Little Stories -短編集-
あなたの名前は?
この物語について*短編
*連載関係ない短編も含まれます
*基本恋愛要素ありor 悲哀あり
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「ヴェネツィアの街並み……綺麗ですね」
「うん、さよなら港ーって感じ」
「おもしろい表現ですね」
船に揺られて波に乗り、外国の街並みを模した港が遠くなっていく。
夜の闇に包まれて、多くの明かりがランタンのように浮かぶ幻想が見えた。エンジンの音が大きく、船上アナウンスの背後ではしゃれたBGMが流れている。ヴェネツィアを抜けると向かう先はニューヨークだ。
Lは例によって両足を椅子の上に持ち上げていた。
「L、ちゃんと座らないと怒られちゃうよ」
「一番後ろの席なので大丈夫です」
風を受けて、エンジンの音が響き渡る。どんどん変わる風景の中で、Lはいつも通りの白いシャツに青いジーンズを着ていた。手にはポップな赤いストローの刺さったタピオカドリンクを持っている。
「わっ、大きい船が見えてきたよ!」
「実物よりは小さくとも大きく見えるものですね」
「本物、見たことあるの?」
「ええ、というより、なんとなく乗ってみたことがあります」
けろりとどうでもよさそうに言うLの言葉にちくりと胸が痛む。
私にはまだまだ知らないLの顔があるんだ。毎日同じで、毎日一緒だから、こうして突拍子もない話を聞くのは苦手だ。好きだけど、苦しい。
「シアンも乗ってみたいですか?」
「うん!……って、ごめんそうじゃなくて……あっ、いい感じに月が見えるよー」
「……誤魔化さないでください」
三角座りのままLが頭だけをこちらへ傾ける。傍から見たらまるで甘えているようだ。けれど、「手を使うのが面倒だから頭でちょっかいを掛けているだけです」と以前言っていたような言っていなかったような。
「うーん、いや、なんでもないんだっ……ただ、やっぱりLっていろいろな事を知ってるし、見てきてるし、私達とは遠いんだなーってふと思っちゃって」
__まぁそんなこともないのは分かってるのにね!
そう付け足して言う。
Lの頭がもぞりと動いた。
「……実を言うと、私も同じことをよく思うんです」
「?」
予想外の返答に、私は首を傾げる事しかできなかった。
船の前方で、女の子のグループが互いに写真を取り合っている。そしてちらりと、風変わりな座り方をするLを見たような気がした。
「私と出会う前のシアンのことを知りたいと思って調べたりして……しかし知るごとに……理不尽な気持ちになるんです」
「理不尽?」
「説明しきれないのですが、たとえば写真の中で笑っている貴方を見ると、なんだか悔しい気持ちになります」
「……なんだか分かる気がする」
「中でも印象的だったのは、テーマパークではしゃいでいる姿ですね。普段は見せないような笑顔で、これでもかと食べて遊んで、変なポーズで写真をとって……最初は別人かと思ったほどです」
「……だ、だってこういうところって普段はできないことできるし、非日常だし……」
気恥ずかしさと、バツの悪い気持ち。造り物の海の向こうから本物の海風が吹き付ける。もじもじと言葉を返せずにいると、ふとある事に気が付いた。
「あ。……だからL、急に一緒に遊びに行こうって……今日、誘ってくれたの?」
「…………」
「Lも来てみたかったとか、そういうこと?」
船は近未来の港を抜け、やがて南米のジャングルの中で原則を始めた。気取った船上アナウンスが流れだす。そろそろ降りる頃だ。
「シアン」
「んっ」
ぐいと腕を掴まれ、一瞬。
自分でも理解が追いつかないほどの刹那のそれは、所謂キスだったのだろう。
「___ううううわ、びびびっくりした!」
「……何かありましたか?」
「い、だって今」
「……早く下りないと、皆見てますよ」
背中を丸め、指を咥え、何事もなかったかのように言うLは意地悪そうに笑う。
視線の先をおって振り返ると、乗船待ちの客と、既に降りた女子グループ、そして乗組員までもがそれぞれいろいろな表情で生温くこちらを見ていた。
「……Lのせい!」
「シアンが挑発するからです。普段はできないこともできるとか、非日常とか」
「ふーん……あ、ねぇL」
私はLの肘をちょちょっとつつき、耳を寄せた。
__と見せかけて。唇に軽くキスした。
「!」
Lの眼が丸くなる。愉快だ。すかさず離れて笑ってやろう。
……と思ったが。
「___っ」
「一回は一回です」
勝てない力で顎を掴まれ、もう一度唇が寄せられた。
にやりと笑って言おうとした台詞までも盗まれてしまう。
「…………それだとLの方が一回多いことになるんだけど」
「大胆ですね」
「…………あっ、これ待ち時間少ない!」
無理矢理話題を逸らして、私は小走りで次の乗り物へと向かう。
ポケットに手を入れたLは手ぶらで、いつもと変わらない足取りで私の後をついてくる。暗い夜に、周囲には明るい音楽が流れている。ここは日本でも東京でもなく、事件からも離れた非日常。
「たまにはこういうのも悪くないですね」
ぼそりと言ったLの手をとり、当たり前のように並んで歩く。これもまた、いつもなら絶対にしないことだ。