キャンドル
あなたの名前は?
この物語について*短編
*連載関係ない短編も含まれます
*基本恋愛要素ありor 悲哀あり
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Sleep now, here among your choices
眠れ これが貴方の行きつく場所
Then drift away
全ての分かれ道は、漂い流れていった
大きな聖堂に、レクイエムが響き始めた。
誰のためにでもなく、すべての命にささげられた旋律は、混ざり合う歌声とともにアーチを抜け、鐘の音とともに空に抜けていく。
Hear now how the world rejoices
世界の喜びが聞こえるか
Shades of grey
全ては灰に陰る
「メロ。そのチョコレート今食べては駄目ですよ。」
「……言われなくても食べねぇよ。」
聖堂の厳かな空気のなかでもいつも通り。
金髪の少年と、白いパジャマの白髪の少年が私の後ろに立って、言い合いを始めた。白い少年がニア、金髪で手にチョコレートを持っている少年がメロだ。
「……Lの為に来ているんですから静かにしましょう。」
「は?お前はシアンについて来たんだろ?」
Gone who was right or wrong
正しきも悪しきも去っていった
Who was weak or strong
強き者も弱きものも
11月5日__あれから一年。
私はLの故郷にある、大きな大聖堂に来ていた。
レクイエムは正しきも悪しきも去っていった、なんて言うけれど、キラ事件はまだ終わっていないし。犯罪者裁きは続いている。
「まーまー二人とも、オレたち三人ともシアンにくっついて来たんだから邪魔しない様にしようよ」
「マットの言う通りです。」
ニアとメロの後ろからゆったりと現れたのは赤毛のマットだった。その様子に、メロが尚更苛立ちを露わにする。三人ともLの出身である施設_ワイミーズハウスのトップ3で、互いに一応、Lの後継者という立場を競い合う仲だった。
「……っ、俺は一応祈る。」
他に人がほとんどいない長椅子の前で、メロは乱暴にも膝を折った。十字架を身に着けていることの多いメロは、結構信心深いのかな。
「……私も。」
私も膝を折って、その横に並んでみた。ニアは長椅子に座って、髪の毛をいじった。どこか遠くを見ていて、彼なりになにか考えているのかもしれない。
「…………。」
「じゃあオレはちょっと向こう見てくるから。」
マットは私達を見回すと、聖堂を見て回るのか、ふらっとどこかへ行ってしまった。
また、耳に入るのはレクイエムの反響と数人のよく響く靴音だけ。それは、ほとんど無音と変わらなかった。
__お祈りか。どうしたらいいんだろう。
目を開けて、一度折った膝を戻す。そうしてまた長椅子に座って手を組んでみたけれど、うまくお祈りができなかった。私は横目でメロを見て、もう彼が目を開けていることを確認してから小さな声で尋ねてみた。
「ねぇメロ……こういうとき、なんて祈ったらいいんだろう。祈ったら、誰に届くんだろう?」
「……。」
「祈っても……私には神様とかよくわからないし、結局、Lに言いたかったことを浮かべちゃうんだよね。」
思えば、去年の今頃は。
去年の11月5日、Lがまさか死んじゃうなんて思わなかった。その直前まで私は、一緒の日々がずっと続くと思っていた。
だから、あとで言おうと思っていたことも、やりのこしたことも、たくさんある。
今となっては、それは本当にその時の「やりのこし」なのか、「いなくなってはじめて」分かる何かなのか、もう区別がつかなかった。
「そのたび思い出して、苦しくなって、悲しくなって。……一緒にいるときはもっと楽しかったはずなのに。ずっと悲しくて……間違ってるよね。笑わないときっと、だめなんだよね。」
ずっと表情を変えずに前を睨むようにしていたメロは、私が静かになってから、ゆっくりとこちらを向いた。目線が鋭くて、それは生まれつきなのか、それとも怒っているのか、私にはまだ分からなかった。
「……心の種類に善も悪も無い。お前がどんなに苦しくても、それは全部、”あの人”が生きてきた証そのものだ。」
「……あの人…Lが生きてきた証……。」
「お前が笑おうが泣こうが、Lは戻らない。」とメロは言った。
残酷な言葉のはずなのに、どうしてか諭すように胸の奥にすっと響いた。
「だが、苦しむことができるのは、近くにいた者だけだ。俺も、ニアも、マットも……シアンほどあの人とは時間を過ごさなかった。画面の向こう、文字での記録、どれも遠い存在だった。……敬愛がない訳じゃない。だが、シアンは俺たちには無いものを持っているんだ。」
「………。」
「どんな想いも、全部一緒だと思えばいい。
想いの重さは、ちゃんと重さがあって測れるものなんだ。」
………メロは凄いな。
お祈りの仕方を聞いて脱線しちゃった私の、大元にアドバイスをくれた。さすが、天才。
チョコレートのおかげ?
