Chapter 2
夢小説設定
この小説の夢小説設定Guardianの設定を引き継ぎます。
◇Lより主→Guardian主人公。元死神の人間。
◇ワイミーズより主→Guardianの間、夢を見ていた人間。記憶喪失の為、詳細設定はなし。
色々(本編)あって二人はまったく同じ外見です。
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「……すごい雨」
口に出してしまう程に、それは強い雨だった。
雨のバルコニーで膝を抱えながら、私は今日の出来事を思い出していた。
◆Afterwards -Chapter 2-
雨の記憶
「それにしても」
それは、Lのいる捜査本部から戻る道すがらでの会話だった。ヘルメットの内側のスピーカーから、世間話のような軽いノリでメロが話しかけてきた。
「夜神月にお前の正体がばれてるとはな」
私はうんと頷いた。もっとも、そんな動作はバイクに二人乗りをしている現在、メロからは見えないだろうけれど。
「どうしてばれたのかな?」
「大方、夕陽が下手こいたんだろ」
メロは「かか」と笑った。
大事な作戦がバレたというのに、さして気にしていない様子だった。
「夕陽、たしかうっかりメロに目撃されちゃったんだっけ?」
「あぁ、うっかりさんだ」
「…………」
真面目なトーンで妙な日本語を使うメロだった。ボケなのかな?
要するに夕陽がうっかり月君の前で【入れ替わり】がばれるような言動をとってしまったのだろう。それ以上はまぁいいや。
うっかりさんなら仕方ない。
「まぁ、月君が知っていてくれたおかげで上手に誤魔化せたし、助かったよ」
そう、バレている状況は結果としてプラスに働いたのだった。
宇佐美春木の自宅で回収したノートの紙片はその存在ごと私とメロ、ニアの三人の手元で留めておくことにした。その代わりとして、家宅への侵入捜査に気が付いていたLには、別の証拠を渡すことにした。
別の証拠__即ち無数の指紋を提供した人間の名前が連なる、『人質リスト』だ。
それをメロと一緒に旧捜査本部ビルまで渡しに行く際、私の存在がばれないように取り計らってくれたのが月君だったのだ。
__「空か?夕陽の携帯を借りた。竜崎の様子からニアの相棒……メロか?そいつと行動しているのかと思ってさ。念のため忠告しておくけれど、ビルの半径50メートル以内は外部の監視カメラともアクセスしてる。もし君がこの後こちらに来る用事があって、メロだけを捜査本部のフロアに上げようとしてるなら、どこかで移動手段を変えて、君は監視カメラに映らない場所で待機するべきだ」
信号待ちの途中に突如受けた『夕陽』名義の着信を思い出す。何故知っているのか、という質問どころか相槌すら打つ間もなく滔々と述べられたアドバイスに、私は閉口するしかなかった。
「バレてるどころか、次の行動まで見透かして助言するとか人間じゃないよ……」
「元キラだからな」
「……」
「冗談だ」
言い逃げのようにメロがアクセルを踏むと、私達の乗ったバイクは加速した。
元キラが人間じゃない、というメロの言葉には冗談以上に深い意味はないだろう。でも、そう言われてみて改めて、月君が規格外の天才であることを思い出す。
Lやニアやメロと違って、月君が天才であるという事実は少々分かりづらい。何故なら絵に描いたような優しく正義感に溢れる好青年として行動する彼は、メロたちのような分かりやすく突飛な行動を取る天才たちとは正反対だからだ。こちらがぼけっとしていると、ただの秀才に見えてしまう。
絵に描いたような理想の秀才の姿は想像できても、
その内に隠された秘めたる天才の本性は、誰の想像をも超えていく。
月君の行動は、そもそもが予想できるものではないはずなのだ。
「夜神月……か」
私の思考が聞こえていたのかと勘違いしてしまうようなタイミングでメロが呟いた。
「何か気になる?」
「あぁ、ちょっとな。夜神月がお前の入れ替わりを誤魔化すのを手伝った理由だが、何故わざわざそこまでする必要がある?」
「……うーんそれは、夕陽に頼まれて、とかじゃないかな。夕陽が恋人であるLにまだバレたくなさそうだったから友達として協力してあげた……とか。月君、いい人だし」
「…………」
最もありそうな理由を試しに言ってみるも、メロから返事はなかった。
メロはLやニアとは違って、指を咥えたり、髪を触ったり、奇抜に座ったりと、いかにも思考しているらしいそぶりを見せない。ただ沈黙するだけなのだ。目の前にチョコレートのない状況、こうしてバイクに跨ってヘルメットをしてしまえば、ただの静寂そのものだ。
「……いや、悪かった、今のは忘れてくれ」
静かな声で彼は言った。
「いずれ考えるべきでも、今重要なのは目先の理由じゃない。俺が引っ掛かるのは……今現在、夜神月がLと足並みを揃えない行動を取っている現状そのものだ」
「足並み揃えない……行動?」
「ああ、夜神月が何を考えているかが分からない現状……なんとなく引っ掛かる」
確かに捉えようによってはそう言えなくもないが、取り立てて注目するほどなのだろうか?
