終章 -Last note-
名前変換 Who save his life is...
主人公について記憶喪失からスタートするので、
Lに突然呼ばれる名前です。
平凡な人物
これといった特技はない
Lと同じく甘いものが好き
本名は番外編等で登場する予定です
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
___くん。
「__夜神くん」
「ん、ああ。何だ竜崎?」
竜崎の声に、白昼夢のような視界が捜査本部の風景へと戻ってくる。
モニターに意識が張り付いてしまっていたようだ。
「……っ」
左からの声だったので、椅子もそちらに回そうとして、止めた。
ぴたっと、すんでのところで、止めた。
「………残念です。もう一度呼びかけて返事がなかったら、蹴ろうかと思ったのですが……。」
「……それにしても、そんなに近づかなくてもいいだろう。」
近すぎる。あのまま椅子を回しきっていたら確実に顔の一部が当たっていた。顔の一部の具体的にどの部位なのかは考えたくもない。
大体、あの距離で何が見えるというのだろう。
「夜神くんが私の距離感に関して突っ込みをいれるなど、珍しいですね。せっかくですので真面目に答えれば、瞳孔などを見ていました。」
「お前が距離感なんて言葉知ってたことにびっくりしてるよ……。」
咳を払いながら椅子を引くと、ついさっきとは比べ物にならないほど顔色の良くなった竜崎が面白がったような表情をした。
だが、何故この期に及んで僕の瞳孔を見る必要が?
「知りたいですか?何故私が夜神くんの瞳孔を覗き込んでいたのか。」
「……ああ。」
「それは、夜神くんの瞳孔に映った夕陽を見るためです。」
「っ!?」
釣り上げられたその口の端に、思わず全身、総毛立つ。
寒気ののち、立ち上がって声を上げたい衝動に駆られるが、咳払いで押し込める。
「……竜崎。そういう冗談はやめろ。気持ち悪い。」
「本気です。」
「………。」
「というのは冗談ですが、夜神くん、私にキラ事件に集中しろと言った割には夕陽の様子ばかり見ているようですが、大丈夫ですか?」
確かに、「キラ事件に集中しろ」と言ったのに、夕陽に意識をとられていたのはむしろ僕の方だったようだ。
しかし、隠すほどのことでもない。むしろ、伝えた方がいいか。
「いや、ちょっと夕陽が前に話していたことを思い出していたんだ。」
昨晩より調子がよさそうだとは言え、あれだけ落ち込んでいた竜崎に、夕陽のことで少しフォローを入れてやったほうがいいかもしれない。
「と、言うと?」
ほら、食いついてきた。
竜崎は指を咥えて身を乗り出す。
「夕陽は僕に「世界の為に犠牲になるな」とか「キラに戻るようなことがあっても竜崎と一緒に止める」とか堂々と言うようなやつだっただろ。彼女の真の狙いがノートを得てキラを殺すことだったとは考えられない。」
「夜神くん……。」
竜崎は目を大きくして親指を咥える。また腑抜けのように落ち込むなら、もう一度殴るまでだ。
「夜神くん……それは……それは、いつのことですか?」
それ、とは夕陽の発言のことか。
「何時って。竜崎も一緒に居ただろう?ヨツバに目を付ける前、思考実験と言ってチェスをした時だ。」
竜崎の目が唐突に大きく見開かれた。こちらまで目が覚めるようだった。
「それは……それは変です。夜神くん。」
……変?
一体なんのことだ。
大きく体を乗り出していて、どうにか信じてほしい、と訴える子供のような物言いだ。
「あの時_私が「夜神月はキラに戻ろうとしている」と推理したとき、夕陽は席を外していました。キラに戻る、などと言える訳がありません。知らないはずです。」
……そういえば、そうだったか?
「言われてみれば竜崎は「急に角砂糖が欲しいです」と言って、夕陽はそれを取りに行ったような気もするが……。」
「その通りです。ちゃんと覚えてるじゃないですか。」
竜崎はショートケーキのいちごを口に放り込んだ。
毎度のことながら行儀が悪い。
「その次に「キラの記憶が戻る」という話をしたのは火口確保の三日前……月君の監視を南空さんに打診した時です。夕陽は……彼女はあのチェスの時からすでに、我々のもとにノートが来るだろうことを予期していたということになります。つまりずっとノートを得る瞬間を待ちつつ……知らないふりをしていたんです。」
