Chapter 2
夢小説設定
この小説の夢小説設定Guardianの設定を引き継ぎます。
◇Lより主→Guardian主人公。元死神の人間。
◇ワイミーズより主→Guardianの間、夢を見ていた人間。記憶喪失の為、詳細設定はなし。
色々(本編)あって二人はまったく同じ外見です。
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Afterwards -Chapter 2-
◇後始末
入学式の翌日。
Lとの本当の意味での再会。感慨に浸る間もなく、私は忙しなく身支度を整えて、現在、東応大学の正門をくぐったところである。
そういえば夜にはニアとメロが旧捜査本部ビルを訪ねてくるらしい。けれど、それまで私は入れ替わっている立場上、【透間空】として大学に通わなければ不審だ。
「勢いで来ちゃったはいいけれど……」
__勝手が全く分からない!
セピア調のキャンパスに踏み入るや否や、私は歩調の速い生徒たちの波から逃げるように逸れて、心細く立ち止まった。
文字通り、右も左も分からない。キャンパスでは駅構内や街中と違って案内の看板が立っているということもない。授業の時間割さえ、『カバンごと持っていけばどうにかなるでしょ!』なんて悠長に構えていた。
あぁ、誘拐なんて大胆なことを決行する前に、もっと空の行動について予習するべきだった。
「……というか、今朝のLとの会話で頭がどうかしちゃってたのかも……」
私は仕方なく並木の脇のベンチに腰掛けた。
よく月君と作戦会議をしたときに座っていた場所だ。
一番大きな並木通りに面していて、前を通る生徒は急ぎ足だったり用事があったり、友人と話す人たちばかりで、距離もそれなりに空いている。左右のベンチも離れているし、秘密の会話__キラに協力している体で行動していた時など、作戦会議には最適だった。
「……なんだか懐かしいなぁ」
懐かしさを感じながら、私はほんの一瞬、授業前であることを忘れて後ろにぐーっと伸びをした。
「__なにが懐かしいの?」
伸びをして目をあけるとそこにいたのは。
すっきりと薄手のニットを着て、身軽に教科書を小脇に抱えた月君だった。
「あ、ららら月君!」
慌てて座りなおすと、がたん、とベンチの足が揺れた。
Lといい、月君といい……皆、不意打ちで現れるのが好きなのだろうか。
私の自覚のあるオーバーリアクションに、月君は冷静に呆れたように腕を組んだ。
何となく彼が一人で立っていることに違和感を感じて……あ、そっか、リュークも居ないんだった__なんて、今更ながらに納得する。リュークが居るか、手錠に繋がれてLと一緒にいたか、どっちかだったからね。
「……君はいつも賑やかだよな、夕陽。講義、そろそろ始まるよ」
「はっ……本当だ」
言われて時計を見れば、開始時刻までもう二分を切っていた。
「いや、実は授業がどこかちゃんと下調べしてなくて、迷っちゃって、えへ」
もはや走っても間に合わなそうだった。私は苦笑するしかなかった。
数分の遅れなら仕方ない__と、私は鞄から何か行き先を教えてくれる資料がないかと探ることにした。
「だから、私のことは気にしないで先に行ってってって__うわわわっわ!」
ばさばさと。
手元から足元へ見事に資料を落としてしまった。
「…………」
「…………」
思わず呆然としてしまった瞬間に風が吹き、資料がさらに散らばる。
キーンコーンと背後でチャイムが鳴る。
「…………」
「…………やっちゃったー、あははっ」
「……はぁ」
ため息をついて、月君が隣にどさりと腰かけた。
目も当てられない惨状に見かねたのだろうか。私は慌てて立ち上がった。
「あ、あの月君!大丈夫だから全然!先に行って__」
「いいよ。今から行けばどの道、遅刻だ。五分も十分も変わらないよ」
「あ、ありがとうございます……」
温和に、しかしぴしゃりと月君は言い切る。
散らばった資料はものの数秒で集め終わってしまった。
「ありがとう!月君のおかげでどうにかなったよ。じゃあ講義頑張ってね!」
「おい、帰ろうとするな」
「どうして?」
「……講義、あるんだろ」
「そういえばそうでした。えへへ」
ちょっとした冗談。なんとなくLのようにふざけてみたつもりだった。月君はもしかしたら怒るかな、と思ったが、何故か私を見てその動きを止めてしまった。
「…………」
身体の前に腕を組み、片手は口元にある。
これはまるで、考え事をしている__いや、それよりも、観察されているような。
「……月君、どうしたの?」
「いや、なんでもないよ」月君は涼しげに両手を広げた。「それより夕陽、授業の場所が分からないんだろ?一緒に見てやるよ。その資料貸して」
「あ、うん、ありがとう」
ころっと変わった表情と、「何でもない、それより」という発言。
__それ、全然何でもない時の言い方だよね!
なんて言えるはずもなく。
私は違和感を誤魔化すように、言われるがまま資料を手渡した。
「で、学部はどこなんだ?」
「んーと……」
__まずい。学部すら聞いていなかった!
それに相手は月君だ。下手したら一挙一動からボロが出る。私が空と別人だという事実がばれてしまう。
「学部、えーと、実は月君と一緒なんだ!」
空ならそうするに違いない__一縷の望みをかけてイチかバチかで言ってみる。
「そうか、僕と一緒か、ということは、法学部?」
「うん、法学部!驚いた?えへへ……」
「そうか、法学部か……」
月君は腕を組んでうんうん、と頷く。
「夕陽」
そして、脈絡なく唐突に__こちらに手が差し出された。
手のひらが上で、何かを渡して欲しいのだろうか。
でも、こちらは資料を月君に渡してしまって手ぶらで。
ということは__手?
