第二章
名前変換 Who save his life is...
主人公について記憶喪失からスタートするので、
Lに突然呼ばれる名前です。
平凡な人物
これといった特技はない
Lと同じく甘いものが好き
本名は番外編等で登場する予定です
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
◆証言
30分後、備え付けのインターホンが鳴らされ、ワタリさんに連れられて、ナオミさんがホテルを訪ねてきた。
黒い革ジャンに身を包んだ彼女は、片手に携帯電話をもったまま、注意深そうに素早く部屋を見渡した。まっさきに部屋の奥の私と目が合って、互いに軽く会釈をした。やっぱり目が大きい。
「南空ナオミです。」
ナオミさんは微塵も迷うことなく凛と名前を継げる。竜崎はナオミさんから見て死角の位置にしばらく背をむけたま座っていたが、彼女が入室したのを感じ取ったのか、唐突に椅子から飛び降りた。傍らの私には、目の前を通る竜崎がぶわっと風を起こすように感じた。思わず瞬きをする。
「南空ナオミさん。ようこそ。Lです。」
相手のリアクションを待つこともなく一気にそう名乗る。ポケットに両手を入れながら、前のめりにぐんぐん距離を詰めて名乗る竜崎に、あんなに凛々しくと立っていたナオミさんは意外にも顔をしかめた。
「…っ?」
「な、ナオミさん?」
「……なるほど。竜崎、…竜崎って、やっぱり貴方だったのね。」
Lを尊敬するあのナオミさんとは別人のように、どこかしり込みするような、むしろ軽く引いているような視線だった。不思議な反応に、私は反対側にたつ竜崎の様子を見やる。
「ええ。」
対する竜崎はにやりと、楽しそうに指を咥える。過去、一体何があったのだろう。この、初対面のような、そうでないようなナオミさんの微妙な反応。そしてそれを楽しむ竜崎。二人はロサンゼルスBB殺人事件で顔を合わせることはなかったのだろうか?どちらにせよ、この場で聞くこともできない私は間に挟まれてひたすら疑問符を浮かべるばかりだった。
「何か問題でも?」
「……まぁそういうことなら。」
それもさした問題ではなかったのか、納得するようにナオミさんは視線を落とし、息を吐いた。本題に入る、という空気だった。
「竜崎さん。」
「竜崎とよんでください。」
「……竜崎。お話したいことがあります。」
そうして、ナオミさんはレイ=ペンバーの遭遇したバスジャックの件、それから自分の考えを竜崎にひとつひとつ語った。
「__以上がレイが遺した事実、私がLに伝えたかったことです。」
そつなくすべてを語り終え、やり切ったように澄んだ瞳でナオミさんが椅子に座りなおした。私はおとなしく竜崎の反応を待つ。私にとっても、ここでの二人の会話の行く末は、見届けなくてはならない。
「まずは、協力をありがとうございます。辛いでしょうが…貴方の正義に感謝します。」
一拍置き、自分のペースで竜崎は真摯に言った。私も__ひとえにそう思う。恋人を亡くし、それでもここまで戦ってきたナオミさんはもはや一般人で、何の権力の後ろ盾もなくここまでやってきたのだ。どんなに彼女が強いからと言って…いや、そもそもあの本の中で、彼女は一度は泣いていた。ナオミさんは立ち上がったのだ。
……もしもあの時、自分がどうにか助けられたら…という不可逆な想像に、思わず自分の胸のあたりをぎゅっと抑えた。
「南空さん。貴方は十分、有益な情報をくださいました。この先は、選んでください。」
平坦に、しかし言葉の内容ははっきりと竜崎が選択を提示した。
竜崎はまだ自らの推理をナオミさんに話していない。今後の方針を伝えてしまえば、否応なしに彼女を巻き込んでしまうかもしれない。ナオミさんの正義感のまえでは尚更だ。それは竜崎なりの配慮のように思われた。
「貴方には捜査に協力する権利はあっても、もう何の義務もありません。情報だけ託し、このまま身を隠せば、少なくともキラに情報提供者あるいはレイ=ペンバーの関係者として命を狙われることはありません。あなたの記録をすべて抹消してしまうことも、ご存知の通り可能です。」
しかし、ナオミさんは俯いたままかぶりを振った。長い髪が乱雑に揺れる。
そして勢いよく顔を上げ、竜崎を睨むように視線を投げ返した。力強い瞳の傍ら、微かに涙が滲んでいた。
「いいえ。……いいえ、竜崎。私は、キラを許せない。」
