終章 -Last note-
名前変換 Who save his life is...
主人公について記憶喪失からスタートするので、
Lに突然呼ばれる名前です。
平凡な人物
これといった特技はない
Lと同じく甘いものが好き
本名は番外編等で登場する予定です
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空は__透間 空は目を覚ました。
いつものように、白い病院の個室で、彼女は身を起こした。長い夢をまた見ていたような気がする。また、別の名で名乗る自分がそこにいた。空は、その夢の中で、いつも夕陽と呼ばれていた。
Guardian -Last note-
◆Epilogue
「夕陽……あの子、どうなったんだろう。」
夢の最後は、自分の身体が消えて溶けていくような最期だった。
空は何度も夕陽と呼ばれながら過ごす夢を見ている。でも、はっきりと覚えてはいなかった。ただ、キラ事件を追っているということ、自分はLという人間と、キラと近い場所にいること。役職のようなものがあって、それが『スイーツ係』なるものだという事もちゃんと思い出せる。
それ以上は__彼らの顔だとか、会話、キラ事件が現実の報道と噛み合うかどうかなどは__全く分からない。
夢の中だからといって、自分は俯瞰しているわけではない。夢の中にいる間は、空は頭の先から指先にかけて、完全に夕陽なのだ。ただ、目が覚めてしまうと___他人になってしまう。
世界は夢と現実で隔てられ、楽しかった記憶は、ありふれた夢のように、優しい忘却が「それは現実じゃないんだよ」と記憶の彼方に連れ去ってしまうのだ。
本当はもっとそこに居たいのに、何度眠りについても、何度も夢は覚めてしまう。
そのたびに戻ってくるのは、ひとりぼっちの病室だ。
むしろ、楽しいあの夢があったからこそ、ひとりでも寂しくないと思えたのかもしれない。でもこの先は……。
「でももう、終わっちゃったのかな。」
空は胸に手を当て、最後に感じた痛みを反復した。
記憶が早速薄れ始めていたけれど、悲しくて今にも泣きそうだった。
今、さめたばかりの夢は、今度こそ最後かもしれなかった。夕陽は確かに、Lに別れを告げるように「ありがとう」と言った。つまり、自分は二度と夕陽の夢を見ることは出来ない。自分の気持ちを抜きにしても、夕陽やLもまた、きっと悲しんでいるだろうと思うと、他人事のように眺める事しかできない自分がやるせなかった。
そういえば、透間 空が入院しているのは、【倒れているのを発見されたから】という事らしかった。場所は、住所を述べたところでどうにもならないような街中だったそうだ。空は身元が分からず、でも、かろうじて名前だけは分かったそうだ。覚えていないけれど、自分でそう名乗ったらしい。
記憶のない空は、病名で言えば『解離性健忘症』というものにカテゴライズされていた。
彼女の中にある記憶らしい記憶は片手で数えられるほどもなかった。
【どこかの屋上で本を読もうとしていたこと】
【顔も名前も思い出せない友人が一緒だったこと】
【繰り返し見る、曖昧で現実味のある夢の記憶】
__だったら。と、空は窓の外を見る。
窓に雨粒が打ち付け、遠くの風景が見えないほどの大雨だった。時々雷鳴が響くほどの雨だったが、風はそう強く吹いていないようだ。頭が痛んで仕方ないのは、この雨のせいだろうか。
__私が夕陽の力になれないだろうか?
空は思い出したように、小脇に置いていたテレビのリモコンを手に取った。『電源』という赤いボタンを押して、部屋の向かい角にある小さな旧式のテレビが高い音を上げる。
『キラ事件の__Lの声明が__』
テレビのニュースではキラ事件が終息した旨が簡潔に報道されていた。大層ドラマチックに盛り上げられていたキラやLの正体といったワードは、報道統制を受けたかのようにぱったりと聞かなくなった。テレビの報道はあっさりと次の話題へと遷移した。
「そっか。終わったんだ。」
キラ事件も解決したらしい。それは本当に良いことだ。
さして興味のないグルメ特集から目を逸らし、空はもう一度窓の外へ目を移した。いつの間に、窓の外には見慣れないビルが建っていた。遠くの海が見渡せたのに、ちょっぴり残念だと思っていた。
