分からない!
あなたの名前は?
この物語について*短編
*連載関係ない短編も含まれます
*基本恋愛要素ありor 悲哀あり
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「Lにも分からないことはありますか?」
紅茶を静かに置きながら、あくまでさりげなく、もののついでのように私は尋ねた。
「分からないことですか?」
「はい。」
Lはキーボードを叩いていた指を宙に浮かせ、両腕を伸ばしたまま黒目だけをこちらに向けた。
「……。」
「………はは。」
お願い、なにも聞かないで、と見つめ合いつつ私は苦笑する。あえて濁して聞いているのだ。
だって、それは、恋愛のことだから。
勘ぐられたら、お終い。
デッドエンド。
じゃあ何故本人に聞いてしまうのだ、と言われてしまえば、それこそ分からない。我ながら奇行だとは思う。
「……そうですね。きっとシアンさんが思ってるよりもたくさんありますよ。」
「そ、そうだよね…!」
分からないことなどない、無敵だと思っていたLの意外な答えに、私は思わず身を乗り出す。ティーカップがカタタと揺れた。
「ええ。例えば、今現在捜査中の事件の犯人とか分かりません。」
「あぁ……うん、そうだよね。」
私は肩を落とす。
こういう聞き方じゃ、そうなるか。どう言い換えたものか、と私は今度は砂糖ポッドに角砂糖を追加する。別の質問をするための誤魔化しだった。
「じゃあえっと……分かりそうで分からないことがある場合、Lはどうしますか?」
「……。」
私の中では決定的に違う言い回しのつもりなのだけれど、Lにとっては__いや、傍から聞けば誰でも首を傾げるかもしれない。Lは、不可解そうに唇を引っ張って私を振り返った。
「…………。」
黒い目、必要以上に見開かれた目。
唇を引っ張った姿はまるで子供のようで……おかしいのは分かっている。月君も、松田さんも、家族の居るずっと年上の人たちも、一人だってLみたいな人はいない。
__なのにどうして、それがすごく、格好よく見えてしまうのだろう。
「………。」
「………。」
__かっこいいのはどうして。見てしまうのは、どうして。
いや、きっとミサに聞けば「それは好きってことだよ!恋だよ!」って恋愛だと断言されるんだろう。でも、だったら、恋愛って何?一体何?
どうすればいいの、どう考えればいいの?これからどう向き合えばいいの?
私は分からなくて、分からなくて、Lを見るたびに混乱してしまうのだ。
もっと覗き込んだら、なにか分かるかな。
「………。」
「……。」
ぐぐ、と心の中でこらえる声を漏らしながら、私はにらめっこのように、微笑みを湛えてLを見る。なぜか、Lも見返してくる。
いつも椅子の上で丸くなって、いつも同じ白いシャツを着ていて……すっかり見慣れているはずだ。それがいつの間にか、目を合わせるのにもいっぱいいっぱいになってしまったなんて……別人の可能性が?
「……なんかずっと見てたら、誰だか分からなくなってきた。」
「Lです。」
「本当ですか?」
「はい。」
「ほ、本物ですか?」
「はい。ほら。」
ぴと、と伸ばされた手の甲が私の頬に触れる。私は「ひゃっ」と声を上げる。
「………っ、ど、どうして急に触ったの?」
私は後ずさりながら、熱くなった顔を意識して平静を装う。どもってしまったのは、ただびっくりしただけだ。
「シアンさんに本物かと聞かれたので触っただけです。手でも触ればよかったのでしょうか。でも、両手にトレー持ってますし。」
「あー納得、合理的!」
__合理的!じゃないよ。
Lはふざけていた様子もなく、あくまで平常運転だ。私の方にくるりと椅子を向けてくれているものの、思い出したようにデスクから一つ角砂糖を摘まみ上げた。
「L、さっきの話なんですけれど。」
私はきりっと背筋を伸ばして気持ちを切り替えることにした。
「どうしても分からないとき、平常心じゃなくなるほどの疑問があったら、Lならどうする?」
「平常心じゃなくなるほどの疑問、ですか。」
「はい。」
そこでLは、指を咥えて私を見上げるようにする。なんだか推理されているようだ。
「……シアンさん、私に聞きたいことでも?」
「あ、いいえ、そういう訳では……。誰に対して抱いている疑問なのかすら不明で」
「誰に、ですか。」
「はい。あ……。」
もしかして今のは、言葉尻を捉えられたというやつなんじゃないかな、と私は気づく。「何に」ではなく「誰に」というヒントだ。しかし遅い。駆け引きもブラフも得意なLの前では、私の一瞬の反応が全てヒントになってしまう。