「……?それだと、どうして夕陽はそれを知れたんだ?」
「残念ながらそれについては私も分かりません。何せ、夕陽は未来が視えると自称していましたから。初対面から、彼女は私の素性を知っていました。」
__未来?いや、過去もか?
そんな非現実的な要素がまたここで加わるのか。確かに夕陽がどこか普通とは違う事は感じていたが……。
いや、今はそれは関係ない。
「だが、それでも夕陽は…キラを殺して事件を解決しようと考えるような人間だとは思えない。」
何故、僕が夕陽を庇う?竜崎と立場が逆じゃないのか。
頭の隅で思って腕を組むと、竜崎は一気にケーキのクリームを舐めとった。
「何を言ってるんですか、夜神くん。私は初めから夕陽が”キラを殺すためにノートを手にした”などとは考えていません。」
何を言ってるんですか__と、手のひらを返したような何気ないニュアンスだった。
こちらの言うことがまるで見当違いだと言わんばかりに、大きかった目を半分にして訝しむような表情をする。
「お、お前こそ、何言ってるんだ、竜崎……。」
思わずたじろいでしまった。
本当に竜崎まで、支離滅裂な夕陽の言動に影響されてしまっているのだろうか。
「ノートを手にした瞬間の夕陽の目的はキラを殺すことではなかったと断言できます。彼女の今の言動は、ノートによるものか、あるいは最悪の場合演技かもしれませんが……」
竜崎はいじけたように椅子を回すと、再び小さく丸まって指を咥えた。
「どちらにしても、夕陽がずっと前からノートが渡る瞬間を知っていて、一人で事件に臨んでいた事実を……隣にいたはずの私がそれに気付けなかったこと……受け入れるのに少々、がっかり……いえ、時間が少々……一晩もかかってしまいました。」
俯きがちに、ぽつりぽつりとまた所在なさげに言うも、顔を上げた時には数日ぶりに、竜崎が、もとの竜崎に戻ったように見えた。
涼し気に、その顔には薄い笑みが浮かんでした。微笑みほど好意的ではない。しかし、挑発するような皮肉なものでもなかった。
「ですが夜神くんの話__知らないはずのことをうっかり話してしまった夕陽のミスのおかげで、確信しました。ようやく先に進めそうです。」
うっかりミス_夕陽が「夜神月はキラに戻る」を言ってしまったことか。それが本当にうっかりミスなら僕は本当にキラだということになるが……。
__だとしても、それは夕陽が「止める」と言った通り、本当に阻止されたということになるのか?
___。
「レムさん。」
竜崎は僕の背後に向かって声を上げた。
レム__ノートに触れると見えるという、死神の名前らしい。火口も口にしていた名だ。
「ノートには"触れる"以外にも、明確に”所有”や”所有者”という概念がある、間違いないですか?」
僕は依然としてノートとの接触を禁じられたままだ。一見、独り言を呟く竜崎を眺める事しかできない。
「それを移すには誰かが占有したうえで所有者が死ぬか、「譲る」「捨てる」と意思表示をする必要がある……脅しも有効ですか?」
__……。
「なるほど。参考になります。」
一体、何の確認をしたのだろうか。
死神の意見がどこまであてになるのかは分からないが、竜崎はそれ以上、虚空に話しかけることは無かった。どうやら、なにか掴んだらしい。
遠くへ通り抜けていた視線は、今度は僕に向けられた。
「夜神くん。おかげで光が見えてきました。」
今度の笑みは、不穏なものだった。
「寂しくなりますが、この手錠を外します。……そろそろ終わらせましょう。」
◆◆◆
「おはようございます」
レムと入れ替わるように入ってきたのはワタリさんだったようだ。今度は死神の気配のような冷気じゃなく、ちゃんと生きた人間が歩くことで部屋の空気が動く。
普段と変わらない優し気な「おはよう」、という挨拶に自分が全く眠らないまま朝になってしまったことを知る。
何の用事だろう?
漠然と考えていると、何よりもまず飛び込んできたのは、光だった。
__光。
目隠しがまず、取り払われた。この部屋、こんなに明るかったんだ。久しぶりの光が、眩しい。
「ん……。」
眩しさに目を開けられずにいると、ワタリさんが信じがたい言葉を放った。
「夕陽さん、Lから拘束を解くよう指示がありました。」
__やっと目が慣れて……え、拘束が解かれる……?
「ど、どうして解放?」
私は思わず演技することを忘れてしまう。ワタリさんはにこりと紳士的な表情を浮かべ、普段のように淡々と紳士の手さばきで私の手錠と足枷を解いていく。お茶を淹れるのと拘束を解くのが全く同じテンポだ。
『夕陽』
部屋の隅のスピーカーからLの声が響いた。
久しぶりに名前を呼ばれた。昨晩のLは、私の名前を呼ぶのを避けているように感じていた。
『Lです。』
私はただ顔を上げた。赤いランプの光る、監視カメラを仰ぎ見た。……どうしてLと名乗る?月君はどうしたのだろう。
『そこを出て、一緒に来てください。』
__え、と声を漏らしそうになる。
私は仮にもノートを使おうとした。たとえ演技でも、人を殺そうとした私が、再びLと一緒に来いと言われるなんて、話が見えてこない。
「あ、あの……」
『夕陽、そこを出て、一緒に来てください。』
有無を言わせない。きっと驚きが表情に出ていたのだろう。Lはもう一度、平坦に同じ文言を繰り返した。
「どうして?」
『はい。キラと決着を付けます。』
「決着を……。」
私は中途半端に繰り返し、あとは黙っていた。
もちろん、証拠はそろっているので、事件の解決自体はもうできる段階のはずで、それを「キラとの決着」と表現しても、何も不思議ではない。でも、やっぱりそこで私に声を掛けると言うのは、なんだかおかしい。
『そのために一旦私は夜神月の手錠も外しています。』
手錠を外した?