__あれ、あれは……人かな?
ビルの角のような場所。屋上だろうか。そこにぽつんと人影のようなものが見える。人が立っていい場所なのかな、と空は窓に顔を近づける。雨粒が邪魔してよく見えない。その人物の顔どころか、あまりに遠くてそれが大人か子供かすら分からなかったけれど、空の視線は不思議とそこに縫い付けられた。
「こんな雨で傘もささないなんて……。」
とくに訳もなくうつむいた瞬間に、あたまにぱさりと柔らかい感触がした。
手を伸ばして触ると、フードのような__いや、それはフードだった。今更ながら気が付けば、自分はなぜか霞んだ緑色のコートを着ていた。
__「夕陽__その時はまた、笑ってください。」
「___!!!!!」
迸るように思い出す、夢の中の記憶に、空は口を覆った。
「このコート!……”L”のコートかもしれない……?」
夢の中の人物が現実に存在するとは思えなかったけれど、彼女の中の実感はあまりにリアルすぎた。なにか手がかりがないかとポケットに両手を入れると、そこに小さな紙きれを見つけた。
わざわざ四つ折りにされたその紙切れは、何度も濡れて乾いたように風化しきっている。でも、広げて、はっきりとその文字が読み取れた。
名前だった。
【夕陽】と、ただ小さく書かれていた。
「っ!!」
ここまで揃っていて夢だと疑うほど、空は自分の現実を好んではいなかった。希望でも期待でもいい、彼らが__Lや夕陽が本当にいたのだと、その瞬間に信じた。そして、状況から言えば、それこそあり得ないけれど、消えてしまった夕陽は、自分かもしれない。
視線を窓の外に移す。
あのビルは、もしかして、最期の夢に出てきた屋上だろうか。
__あそこに立つ人物は……。
考えても分からないことだ。
だから、考えるより前に、空は病室を飛び出していた。
外は寒いかもしれないけれど、運よく暖かいコートが手元にはある。ビルも、すぐ近くだ。ビルの上に立つ人物が誰かは分からないけれど、会えば何かわかるかもしれない。
看護師や医師に声を掛けられる前に、空は院内ではコートを脱いで行動し、面会者と紛れる形で病院の外へ出た。途中、擦れ違った都バスに【11月5日】と日付が光っているのを見た。
__何より、放っておけない。
空は、たとえ夢でも、夕陽という少女の願いを見てきた。目が覚めるたびにそれは薄れていくものだったけれど、確かに強く、命を燃やすほどの願いだったことは分かる。
彼女が消えてしまったのを見ていたのは、自分だけだ。彼女が居なくなって悲しむだろうLの心を夢で見ていたのも、自分だけだ。
知っているのに、何もしないなど__自分に何ができるだろうという無力感を抱えつつも__出来るわけがなかった。
「………こんにちは。」
上がった息を押え、空はビルのエントランスに立った。
目深にフードをかぶった少女を、守衛は警戒した。空は「あ、そうか」と気づいてフードをどけた。守衛が目を丸くする。慌てて手元の内線で内部のどこかの番号をダイヤルすると、来客用だろうか、スピーカーから優し気な、でも驚いたような老人の声が聞こえた。
『夕陽さんですか、い、今までどちらに……』
その質問のどれに答えてもいいか分からず、空はただ息を大きく吸って、はっきりとした声を出すよう努めた。
『わかりません、ごめんなさい。”L”はいますか?どこですか?』
『……ヘリポートにいます。呼びましょう』
『いえ!言わないで下さい。私が行きます。……通してくれるだけでいいんです。』
『………承知いたしました。』
ロックか、何らかのセキュリティが解除されたようだった。守衛に案内され、エレベーターに乗り、空は高く高くビルを登って行った。彼女の中には、デジャブのような不思議な感覚があった。夢ではなく、本当に自分がこの施設に暮らしていた気がした。
「ここにLが……。」
エレベーターを降りた瞬間に、室温がひときわ冷たいのを感じた。ヘリポートに続くドアがあけ放されているのかもしれない。そう思って、空はコートにくるまったまま、雷鳴のする方へと歩いて行った。
やはりドアは開け放されていた。
