smile
あなたの名前は?
この物語について*短編
*連載関係ない短編も含まれます
*基本恋愛要素ありor 悲哀あり
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やけに月が明るいその夜は、胸が騒がしかった。
日本はいま何時かな、なんて時差も計算せずにぼんやりとベッドから起き上がる。
「シアンに会いに帰ってきます」なんて約束をされてしまった日から、もう私はいつもに増してばかみたいに毎日、Lのことを考えていた。いつだってへらへら笑って、子供たちとじゃれる事しかできない私は、本当にどうかしてしまったのかもしれない。なんて自虐的になって考えていると
「寝れないんですか、シアン」
と、窓の外の青い月あかりに照らされていたのは__Lだった。
「どうしたの、L?日本にいたんじゃないの?」
びっくりして尋ねる。
そうすると、懐かしく、見慣れた様子でLは口の端をゆっくり持ち上げた。なんだろう?と思うが、言葉なく笑うのも、Lらしいと思って、それ以上聞かなかった。
なにか考えがあるのかな?
「忙しいところわざわざ日本からシアンに会いに来ました。」
「あはは、なにそれ。おかしな日本語。」
ありがとう、と言って笑った後、私はかくんと首を傾げた。
……なんだろう?どうしてだろう?なんとなく嘘っぽい。
「……?」
あれ、と思った。
「どうかしましたか」
「L……震えてる。寒いの?」
Lの唇が微かに揺れていた。プールで遊びすぎた子供たちとか、泣くのを我慢している子供みたいだと思った。そのまま視線をあげると、こちらを見下ろす二つの目の上、黒い髪の毛ぽたりと水が滴った。
__どうして気付かなったんだろう。Lは裸足のまま、上に下にと、全身びしょ濡れだった。
「L!はやく乾かさなきゃ!っそれより着替え!風邪ひいちゃ……」
慌てて手を伸ばすと、すっとLは後に下がった。伸ばしていた右手が空気を攫った。
「?……どうしたの?」
「シアンまで濡れます。」
「私は大丈夫だって」
「いえ。」
と、頑なにきっぱりと言い切って、再び私の伸ばされた腕から届かない距離まで下がってしまう。
「……。」
いつもだったら、昔のワイミーズでの日々の中でなら「何言ってるの!」って言って押し切ってしまうところだったが、この時は自分でも理由が分からなく、何かが違う、と思った。
窓枠から差し込む薄い光で、白いシャツと、肌がより青白く浮かび上がるように見えた。それは、どこか遠い存在を思わせた。
「シアン」
一歩引いて戸惑っていると名前を呼ばれた。
「今、皆は?」
「ロジャーも、子供たちも、寝てるよ」
「そうですか。シアンのほかには誰もいませんね。」
他の皆に会いたかったのだろうか、Lはそのような確認をすると、何かお願いをするように、小さな声で、しかし強くこちらを見つめた。
「甘いものが食べたいです。」
きょとん、と。相変わらず首をかしげる私に、Lは再度ゆるりと、静かに言った。
「……暖炉の近くでケーキが食べたいです。」
台所で甘いものはないかな、と探した。Lは一人でどこかに行ってしまった。
冷蔵庫の中には、Lがいるときほどお菓子のストックはそんなになかったけれど、今夜はたまたまラッキー。今日が誕生日の女の子がいて、大きなバースデーケーキが余っている。
私は冷蔵庫からイチゴのショートケーキを取り出して、ちょっと大きめのサイズに切った。
ワイミーズハウスのなかでも談話室や広間と呼ばれる場所。そこには暖炉があって、ロジャーやワイミーさんが読むような本が詰まった本棚があった。暖炉の前にはふかふかの赤いカーペットが敷いてあり、そこでは子供たちが直に座ってお絵描きや勉強をしてしまうので、暗黙の了解で土足禁止になっていたりする。なんでも、一番はじめににそうしたのはLだったとか。
「L?」
部屋は飾りっぱなしのハロウィンの装飾で賑やかだった。電気が消えて、炎の明るさだけがあった。
Lはそこにいた。暖炉の前のカーペットにちょこんと三角座りをしていた。
椅子に座ればいいのに、と思いながら、私はお茶とケーキを載せたトレイをその傍らにかちゃりと置いた。
置かれたトレイに大きな目を向けてからLはくるりと振り返る。びっくりしたような表情で、どことなく子供みたいだと思った。
びしょびしょだった髪はしっとりとしていて、いくらか乾いたようだった。
「ありがとうございます。」
Lはケーキの隣で口角をにっと持ち上げた。
その目線がずっと暖炉の日を見ていたので、私もその隣に三角座りで並んでみた。
雨も風もない、静かな冬の夜だった。暖かさをくれる炎だけが、たまに思い出したようにぱちっと音を立てた。
Lを見る。オレンジ色に染められた青白い肌は、そういえば雨も降っていないのにどうして濡れていたのだろう?