竜崎は険しい表情でナオミさんを見つめていた。無言で膝を抱えていた。ナオミさんはしばらく彼の言葉を待っていたようだが、どうやら自分の話すべきだと感じたのか、顔にかかった髪を避けて「私は」と切り出した。
「この命と引き換えにしたって、何が何でもキラを捕まえたい。」
__例の本を夢の中で読んでいたせいか。
私には、ナオミさんの言葉にしない気持がたくさん聞こえたように思えた。これは個人的な感情である__だからどうした。これは個人的な復讐である_、だからどうした。キラを捕まえたい。キラを許せない。と。
「……分かりました。」
注意深く観察する様に沈黙していた竜崎は、それでも初めから返事を知っていたようにあっさりと承諾した。張り詰めていた糸が緩まるように、ナオミさんは椅子にもたれかかった。
「南空さん。貴方の推理ですが、概ね同意見です。キラは心臓麻痺以外でも人を殺せる。キラはレイ=ペンバーの追っていたターゲットもしくは行動範囲内に存在すると考えられます。」
「そう__よね。それじゃあキラはバスジャックに__」
「いいえ」と、竜崎はナオミさんを制して言った。
「たとえバスジャックの乗客を洗い出せたとしても、それではキラの殺しの手段と証拠をあげるには至りません。死因についても同様に……証拠がありません。やはり目の前で殺しの手段を明かす必要があります。そこで___」
私は内心、竜崎の言動を別の視点で緊張しながら聞いていた。思ったように進むだろうか。ナオミさんはこのあとも、無事でいられるだろうか。そうでなかった場合、自分はなにができるだろうか。
「レイ=ペンバーの追っていた夜神家、北村家に監視カメラを設置します。」
___話は、予想したとおりに動いてくれた。
「監視カメラを?この日本で、個人の宅に設置するの?」
「します。南空さんはまさか反対しませんよね?」
「…………ええ、もちろん。」
言葉に詰まるように間をあけつつも、ナオミさんはYESと答えた。アメリカの事情は日本とは異なるのかもしれない。それこそ、FBIの捜査では当たり前に行われていたりしたのだろうか?
「夕陽さんは、こんなのってもう慣れっこなの?」
「い、いえとんでもないです」
と、急に話を振られる。私は突然の問いかけに妙な返答を返してしまった。自分のことは空気と思っていただいて構わないです、と私は思った。
竜崎は遠くを眺め指を咥えていたが、間をあけて「それから」と、声をあげた。
「南空さん。このカメラの監視が終わり、私が連絡をするまで、しばらく待機していてください。そしてこの件に関しては、この先、誰と接触しようとも取り合わないようにしてください。とりわけ、日本警察の関係者には注意してください。」
それは私が昼にナオミさんに伝えた言葉とほとんど一緒だった。ナオミさんも思い当たったのか、こちらをみると、一度、確認する様に頷いて見せた。私も咄嗟に頷き返した。
「もちろん。日本警察の関係者にキラが潜んでいる可能性があるなら仕方ありません。」
ナオミさんは凛として答えた。一瞬、竜崎が目ざとく私のほうをちらりと見たが、特に何も言われなかった。続けて、竜崎が話を進める。宙を見つめていた視線が、ナオミさんのほうに戻ってきた。
「レイ=ペンバーの関係者が存在するという情報だけではむしろ、南空さんは”口封じ”に遭う可能性が高い。」
「?え、えぇ、それは、たしかにそうですけれど…」
それは確かにそうだが、「なぜあえてそれを話題に?」とナオミさんは聞き返す。私も思わず首を傾げた。ナオミさんのもつ情報は竜崎に伝わり、彼女の安全も、身を潜めていればひとまず確保される。まだなにか案があるのだろうか。
竜崎は、涼し気に親指を口元にあげ、口角をあげていた。
「中途半端な情報を与えるのは危険です。…だったらいっそ、もっと情報を与えてやりましょう。」
それは、「正義は勝つ」という話をした日の表情にどこか似ていた。私は呆気にとられる。
「情報?」
思わせぶりな台詞に、ナオミさんが訝しげに聞き返す。それを見て、竜崎はやはり、反応を楽しんでいるように見えた。
……竜崎の推理を聞く人の気持ちが、ちょっとわかる気がした。
「情報?情報とは何ですか?」
「バスジャックです。」
竜崎は親指を口元にあてたまま、どことなく子供っぽい表情で言った。どういうことだろう?
