Chapter 1
夢小説設定
この小説の夢小説設定Guardianの設定を引き継ぎます。
◇Lより主→Guardian主人公。元死神の人間。
◇ワイミーズより主→Guardianの間、夢を見ていた人間。記憶喪失の為、詳細設定はなし。
色々(本編)あって二人はまったく同じ外見です。
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「うーん、春だー!」
2005年、桜が散る、4月の東応大学キャンパス。
その中央の並木道に私は__透間 空は立っていた。
Afterwards -Chapter 1-
◇キャンパス
キラ事件が収束してから実に五か月。透間 空が病院で目を覚まし、Lと共に歩みだしてから五か月。久しぶりの日本は暖かかった。
私は以前、【夕陽】としてここに来たことがある。
彼女が本当に自分だったのか、それとも消えてしまった別の誰かなのかは、今となってはもう分からない。
もとより、私が一体誰なのかも、【道端に倒れていた記憶喪失の少女】として入院してた事実以外は、分からないままだった。
【私】は【透間 空】だけれど、【透間 空】とは一体何者なのか、一向に記憶は戻らない。
ただ、繰り返し夢で見たはずの日々は、もう覚めることなく新しい世界のように私の中に積み重なっていった。11月5日に雨の中でLと出会い直してから、私は毎日、彼と一緒にいる。
Lを守りたいと願った夕陽が遺してくれた、大切な日々だ。そんな日常に、ふわりと包まれた私は、時々考えてしまう。
「……私は、Lと一緒にいていいのでしょうか?」
Lが「愛している」と言ってくれた存在と、自分は別物なんじゃないかと思って、私は今日までずっと、彼との距離感を図りかねている。
もしも夕陽が私とは別の存在で、私は空っぽの存在だとしたら、そしてLがそれを知ったら、「当然好きです。」なんて顔をして、冗談めかして待ってくれているLは、何を思うのだろう。
「なにも思い出せないけれど、何も分からないけれど……」
ずっと心に留めていた疑問を口にして見上げると、大きな時計台があった。チャイムが鳴り、学生の影が消えていく。私は門に向かって歩く足を止め、人の流れに逆らいながら大きなレンガ色の講堂を仰ぎ見た。
「私は、Lのことを好きになってもいいんでしょうか?……夕陽」
思うままに呟くと、ざぁ、と樹の揺れる音がして、風が強く優しく、暖かく通り過ぎた。ひらひらと、薄桃色の花びらが自分を追い越して遠くへ飛んで行く。その花びらたちを目で追うと、それはいつの間にか青い空に溶けていって、分からなくなってしまった。
考えすぎだよ、と言われた気がした。
暖かい日差しに、私は頬を緩ませる。
「ありがとう夕陽」
頭の中の空想かもしれない、もう一人の自分に語りかける。分からないことを考えるのはやめにしよう、と思った。その代わりに、ひとつの決心をする。
「でも、私なりに答えを見つけたいから。……もう少しだけ、その名前貸してね。」
「この後どうするー?」
「ちょっと甘いもの食べたいかも」
「え、授業でしょ?」
他愛もない会話と笑い声。
「おい、ふざけんなよ!」
「いやいや……」
怒号が聞こえても、それはちょっとした冗談の一環。
平和だ、と思った。
世間を騒がせたキラ事件のほとぼりは、私が日本から離れていた五か月の内にすっかり冷めたらしい。
世界的な事件だったのにも関わらず、その情報がぱったりと途絶えたのは、淡白でさえあった。もっとも、事件がドラマチックに特集されたり、脚色を含んで解釈されていたのは基本的に人々が平和に生活している日本くらいなものだったようだ。
数か月訪れただけのロンドンや、ふらりと通っただけのパリは、悪い意味で次の【悪】と対峙するのに忙しそうだった。
だから、Lも忙しかった。
キラ事件が終わっても、世界の切り札は、世界を背負って正義であり続けた。……なんて言うと大げさな話になってしまう(実際、途方もない話である)けれど、要するに、世界も、世間も、世の中も、犯罪も、悪も、何も変わっていないということだった。だからLも変わらず正義だった。
同じく私も忙しい日々を送っていたのだけれど、なにも、全てが変わらなかったわけではない。
世界や正義や悪が変わらないのは、あまりに大きすぎてその変化が見えないからかもしれない。
でも、人は変わるものだ。
「ふわぁ眠い……。」
私は大きな講堂を眺めたまま間抜けな欠伸をした。
昨晩の22時にロンドンからの十時間余りのフライトを終えて日本についたばかりの私にとっては、春の長閑な日差しは眠気を誘うものに他ならない。8時間の時差も凶悪に瞼にウェイトを掛けてくる。五か月ぶりの日本は、とにかく暖かくて眠い場所だった。
__あ、あそこに座ろう。
私は通りの向かい側にちょうどいい場所を見つけた。
ほどよく人の目もあるし、手元に貴重品もないし、なにより、ちょうどいい木製のベンチが目の前にある。