「つっても今はまだ引っ掛かる程度だ。根拠もない。会議を聞いた限りでは夜神月はかなりLから信頼されてるようだしな」
「うん、少なくとも、月君はキラに戻ろうとか、そういうことは考えないと思う」
「……俺もそうは考えていない。というよりもむしろ……いや、これ以上は止めよう……お前まで気を割く必要はない」
「……そっか」
素直に答えながら、私はその背につかまり直した。レザー越しでも暖かさを感じてしまうのは、嬉しさのせいだろう。勘違いでもいい。ただ、なんとなく、確実でない懸念まで話してくれたことが、仲間として受け入れてもらえたような心地がした。
バイクは減速し、ゆるやかにホテルのロータリーへと入っていく。するとちょうど黒いタクシーから白い少年が降りてくるところだった。彼はふとこちらを見ると、目を大きく見開いた。その視線の先は私ではなく、メロだった。そしてメロもまた同じ表情でニアを見ていた。二人はそうやってよく似た動作(Lもやりそうだ)をしてから、ぷいと気まずそうに目を背け、そしてぎこちなく寄っていった。
「ニアもお疲れ様」
「……ええ」
「戻る前にコンビニ行こっか」
私はその間で苦笑して、部屋に戻る前にコンビニに寄ることを提案した。
気の抜けたBGMの流れるコンビニの店内で、妙にクールな二人の少年は、仏頂面でお菓子を選んでいた。
無言でぽいぽいと板チョコを籠に入れるメロと、栄養ドリンクやおまけ付きのおもちゃを選んだニア、そんな二人の買い物を片手にレジに並んだタイミングだった。
「あれ、ひとつ多い?」
板チョコレートが一枚増えている。
「……まぁいっか」
あって困ることないし、と思ったところで、袖をくいと引っ張られる。ニアだった。
「私のです」
目も合わせずに、声を潜めて髪をくるくるといじっている。
「ニアが……板チョコ?」
「っ……会計が終わったらこの場ですぐに渡してください」
それは構わないけれど。
どうして今すぐ欲しいのかな?という疑問は、ニアが入り口の外で待っているメロから手元が見えないようにに背を向けているので、聞くまでもなかった。
部屋に戻った私達は、お菓子パーティのようにお菓子を各々好きに食べながら明日以降の作戦会議のようなものをした。
メロが懸念していた月君の様子については、ニアも思うところがあったらしい。
「気になりはしました」と言ったとき、ニアは曖昧で不正確なことを伝えるもどかしさのような表情を浮かべていた。
「話の内容は聞こえてたとおりですが、しいて言うなら【思いつめていた】ように見えました」
「思い……詰めていた?」
「それすらも私の恣意的な見方でしょうから、そうですね……言いなおします。【なにかを考えていた】__それも、Lからの問い掛けに上の空だったり、モニターを見ていなかったりと、周囲とは違うことを考えていた様子でした」
「……そうか」
言い直した後もニアは不本意そうで、メロもさらに小さく返事をすると黙り込んでしまったのだった。その場はもう話し合うことはなく、睡眠をとるだけとなった。
久々のまとまった睡眠。
事件が動き出したので、しっかりと休まなければいけないはずだったが、残念ながらゆっくりと寝ることは出来なかった。
夢を見てしまった。
とびきり恐ろしく、気分の悪くなるような__怖い夢を見てしまったのだった。
そして私は、陽も登り切らない朝の4時なんて時間に目を覚ましてしまった。
窓の外は嵐といってもいいほどの土砂降りだった。
重そうで、冷たそうで、苦しそうで、不吉な雨だった。
それは約半年前に病院で目を覚ましたときの風景とも似ている。11月5日__あのビルのヘリポートの上で、Lが一人雨に濡れていた、あの雨とよく似ている。
__雨の記憶。
見てしまった夢を思えば、それはあまりいい連想とは言えなかった。
「L……ニア、メロ」
ツインベッドにそれぞれ眠るニアとメロの姿を確認する。二人とも、ベッドに入ったばかりのように寝相がいい。そんな姿に改めて、あぁ、あれが夢で良かったな__と安堵したりして、私は気が付けば窓際へと吸い寄せられるように歩いて、そしてスリッパを脱ぎ捨てていた。
「すごい雨……」
絶え間なく打ち付けられる雨粒と、遠くの風の音に何故か胸がざわついた。悲しみのような、苦しみのような、寂しさにも似ている不思議な痛みだった。まるで理由が分からない。これは、あの夢のせいだけではない。