「……?」
おずおずと片手を乗せる。
「__ふっ」
月君は息を漏らすように鋭く__笑った。
乗せた手はぐいと捕まれ、気が付いた時には月君の顔がすぐ横にあった。
「分かりやす過ぎて笑えるよ、夕陽」
状況が全く掴めない。けれど、月君の様子から私が何やら追い詰められてしまったのだということは分かった。
「君は知っていることを隠すのは上手でも____【知っているふり】をするのは下手なんだな」
それは穏やかだったが、ガラス片のように刺さる、鋭い言葉だった。
「ど、ういう意味__」
聞き返すも、それが無駄な抵抗だと分かるのは__月君が態度を変えるのは、それが絶対に正しいことだと__勝利と確信した時だけだと知っているからだ。
「東応大学では一年生は学部には所属しないんだよ」
「…………っ」
背筋がぞくりと冷えた。さっきの質問は既に試されていたのだろう。
月君は私の耳元に顔を近づけた。
「動くな。君は一体__」
何を言われるのだろう。
__「一体、誰なんだ?」
__「一体、何を企んでいる?」
__「一体、何を隠している?」
何を、聞かれてしまうのだろう。どう、拒まれてしまうのだろう。
そう思って目をぎゅっと瞑ったところで__額に軽い衝撃があった。
まるで__指ではじいたような。
「……でこ、ぴん……?」
額を摩りながら月君を見ると、彼は腕をデコピンの形で宙に浮かせたまま、つまらなそうに半目になっていた。
__……あれ、何だろう、このデジャブ。
「やっぱり。その反応。君は夕陽だ」
穏やかな声に、射抜かれる。
まるで、銃口を向けられて、痛みなく撃ち抜かれたような衝撃。
「…………や、やだなぁ、もちろん私は夕陽だよ。でも本名がちゃんと分かったからこうして【透間空】っていう名前で大学に通うことにしたんじゃなっ__」
「__いや、違う」
必至に取り繕う私に、月君はただ、まっすぐな視線を差し向け続ける。
「入学式にここにいた彼女と、君は別人だ。そして僕が知っている【夕陽】は、今ここにいる君だ」
「…………」
そこまで言い切られてしまうと、言い逃れる気にもなれない。無駄な抵抗。私はただ目を背けた。
「全く……この数か月、いきなり消えてどこに行ってたんだ?」
「……」
「その様子だと、また竜崎には秘密にしてるってところか」
「…………」
ちらりとその表情を覗き見れば、まるで敵意のようだった鋭さは消え失せていた。代わりに、ほんの少し悲しそうに見えた。
胸がちくりと痛む。それでもこれ以上、詳しい事情を月君に話すこともできない。
「あのね、月君っ」
風がざぁっと吹いて木々が揺れた。
泣きそうになりながら、私は喉の奥から声を絞り出す。
「私は確かに月君の知ってる夕陽で、一度は、あの屋上で皆の前から姿を消した……心配、掛けたと思う……ごめんなさい……でも、これには、り、理由があって、竜崎にも言えなくて……だから__」
全部を言い切ることは出来なかった。
瞬間の無音と、次に感じたのは体温だった。
「ら、らら……っ」
私は強い力で腕を引っ張られ__月君の腕の中にいた。
抱き締められていた。
ハグなんて軽いものじゃなく、ぎしぎしと軋むほどの力で圧迫される。
「夕陽……どうして」
「……っ月君……」
「………どうして竜崎は気付かないんだ……?」
「………」
「……僕は……ずっと前から気が付いていた。なのに、ずっと隣にいて、ずっと君を見ていた竜崎が何故、気付かない……?」
「……」
「キラの記憶がない今でも、僕は君との会話を覚えていて……火口確保の夜、君がノートを手にして竜崎に監禁された時からずっと__もう一度、君と話したいと思っていた」
そうだ。私のことを気にかけてくれていたのはLだけじゃない。私が一度ノートの所有権で自ら監禁されるように演技をしていた時__例えLに見放され、戻って来られなくてもいいと思いかけていた時__必死になってLを説得してくれていたのは月君だった。
「夕陽は声を掛ける間もなく消えてしまって、知らない誰かが君のフリをしている。誰一人、それに気が付かない……どれだけ怖かったか分かるか?」
それに今だって。
__「その反応は」とか。
__「その様子だと」とか。
驚くほど見ていてくれて__気にかけてくれて。
「僕はキラだった。人を殺した。記憶がなくても、自分のことだ。どういう気持ちでそれをやったかくらいは想像がつく。そんな僕に、こんなことを言う資格はないかもしれないけれど……」
「でも月君……キラ事件はもう、終わったんだよ。それに、ノートはその人格にまで影響するって……」
