色彩/うたかた
あなたの名前は?
この物語について*短編
*連載関係ない短編も含まれます
*基本恋愛要素ありor 悲哀あり
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屋台が並ぶ夏祭り。人々は思い思いにお菓子や料理を手にもって、夏の夜を行き交う。
「リンゴ飴あって良かったね!」
「ええ、真っ赤です。」
竜崎がべーと舌を出す。舌まで赤くなっている。リンゴ飴って皮の色で赤いだけじゃないんだ!
「シアンもなにか買いますか」
「うん!せっかくだし!」
と意気込んだはいいものの、正直なところ、見当がつかなかった。右左どちらの屋台の並びを見ても、馴染みない文字ばかりが並んでいた。記憶喪失。だいたいのことは分かるけれど、夏祭りの屋台の知識はからっきしだ。うーん、どれがいいのかな。
「竜崎、おすすめとか…ある?」
「甘いものですね。断然甘い方がいいと思います。」
と、間髪入れずにふんわりとした返事をする竜崎。
甘いもの…?リンゴ飴以外で…。
見渡すとクレープやさんにチュロス屋さんに、人形焼やさんもある。だけれど、どれもいつも捜査本部で竜崎が食べているものとそんなに変わらない。せっかくだし、なにか目新しいものは…
「!!」
__な、なにこれ!
「どうしたんですか。」
「竜崎!これ、これなにかな?め、めあ、たわ…?」
と、私は一件の屋台の看板を指差した。すると、また竜崎は不思議なものをみたように目を大きくして動きを止める。
しかし、看板ではなく私をみていた。そんなに目を見開かなくても…。
「………シアン」
「な、なに?」
「これは綿あめです。ちなみに、看板は右から読みます。」
「綿あめ?」
「……ちょっと待っていてください。」
それは何?どういうもの?と質問をしようとしたところで。竜崎が屋台に向かう。そうしてあっという間に戻ってくると、私の前におおきなふわっとしたピンクのものを見せてきた。
「何事も実践です。」
と、人差し指と親指で竜崎は器用に持っているけれど、その“綿あめ”はかなりのボリュームがあった。
「大きい…!これ、本当に甘いの?」
「はい。角砂糖みたいに甘みがぎゅっと詰まってます。食べないと損します。」
「う、うん…」
一口食べる。近くでみると顔が雲の中に埋まるみたいだ。
「あ、甘っ…!口の中で砂糖になっちゃったよ!」
「はい。私も一口。」
「え、りゅ…」
驚く私をよそに、竜崎がぱくっとその綿をひと塊を食べてしまう。頬が触れるほど接近してきた竜崎に、私はちょっとだけ飛びのきそうになった。
「本当だ。甘いです。」
「び、びっくりさせないでよ…」
「シアンもいい反応です。」
今気づいた、と言いそうなおとぼけ顔で竜崎は綿菓子のついた指をぺろっと舐めた。これはからかってる…と、私は確信する。
「どうしたんですか。耳、赤くないですか?」
と、飄々と竜崎が指摘する。
「っ…赤くない、赤くない…指ささないで…!」
いつもだったら髪で隠せるのに、今日は浴衣用に結ってしまっているので、隠しようがない。片手で綿菓子を持ち、もう片手で耳を隠そうとした。
そうして必死に何か言い返そうとした時だった。
「………始まったようですね。」
「あ、本当だ……」
空の花火の音が数発、どん、どんと空気を揺らした。そういえば、私達は花火の時間を把握していなかったな、と思った。ゆるりと静かに竜崎が振り返った。
「もう少しだけ近くに行きましょうか。」
「うん…えっ」
「人がすごいです。少々急ぎますので、はぐれない様に。」
と、私は楽しそうな竜崎に手を引かれたのだった。
屋台通りにいた人の殆どが、もう花火会場の近くに移動してしまったのだろう。歩くたび、ぶつかりそうになっていた賑やかな人の影はあっという間に途切れ途切れになって、私たちは程よく座れそうな場所を見つけた。会場のように大輪の花の真下ではなかったけれど、十分よく見える場所だった。すでに小さな花火の打ち上げが始まっていて、ぱらぱらという優しい音とともに、いろいろな種類の光が降ってきていた。
「すごい。ここなら見えるね。座ろっか。」
「ええ。」
「……あの、竜崎?その、手、放そ」
「却下です。このままで。」
人混みから抜けても手を繋いだままだった手を、私はどうしたらいいのか分からず、離そうととした。しかし、むしろより強く力を込められてしまう。