耳になだれ込む雨の音と、灰色の視界の向こうで、白い後ろ姿が見えた。黒い髪は雨に濡れ、しわのよったジーンズも水色から濃いブルーへと変わっている。
小さな、縮こまったような後ろ姿だった。
__知ってる。私は、あの人を知っている。
夢のことなど関係なく、空はそう感じた。夢よりずっと前から、ずっとずっと前から_お気に入りの物語のように__心の深いところに根差して、彼を知っているような気がした。
その悲しげなひとりぼっちの立ち姿は、何かに取り残されたようで。
彼がLだとはっきり分かった。
一歩、二歩と雨の中に踏み出す。
空は傘を差していた。
雨の中にたつLの姿を見て、その様子が見ていられなかった。だからせめて、傘を差してあげようと思ったのだった。
「………L!」
勢い余って、雨の音に負けない様に叫んでしまう。すると、雨に濡れ背中を丸めていたLは振り返った。その容貌が露わになる。大きな二つの黒い目をさらに大きく丸く見開いていた。
「__夕陽……?」
雨の中なのに、白いシャツが眩しく見えた。目の下の黒い隈は、ずっと眠っていないようだった。精悍な顔つきも、その黒い髪も、ずっと知っていたような気がした。指を咥えて、彼は私の様子を観察しているか、言葉を失っているかどちらかだった。
「………あの、傘、ささないと__」
_____。
Lを傘に入れることは出来なかった。透明なビニール傘は取り落とされ、遠くに飛んでいく。
空は、沈黙と雨音の轟音の中、ただLに抱き寄せられていた。
雨はとどまることなく降りしきる。
「………………。」
「L……」
「………。」
言葉なくしばらくそうやって抱きしめられる。
雨粒が強く身体を打ち続けた。
その胸にあたる額や、腕の回された背中から熱が伝わってきた。ぎゅっと力は強いのに、太陽など見えないような空模様、今でも雨は冷たく体を冷やしていくのに、懐かしくて優しい安心感があった。
空は、堪らなく、泣きそうになった。
もしかしたら、もうとっくに泣いているかもしれなかったけれど、雨粒のせいで何も分からなかった。
「……私の事、知ってますか?」
「………………。」
Lは少しだけ空を引き離すと、涙を拭うように彼女の濡れて冷え切った頬に手の甲を滑らせた。黒い瞳はまっすぐ彼女の目を覗き込む。
互いに映り込んだ姿を見て、何かを確かめ、思い出しているようだった。
「…………。」
雨に濡れた黒い瞳が、静かに遠くの空へと逸れる。その状態でしばらく沈黙は続いた。前髪からは雨水がぽたぽたと滴り、そしてゆっくりとLはもう一度空を見た。
「…………今から一年前、記憶喪失を自称する少女が現れ、貴方と同じことを言いました。」
Lは空の手を引き、屋内へ向かって歩き出した。雨が肩を、頭を冷たく打ちつける。空が最後に見た夢のように、二人は手を繋いで歩いていく。
「……はい。」
「彼女には名前がありませんでしたので、ぱっと浮かんだ名前を付けました。」
「はい……。」
空はコートのポケットから、「これ」と言って小さな紙を取り出した。【夕陽】と書かれている。Lはそれを見て目を見開くと、「驚きました」と言って、人差し指を咥えた。
「私は、これを大事にしていたみたいです。………私は………夕陽ですか?」
恐る恐る視線をあげた空に、Lは分かっていたように「嬉しいですね。」と言った。
「記憶が薄れているのでしょうか。覚束ない足取りでも、貴方はちゃんと私を見つけ出してくれた。もう一度会えた……それがすごく……嬉しいです。」
ふっと息を吐くようにLは頬を緩める。飄々と指を咥えていたが、そこには優しさがあった。覚えていないだけで、やっぱりずっと知っていたような__大好きだったかもしれない__そんな気持ちを空は覚えた。
「半分、はじめましてでしょうか。私はLです。」
優しい声に、空は今度こそ涙が溢れ出るのを感じた。目尻が熱く、喉がぐっと痛んだ。
「私は……空、透間 空……でも私には、やっぱり空としての記憶がありません。かと言って夕陽として過ごした記憶も夢のようで、すごくぼんやりとしていて……でも、でも私………。」