「そのケーキ、本当はバースデーケーキなの。」
「今日…11月5日ですか。」
軽い世間話をしようとした。Lは両手を膝においたまま、ショートケーキを見下ろした。食べればいいのに、と思った。
「でもその女の子、今朝、本当に朝早く、引き取られていっちゃった。起きたらもう部屋は空っぽだった。いなくなっちゃうのは知っていたんだけれど、新しい家族の都合で止む無くってね。」
「それは残念ですね。ですがケーキは私のものです。」
懐かしい調子でLはあっけらかんと言う。おかしくなって少し笑ってしまう。
でもね、と私は続けた。
「びっくりなのはね、そのこと、ほとんど皆が知ってたの。……私が誕生日を祝おうとしていたから、がっかりさせたくないから言わないでって、その女の子が強く望んだらしいの。可笑しいよね。悲しくてがっかりでも、さよならはしたいものなのに。ね?」
「ええ……そうですね……。」
「まぁ、沢山メールして電話して水臭いって怒るけどね!」
「………。」
二人の目が合って、瞳に自分が映り込んだ。瞳の中の私は、まるで一人きりのように小さく揺れていた。
「L、何かあったの?」
ふいに、不安がこみ上げて口をついて訊いてしまった。聞かなければ平和な時間だったかもしれないのに、でも、その時間も何もしないまま過ぎてしまうような気がした。今、Lと話をしたいと思った。
「………シアン」
と、質問には沈黙で返したのちに、Lが私の名前を呼んだ。
「日本にいる間、よくシアンのことを思い出しました。どうしても会いたかったんです。」
独り言のように、空想のように、言葉は悲しく響いた。でも、私は嬉しかった。
「うん私も。ずっと待ってた。」
「ちゃんと泣かずに待ってましたか。」
きっとキラ事件の前、私が夜中に泣き出してしまったことを言っているのだろう。不安な、夢ですらない私の恐れに、「自分の前でなら泣いていい」と言ってくれたL。
「もう会えないかと思ったんだよ」という気持ちを込めて、こくこくと必死に頷くと、Lがふっと息をついた。Lはそのまま何も言わずに、目が合う時間だけが過ぎる。
「も、もちろん!戻ってきたら、色々話したかったんだよ。それにハウスでもあれから……」
じっと見つめあう照れくささに関係ない話までしようとしたところで、言葉を失う。
やっぱりL、元気がない。
「L、でも……事件って……」
事件は終わってないんだよね?
と、そう聞きかけて、私は何を思ったのか、自分でも分からないままに立ち上がって走っていた。
__聞くまでもない。“キラの裁きが再開された”と、ニュースで見た。皆が話している。
なのにLは何も言わない。聞いちゃダメなんだ。
あのタイマー、Lからもらったタイマーのような、時計?