私は恥ずかしさに任せて反発するのを諦めて、そのまま順番に打ちあがる大きな光の花を見上げることにした。
「………。」
「………。」
小さな緑色の花火が、3つ、打ちあがった。
「………マスカット色ですね。」
「私が最初に竜崎に買ってきたケーキ」
「知ってます。」
それは初めてワタリさんからスイーツのお使いを依頼されたときの品だった。
こんなこときっと覚えていないだろうな、と得意げに言うと、竜崎も自信ありげに答えた。
今度は金色の花火がきらきらと瞬きながら消えていく。どん、どん、と大きな音を立てた。
「すごい、これ、綺麗かも…」
「……」
ピンクや、緑、たまに金色やオレンジの光が順番に空に映し出されていた。見るためにあるのに、それでも眼を奪われてしまうと言いたい光景だった。すごく綺麗だ。
__竜崎。
ふと、花火が5つほど打ちあがったタイミングで、となりの竜崎の様子が気になった。ばれないように横目からそーっと盗み見る。
白い肌と白いシャツに、光が次々とスクリーンのように映し出されていた。現実離れした風景に驚きながらも、私はそれよりも、彼の瞳に釘付けになった。大きな瞳が、もう一つの夜空のようにきらきらと花火を咲かせていた。横から見ているのに、釘付けだった。
「ねぇ竜崎」
「はい」
「私、花火見るの、たぶん生まれて初めてなんだ。…でも、毎年、これをみたいって思う人たちの気持ちが分かった気がする。」
「……私も、こうして楽しめていることに驚いています。今までは楽しむ人の気持ちがわかりませんでしたので。」
「…本当に?」
疑うように聞き返してしまったのは、返せる言葉が思いつかなかったからだ。竜崎は本来、事件の捜査のために日本にいて、人前に出歩くべきではないのだろうし、それ以前にLであって………Lとしての気持ちは私には推し量れないものだった。
「本当です。……私の言うことなので、あまり当てになりませんか。」
どこか寂しい響きを持っていた。
___「竜崎の言うことなら信じるよ!」と、そう叫ぶ自分を想像する。
でも、それは言わずに、私は一つ呼吸をした。
赤い、大きな花火が上がった。
「竜崎。私、わからないなりに道行く人たちの気持ちを想像してみた。…今から言うことは全部、私の勝手な作り話ね。」
不安を振り切るように出来る限り笑って、握られた手に力を込めた。私は夜空を仰ぎながら話し始めた。
「こんな綺麗な花火も、見られるのは一年に一回っきり。……あ、もちろん実際はあっちこっちでやってるみたいだけれど……こうやって、心に刻まれるのはきっと年に一回だけ。それで、そのたびに思うんだ、”あぁ、またこの季節が来た”って。」
「まるで見てきたように話しますね。」
「うん、実は今見てる。」
「…そうでした。私も、シアンと同じ空を見ています。」
しみじみとした調子で答えながら、竜崎も空を見上げていた。一緒に私の冗談に付き合ってくれていた。
「花火がひとつ開くたび、そして消えるたびに思い出すの。去年はこうだったな、そして今はこうだな、みんなは今どうしているんだろう、会えない人は元気かなーって。」
「………」
もう一度、マスカット色の花火が4つほど一気に打ちあがった。下の方でスターマインという花火が上がったらしい。朝焼けのように空全体が白んでいた。
「それで、去年も、今も、そして来年も、同じ空の下に、できれば隣に、大切な人がいてくれたらすごく嬉しい!」
精一杯明るい声を出して締めくくる。すると、竜崎は空から目を離して私に向き直った。大きな二つの目をこちらにじっと向ける。そうして膝を抱えて小さく俯いた。
「私は来年というものをあなたに保証できません。いなくなるかもしれませんし、何かが変わるかもしれません。」
花火の合間に消えてしまいそうなほど、それは力無く絞り出すような声だった。悲観的になっているのではなく、事実だった。彼は、Lだ。こうして二人で共有できる時間は、いつまで続くかわからない。この花火も、年一回ではなく、最初で最後かもしれない。
つられて私も下を向いてしまいそうだったけど__やめた。私は、竜崎の手を両手で握った。
「ねぇ、竜崎!わたしの適当な作り話はここまで。竜崎もなにか話して!」
竜崎は一度だけ意外そうに眼を大きく見開いた。しかし、次の瞬間には何事もなかったかのように再びにやりと笑った。
「……では、来年は、私も浴衣を着てくると約束します。」
それは本当か嘘かわからない、飄々とした響きだった。