終章 -Last note-
名前変換 Who save his life is...
主人公について記憶喪失からスタートするので、
Lに突然呼ばれる名前です。
平凡な人物
これといった特技はない
Lと同じく甘いものが好き
本名は番外編等で登場する予定です
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Guardian -Last note-
◆正義 -3-
Lが「鐘の音がする」といった、【暗い雨の未来】を、私は何度も夢に見た。
【夕陽】は、その夢の中で、Lの心を覗き見ていた。
「そんなところで何をしてるんだ? 竜崎」
夜神月は遠くの雨の中のLを呼んだ。
しかし反応はない。雨のカーテンの向こう、灰色の空に視線を向け続けた。
「っそんなところで何をしているんだ、竜崎!」
負けず嫌いが現れたような二度目の呼びかけに、ようやくLはゆらりと振り返った。
愉快そうに仄かに笑みを浮かべながら、耳に手を当てている。
__「そこからでは聞こえません」と、「もっと近くへ」と。
Lは、夜神月は果たして雨の中にまで呼びに来るだろうかと、【ほんの少しだけ試してみよう】と思った。
「……本当に何してるんだ竜崎」
ちょっと雨に当たりたかった、では済まないほどの雨量である。
「いえ、何ってほどのことじゃないんですが。……鐘の音が」
「……鐘?」
「ええ。鐘の音が今日凄くうるさいんですよね。」
「……? ……何も聞こえない。」
「そうですか?今日はもうひっきりなしで。気になって仕方がないんですよ。教会ですかねえ。結婚式? それとも……。」
「何を言ってるんだ竜崎。くだらないこと言ってないで、戻るぞ。」
険しい顔で自分を屋内に戻そうとする夜神月を見て、雨で冷やされた意識で、事件と自分の未来を計算する。とっくに計算し終えたものを、反復した。
ここに居る夜神月がキラに戻っている確率は99パーセント以上。
L=ローライトが死ぬ確率も__99パーセント以上。
「……すみません。私の言うことはみな出鱈目ですので、一言も信じないでください」
__だが、そうでなければ?
ここにいる【彼】が、あの日、自分を殴った夜神月。論理より、感情を優先した夜神月ならば?
雨に冷やされても消えることのなかったほのかな期待が、自分に問いかけた。
このような雨の中にまで自分を連れ戻しに来た【彼】ならば__あるいは……。
夜神月は訝し気にLを見て、そして態度を軟化させた。諦めたように足取りを、フェンスの方へと向ける。
「……そうだな竜崎。お前の言うことは大概デタラメだ。いちいち真面目に取り合っていたらきりが無い。それは僕が一番よく知っている」
友好的で、言い聞かせるような声だった。
そして彼はテニスで親睦を深め、握手した時と同じように__笑った。笑ってしまった。
「…………。」
こんな些細な変化で胸が痛むとは、自分も随分と人間らしいと他人事のように思った。その時に感じた胸の痛みの正体は、まぎれもなく【寂しさ】であった。
【寂しさ】の次に気付かされたのは、自分の願いだった。
夜神月は、ただの裕福な家庭の苦労を知らない子供だったから__一緒に捜査をして、実際に警察やLという正義を目の当たりにして、夜神月という人間が変わるかもしれないと、__【変わってほしい】と、願ってしまっていた。
__デタラメか。その通りだ。キラ相手に、【友情】を期待し、それを試すなど。
「ええ、その通りです、月くん。……しかし、そればお互い様でしょう」
「どういう意味だ?」
「生まれてから一度でも本当のことを言ったことがあるんですか?」
雨に濡れたまま、夜神月はその動きを止める。
もはや期待はない。
彼があの【キラ】だとすれば、きっと一般的で網羅的な、優等生さながらの完璧な回答をするだろう。少なくとも声を荒げ、感情を吐露するなどは__ありえない。