「それを祈りに乗せればいい……ってお前いま関係ないこと考えてるだろ。」
「あ、バレた?」
「馬鹿そうな顔してたからな。」
「ん?こんな顔?」
ぎゅーっとほっぺを左右に引っ張って、泣きかけの自分を誤魔化すようにふざけてみる。でも、ちゃんとメロの言葉は理解できたと思う。
苦しいのも、悲しいのも、後悔も、心を塗りつぶすような闇だと思っていたけれど、どれもLといた日々を想うということだったんだ。だったら私は、きっとその存在をずっと証明し続けられる。文字になっても、記録になっても、綺麗すぎる思い出になって本当のLという人物が風化していっても、きっとこの心の痛みは消えないから。
Souls sing their oratory
魂たちがその矜持を歌い
Fading west as they fly
空を漂い、西へ溶けていく
レクイエムが、過ぎていった魂たちの声を代弁する。
終わってしまえばすべては夕陽のように消えていくだけ。空しいはずなのに、その歌からはどこか力強さを感じた。本人たちはどんなに高らかにその願いを歌い上げても、死はそれを消し去ってしまう。それを残すことができるのは、残された者だけ。
つまり、「死んでもその想いは消えることない」と、そう高らかに歌い上げているようだった。
「こっちにキャンドルあった!やろうぜ。」
ぱたぱたとブーツの底を石畳に響かせてマットが戻ってきた。私とメロを見ると、なんだかおもちゃを見つけた犬のように目を輝かせた。キャンドル?キャンドルってそんなに面白いものだっけ。「やろうぜ」って感じのものだったっけ?
「……マット。聖堂内を走らないでください。」
そういいつつも、ずっと一人の世界に閉じこもていたニアが腰を上げた。背中を丸め、まるで寝起きのようにマットの方にゆっくりと歩いて行く。もしかして結構乗り気なのだろうか。
「行きますよシアン。」
「あっうん!」
当たり前のように置いて行かれそうになった私は、ちょっと助けを求めたくてメロを見やる。メロは私の背後ではーっとため息をつくと、私を追い越しながら教えてくれた。
「キャンドルは祈りよりも簡単だ。誰かのために、という願いを込めて火をつけるだけだからな。」
なるほど?と思う頃には、もうとっくに私は出遅れていた。
長い長い聖堂の回廊を、できるだけ音を立てない様に小走りで進んでいく。いくつもの聖人の像や十字架を通り過ぎて、遠くに小さな机と揺れる光のちらつきがあった。
「やっときましたか。」
「オレたちはもう一本ずつ灯したから、あとはシアンだけ。」
燭台へと向かうと、各々のキャンドルを早くも皆が灯し終えているようだった。
小さな机の上には木の枝を模した燭台があって、そこには既に無数の灯りが揺れていた。願いの込もった暖かいオレンジ色は、私の指ほどの流さで、すぐに溶けきってしまう大きさなのに、絶え間なく灯され続けている。こんなにたくさんの願いの中に、私の小さな願いを混ぜても、きっとLなら気づいてくれるよね。
「……。」
私はマッチを擦った。
軽い音と共に火薬の香りがして、手元がふわっと暖かくなった。
蝋が解ける前に一つの枝を選んで、そこにキャンドルを指した。
炎はゆらゆら何かを映し出そうとするように揺れる。
__私は自然に目を閉じた。
最初に見えたのはポケットに手を入れてゆるりと立つLの姿だった。
白いシャツにはしわがあって、大きめのジーンズは空のような色だった。
__"シアン"
そう私の名前を呼び、にやりとして、指を咥えたまま背中を向けて歩いていく。
追いかけようとしたら、その背中は、青い空に溶けていってしまった。
次に見えたのは、捜査員たちに囲まれて座るLの姿だった。
__”……正義が必ず勝つということを”
そう不敵に、大胆不敵に勝ち誇った姿は精悍で凛としていた。
瞼を閉じても、オレンジ色の炎がゆらゆら揺れているのが分かる。
次に見えたのは、雨の風景だった。
__”寂しくなりますね”
土砂降りの雨の中で、独りぼっちのように佇む姿。雨の音がざーっと今でも頭の中を満たす。私の中の、最後の記憶だった。
着替えを取りに行って、戻ったら、もうLはいなかった。
「っ……!」
色褪せないフラッシュバックに目を開けると、キャンドルが一本、彼の代わりにそこにあった。
ちらりと振り返ると、ニアと、メロと、マット。皆、私の様子がおかしいと感じたのかこちらを見ていた。気まずく視線をずらそうとするとメロと目が合い、その目が細められた。
__「さっき言っただろう」と言っているようだった。
私は「うん、分かってる」という気持ちを込めて、小さく、本当に微かに頷いた。それっきりメロはそっぽを向いてしまった。
ありがとう、メロ。
悲しさも後悔も苦しさも、私はちゃんと覚えている。体で、心で、貴方が生きたことを、貴方が戦ったことを覚えている。ちゃんと証明できる。
涙と一緒に震えそうな声をこらえて、私はようやくキャンドルに願いを託すために言葉を紡ぎ始めた。
