温める
あなたの名前は?
この物語について*短編
*連載関係ない短編も含まれます
*基本恋愛要素ありor 悲哀あり
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「L、なにしてるの?」
急にモニターの前からいなくなってしまったLを、私は探しに来ていた。やりかけの仕事で遠くに行くわけない、屋上か近くのベンチでしょう、とワタリさんは言った。その通りだった。大理石の噴水のある人気のない中庭、そのライトアップがぼんやりと照らす木製のベンチにLは一人で座っていた。
声を掛けるとLは目だけでこちらを見た。
「……いえ、何も。」
Lはその口調ほど怒ったり拗ねてはいなさそうだった。ただ、静かだった。視線の先には仄かに照らされる噴水があって、温かみのある街灯が視界の中にいくつか灯されていた。
こんな風景だけれど、時間は24時、夜遅いのにでひとりでぽつんと座るL。
「探してたよ」とだけ言って立ち去る気にもなれず、私そのベンチの端に座ってみた。
「わーここ、風がいい感じ!」
と、いったはいいものの、手ぶらで七分袖のワンピースで来てしまった私にはちょっぴり肌寒かった。
きっと動いたり暖かい服を着ていれば大丈夫なんだろうけど、こうして風に吹かれて座っていると、体温がどんどん秋に奪われていく。
ちらりとLを見た。
Lはいつも一枚しか着ていないように見えるし、たまにお腹や背中も見えちゃってますけど、寒くないのかな?
「………どうしました、そんなにこちらを見て。」
前を見て膝を抱えたまま、Lが視線に気づく。
はっとした。
「……う、ううんなんでもない。ごめんね、ボーっとしてたらすごく見ちゃってた。」
こんな夜の公園で、人気もなく二人きりで見つめるとか、なんかすごく恥ずかしい感じになってしまう。誤魔化すように笑ったりして見るが、Lは静かだった。
私を横目にそろりと見てから、遠くにぼうっと浮かび上がる街灯のあたりへ視線を向けた。
「シアンさん」
「ん?」
「私はもうしばらくここにいますので、探しに来たのなら、寒いでしょうし……帰っていてください。ワタリには私は大丈夫だと伝えてください。」
Lはより一層、膝を抱え込むように丸く小さくなった。
大丈夫と言うなら、大丈夫かもしれないけれど、でも……。
「………誰もいない方がいい?」
Lがどうしたいかはいつもの通り、分からないけれど。
ただなんとなく、そのシルエットが心細かったから。私は訊いた。
「…………シアンさんが一人いるくらいなら、構いませんが。」
「やった!」
私は自分でも驚くくらいその返答が嬉しくて、その場で手足を伸ばして伸びをした。
「………はーあ、ちょうどいい季節だね。食欲の秋、読書の秋、スポーツの秋。Lは全部楽しめそうだね!」
「………そうですね。日を追うごとに日が短くなります……。」
L、静かだよね。どうしたんだろう。
……どうもしないかもしれない。誰でもぼーっとすることはある。風が好きじゃやなくても、風にあたりたい気分もあるし、そんな日になにかあったかというと何でもない日も案外あるし。
理屈っぽいといわれそうな言い訳を頭の中でつらつら並べながら、でもやっぱり……
暗い夜、Lが一人膝を抱えていたりしたら、こっちまで心細くなる。
「………どうしてまたそんなに見るんですか。」
「あ、ごめん!ほかに何もないから、Lが何考えてるか考えてたの。」
そこでやっと、Lが感情の動きを見せた気がした。
じろっと睨むように、半分に細められた目をこちらに向けたのだ。
あれ、怒った?と私は数センチ距離を取る。
「……あまり見てると好きになりますよ?」
「……へ?」
「………一応、冗談なのですが。」
「あ、あははそうだよね、面白い!」
__……Lが私なんか好きになってくれる訳ないもんね!と言いかけそうになって、むぐ、と私は押し黙った。結果、また沈黙が訪れる。
「…………。」
その前髪が風にさらさらと揺れている。
今夜のLはやっぱり静かだ。
Lはその日のよって、びっくりするほどとぼけていて、ジョークを言ったり、にやにやと笑っているような日もあれば、今夜のように、どこか違う場所を見ていて、そのまま私の知らない遠い世界に消えてしまいそうな時もある。そんな日は、心に触れたらいけないような気になる。
私はたぶん……Lのことが好きだから、寂しげなLを見ると寂しくなるし、次の日に沢山ふざけているLを見ると、「なんだぁ」って安心したりする。
私はいつでも右往左往、一喜一憂でいったりきたりと忙しいけれど、やっぱりこんな気持ちは、本人には言えるわけない。
「……はくしょん!」
木々を揺らすくらいの強めの風が吹いてきて、また寒くなってきた。考え事をしていたせいで、身体が冷えやすいみたいだ。
くしゃみが流石に気になったのか、Lがこちらを覗き込むようにした。
「寒いんですか?戻った方がいいんじゃないですか?風邪ひきます。」
「う、ううん、今のはなんでもないの。……人って本当に寒さでくしゃみするんだね、あはは!」
「……やっぱり寒いんじゃないですか。」
あ。確かに。
そのままお叱りが入るかと思ったら、またLは低めの目線で空虚に沈黙する。しばらくこの様子かなぁ、と私は諦めて足をぶらぶらさせていると、いつのまにLは指を咥えて私をじーっと見ていた。
