髪の向こうで少しだけ目を閉じた。
「それは、【そのメロ】も、夢とは思えないほどメロらしいだけです」
「メロらしい……?」
「空さん、どうして貴方はこう毎回理解が遅いんですか」
「……うぅ」
ニアが言葉足らずなんだよ、と言いたくもあったけれど、私も理解が遅い自覚がある。何も言えなかった。
「……メロは」ニアはLのように両手を膝に乗せた。「メロは、最後に辻褄が合いさえすれば、全て自分一人で抱え込めばいいと思ってるような人間です。……メロはああ見えて冷静です。法に触れても、怒りに突き動かされても、復讐にかられても____自分が背負えばいい。自分が抱え、清算し、裁かれ、傷つけばいい____そんな無茶苦茶な考え方をするのがメロです」
「…………」
「私からすればそれはただの馬鹿ですし、Lの言葉を借りるなら____『命は大切にしましょう』と言うべきなんでしょうが」
____不和も、亀裂も、不都合も、すべて自分で抱え込む?
「メロの正義はそういう形をしている……こればかりは変えようがありません」
「…………」
あの夢の先に未来があるとして、キラ事件はいつ解決するのだろう。どうやって____解決するのだろう。その時、この二人の少年は____。
「どうかしましたか」
「い、いや、ううん、ニアってすごくメロのこと詳しいんだね……」
はたと我に帰り、私は咄嗟に誤魔化した。
流石に不自然だったのか、ニアは今日一番の冷たい目をこちらに向けてきた。
「詳しい?この程度、初歩のプロファイリングの範疇です。むしろそれ以下のレベルです」
「な、なんかごめん……」
「とにかく、そういった思考回路の上での行動ですから、差し詰め警察なんか当てにならないと踏んで、裏の世界にでも殴り込みに行ったのではないでしょうか」
行ったって。
既に行ってしまったような言い方で、夢の話をしているのを思わず忘れそうになる。
「はは……うん、でも、そっか。ニアが言うのなら、きっとそうだよね」
__ニアは一人でLを継ぎ、メロはハウスを去る。
それはたとえ夢でも、ニアとメロという二人の少年の行き着くべき、あるべき選択の形だったのだろう。
「じゃあ、もしかしてあの言葉の意味も解説してくれたりする?」
「あの言葉、というと?」
「あの、『パズルは解かなければ、ゲームは勝たなければただの敗者です』ってやつ」
私は身を乗り出した。
ニアはこともなげに「あぁ」と小さく頷いた。
「あれはそのままの意味です。『最終的に勝てば敗者とはなりません』という意味です」
「えっ」
「『えっ』じゃありません。何を変な顔をしているんですか。私とメロの二人、あるいはどちらかがキラを最終的に負かせば、それはLの勝利になるという意味……何のひねりもありませんが」
____全然そのままじゃないしひねりどころか反転してますけれど!
なんてツッコミッをすることはなく。
「に、ニアってすごくポジティブなんだね……」
と圧倒されるのが精いっぱいだった。
「そうでしょうか、Lには負けます」
「そ、それは確かに……」
「空さんがみた夢はキラ事件が解決している現状、これから先起きえないですが、そこはかとなく現実味を帯びています。完全に夢とは言い切れないかもしれませんね」
「……夢、じゃなかったかもしれないてこと?」
「ええ。案外、その続きも思い出すようにまた夢に見ることがあるかもしれません」
「__その先、か」
__『僕はここを出て行く』
去っていく背中。
たとえそれが彼の____メロの正義の形だとしても____。
「ニア。未来は……」
ふと、ノートの紙片の存在をLに隠すと言った、昼間のメロの姿が浮かんだ。次いで、月君の行動のひっかかりについて『これは自分だけの懸念だ』と言ったことを思い出す。____自分で抱えればいい___?
最後に辻褄が合うなら。
最後に事件が解決するなら。
例え____でも、事件は、解決____。
__あれ、なんだろう。この感じ____。
「……駄目だ。駄目だ。その先に、ある、のは……」
「__空さん?」
引き留めないと、その先は。
去っていく背中。
メロ。
未来。
本当に、もう、だいじょうぶ?