「……………。」
「でも、私……ここに戻ってきていいですか?」
言い切るか言い切らないかで、空はもう一度ぐいと手を引かれ、Lに抱きしめられた。有無を言わさないそれは、やっぱり優しさだと感じた。
「当然です。私は、あなたを愛していました。それは多少、貴方の……空の記憶が薄れた程度では変わらないことです。これからもずっと一緒にいるものだと思っています。」
「あ、愛……それはちょっとだけ、思い出すというか……時間をいただけたら……。」
「冗談です。本気ですが。ですからどうか……もう消えたりなんてしないでください。今度こそ、私の隣にいてください。」
Lは立ち止まり、空に目線を合わせた。空は混乱し、赤面する。繋いでいる手が、途端に恥ずかしく感じていた。
二人はいつの間にエレベーターに乗り込んでいて、フロアは中ほどの階についていた。なんとなく覚えがあるフロアだと空は意識の隅で考える。
視線をLに戻すと、彼はまたにやりと笑った。優しくて強い。よく知っているような瞳だった。
「それに貴方は__空は、少なくともLの顔を知る人物です。しばらくは監視下及び保護下にいてもらわないと困ります。それに、スイーツ係は必要ですから。」
Lはもう一度空の手を取ると、二人で歩いた先の行き止まりの自動扉を開いた。
暗い廊下から明るい室内へと移り、空は思わず目を細める。
「___!!!」
「え____」
そこにいたのは……
「夕陽ちゃん!!!!!!!」
「うっ」
「会いたかった……心配した……良かったぁ。」
唐突な衝撃に、空はよろめく。
出会い頭の強烈な抱き着きに覚えがあった。
__知ってる。えっと……ミサ!弥海砂だ!
「……って、え!……夕陽ちゃんびしょ濡れ!え、竜崎も?どうしちゃったの?」
「……夕陽?……おい竜崎、どういうことだ。」
一度は抱き着いて来たものの、びしょ濡れの空に弥海砂は驚いて飛びのく。その背後から信じられないものでも見たようにLに詰め寄る青年がいた。
__ちょっと茶髪で___彼は、夜神月だ。
空は記憶を手繰り寄せた。最後の夢の中で、夕陽はぎりぎりまで、彼の心配をしていた。
「そっか。月君も、無事だったんだ。」
「?……無事って……それよりお前こそ今までどうしてたんだ?竜崎も僕たちも心配して、」
「ライトもう別にいいじゃん!」
「わっ」
二回目の衝撃に、今度は空だけでなくLと夜神月もまとめてバランスを崩す。
弥海砂は両手を大きく広げ、三人に向かってダイブしたのだった。
「ミサさん。いい加減にしないと蹴りいれますよ。」
額を押えながらLがじとりと弥海砂を睨み返す。
その様子に、空はまだ実感はもてなくとも__懐かしい__戻ってこれたのだと感じた。
「夕陽ちゃん。無事で本当に良かった。会いたかった。ミサ__ずっと貴方にありがとうって言いたかった。……ありがとう!……夕陽ちゃん、貴方のおかげでミサ……死神のレムさんがノートと一緒に死神界に帰る前に、【今までありがとう】って言えた。竜崎が一瞬だけ第二のキラとしての記憶を戻すことを許してくれたの。今はもう思い出せないけれど……ちゃんとミサ、ありがとうってキラと死神さんにお別れが言えたんだよ!」
「ミサ……。」
もう一度抱きしめられ、ぎゅっと込められた力に空は泣きそうになった。弥海砂との友情や、彼女との会話は、しっかりと覚えていて、ただ嬉しかった。