ナオミさんはいくらかピンときたものがあるのか、真剣な表情になっていた。
竜崎は、手元の資料を一枚適当に抜き取り裏返すと、マーカーできゅっきゅっと書いて解説を始めた。
「まず、私がキラを見つけます。」
「………。」
「………冗談です。」
「悪い冗談は顔だけにしてください。」
__そんな冗談ありなの?!と私は内心突っ込む。
竜崎はちょっと大分楽しくなっているようだった。そしてナオミさんは容赦なかった。テンポよく返しているようで、その表情は素の反応に見えたのが恐ろしかった。私も先程ナオミさんが泣いていたことを思うと笑うに笑えず、(もともと笑えない)無言を貫く。
つれないと思ったのか、竜崎はゆるりと緩慢に続けた。
「………まず私が監視カメラの設置でキラの証拠をつかみます。証拠と言っても、キラならうまく逃れる可能性の方が高いところですが、それでも目星をつけることはできます。」
竜崎は棒人間を二つ書くと、片方から片方に矢印を伸ばした。
「そして標的を絞り、マークします。そこでキラが”自分だけが疑われている”と感じる頃に、バスジャックの情報を伝えます。」
きゅきゅっと、棒人間の一方にバツを描いた。
「キラにはこう聞こえるはずです。”証人はもうこちら側にいる。今更なにをしても遅い”と。」
「……。」
「………。」
「キラにとっては、バスジャックのことを耳に入れてしまった時点で、情報源である南空さんを殺すことは「こちらが動いた瞬間にあちらが動いた」とLに伝えることになることくらい、容易に分かるはずです。今動けばチェックメイト。キラは南空さんに何もできません。」
ぱきん、と両手でマーカーに蓋をし、竜崎がにっこりと笑顔のような表情を浮かべた。
「ここまでくればもはや隠れる必要はありません。合流し、一緒に捜査しましょう。」
言葉を失う私と、横目で様子を窺えば、ナオミさんも同じだった。大きく目を見開き、Lを、竜崎をまっすぐ見ていた。
もしも手に何かを持っていたら、それを取り落としていたかもしれない。__これがL。これが竜崎なのだと。
「以上。…………分かりましたか?」
じとっと見上げるように、ペンを脇に投げながら竜崎が言う。
「なるほど……その論理で言えば、死因についても一緒ね。マークした人物にそれを伝えることで、私が心臓麻痺で死ねばキラの仕業とその人物をあぶりだし、心臓麻痺以外ならばその事実の実証となる…。」
「その通りです。攻めたものが勝ちます。」
先を知らずに聞いた分、驚きが大きかったのかもしれない。それより私が驚いたのは、一連の推理は「キラを追い詰める」ことよりもずっと「南空ナオミを守る」ことに比重を置いていることだった。
私は目を閉じて、ここに来るまでの自分の計画と、心配事と、実際の竜崎の対応を思い比べた。
__キラを追い詰める方法論としては、私が知っていたものと幸い、変わりがない。だけれど、竜崎はそれに加え、一歩踏み込み攻めることで、南空ナオミの命を守って見せた。
何よりもまず、目の前の命を。
「ありがとう、竜崎。今日、ここに来られてよかったわ。」
すっきりと、さっぱりと、立ち上がりながらナオミさんは言った。
「夕陽さん、貴方は命の恩人かもしれないわ。感謝しきれない。」
差し出された手に、私はおずおずと握手を返した。本当にすごいのは竜崎です、そう思いつつ、握り返した手が暖かくて、ナオミさんは生きているのだ、これからも無事なのだと思うと、ちょっぴり泣きそうだった。
「いえ、私は何も…たいしたことは…」
「はい。夕陽も頑張りました。」
「………っ!」
否定したところを、ごく自然にあたりまえのように竜崎が肯定する。驚いてその顔をみるも、視線はぼんやりと「どうでもいいことですが」と言わんばかりにそっぽを向いていて、なぜだか余計に落ち着かなかった。
…落ち着かないからか、なぜか顔が熱くなる感覚がした。手で冷やすわけにもいかないので、私は下を向いてごまかした。
___ナオミさんが二人の様子を見比べていたことに、私が気づくわけがなかった。
「じゃあ、帰るわ。」
「送りましょう。」
そんなやり取りをして、ナオミさんは帰っていった。見送った後の空はすでに白んでいた。何時だろう、と時計を見ると午前4時だった。一度寝て、ちょっぴり夢を見ていたとはいえ、やっぱり眠いと思った。
「竜崎の推理やっぱりすごいね。……寝るね。」
あくびをしながら、ふわふわとした言葉を竜崎にかけ、部屋を後にすることにした。今日はひとまず安心なはず。気が抜けたら、難しいことがもう考えられなかった。
「夕陽」
……呼び止められた。思わず、強張り、仕方がないので近くへ行く。
「なに?」
「……………」
「は、はい…なんですか…?」
指を咥えたままじっと見降ろされ、私は小さくなってしまう。
返事も「うん」から「はい」に戻ってしまった。肩に力をいれつつと構えていると、竜崎の黒い目が窓の外を見て、再びこちらに向けられた。それは、天気の様子でも確かめるような、ゆるりとした往復だった。
なんだろう。怒っている…わけじゃない?
「………?」
「…………………よく頑張りました。」
何が、とは言わずに。小さな声で一言だけ。
竜崎はそう言い終えるやいなや、さっさと人差し指を口元にあて、そのままぺたぺたとどこかへ歩いて行ってしまった。取り残された私は、言いようのない気持ちでその場から動けなくなった。
「今のは、労い?…褒められた……?………ん?」
……どうしてだろう…?顔が熱い!
訳も分からず、冷たくなっていた両手で、自分の頬を冷やした。部屋にぽつりと一人立っていることに気付く。
「今度こそ寝なきゃ……」
と、長い一日が終わった。