「何を言ってるんだ? 竜崎。確かに僕もたまには嘘をつく。しかし真実のみを口にして一生を終える人間もまた、居ないんじゃないか?人間はそんなに完璧にできあがってはいない。誰しも嘘はつく。それでも、僕は故意に人を傷つける嘘だけは言わないよう、心がけてきた。それが答えだ。」
__ほら。
呆気なく得られた答えに、落胆は無かった。もとより答え合わせのようなもので、期待はしていなかった。
願いや期待は、所詮、裏付けの無いもの。1パーセント以下なのではなく、【ありえない可能性】だった。
「………そう言うと思っていました。」
ならば、ここにはもういない【彼】に、かつての友人に、そして自分の愚かな【勘違い】に、別れを告げよう。
「寂しいですね。もうすぐお別れです。」
そして2004年10月29日。
あの雨の夢と同じ質問を、快晴の空の下で、Lは月君に問いかけた。
「生まれてから一度でも本当のことを言ったことがあるんですか?」
「え……」
幾度も夢で聞いたその質問に、思わず声を漏らしてしまう。目立たない様にLの背に隠れてから顔を上げれば、Lは精悍な顔つきで月君を射抜くように対峙していた。
「答えてくれませんか。私、聞きたいです。」
問いかけるLの瞳には青空が反射していた。笑みも浮かべている。
それは、あの夢のように悲しく、最後の望みをかけるような色彩とは違っていた。
「僕は、お前に嘘なんか__一度だってついていない!」
月君は戸惑いののち、拳を握りしめ声を荒げた。
思わず手に力が入ってしまうも、Lの手は微動だにしなかった。
「L。嘘ばかりついてるのはお前の方だ。何も考えていないようにとぼけたり、知らないふりをしたり、捜査員を試すような真似をしたり、姿を隠したり、名前を隠したり、いい加減、本当のことを言ったらどうなんだ。」
堰を切ったように溢れ出る、夜神月という人間の本音。
夢で見たキラの月君とは、まるで正反対で、それこそ、Lが意識の中で【ありえない】と言って期待していた月君の答えかもしれなかった。
「夕陽のことだって、一緒に考えるって言っただろう。どうして夕陽はここにいる?……いつになったら__いつになったら僕は信頼される?たとえキラだったとしても、それでも数か月一緒に捜査して、これっぽっちも相棒だと思ってくれないのか?」
「……。」
月君の声が空に溶けるようにすっと消えて、しばらく辺りは静寂に包まれた。Lが安堵したように。手の力を緩めるのが分かった。
「……信頼ですか。相棒ですか。」
「………。」
「思ってますよ。……とはいっても私のいう事は全部デタラメですから。一言も信じないでください。」
それは冗談めかした言葉だったけれど、見上げたLの表情は得意げで、私は「もう大丈夫なんだ」と悟った。
Lは決して、【もうひとつの未来】を知っているわけではない。
でも、あの未来からすれば随分と計算が狂ったものだ。1パーセント以下だった可能性がここにある。
それは魔法みたいに暖かい計算違いだった。
そして月君の指にノートが触れ__記憶が戻った。
「っ____あ_____」
月君は息をのむように硬直すると、私に目を見開き、最後に「空」と小さく私のもう一つの名前を呼んだ。
どういう意味だったのかは分からない。けれど、Lに見えない様に彼が薄く笑ったのも分かった。
月君は、途端に冷静に状況を分析し始めた。
戸惑いも恐怖も、混乱も、あるいは諦めも何も読み取れなかった。
「L、たった今……僕は夕陽に向かって、「受け取る」と意思表示をした。これで所有権は今、僕にあると考えていいんだな?」
「……?そのはずです。」
何かが始まった、と直感的に理解した。
今までの私の行動が__ノートに操られていたという【嘘】だと、月君がこの一瞬で気づいたのだとしたら……月君もまた、この瞬間になにかを演じようとしている可能性はないだろうか。
「__L!!」
とにかく、私はLに駆け寄った。咄嗟の判断だった。
月君が何を始めるのかは分からない。でも、月君が不審な行動をとるのだとしたら、私は【ノートは人を変える】という嘘を続けるべきだと思った。