__スーツでいるのも疲れたし、座ろう。ちょっと休憩。
「というか………寝よう。」
「寝るな。」
既に横になって目を閉じていた私の真上から声がした。
目を開けると、そこにいたのは腰に手を当て、こちらを見下ろす茶髪の青年。
「あれ……誰だっけ。」
__というのは嘘だ。
柔和な表情に、清潔感のある服装、人を心配して声を掛けるような東応大生といえば一人しかいない。
__夜神月。
かつてはキラであり、そして所有権と記憶を手放した人物、私やLと、初めて友達になった人物。
月君は、私を見て動きを止めると、くるりと背中を向けた。
「……夕陽かと思ったけれど、人違いか。」
「嘘、うそだよ!月君!夕陽だよっ!嬉しくてふざけただけだから!」
久しぶりの再会が可笑しな照れ隠しで台無しになってしまった。
「……。」
「………ははっ。」
仕方なさそうに振り返った月君と視線を交わす。耐え切れなくなって笑ってしまうと、月君もつられたのか、ふっと息をついて隣に腰掛けた。
「……まぁ僕も、まさかここで夕陽に会うなんて思ってなかったよ。日本には戻ってきたばかり?」
「うん。つい昨日のことだけどね。正直今、時差ぼけ中。」
私は安心しきって、もう一度ベンチに転がって伸びをする。月君は神経質そうに眉間にしわを寄せると小さく咳ばらいをした。
「……だからってこんな外で寝るなよ。スーツ着てるようだけど、スカートだろ。」
「あはは……。」
「変わってないな、って普通は言うんだろうけど……夕陽はなんというか随分……呑気になったんだな。」
月君はあきれ顔でベンチにもたれかかる。なんだか数年来の友人のような口ぶりだと思った。
__呑気になった、というならそれはきっと、【私じゃない方の】夕陽のおかげだ。彼女が沢山戦って、考えて、傷ついて、願って、今の私はここにいる……ような気がする。
「うん、だって世界は平和になったからね。」
「平和か……」
月君は途端に真面目そうな顔になる。そのまま「世界平和とは」などと思案を始めそうだったので、私は両手を前で振って発言を訂正した。
「あ、その、平和って言っても、犯罪とか戦争の話じゃないよ?……もっと小さな話!月君やLみたいなすごい人たちと違って、私に見える世界なんてすごーく狭いんだし。」
「そっか」
月君は軽く笑う。
「まぁ、夕陽の言いたいことは分かる気がするよ。」
約半年ぶりの月君は、一見、全く変わっていない。けれど、ほんの少し、遠くの何かを見ているような、そんな、どこかLのような雰囲気を感じた。でも、きっと気のせいだ。
「……そんなに人の顔をみてどうしたんだよ。」
「う、ううん、なんでも!」
つい、まじまじと見てしまっていたらしい。私は「Lだったらからかわれていた」と思いながら勢いよく顔を背けた。
「まぁなんにせよ、例の事件が終わった今となっては、Lとも夕陽ともまともに連絡が取れないからな。会えて嬉しいよ。」
「そうだよね。それは寂しいところ……ん?でも、月くん、Lからの連絡は一方的に来るでしょ?」
私は「まともに連絡が取れない」という点に引っ掛かる。イギリス滞在中、数日に一度、Lが楽しそうに「月君は元気そうでした」と言っていたからだ。
「L、月君とだけは結構な頻度で連絡取り合ってるのかと思ってたよ。電話だったら私も出させてくれたっていいのにーっていつも思ってたもん。」
私が首を傾げると、月君は困ったように笑った。いわゆる苦笑だった。私は「あれ?」と思う。
「いや、それが……まともな連絡は来ないよ。そもそも毎回名前が違って、あいつからの通信かどうかもぱっと見じゃ分からないし、試すように変な問題を解かされては、返事が【流石です。】とだけ来て回線が切断されたり……。」
「…………。」
「急に『助けてください』なんて言われて焦って返事したら、『Lっぽく且つかっこよく子供たちの質問に代わりに答えてくれませんか?』と言ってきたり……。」
そんなことしてたんだ、L。
というか二つ目のそれはまさか、ワイミーズハウスの子供たちのことじゃ……。
「……その顔は夕陽も知らなかったってことか。」
「うん。知らなかった。全く。」
「……本当何やってるんだあいつ。」
月君は頭を抱えた。
L、よっぽど月君に絡みたかったんだろうな、なんて解釈をしてみるけれど、それにしてもそんな回りくどいやり方をしなくたっていいのに。
「あははは……。」
私は「二人とも楽しそうで何よりです」と言おうとして、なんとなくLっぽい皮肉に聞こえなくもなかったので、笑って誤魔化した。
「ところで夕陽、こんなところで何してたんだ?僕に用事?」
月君は肩をすくめて首を傾げた。
私も首を傾げた。
「ん?『どうした』って、どうして?見ればわかるでしょ?」
「……?そうか?」
「??」
……分からないのかな。まぁいいや。
私は数秒、誠にきょとんとする月君と見つめあってから、正直に答えることにした。
「うん。たまたま。」
「たまたま?」
私は頷いた。