ましてや中途半端にぼやかし、濁した質問をして、「何のことだろう」と不可解さを与えてしまっては、Lならそれを推理しようとしてしまう。
「な、なんでもない!やっぱり忘れて!」
__迂闊だった!今の全部なしなし!
私の取り消しもむなしく、Lは途端に笑みを浮かべる。
「__なるほど。」
ガタっと、急に勢いよく椅子から飛び降りて、Lは私の前に立ちはだかった。暗くなった視界は、Lに見下ろされて影が差しているからだ。
__な、なになに!?
いきなりどうしたんだろう。にやりと笑って、まるでなにかを閃いたようじゃないか。
「私なら考え抜きます。そうすればいずれ分かります。」
「それでも分からない場合は?」
「考えるのを止めます。」
きっぱりと言いながら、Lは私の額を指さした。そのままつん、と指先が当たる。気恥ずかしくなって私は目を逸らした。
「……やめちゃうの?」
「大体のことは考え抜けば分かりますし、勝ちますが……どうにもならない場合は、パズルで言えばピースが、チェスで言えば駒が足りない場合です。」
「た、例えが知的すぎてぴんとこない……。」
さすがに近すぎるので、私は話しながら一歩二歩と後ろに下がる。そのままデスクに向き合い、食べ終わったお皿を片付けようとした。
「つまり、考え抜いたものが勝ちます。」
後ろからLの声がして、私は振り返る。手はまだお皿を持ったままだ。
「チェスも、推理もそうです。」
私を見下ろしていたときに浮かべていたような意味深な笑みを浮かべたまま、Lは指を咥えた。
「ですが」
からかわれる、という予感がした。
「__ですが、恋愛の場合は知りません。」
__!!
「っな……!」
__な、何故分かった……!?
ってこれじゃ犯人みたいじゃない……。落ち着け……。ここは知らないふりをしよう、そう、月君のようにしれっとクールに切り抜けよう。
「……そ、そっかー、Lは忙しくて、そんな暇ないもんね!」
ぴしっと凍り付くような心地がする一方で、一拍遅れて心臓がばくばくと忙しく動き出す。
__だめだ。動揺が顔に出る。
__せめて食器を片付けながら平常心に……。
「だから私も分からないんです。シアンさん。」
足早にその場を去ろうとすると、後ろから声を掛けられた。私は深呼吸をして振り返る。
「恋愛の場合も……一緒なのでしょうか。」
「い、一緒って?」
指を咥え、事件に対峙するように前を見据えた竜崎が、じりじりと私に一歩ずつにじり寄る。
「私は一歩踏みこんで攻めて勝つのが好きなんです。」
「え、L?」
「先手必勝です。攻めたものが勝ちます。」
言葉をさしはさむ間もなく、鋭い視線は私を射抜いたままに近づいてくる。
「考えて分からなければ、証言でも、証拠でも、自ら動いて試して、答えを得るまでです。……恋愛もそうなのでしょうか?どう思いますか?」
__どう思いますか?
その最後の問いかけだけをようやく飲み込んで、私はそれを繰り返した。
「ど、どう思うか……は……」
Lは私を壁際に追い込んで、笑ってもいない。本当に、謎に対峙して事件を推理するように私に詰め寄っている。
「私も実は気になっていたんです。教えてください、シアンさん。」
怖い。けれど、かっこいいと思ってしまう自分は、だいぶおかしい。
「分からないのなら……」
とっくに平常心ではなくなっていた私は、おかしい頭のままで、さっきまで自分を悩ませていた疑問に、自ら答えようとしていた。
「分からないのなら、試してみるしかない……んじゃないかな?」
「なるほど。」
__あれ、私、何言ってるんだろう?
「いい考えです。気が合いますね。」
やっと表情を緩めたLは、優しいというよりも、これから私をからかおうとしているような意地悪な表情を浮かべていた。
「では試しに……何をしましょうか?」
「____!」
耐え切れなくなって、私は壁とLの間をすり抜けてキッチンまで走り抜けた。よくわからない声を上げたような気もするし、記憶が飛んだような気もする。
理解不能。
対処不可能。
「あれ、シアンちゃん、どうしたの?」
「わ、わ、分からないんです!」
擦れ違った松田さんにそう叫んだ。そこからしばらくはLと目を合わせるのも困難だった。
「竜崎、最近どうしたんだ?」
「…………分かりません。」
私の知らないところでLも月君とそんなやりとりをしていたそうだ。
私達はそもそも、互いの気持ちを分かっていないのだった。