だから、さっきまでの憂鬱な態度を振り切って、全身全霊の元気でLに飛び込んだ。
……もちろん、「やっと嘘をつかずにLのもとに戻れる!」という本音も混じっていた。
「……L!あの……。」
私は月君からは聞こえないように、Lの耳元にこっそりと顔を寄せた。Lはかがんで高さを合わせてくれる。
私がノートの所有権をなくした今、事件が終わりに向かいつつある今、言っておかなければならないことがある。
「L。わたし……未来はもう見えません。」
「知ってました。」
「でも、Lのこと……勝手に信じてます!」
「当然です。」
私はLの背中に埋めていた顔をあげ、遠くで呆然とノートを手にした月君を見た。追って、Lも彼を見やる。
「……月君のことも信じてる。月君は、【さっきまでの月君】なら、ノートがなくても世界を変えられるはずだから。」
でも、本当は……ノートは人を変えない。
人を変えるのは、記憶と人だ。
Lやミサ、私もちょっぴり関わって少しずつ変わってきた夜神月という人間の記憶は、きっとこの瞬間も意味あるものになるはずだと、信じたい。
「……夕陽はそう言うと思っていました。」
Lはちょっとだけ皮肉そうに口元を歪め遠くの月君を見るも、私の言葉を受けてふっと笑ってくれた。私は自信をもって頷き返す。
「Lと月君ならきっと大丈夫です。……私が視た未来は悲しいものでした。でも、二人なら大丈夫です。すぐに終わらせられます。」
Lは私の手を見て、それからもう一度目を合わせてきた。そして「それ以上は後程」、とでも言う代わりに、ぽんと頭に手が乗せられた。
「夕陽、もう少しです。もう少しだけ、一緒に待っていてくれますか。」
Lがもう一度手を握ってくれたので、私もまっすぐ立って、にっと笑った。Lも悪戯を仕掛けるように笑い返してくれる。
「……はい!ごゆっくりどうぞ!」
「はい。ではゆるりと。」
Lは月君に向き直り、13日ルールが偽ルールであるという考えを述べた。
火口が生きている以上、自動的にその反証は完了する……それは物語では最後までたどり着けなかった領域だった。
「13日ルール……あぁ、これのことか。」
しかし月君は、そう追い詰められた様子もでもなく、頬杖をついてぱらぱらと、つまらなそうに、いかにも慣れたように、ノートをめくった。
「…………それで、試したのか?」
「……!」
試す必要がない、と言うLに対して、それでも月君は退屈そうに返事をした。それはちぐはぐな言動だった。
月君は冷静に淡々と、Lにいろいろな質問を投げかけた。
【どうして今すぐ試さず、わざわざ13日待って火口の生存を確認する必要がある?】
【どうして今すぐ僕を逮捕しない?腕時計の紙片を試せばいいじゃないか。】
Lはその「どうして」には答えなかった。
「ここでどんな会話を交わそうと、夜神月の容疑の確定は時間の問題です。自白してください。そして、もう一冊のノートの場所を明かして、所有権を捨ててください。」
「………そうか。なるほど。」
月君は空に視線を泳がせ、ゆっくりとLを睨み返す。
「よく分かったよL……今すぐ僕が逮捕されるのは困るが、13日待てばどちらにせよ同じ結果、お前が望んだ通りには事件は終結しないということか。」
月君は、Lが望む事件の終結の形を浮き彫りにした。
__【今すぐ】夜神月が逮捕されてしまってはもう一冊のノートの在処は分からない。
__【ノートそのものがキラを作る】可能性がある以上、それは根源の解決ではない。
__ならば、夜神月と弥海砂の有罪が【強制的に確定する13日後】、火口卿介の生存によって13日ルールが反証される13日後【までの間に】、夜神月の記憶を戻し、もう一冊のノートを確保しなければならない。
それは、もう一つの未来ではたどり着くことのなかった可能性であり、あり得なかった可能性。
デスノートという根源を排除しようとした、私__夕陽の願いにも近い事件の終結。
「夕陽、私たちは似ているということです」と言ってくれたLは、同じくノートの排除を事件の終結と考えてくれたということだ。