Lは一体、何をするつもりなのだろう?
考える暇もなく、考えるまでもなく、スピーカーからその答えは得られた。
『夕陽、ノートの所有権を夜神月に返してください。』
__瞬間的に、叫びそうになる。
「そ、それは……」
__それだけは嫌だ!
夜神月はノートに人格を変えられていたという筋書きも、偽のルールも、腕時計の紙片を証拠として回収させるようにしたのも、いや、ナオミさんを助けたことも、レムと話したことも、ここまでやってきたすべてが、無意味になってしまう。
Lの命は助かる。
いや、それすら助かるかどうかも分からなくなってしまう。
ミサも、粧裕ちゃんも、月君も、助けられない。
ノートさえなければ幸せに生きられた世界を、正そうと__悪夢のように、なかったことにしようとしていたのに__そのすべてが崩れてしまう。
命も家族も運命も未来も、どんな正義も、世界ごと__ここまでのすべてが無意味になって、デスノートに壊されてしまう。
「__嫌だ!」
結局、私は気持ちを抑えきれずに叫んだ。
「それだけは嫌だ!絶対にしない、死んでも嫌だ!死ぬ方がましだ!」
自分でも驚くほど、荒々しく狂ったような悲鳴だった。どんな言葉を吐いても、私の気持ちには追い付きそうもなかった。
だって彼女の、空の願いすら、叶わなくなってしまう。
『………分かってます。』
打ちっぱなしのコンクリートの壁から私の声の残響が消えると、たっぷりと時間を空けてからぽつりとLは言った。
分かってます?__一体何を、わかっているというのだろう。
『夕陽、もう一度聞かせてください。』
それは試すように淡々とした口調だった。
『貴方の望みは何ですか?』
全く抑揚も感情もない、その言葉に思い出す。危うく、忘れそうになっていた。私は今、「ノートに操られ、キラを殺したいと思っている」のだった。私は演じ切らなければいけないのだった。
「わ、私の望みはLを守る事。そのためにキラの名前をデスノートに書いて、この事件を終わらせる。」
考えているのと真逆のことだ。このタイミングで言うのは苦しい。そして言いながら、妙に言わされている感を覚え、言質をとられるような、自白のような、取り返しのつかない予感が首筋を取りすぎていく。
その予感は当たった。
『では、こうしましょう。私が代わりにキラを死刑台に送ります。そのためにはまず、夜神月に所有権を返す必要がある。これで利害は一致しますね?』
「………………。」
覆せない。
『これから私と一緒にきて、夕陽、貴方の手で夜神月の手にノートを渡してください。』
ここで覆してノートの嘘がばれてしまえば、それこそが終わりだ。
月君が死刑台に送られることは無いと、Lを信じたい。しかし、根拠はない。私の願望だ。確かめることのできない不確かな物言いに、私は渋々承諾するしかなかった。
「………はい。それで事件が終わるのなら。」
『協力感謝します。』
そして私は、ノートの現所有者として、たった一晩の拘束を経て解放されることになったのだった。
ワタリさんから新しい服を受け取って、着替える。いつものシンプルなワンピースだけど、私はまだいつもの夕陽には戻れない。これからLに会ったとしても、まだ私は演技を続けなければいけないのだ。ノートに操られて、心の底からキラを憎んでいるように。
L。どうして私はいま、こんなに他人を演じているのだろう。本当はもっと、優しい言葉で、笑い合える仲じゃなかったっけ。そう思うと、のどの奥がぐっと痛くなる。
__これで、合ってたのかな?
迷いを打ち消すために優しい記憶をいくつか思い出そうとして、でも、柔らかな忘却があまり鮮明に思い出させてはくれなかった。でも、それでよかったのかもしれない。きっと観覧車に乗った日や、捜査本部に二人だけだった日々を綺麗に思い出してしまったら、泣いてしまって演技どころではなくなるだろうから。
光が差して、私は顔を上げた。
そこにいたのは、背中をまるめた黒いシルエット。
「……遅いので迎えに来ました。夕陽」
開かれたドアから差し込む光と、それを遮るようにLが立っていた。いつかのように逆光の中で、その顔が見えない。
「L……。」
最後だと思っていた。
さよならを前にして、心がないように思いこんでいた。私はとっくに終わった存在でいようと思っていた。でも、24時間と経たずに、私は……。
まだ、そこに飛び込むわけにはいかない。
「はい。すぐに準備します……!」
逆光の中のLはどんな表情を浮かべていたのだろう。分からないまま、私もまた自分の心を隠すようにして、俯いたまま後をついていった。