「そっか……本当によかったね。ミサ。」
「うん!ライトも、『キラとしてではないけれど、君を一人にはしない』なんて言ってくれちゃったし!」
「ミサ。そういう意味じゃない。」
「あはは……。」
ここにいる皆は、ちゃんと生きている。夢なんかじゃなくて、終わったと思っていた楽しい時間は、続いてくれる。
何より、もうひとぼっちではない。
___帰る場所が見つかった。
「夕陽!無事だったの?」
「夕陽ちゃんよかったー!僕ずっと甘いもの係って言って竜崎にこき使われて……」
南空ナオミ、それから松田さんだ。
彼らを筆頭に、捜査員たちがLと空のもとに次々と駆け寄ってくる。
「………。」
Lは彼らをマイペースにぐるりと見回した。
「皆さん。積もる話があるでしょうが……見ての通り私達はずぶぬれです。」
Lはまだしっとりした空の手を引いて旧キラ対策本部の捜査員達に背を向ける。
「すこし、二人きりにしてください。」
__ん?
「………あぁそう。」
「えへっそういう事ならしょうがないね!」
「え、待って何ですか、えええええええ」
空は叫んだ。どことなく懐かしいと感じながら、Lに手を引かれていく。こんな毎日が続くのか、と少し先を思いやられながらも、幸せを感じて頬は緩んだ。
でも、きっとLとの距離は、夕陽ほどは近くない。もとより二人は付き合ってはいなかったはず。……どちらにしてもそこは1から、あるいはゼロからスタートだ。
「___約束通りですね。夕陽」
Lは一人だった。
イギリスの郊外の大きな石造りの大聖堂一人でぽつりと、呟くだけだった。
「約束通り、キラ事件は終結し、私たちはここに来ることができました。」
キラ事件が終わったら一緒にイギリスに行きましょう、という約束を、ちゃんと二人は叶えたのだった。もちろん、ワタリも一緒だった。
「あなたも、今、ここにいます。本当に__約束通りですね。夕陽」
もう一度呟き、Lは視線を聖堂の中心部にある十字架の方へと向ける。礼拝に訪れる者も、観光客も、祈りをささげる者は同じようにそう目を上げていた。
Lは簡単に目を閉じて祈りを捧げる。目を開けると、見る先にはひとりの少女が祭壇に腰掛けていた。___しかし、他の誰もがそんな場所に座る彼女を注意しなかった。
「L、これから幸せに生きていけそう?」
少女はふわりと微笑む。なぜそんな所に座るのか、と疑問を感じつつも、Lはいつもの調子でじとりと指を咥えた。
「聞いてたんですか。」
「うん、ずっと聞いてたよ。……あ、ちょっとまって。」
すると、少女は何かに気が付いたのか、勢いよく祭壇から飛び降りる。羽でも生えているかのような軽やかさだった。彼女はとてとてとLに立ち、一度にっと笑うと、彼の右隣に腰を下ろした。Lはきょとんと親指を咥える。
「……?」
「………私達はこうして座った方が落ち着いて話せる。そうでしょ?」
「……はい。そうですね。」
微笑みながら右に身体を向けようとしたLを、彼女は「待って!」と言って制した。
「そのまま前を向いてお話してて、L。」
Lは言う通りにした。そして、その不可解な言動の意味を考えるより、先の彼女の質問に答えることにした。
「幸せにですか。……さぁどうでしょう。世界も犯罪も相変わらずですから。いつ死ぬか分かりません。」
「そっか……まぁ、それなら私も相変わらずLの守護者としてLを守るしかないね!」