わたしは、きゅうに、こわく____。
「おい、馬鹿かお前ら」
遠くから別の声がした。弾かれたように顔を上げればガラス戸を引き開けてバルコニーに出てきていたのはメロだった。
「……メロ__!」
気が付いたら、彼に駆け寄って、抱き寄せていた。
「っ、どうしたんだよ」
「……メロ。行かないで……ひとりにならないで」
急に怖くなって、言葉を選ぶこともできなかった。
手すりを超えて、雨粒が髪にかかる。腕の中のメロは、私よりもほんの少し身長が高く、そして暖かかった。生きている。触れられる。
「はぁ?」
「……あの、ごめん、急に」
メロは目を細めて私を見上げて、それからゆるりと視線をどこかへ逸らした。
「……なんだ、そんなことかよ」
「……」
「どうしてそう思ったのかは知らねーが、俺は無暗に一人で行動したりはしない。ハウスを出るなら、連絡のつく仲間くらい確保してしておく。だから__」
もぞもぞと私の腕から抜け出し、彼は腕を前方へ伸ばした。
「俺は大丈夫だ。お前は気にするな」
伸ばされた手は私の頭の上にあった。
「空は笑っていていい。危機感も緊張感もなく場違いに楽しんでろ。……物語の世界に飛び込んだ気分なんだろ?」
「あ……」
それは、昼間、私が言った言葉だった。
「分かったか」
「……う、うん」
メロの手は不器用に雑に、ぐしゃぐしゃと私の頭を乱す。まるで余計なことを考えるなと言われているようだった。本当に、どちらが年上か分からない。
「とりあえずお前ら、いい加減部屋に戻____」
「私はそろそろ戻ります」
ニアは言いながら、風のように早く部屋へと入ってしまう。まるで「言われなくてもそうしようと思っていました」と強がる子供のようだ。あるいはそれそのものだったりして。
「空」
「ん?」
「……身体冷えてるだろ。こっち、俺のベッドで寝ろ。俺はもう起きる」
部屋に戻ると、メロは有無を言わせず私にツインベッドを譲ってくれた。彼は起き上がるとパソコンに向かって何やら作業を始める。ニアはもう寝ているようだった。そんな姿を遠くに見ながら、私はすぐに眠りに落ちた。まだ暖かいベッドが心地よくて____もう夢は見なかった。
「……で、まさか『最初から聞いていた』とは言いませんよね?」
冷静な声と共に、ベッドからニアが身を起こした。
「…………」
彼はメロが寝ていたベッドで寝息を立てる空の姿を確認すると、ぺたぺたとノートパソコンに向かうメロのもとへ歩いて行く。
「あ?」
メロはつまらなそうに頬杖をつきながら、モニターの青白い光に照らされていた。
「ですから、さっきの空さんの話、どこから聞いていたんですか。どうして【ハウスを出ていく】話だと分かったんですか?」
犯人を問い詰めるようなニアの指摘に、メロはモニターに視線を貼り付けたまま「はっ」と野生的な笑みを浮かべた。
「最初から聞いてなくても、どんな話をしてたかくらい予想がつく。人のこと好き勝手言いやがって」
「………」
ニアは髪に指を絡ませようとして、手を下ろした。
「そう……ですか」
それ以上を問い詰めることなく、ニアは再びぺたぺたとベッドへ向かう。しかし一度だけ振り返り、すっとその目を細めた。
「……本当に?」
「……」
「…………」
「……あまり、あいつを不安にさせるようなことは言うな」
質問には沈黙で返したのちに、メロは名も出さずにとある人物の心配をする。ニアはにやりと笑って髪に指をかけた。
「ふーん、好きなんだ」
「______っ」
まるで心のこもってないニアの冗談に、メロは近くのチョコレートをひったくるように手に取り、乱暴にパキリとかみ砕く。
ニアはなお一層にやりと笑う。
「そうですか。私は好きですよ、空さん」
「……いい加減にしろ。それはLの真似か?」
「さぁ、どうでしょうね」
「…………」
決して仲が良さそうとは言えないやり取りをしたのち。
ニアはゆらりと浮かべていた笑みを取り消すように俯くと、静かに、もう一人の少年の名を呼んだ。
「メロ」
「……なんだよ」
「もしも____」そこで言葉を区切り、ニアは声のトーンを落とす。「もし、私が引き止めたとしたら……メロは立ち止まってくれますか?」
それは、起き得ない過去であり、未来であり、あるいはただの夢かもしれなかったが、メロはそれを流すことなく静かにモニターを見つめ、目を瞑り____
「さぁな」
と不敵に笑った。
「【そっちの俺達】は、案外、ただ憎みあってるだけかもしれねーからな」
「……そう言うと思ってました」
自分はそんなことはない、と。
否定の言葉を返すこともなく____ニアも薄く笑った。
「どこか別の世界にLの正義が否定された未来があるのだとしたら、【この世界】はその【真逆】……誰かがLを信じ続けた世界ということでしょうね、メロ」
「……夕陽のことか?それがどうした」
「いえ」ニアは、悲しげに微笑を浮かべた。「ですから私も……もう誰も失わないようにと、無理に口を噤む必要はないのではないかと、そう思っただけです」
説明を求めるように口元にチョコレートを運んだまま静止するメロに「ではおやすみなさい」と言い残して、彼はベッドへ戻っていった。
「…………」
メロはそれをしばらく横目に眺めて、一人で未だ土砂降りの雨の中、バルコニーへと出て行った。
濡れることも厭わず、足は手すりの方へと向かう。
「ふん、話を聞いていた訳じゃねー」
それは愉快で諦念交じりの、或いは覚悟に満ちた独り言だった。
「俺はあの聖堂で、夕陽から全てを聞いた__それだけだ」
夕陽と空という少女に初めて会ったその瞬間に、知る必要のなかった未来と、二度と起きない、もう一つの世界の話を聞いた。脅して話させたとはいえ、とっくに聞いて、知っていた。
____もう一つの未来、あるいは物語では。
Lが死ぬこと。
キラ事件の解決が数年後になること。
ニアが独自にキラ対策本部を指揮し、自分はひとりハウスを出ていくこと。
そして自分が死に、マットも死に____それがニアにとって事件解決の糸口となったこと。
____ニアがいずれLとなること。
だから、かつてそれを知っていたはずの空何らかの形でその記憶を取り戻すだろうことも、とっくに分かっていた。
この先もし空が自分に対し____【死ぬはずだった存在】と認識し、何かしらの感情を向けてきたところで、それは親愛でも友愛でも、ましてや恋愛ではない。
それは、きっと、憐憫や同情でしかないのだ。
__「……行かないで、メロ、ひとりにならないで」
彼女の言葉に、【ついに知られてしまったか】という焦りを仄かに感じたが、まだ完全には思い出していないようだった。
____知られたくない。彼女を、不安にさせたくない。
そう考え始めている自分にも当然、気づいている。
だが、それにもまだ目を瞑るべきだ。