何が何だか分からないけれど、それを見なきゃいけない。
「___動いてる…。」
赤い光は、ちゃんとカウントダウンを継続していた。それが何を意味するのかを私は知らない。でもあの日、去り際にロジャーと私に手渡されたこの機械は、きっとなにか重要なことを__Lの命を表すんじゃないかと思っていた。
胸をなでおろし、また1階のLのもとに帰ろうとした。
「ここにいましたか。」
音もなく、Lが後ろに立っていた。見上げて、私は何か言おうとした。機械のことを聞こうとしたのか、キラ事件のことをやっぱり確かめようと思ったのか、それとも全く関係のないことを言おうと思ったのか。
「L、あの……」
口を開くも、しかしLの方が早かった。
「それは、私がとあるサーバーに最後にログインした日時からのカウントダウンです。もし0になった場合は私と……おそらくワタリも、死んだものだと思って行動するように…そうロジャーに伝えてあります。」
「最後にログインした時間……?」
改めてその残り時間を見る。デイ、アワー、ミニット、常に表示が変わっているので、私はカウントダウン前の数字を知らない。もし飛行機に乗る時間を加味しても、ログインそのものであれば端末は……
「……。」
考え始めて、すぐにその計算に何の意味もないことに気付く。「0になったら」と言ったのに、残り時間やログイン時間を推測したってしょうがないじゃないか。
「あはは、なんか私、勘違いしてたみたい。」
ありえない。だってLは、いまここにいるじゃないか。いつもみたいに……
「ごめんね、Lは別に、ただちょこっと帰ってきただけなんだよね?」
「………。」
「あれ、L、なんで黙っちゃうの?」
「シアンはどう思いますか?私は、いつも通りですか?ちゃんと、貴方の待っていた“L”ですか?」
途端に距離を詰め、まるで犯人を追い詰めるような視線で射抜かれる。とっさに、Lは何が言いたいのだろう?なんて言ってほしいのだろう、なんの冗談だろう?なんて考えてしまう。
しかし、覗き込んだ瞳がまた揺れていることに気づいて、真剣なその様子に、目を逸らしていけないと心が叫んだ。
私はさっきまでのLの行動を改めて思い返してみた。
「いま、ここにいるLは………」
事件を解決していないのにここにいるLは
雨も降っていないのにびしょ濡れだったLは
触ろうとした私を頑なに拒んだLは
一口もケーキを食べなかったLは
止まらないカウントダウンに安心しかけた私に、そのタイマーの本当の意味を教えてくれたLは、
__「悲しくてがっかりでも、さよならはしたいものなのに。」
最後に自分の言葉がリフレインされ、パズルにピースがぱちりと嵌った。
ありえない。そんなはずは。だってLはちゃんとここにいて……
手を伸ばした。
Lは逃げなかった。
でも、掴めなかった。
「っ……。」
夢ならどんなにいいだろう。これが現実だって、受け入れたくない。
でも、もしも夢だったら?
きっと目が覚めて、この悲しい夢は薄れていって……
最期までさよならもできず、何も伝えられず……?
___会えないと思っていたLに会えている今は、もう二度と来ないかもしれない。だったらあの時言えなかったさよならを、ちゃんとするべきなんだ。
「L……さよなら、なんだよね?」
ぐっと喉の奥に力を込めて、私は絞り出すように声にした。きっと触れられない。そう思いながらも、私はLを抱きしめた。
「………はい。」
しんとした静寂を挟んで、あっけなく正解が与えられた。
その答えを待っていたように、前触れもなく涙があふれて頬を伝った。
「シアンは賢いですね。あるいは少々、ヒントが多すぎましたか。」
回した両手は決してその背中に触れることはなく、あの日してくれたみたいに、白いシャツで泣くこともできなかったけれど。優しい声とともに、Lの両腕が自分の背中に回されるのが分かった。
「すみません。泣いていいとは言いましたが、泣かせるつもりはありませんでした。」
Lの声だけが胸一杯に響いて、やっぱり暖かさも、手に当たるシャツの感触もなかった。ひんやりとした冷たい冬の空気がそこにあるだけだった。
「シアン、もっと話してください。声を聴かせてください。」
__言いたかったことは、たくさんある。本当はもっとゆっくり話したかったけれど、ね、しょうがないんだよね、L?
「……ずっと昔から、私、Lに憧れてた。」
「知ってます。」
「ちょっぴり……ううん、すごくすごく好きだった!」
「気付いてました。」
こともなげに、こんなときに、どうしてそんなに楽しそうなの、L?