「あぁ、分かってる」
腕の力が、拳に力を籠めるように強くなる。
「でもまだ、僕の中では……終わっていない。人はキラの話をするし、キラを騙る犯罪だって起きている。それを僕はまだ、自分と無関係だと切り離すことが出来ない。これは僕の問題で、僕が__後始末を付けなくちゃいけない」
「月君……」
「それに夕陽だってまだこうして、隠し事をしている。それこそ僕とは関係ないかもしれないのに、君のこととなると何故か割り切れないんだ……どうしてだと思う?」
申し訳なさそうな言葉を最後に、彼は沈黙してしまう。
やっぱり月君は優しい人間なんだと思い知る。どうしてだろう。喉の奥がじんじんと痛みだして私はまるで、ずっと我慢していた心のつかえを言い当てられているような心地で__安心している。
「……はは」
「夕陽?」
「月君は……いつでも月君だね」
笑いながら背中をぽんぽんと叩くと、少しだけ月君が驚いたように身をこわばらせた。
「月君はずっと前から変わっていない。誰よりも周りを見ていて、何があっても逃げない。今だって……まだキラの影と向き合っているんだよね」
背中越しに笑って、なんとなく頭をよしよしと撫でてみた。あ、髪の毛柔らかい……なんて思ってたら、月君は「はぁ」と呆れたようなため息をついた。
「……流石にそうやって撫でられるのは」
「駄目?」
「……そうじゃなくてな」
慌てたように力のこもっていた両腕が解かれた。
「あははっ。元気の出るハグありがとう」
「元気の出るハグって何だよ……」
月君が肩の力を抜く。どうやら呆れているらしい。呆れてばかりいるのも疲れないのだろうか。
「月君、あのさ、もしもキラ事件がまだ月君の中で続いているっていうのなら、それは月君がひとりで背負う問題じゃないと思う」
「…………」
「うまく言えないけれど、皆がいる!私がいる!竜崎がいる!ミサだって!」
「……あぁ」
俯き、かろうじて返事をしてくれる月君。
果たしてこの綺麗ごとじみた言葉が届いてくれるかどうか自信はないけれど、皆で終わらせたはずの事件__皆で手に入れた未来。それを守るというのなら、それは月君だけで背負う問題ではないはずだ。
「だから私も、きちんと後始末……つけなきゃ」
物語だったらページを閉じて終わるはずの世界には、ちゃんと続きがあって、それが続いていくというのなら、それを【変えた】私にも責任がある。
まだ__終わっていない。いや、終わりなどないのだ。
「あはは、それにしてもさっきは急にハグされて、うっかり月君のこと格好いいって思っちゃいそうだった」
笑って誤魔化すいつもの私。
半分本当で、半分嘘か冗談で。……なのに、どうしてだろう。乾いた笑い声は笑顔を作らなくて、いつものように誤魔化し切れない。だから私は資料を揃えるふりをして、目を逸らした。
「…………」
「…………ふん」
「え、ちょ、月君!なんで今、鼻で笑ったの?」
月君は答えず、ベンチから立ち上がる。見上げればその顔はとても涼しい表情を浮かべていた。
「竜崎あたりがもう言ってそうだけれど」
遠くの校舎を仰ぎ見ながら、月君は言う。
「夕陽は本当、笑って誤魔化してばかりだな」
「……たしかによく言われるけど……」
なんで今、と言いかけた所で、月君は先に歩き始めてしまう。
「あ、待って月君!」
「法学部志望の一年生は文科一類だ。一年をもう一度やり直す僕とは一緒の履修クラスのはずだ。10分遅れになるけれど、今からでも出席は間に合う、それと__」
何気ないことのように振り返った。
「僕はずっと前から君のことが__」
___ずっと前から、君のことが……__
何を言うのだろう、という疑問を差しはさむ間さえ与えずに。
ピピピ…
プルルルル…
私と、月君と__二人の携帯が同時に鳴り始めた。
『__ライト、今、大学か?』
『夕陽、至急こちらへ戻ってきてください。近くに月君がいれば一緒に連れてきてください。』
至急、という不穏な単語に私は隣の月君を見やる。視線が合って、彼は私の背後を指し示した。
いつの間に__いや、たった今到着したのだろう。
救急車とパトカーが停車しており、赤いランプが周期的に門のレンガと植え込みの緑を照らしていた。
『警官が一人、不審な心臓麻痺で死亡しました』
二〇〇五年 四月十三日 午前九時
東応大学最寄りの交番・本応交番にて巡査長の宇紗美春木(うさみはるき)が死亡した。
死因は心臓麻痺。
彼の手には四つ折りの白紙のコピー用紙が握られていた。