雨の記憶。
11月5日。
__あの日のLと同じように雨の中に出てみたら、何か分かるだろうか?
私は静かに鍵を外し、窓のレールをスライドさせた。数センチ開けるだけでも、小さな嵐の息吹が吹き込む。それを大きく吸い込んで、胸元を押えた。__あの夢のせいだ。胸に焼けつくような感覚を覚えながら、私は裸足でバルコニーへ踏み出した。
スイートルームのバルコニーなので、幸い、備えつけの椅子があった。濡れないように奥まってもいる。悪い夢から目を覚ますにはちょうどいいかもしれない。直に雨に濡れるのは一旦待って、すこし座って頭を冷やそう。
__そうして今に至る。
数時間前の出来事思い出したりしながら、私はしばらく遠くのビルを眺めていた。
まだ薄暗い空には、無数の明かりが雨で滲んでいる。
仲間のように接してくれたメロや、板チョコを恥ずかしそうに買っていたニアなど、楽しいことを思い浮かべると、自然と対比されてしまうあの夢の映像に苛まれる。たかが夢なのに、たかが夢と思えなくて、忘れるべきか、いっそ泣きわめくべきか、取るべき手立てがまるで分からなかった。
考えても仕方ないはずなのに、自分に降りかかってしまうと冷静になれない。想像は悪い方向に働くばかりで、私はいつの間にか膝を抱えて俯いていた。
そうしている間にも髪は風にとられ、ごうごうと身体は飛沫に吹き曝される。
ぐるぐると考えながら数分、そうしていただろうか。
ぱたり。
頭に何かが軽く当たった。
「…………?」
驚くでもなく顔をあげると、こちらを見下ろしていたのはニアだった。
ふわふわと寝ぐせの立った髪と、はだけたパジャマ。寝ぼけた少年の姿そのものだったが、眼だけが際立って鋭い眼光を放っている。
「え、ニア」
あまりに突拍子もなくて、その姿を見てからようやく驚いた。目を見開くと、急いで目を逸らされてしまった。
「ニア……一体どうしたの?」
声を掛けると逸れていた視線が戻り、きゅ、と細められた。
「それはこちらの台詞です」
「…………あ、風邪ひくから戻りなさいって言いに来てくれたの?」
「全然違います」
ぴしゃりと否定されてしまった。
「どう考えたらそうなるんですか」
そして吐き捨てるような皮肉が追加される。だって、雨の中蹲ってるところを声かけられたら普通はそう思うもの。
「それは……心配してるのかと思って」
「誰が?」
「ニアが」
「誰を?」
「…………」
私は遠慮がちに自分を指さした。心はいたたまれなさで一杯である。
「まぁまぁとにかく!」
私は自分を指さした手の形を崩し、大きく体の前で振った。
ともかく話を変えよう。心配しているのだったら気にしないでと答えるつもりだったが、そうでないらしいなら、何か別の用事があるのかもしれない。
「心配して来たんじゃないなら、ニアはどうしたの?」
「……ですから『それはこちらの台詞だ』とさっき言ったじゃないですか」
私は首を傾げた。
「……どういう意味なのかさっぱり……」
呆れられるのを承知で見上げると、しばらく無言にしていたニアは「はぁ」とため息をついた。
「こんな雨の中わざわざ外に出て行って、そのまま戻ってこない……あなたの行動が不可解だからです。そこで何をしているんですか。どうしてそうしているんですか。それが気になって仕方なかっただけです。このままでは目覚めも寝つきも夢見も最悪です」
これは……怒っているのか?
多少圧倒されながらも、私はゆるりと苦笑した。
「あはは、それでも気にかけてくれたんだね、ありがとうニア」
「都合よくいい意味に捉えないでください。これは事件の犯人を疑う心理と完全に一致してます」
「…………うぅ」
いちいち言葉が強いよね。
でも気にすることはない。メロから隠れて恥ずかしそうにチョコを買ってたのはお前だ!