「な、なになに!せめて何考えてるかだけ教えてください……!」
私はその視線から逃げるように目を固くつむる。
怖い……訳ではないけれど、反応に困るのです。あとは……意識してしまうので……。
「…………シアンさん、いつ戻るつもりですか?」
長い沈黙ののちに繰り出されたのがそんな平易な質問で、私はきょとんとする。戸惑いが顔に出ていたのか、Lが質問をちょっと変えた。
「いえ。帰れと言うわけではなく……いつまでいる予定ですか?という意味です……。」
……それもそれで私にとっては「?」なのだけれど、とりあえずは…
「Lが帰るまで居たい……かな。だめ?」
自分でも馬鹿らしいと思って、苦笑した。
でもLなりに思うことがったようで、なぜかLの目が丸くなった。そして小さく「分かりました」と言った。
そしてぴょん、軽やかにと立ち上がり、
__??!!
「わぁわわわっ!」
Lが隣に座ってきた。……というより、もともと隣だったので、ぴっとりと。密着する位置に座りなおした、という状況だった。という状況。どういう状況?!
「あの、……私立ちますね!」
「駄目です。」
「わっ」
飛び上がるように立ち上がった私の腕を、Lががっしり掴んだ。全く構えていなかったので、ちょっと力を掛けられただけでまたもとの位置に収められてしまった。
「……それとも嫌ということなら止めませんが」
「い、嫌とかじゃ無くて……その……こんな……どうして」
夜の闇に、二人きりでぴっとりくっつくなんて、何故としか言いようがない。
Lの頭の中を覗こうにも、私には能力不足で、理解出来っこないし……。
はずかしさと不可解さに縮こまっていると、Lがぶらーんとさせていた私の手をとった。
「!?」
「シアンさんが寒そうだったので、合理的に、こうすることになりました。私こう見えて結構暖かいですよ?」
両手をLの手に温められながらそんなことを言われるので、私はパンク寸前だった。
「か、風邪……寒い……?」
かろうじて口から出たのはそんな単語の繰り返しだけだった。
「……はい。ですからいつまで居る予定ですか?と訊いたんです。シアンさんは私が戻るまで居ると言ったので、こうするのが一番適切だと判断しました。どうですか、暖かいですか?私の手。」
__たしかに暖かい。Lの手は意外と大きくて私の手なんか平気で覆ってしまうし、カサカサしてるけど、自分よりずっと体温は高いし、薄手のシャツからはほとんどじかに体温が伝わってくるし……。
温められる手を見て、私は顔を上げる。でも、もっとちゃんと考えるべきだった。
ぴっとりくっつく距離なのだから、顔と顔はびっくりするほど近い距離にあるのだと。
「…………!!」
それ以上に、心拍数が上がってきて、こんなにくっついていたらばれてしまうかもしれない。……テレビで名探偵が脈で恋愛感情を言い当てたシーンとか知ってるし……。
「……シアンさん、もしかして……」
なにかを気づいた風にLが片方の手を持ち上げる。その手が顔に伸びてきて__頬に触れた。
……ばれた?!
「……暗くてよくわかりませんが、シアンさん、火照ってませんか。熱があるという事でしたらやはり戻って……」
「う、ううん違うの大丈夫!」
私は焦ってそんなことを口走っていた。立ち上がりそうだったLの腕を、今度は私は遠慮がちにつかんだ。……恥ずかしくて袖を掴んだ。
「……熱、じゃない。このままでいたらたぶん落ち着くから……もうちょっと。」
「………………そうですか。」
正直、ちょっとだけ下心。もうすこしだけこうしていたいと思ってしまった。
どことなく納得しきっていない様子のLを見上げると、それでも優しい表情をしていた。息をして肩が揺れるたびに照れくさかったけれど、やっぱり暖かかった。
「Lは優しいんだね。……好きになっちゃうよ。」
「………言おうと思った冗談を先に言われた気分です。」
じろりと、高いところから見下ろすような目と目が合う。
ずっと静かにしていたLの口角が微かに上がっていて、このまま深く聞き返したら、もうちょっとお互いに何を考えているか知れそうな予感があった。言葉の真意も、行動の意図も、もしかしたら単純なシロかクロの世界かもしれないけれど……。
「……そうだね。」
「はい。寒ければ温めあうものですから。」
でも、今夜はまだいいや、と思って私は温めてくれているLに少しだけ身体を預けた。
Lが言ったみたいに、寒いからくっついているだけ__しばらくはこうしていたいと思った。