「戦い抜き、この世界を去ってしまった貴方へ。
その炎は、私たちの中でまだ揺れています。決して消えません。
戦う私たちを、心の中、そして遠くの空から見守ってください。 」
__びっくりするようなとぼけたジョークも、目の覚めるようなかっこいい推理も、新しく聞くことはできません。もう私は、自分の中にしかあなたを見いだせないのです。
でもその存在は__ひとつの炎となって、一生、この心に在るでしょう。
「………負けと言えども、戦い抜いたことは誇るべきです。……必ず……。」
ぽつりと聞こえた声に振り返ると、ニアが俯いたまま大きな目で私のキャンドルを見上げていた。「必ず、」と言ったあとには何が続くのだろう。何かを見据えたその瞳にはどことなくLのような強さが宿っているようだった。ぶかぶかのパジャマの袖の奥で、拳がぐっと握られていた。
もしかしたら、ニアは、本当にLの意志を継いでしまうかもしれない。それどころか、Lになってしまうような、そんな予感がした。
__もしかしたら、か。
ふと思いついて、私はもう一本キャンドルを手に取った。
5ペンスを箱に入れると、マットが不思議そうに首を傾げた。
「なんだ?まだ足りないのか?」
疑問を声に出したのはマットだけだったけれど、ほかの二人も目を丸くして私の手元を見ていた。その仕草はきっと無意識で、でもどことなくLに似ていて、私は思わず頬が緩んでしまう。
「うん。これは、もしもの願い。」
「もしも?」
これはメロだった。怪訝そうに、腕を組んでいる。
「もしもこうしていたら、あの時ああしていたら__そんなイフの世界で、もしもLが生きていてくれたら……そう思って。」
あの時ああしていればよかった__それを苦しい後悔とするのは、そろそろやめよう。
幸せな貴方がどこかにいるのなら、そんなIfすらもすべて受け入れて、貴方を想おう。
この世界で戦い抜いた貴方と、どこかの世界の幸せなあなたを祝福しよう。
「これは私の勝手な願い。きっどこかで生きているL。この世界じゃなくても、私はやっぱり、あなたの幸せを願うから……。」
そんな願いでキャンドルをもう一本。
私はもう一度、願いを掛けることにした。
「どこかの世界の、幸せなあなたへ。
いつまでも幸せにその炎を灯し続けていてください。
その灯が大切な人とともにありますように。」
今度は目を閉じなかった。
ただの願いで、私の記憶じゃなかったから。
きっとその世界にいるLは、私の知るLじゃない。隣にいるのも、私じゃないかもしれないけれど、どうか一人っきりじゃなくて、誰かと一緒にいられますように、と願ってみた。
「……これでよし。」
それぞれの願いを受けたキャンドルは、風もないのにゆらゆらと揺れている。
「ふーん、それで二本か。変わったことするなぁ。でも、悪くないね。」
「ありがとうマット。」
にこりとして振り返ると、ニアが遠くの壁時計を見て、歩き出しだした。
「……ちょうど鐘の鳴るころですね。私達は戻りましょう。メロ、そのチョコレートをかじるの我慢してください。」
「……だから言われなくても食べねぇよ。」
「じゃあ何故取り出したんですか」
「……っうるせー!」
「おーおー、メロの声響くなぁ。」
「ええ、うるさいですね。」
遠ざかっていく三人の声。
皆、心配してついてきてくれた優しい子たちだ。
賑やかな三人を背後に、私はもう一度、二本のキャンドルの前に立った。
二本、ゆらゆら揺れる小さな炎は、並んだ二人みたいだと思った。
それは、在りし日の二人にも見えたし、どこかの世界で隣り合う二人かもしれない。
先に灯った方がすこし短くて、後の方が長くて。
こうしてゆっくりと一緒に燃え尽きたかったな。
Tales full of fleeting glories
はためく勝利に満ちたおとぎ話は
Stories old as the word "goodbye"
さよならの言葉と同じくらい古い物語
Ah, old as the word goodbye
さよならと同じく古い物語
レクイエムの演奏が終わり、鐘の音が幾重にも鳴り始めた。
__シアン、「さよなら」という言葉は、悲しいものではないんです。
__さよならというよりも__ 英語の"Good bye" のことですが
__原義は"God, be with you"
__「神とともにありますように」という意味です。それは、もう一緒にいられない大切な人が、この先一人になることのないよう願う言葉なんです。
__「例え自分じゃなくても、貴方の隣に誰かがいますように」……大切な人を想う言葉です。
私は正面から外に出て、大きな青空を仰ぎ見た。遠くでニアとメロとマットが私を待っている。未来がすぐそこに見えた。遠くの空まで、鐘の音は響いていて、それは祝福の音色の様だった。空を抜けて、ずっと遠くまで、別の世界でもいい、祝福と未来と私の願い、Lのところまで響け、と思った。
「さようなら。God be with you. L Lawliet.」