「もう未来は見えないのでは?」
「そ、それはいっちゃ駄目です!………とにかく私はいつもLの隣にいるからね。」
「ええ。私は……以前、自分には何もない、なんて言ってしまいましたが、いつも貴方が居てくれました。これからもと思えば心強いです。ありがとう、夕陽」
「それが聞けて良かった……。はい。何があっても、どこにいても、大好きです。愛してます、L。」
彼女がそんなに直接的な言葉を言うのは久しぶりかもしれない、とLは暖かな気持ちになる。__私達はしばらくそうして隣同士に座っていた。
ここは祈りをささげる場所。
その場の誰もが、各々の祈りを口ずさみながら宙を見上げる空間だ。
だから、例え、世界の切り札であるLが三角座りで指を咥え、一風変わった風貌で何もない空間に向かってぽつりぽつりと独りごとを言っていたからといって、誰も彼がどこかおかしくて、「目には見えない何か」に語り掛けているとは思わない。
前を向き、十字架や祭壇に向かっている限りは、普通のことだ。
彼が話しかけている相手が神、天使____ましてや死神などとは誰も考えもしないだろう。
「L!もう少しで鐘が鳴るらしいよ!外に出ると尖塔で鳴らされる様子がよく見えるって!」
ぱたぱたと遠くから走ってくるのは、薄い青色のワンピースを着た少女。Lは指を咥えたままはた、と静止した。彼女は、今、自分がここに座って話していたはずの少女だ。
Lは駆け寄ってくる少女を視界にとらえ、もう一度視線を右隣に戻すと、やはり彼女は居なかった。のったりと立ち上がると、ポケットに手を入れ、口の端を上げた。
____そうか。ならば、今、自分と会話していたのは……。
誰かは不敵な笑みと呼称するかもしれないし、別な誰かならば不気味だと表現するかもしれない。しかし、私だったら間違いなく「優しい」と言うだろう。
そんな笑みを、Lは浮かべた。
「___そうですか。夕陽は、優しいですね。」
空は、Lに着けてもらった名前がいいということで夕陽と名乗ることにしていた。手を取り合って背を向けていく彼らの後ろで、鐘の音が鳴りだした。
「……?そこになにかあるの?……まさか、死神……?」
振り返りつつそろりと虚空を見つめたLの様子に、空は首を傾げる。Lはにやりと笑って指を咥えた。
____彼女はいつも隣にいる、か。
「そうですね……。いるとすればGuardian……守護者のようなものでしょうか。」
鐘の音は初めは一つの旋律だった。
それが二つとなり、三つとなり、そして一斉に鳴り始めた。
「鐘の音……すごいね。」
「ええ。昔からすごいんです。」
何度も、幾重にも重なる鐘の音。それは遥か知らない遠くの過去や未来を思い起こさせる。
もしもの物語と、幾重にも連なるストーリー。記憶のように、奏でられては消えていく。
「昔……今度、Lの昔の話を聞かせてもらってもいいですか?」
「……構いませんが、ワタリには内緒です。」
「はい!」
鐘の音は響き続ける。いつかの雨の中ではなく、遠く澄み渡る空に抜けるように高らかに、神に祈るような音色は、すべての命へ届くように幾重にも奏でられた。
物語は消えて、空とLの生きる世界に先の読める未来もストーリーもなくなった。
これは結末ですらない。これからはただの日常の断片となる。
私は__夕陽は、それをただ守り続ける。
Guardian End