「……」
__という内心の切り札は口に出さなかったはずなのに、ニアは表情は明らかに先ほどよりも厳しくなっている。冗談が通じない奴め。というか心を読んだ?……別に構わないけれど。
「……ニアの言葉を借りるなら、ちょっと夢見が悪くて、ってやつ。よくあることでしょ?」
誤魔化しもなく言うと、案の定ニアが怪訝そうに目を細めた。
「それで何故、わざわざこんな雨の中を?」
まぁ、そういう反応だよね。
「これはLの真似なんだ」
「…………」
「去年、キラ事件が終わってすぐの時、Lがこうして雨の中一人で立っているのを見かけたんだ。……その時Lが何を考えていたのかは分からないけれど、不思議と、そうしてみたら何かが分かるかもしれないような気がして……」
ニアはぽかんと静止する。
いけない、流石に馬鹿らしすぎただろうか。そう思っていると、彼はふいと背中を向けてガラス戸に手を掛けて部屋に戻ってしまった。
きっと満足して、あるいは呆れて部屋に戻ったのだろう__だったら開けっ放しのドアを閉めなきゃ__そう思って立ち上がると、再びニアと対面した。
「わっえ、ニア?」
ただでさえ白いふわふわの外見なのに、背中には毛布を羽織ってマントのようにしている。
「ど、どうしたの、ニア」
「それはこちらの台詞です。道を塞がないでください」
そう言いながら、ニアは毛布の裾を両手に抱きかかえてバルコニーに出てこようとする。慌てて道を開けるも、意図がまるで分からない。自然とまじまじ見てしまう。
「……不思議なものをみるようにこちらを見ないでください」
「だ、だってニア、すごく不思議な格好だよ?」
行動も普通に不思議だ。もこもこな見た目は可愛らしいけれど、不審だ。
「…………」
私のツッコミを意に介さず、二つ並んでいたデッキチェアーに、ニアは毛布ごと座って、毛糸玉か羊のようになってからこちらを鋭く睨んだ。
「いいから話してください」
「話す?何を?」
ここで何をしているか、という話はもう終わったはずだ。ニアは舌打ちをしそうな表情を浮かべると、指先を髪の毛に持って行っていじり始めた。
「さっきの話だけでは何も繋がりません。悪い夢を見たからLの真似をして頭を冷やそうとしている__これは空さんがどんな夢を見たかまで分からなければ、この時間は生ゴミ未満、いえ、……全くの無意味です」
要するに、夢の話を聞こうと、寒くならないように毛布を持って来た訳か。
それは子供らしく微笑ましい行動で、そして皮肉交じりに「話して」という説得はニアらしい物言いではあったけれど、私はそれでも躊躇した。
「……でも、こんな滅入るような夢をニアに話すのも悪いし……それに、何のために聞きたいの? 全然、意味ないかもしれないよ」
「念のためです」
ニアははっきりと言い切った。「それに、」と目も合わせずに続ける。
「こちらを気遣うようなその様子だと、どうせ私やメロが出てくるのでしょう。……【未来が視えた】という夕陽さんの例もあります。ただの夢と看過はできません」
「……そっか」
痛いところを突くように、ニアが確信をついてくる。
このまま全てを言い当てられるような気がしていると、「それで、どんな夢なんですか」と再度問いかけられた。
「デスノートや死神などが存在する以上、未来が視えたり、夢に何かしらの意味があるといった常識外の事柄も安易に否定できません。その場合は一人で塞ぎ込むよりも情報として共有した方が現実的です」
「…………」
「ですからこんなところで蹲っていないで、私にまず話してください」
驚いたのは、ニアが想像以上に優しい表情を浮かべていることだった。
「なんですか、その顔」
そしてきっと、彼は無自覚だ。
「う、ううん……なんでも」
でも、だからといって「心配してくれてありがとう」と言うのはなんとなく違う気がして、私は何も気づかないふりをした。
「?……そうですか」
不思議そうにするニアはきっと、自分の言葉に小さな明かりが灯っていることに気付いていないのだろう。でも、私はそんな無自覚の言葉に、そして無言の優しさに、たとえ勘違いだとしても、勝手に勇気づけられるのだ。
頼もしくて、暖かい。
「……これはたぶん、未来じゃないけれど、それでも聞いてくれる?」
ニアはもう言葉を返さなかった。
早く話せ、と暗に告げられているようだった。
__もう隠せないか、と私は遠くのビルを眺め、そして話すことにした。
「夢の舞台はワイミーズハウスで、暖炉のある部屋で、ニアとメロがロジャーさんに向かい合ってるところから始まるの。そこに私はいない。ただ、眺めてるだけ。……そして静まり返った部屋で、ロジャーさんがこう言うんだ__」
「…………」
「__『Lが死んだ』って」
ごうごうと雨の音が、雨の中のLの姿を連想させ、
目にかかった白い前髪の向こうで、ニアが目を見開く。
それは一瞬のことで、すぐに膝を抱えなおし、指をくるくると髪の毛に引っ掛けると、「続けてください」と静かに呟いたのだった。