私はぐっと歯を食いしばって、もう一つの後悔を告げた。
「……っ本当は、行ってほしくなかった。止めたかったんだよ。L…!」
やっと言えた。言い切った。たとえ最期でも、ちゃんと言えた。目を瞑るよりは、ずっといい。
見上げると、大きく目を開けながら、それでも優しい様子のLがいた。
「最期に貴方の声が聞けて良かった。もう泣かないで、笑ってください。」
Lは屈んで、私と同じ目線になる。2つの大きな黒い瞳と、クマがくっきりと刻まれている。悲しさなど、微塵も感じさせないように、その瞳の中に炎が見えた気がした。
「Lは…ずるいよ、そうやって適当な事ばかりいうんだもん……!」
悲しさと悔しさが入り混じって、私は涙で濡れた顔のまま、無理に口をにーっと笑顔の形に広げて見せた。
よっぽどおかしかったのか、Lはふっと息を漏らすように笑った。
「……やっぱりシアンは笑顔が一番です。シアンはきっとこうやって前を向くと分かってました。」
「どうして?」
「さぁ、どうしてでしょう?多分、ずっと見てきたからでしょうか。私も、シアンのことがずっと好きだったんじゃないでしょうか。」
「え……うそだ。」
意外な言葉に目を見開く。そうするとLは心外だとでも言わんばかりにじっとりとこちらを睨みつける。
「……嘘とは心外です。では、愛してます、ということで。」
「……っあはは。」
そうやって言葉を交わしていると、いつものように負けず嫌い同士で無駄話をしているようだった。悲しい気持ちはいつの間にか晴れていて、今度は真夜中に二人だけの秘密の内緒話をしているような気持だった。
「L、これは……私の夢?それとも現実で、Lはその…ゴーストというか…」
ふと、思いついてそんな質問をしてみた。
「さぁ、それもどうでしょう?……頭や心の中で描く情景は、心の中の思い出となんら区別がありません。夢か現実か……そんなことは誰にも分かりません。」
Lは指を咥えて軽い声で言った。
黒い瞳がそろりと横に逸れ、わたしもつられてその視線を追う。あぁ、もう朝になるんだね、と思った。
灰色の空が薄く照らされ、窓の外から鳥の声がした。
__そろそろ、時間だ。外がそろそろ明るくなる。朝が来て、夢なら覚める頃だから。
「そっか。ならまた会いに来てね!」
「……それは予想外でした。」
手を振って、今日、何度目かわからない「さよなら」をした。
最後に見たLは、いっしょにいたずらを仕掛けるように、にやりと、不敵に笑っていた。
夢ならまた会える。思い出でも、また会える。最後だとしても、想いを伝えることができた。
あなたに出会えたことだけで、私はこれからも何度でも“思い出し笑い”をして、いつだって笑顔で生きていけるよ。
……それからどうやってベッドに戻ったのかは覚えていない。
気が付いたら、朝もとうに過ぎたお昼だった。11月6日。小さな手に揺り動かされて、私は乱暴に目覚めることになった。
「いい加減に起きてください。落としますよ。」
乱暴な動きの割に、小さな神経質そうな声が聞こえた。布団の隙間から薄く目を開けると、白いパジャマに包まれた、真っ白な少年が不機嫌そうに立っていた。
「……どうして私なんですか。」
そうぼそっと文句を言いながら、片手はパジャマと同じく真っ白な髪の毛をくるくるといじっていた。
「…に、ニア?………なにか?」
「寝ぼけないでください。アリアに頼まれたんです。……シアンにこれを渡しておいてと。貴方はふてくされて寝てしまうので、昨日は渡せませんでした。」
寝ぼける私に、あからさまに冷たい視線を向けながら、オーバーサイズのパジャマの袖が何かを差し出した。小さな手紙のように見えた。
それを見て、しゃっきりと目が覚めた。
「あ、ああアリア!?あの、昨日ハウスを出ていったアリアのこと??」
「だからそうだと言っているんです。……どうして私が頼まれたのかは知りませんが。ロジャーにでも預ければいいものを。」
手のひらの半分ほどの便せん。テープをはがして中身を開くと、簡潔に「ありがとう。さよなら。お元気で。幸せに。」とクレヨンで書かれていた。それで十分だと思った。
「あぁ、アリアね。ニアのこと好きみたいだったからね。」
にーっと笑ってちょっとからかうと、ニアは赤くなったりせず、たた不愉快そうに髪の毛をくるくるした。
「では、ちゃんと渡しましたので………いい加減起きて、1階のケーキを片付けてください。」
「一階のケーキ……?」
「どう考えてもあれはあなたの仕業でしょう。いちいち説明はしませんが。」
長いパジャマを引きずるようにしながら、ゆるりとした動作で背を向けたかと思うと、しかし勢いよくドアが閉められた。ばーん、と部屋中に響いた音の余韻に、ニアも面白い子だよなぁ、なんて思う。
「ケーキ、か。」
あぁそっか、昨晩、夢を見たんだ。それでケーキを……あれ、夢?
「まぁいっか、朝ご飯の代わりに食べちゃおう!」
悲しい気持ちがあふれて涙になる前に、私は笑顔を作った。
___貴方に出会えてよかった。
心の中で、そうLに誇れるように。