「うん。だって私、さっき入学式を終えてきたばかりだし。」
「…………。」
月君のすべての動きが止まった。
「それは、入学したという意味でか?」
「え、他に何があるの?」
「………。」
動きが止まり、それから徐々に冷静さを取り戻し、彼は思案顔になる。
「……………。」
まるで私が「私はLです」と唐突に切り出して、いかに焦りを出さないか考えているかのようだ。
「あれ、もしかして疑ってる?」
「…………夕陽、僕はLの顔を知っている。今更ここで君が身分を偽っても何の意味もないんだ。分かるか?」
__………。
「___いや、本当なんだよ!ちゃんと入学試験を受けたし、合格したよ?月君みたいに全教科満点じゃないから挨拶はしてないけれど、一応、【透間 空】っていう身元も分かった今だから、Lのなんやかんやの裏の手段も使わずフェアに来たよ?」
「………。」
「だってほら、私いまスーツ着てるでしょ?黒いスーツ!同じような格好の子、他にもキャンパス内歩いてたでしょ?だったら『おそらく入学式に出席していたのだろう』って、説明するまでもなく自明でしょ?」
「………。」
「月君!」
月君の目は、「いや、まさか、そんなはずは」と言っている。
「これが嘘をついている人間の目か?ズームでもなんでもして見てくれ!」
私は月君に詰め寄った。
信じてください。
「………僕の真似をしているんだったら、さすがの夕陽でもそれは止めてくれと言いたい。」
月君は心外そうにまた咳ばらいをした。
こんなに疑われるということは、それだけ夕陽=『馬鹿』と思われているということで……いや、そう思われることは一向に構わないのだけれど。
「……まぁ別に信じてくれなくても、私は勝手に東大生やりますけど。ミス東大とか清楚を目指しますけれど。」
「いや、それは無理だろう。」
いや、そんな「その可能性はありえない」って断言する捜査員みたいな顔しなくても。
私はぷいとそっぽを向いた。
「……とにかく。いろいろあって休学していた月君と私は一応、同じ学年になります。」
私は厳かに強気に言い放った。
指を立てて、言い聞かせるように言った。なんとなくLの真似だった。
「……それもそうか。」
「あれ、信じてくれた?」
「あ、いや、つい……楽しそうだと思ったら思わず。」
つい、とは。
その言葉だけが引っ掛かったが、なんとなく恥ずかしそうに口元に手を当てる月君が珍しくて、私は笑ってしまった。
「……あはは!ううん、信じてくれてよかった。とにかく、よろしくね。」
寝転がっていた体を起こして、握手のように手を差し出す。月君の目が丸くなる。そしてふいっと視線を逸らされた。
「……あぁ、よろしく。」
「うん、竜崎もね!」
「!」
竜崎、という響きに「ぴくり」と、顔を背けたままの月君が反応し、そして何かを察知したのか勢いよく背後に振り返った。
「__っ!」
「もちろん私も一緒です。」
L__竜崎は、出番を待っていたかのようにぬっと月君の後ろに立っていた。顔が触れそうなすれすれの位置から月君は若干青ざめながら後ずさる。
「竜崎………そんなことだろうと思ってたよ。」
「お久しぶりです、月くん。入学おめでとうございます、夕陽。」
振り回されるように呆れる月君を見て、
竜崎は指を咥えて距離を詰める。
「ん?しかし竜崎って……流河じゃないのか?」
「はい。記録を書き換えました。竜崎と呼んでください。間違ってもLとは呼ばないでください用心の為です。」
どことなく嬉しそう名乗る竜崎と、感動の片鱗さえ無い様子でため息をつく月君を見て、私もおずおずと二人に言った。
「ええと、竜崎も休学からの復学……つまり月君と一緒だから、三人とも一年生ってことになるよね。」
「ええ。」と竜崎は目を見開いてにやりと笑う。
「皆で一年生です。」
悪戯っぽく言う竜崎に、私は「わぁぁ」と声を上げたくなる衝動にかられた。わくわくする……というのは、子供っぽいだろうか。月君と竜崎が一緒だとしたら、きっと楽しくなる。
月君だけが不思議そうに腕を組んだ。
「竜崎……どうしてだ?お前が以前ここに来たのは、キラ事件の捜査という名目があったからだろ?」
「いい質問です、月くん」
竜崎はベンチにひょいと飛び乗って膝を抱えた。
「残念ながらそれはLの重大な秘密にかかわる事なので答えられません。月くんはただ、私達と楽しいキャンパスライフを送る事だけを考えてください。」
楽しいキャンパスライフ、なんて言い回しが戯言のように響いた。でも、私は密かに期待に胸を膨らませた。
「夕陽、月くん、食堂に行きましょう。」
仕切り直すように、竜崎が指を咥えて言う。
「そろそろ甘いものが食べたいです。ケーキ、ありますかね。」
Lにはきっとなにか考えがあるのだろう、とは思うけれど。
「うん、行こ行こ!」
「……しょうがないな。分かったよ。」
Lの捜査の傍らでも、スイーツ係の傍らでも、こうしてもう一度、日常を過ごせるとしたらそれは__すごく楽しみでしょうがない。