「……L。」
しかし月君は、Lの考えを受けて目を瞑ると、ゆっくりと受け入れがたい提案をした。
「………話し合おう。L。」
その瞳は透きとおっていて、欺瞞は見て取れなかった。
これが自分だと、操りなどなく理性的だと主張しているようだった。
「世界にキラは必要だ。」
青空を背景に、それは宣戦布告だった。
Lは怯むことなくただ強い眼差しで彼を睨み返す。
「…………。」
「な、なにいって……月君……嘘。信じてたのに……。」
私は月君に駆け寄ろうとした。
無理やりにでもノートの所有権を捨てさせなければ。私が止めるしかない、と思った。でも、できなかった。
__がくんと。
唐突に全身の力が抜けて、ふわりと足元が覚束なくなった。体中が鉛のように沈んでいく心地がした。身体が言うことを聞かない。
「夕陽!」
私はLの手を引っ張るように、冷たいアスファルトに膝をついた。頭ははっきりしているのに、手足だけが急に、【自分のものではないように】脱力してしまったのだった。
__時間切れ。
嫌でも原因が頭をよぎった。目を逸らしたくとも、それしか考えられなかった。
いよいよ消えかけている【デスノート】という物語の存在が、私と空との出会いや、寿命の受け渡しという事実__つまりは私の存在まで消滅させようとしているのだろう。
だとすれば、最悪のタイミングだ。月君が何をするか分からない今、私がいなくなってしまえば、彼をノートから救いきれないかもしれない。
「夜神くん、夕陽を座らせてきます。」
Lは私を屋内に入ってすぐのベンチに私を座らせる。
__ここからじゃ二人の姿は見えないな、と思った。
「夕陽、すぐに戻ります。待っていてください。」
Lが、自分のミリタリーコートを脱いでそのまま背中に羽織らせてくれる。ままならない両腕では袖を通すことができなかったので、視線を上げると、そこには妙に自信ありげな笑顔があった。
「………L。」
__信じられなかった。
不敵な笑顔、とずっとその表情を呼称してきたけれど、本当に、その強くて優しい眼差しを見ると、彼に敵う人間はいないんじゃないかと感じた。優しい、笑顔だった。
不思議と__もう、大丈夫なんだ__と安心できた。
「なんですか。」
「いえ……なんだか……世界は、もう大丈夫なんだなって……今、急に思いました。」
Lがいれば、Lさえいれば……それ以上の理由は無かった。
私がいなくても、もうこの世界はもう大丈夫だった。
「L……。」
「なんですか夕陽。」
今度はただ名残惜しくて、寂しかった。
ほとんど力が入らない指先を、肩から強引に持ち上げて、指先が震えた。
「……ありがとう。」
伸ばした指先を、Lが両手で包み込んでくれる。ぎゅっと力を籠められる。暖かい。沁みるように、なつかしさを感じた。
__【今まで】ありがとう、と言わなかったのは、嘘にカウントされるかな。
「夕陽、必ず戻ります。ほとぼりが冷めたら、また大学のキャンパスで夜神くんとテニスをして、勝つところを見せるので__その時は、笑ってください。」
大好きだった黒い瞳がそこにあった。
ちゃんと月君と一緒の未来を伝えてまで、私を安心させようとしてくれていた。
「……はい!待ってます!」
Lは迷いなく、今まで見た中で一番、強くて、優しい笑みを浮かべた。
そして手が離れた。
熱を失って、私の手は膝に落ちた。
Lは、白いシャツに青いジーンズといういつもの格好でポケットに手を入れ、背中を丸くして歩いていく。
姿が見えなくなって、声だけが聞こえてきた。
「いいでしょう。どうせもうすぐお別れです。気が済むまで聞きましょう。夜神くん__これも勝負です。」
その「お別れ」は、【暗い未来】での別れとは真逆のもの。キラへの別れの言葉だった。
あの物語では【ありえなかった可能性】
Lが願った【もう一つの未来】
それがどんな形であるか敢えて言葉にはしないけれど。
私はもう見届けることができないけれど、
それはきっと、誰かの正義のように、優しい結末を迎えるだろう。